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竜巻作戦

 会戦の夜。

 未だ周囲にはチリチリとした殺気の残滓が残るエフタル義勇旅団の本営には隠しきれない苛立ちが満ちていた。



「逃しただと? ふざけているのかッ!! 愚か者!!」



 声を荒げた肉塊――エフタル大公の罵声に敗走中のサヴィオン軍の追撃に当たっていた騎士はおろか周囲の幕僚達も身を縮める。

 敵戦線へ突出したエフタル義勇旅団は奇しくも敵戦線の突破に成功しかけていたのだが、サヴィオンは潮が引くように撤退に移ったため首級をあげることが出来なかったのだ。



「作戦は成功していた!! もうすぐ敵将を討てるまで前進出来ていたではないか! それがどうして!?」

「閣下! 畏れながら申し上げます。エフタル義勇旅団は昼の時点で敵から危険な圧迫を受けており、すでに戦力の消耗が許容値を越えておりました。その中で雨中の追撃など――」

「言い訳など聞きたくないわッ!!」



 肥満体が己の顔に併せて作らせた特注のフルフェイス型の兜を叩きつけ、その耐久力を著しく奪う衝撃を生む。

 この怒りを静める手だてのない幕僚はただこの嵐のような怒声が早く過ぎ去る事を祈らざるを得ず、エフタルの中でも独自の立ち位置を確保しつつあるエンフィールド伯爵を妬ましく(もしくは羨ましく)思うのであった。



「貴様等は、分かって、いないのだ! この危機的状況がな!」



 ついに兜が扁平し、鉄塊へと変貌してしまう。そうして肩で息をつきながらエフタル大公は重い体を椅子に沈める。



「兵力差からしてこれからの反攻の主力はアルツアルが担うことになるだろう。そうなれば自国を守る事も出来ず、アルツアルにおんぶに抱っこをされて国を取り返したとエフタル騎士は笑われる事だろうな。この間抜けめ! 貴様が追撃を諦めたから我らは嘲笑の誹りを受けると、なぜ分からん!? いや、笑われるだけならまだ良い。反攻の主力となったアルツアルがエフタルを奪還したとなれば我らはどうなる? 確実にエフタルへ連中は介入してくるぞ! その上、エンフィールドの奴が王国から調略を受けておるそうではないか。このままでは我らの故国の支配者がサヴィオンからアルツアルに変わるだけやもしれぬのだぞ!! この大間抜けめ!!」



 元々エフタルはアルツアルの属国であり、その統治をアルツアル王より代行しているのがエフタル大公であった。

 だが国民を徴兵する事で瞬く間に兵力を増すアルツアルがそのままエフタル統治を大公に代行させる保証などどこにもなかった。その圧倒的な軍事力をサヴィオンからエフタルに向けて直接統治を実施する事さえ不可能とは言えないのだ。

 故に大公閣下は戦功を求め、アルト攻防戦においては敵本陣の強襲を命じ、秋期攻勢作戦に先立つ『台風(トゥーポーン)』作戦において無用なアピールをし、今日もまた包囲される危険を犯しながらも前進をしたのであった。



「それでも貴様等はエフタル騎士か! このような無能な騎士がエフタルを亡国にしたのだ!! 畜生共めッ!」



 そうして思いの丈を叫ぶだけ叫んでスッキリしたのか、より深々とイスに身を沈める大公の顔には疲労が浮かんでいた。



「エフタル義勇旅団は四千の兵がありながら今日で三千を割ってしまった。後送されて戦力の補充を受けるのは必須だろう。そうなればマサダ攻略を担うアルツアルが春期攻勢の先鋒を司るのは必至だ。対して後送された我らはどうせ予備戦力扱いだろう。少なくとも年内に前線へは出れぬであろう。そうなればますます我らの発言権は失われてしまう」



 彼がもっとも危惧しているのは反攻作戦の主導権をアルツアルに握られたままエフタルが奪還されること。それだけは避けねば今いる大公という座が奪われかねない。それだけは避けたい。

 だがエフタル義勇旅団が被った損害も無視出来るものではなく、後送と再編が求められている状況に代わりはなかった。



「副官。何か献策ないか? 年を越す前にもう一度でも戦功をあげねばならぬだろう」

「では畏れながら申し上げます」



 顔を暗くする幕僚達の中からメガネをかけた生真面目そうな男が北アルツアル一帯の地図を広げ、次々と駒を置いていく。

 アルヌデン平野のほぼ中央であるマサダ城塞にはサヴィオンの駒を、そこから東の平野とさらに東――王都アルトに友軍の駒を並べる。



「現状、敵主力は王都での戦や二度に続くアルヌデン平野の会戦により疲弊した事が予想されるため、今後はマサダを主拠点とした防衛戦が展開されることになるでしょう。そのためサヴィオンが防衛に注力した場合、本年中のマサダ奪回は如何に戦力を増強しているアルツアルでも困難がともうと思われます」

「理由は?」

「いくつかありますが、大きな要因は二つ。一つはアルツアルの主力となりだした国民義勇銃兵隊です。これは民衆を寄せ集めた雑兵であり、戦力として疑問を覚える上、これからアルツアルは秋の長雨に入るため彼らの武器であるじゅうの運用が困難になることでしょう。その上、雨により街道の状態が悪化し、補給にも難が出るはずです」



 雨による銃兵の戦力低下は今日、示されたばかりであり、銃兵主力のロートス大隊では三分の一以上の戦力を喪失していた。

 また国民義勇銃兵隊でも損害が大きく、大規模な再編が執り行われている最中でもあった。



「二つ目の理由としてサヴィオンがマサダを失った場合、王都攻略の足がかりを失うばかりではなく、マサダ以西の有力な城址がアルヌデン城しかないため戦線が許容出来ないほどの縮小を強いられることになります。サヴィオンはそれだけは避けようと頑強な抵抗を見せるはずです」



 アルヌデン辺境伯領からジュシカ領、そして王領へと至る街道には大小の砦や城があるものの街道に面する大規模な城塞都市はマサダを除けばアルヌデン城しか存在しない。

 むしろサヴィオンとの国境となっているジュシカ領に大規模な要塞線が敷かれた事により国内の要塞整備が遅れていたことも要因があるが、何よりもアルツアルは内戦を想定した国防施策を持っていなかった。

 彼らはサヴィオンという共通の敵を持つが故に内乱というものを恐れ、もし反乱があろうとそれは主に会戦で決着をつけるなど長期化することがないよう注意が払われていた。



「よってマサダ攻略戦は敵の抵抗の前に頓挫する可能性が高いですが、第二王子殿下はマサダへの攻撃を仕掛ける事が出来ればこれを反攻の狼煙と喧伝できるため城塞攻略へ固執される事はないと思われます」



 王位継承にあたり少しでも株を上げたいアルツアル王国第二王子マクシミリアン・ノルン・アルツアルとしては攻略の成功よりも敵を退けた事を全面に押し出し、王都解放と共にアルツアルの救世主の座につこうとする。

 そうした動きを冷静に分析した副官はこの秋期攻勢が想定よりも短期的に終わる事を予見していた。



「しかし我らの損害も無視出来ず、第一軍集団から後送命令が下るのも必須であると思われます。ですので敵正面への攻撃は無意味かつ戦果の拡張に乏しいと言わざるを得ません」

「ではどうするのだ?」

「現有戦力で対処出来、マサダ攻撃に並ぶ戦果を得ることが出来、アルツアル側より阻止が出来ぬ作戦を立案するしかありません」



 そんな作戦なんてありはしない。

 いくら切れ者の副官とて言うは易しだと幕僚達が顔を暗くする。



「もったいぶるな。お前の事だ。すでに作戦は立案してあるのだろう」

「はい。作戦方針としては、ここを攻撃します」



 トンっと地図の一点に人差し指が落ちる。そこはサヴィオン帝国領ヴァルテック辺境伯領――『竜巻(トゥルボー)』作戦に先立ち実施された陽動攻撃である『台風(トゥーポーン)』作戦の攻撃地であった。



「ふむ、帝国本土攻撃か」

「はい。すでに我らの主攻がマサダに向いているとサヴィオンは確信しておりますでの奇襲の効果は非常に高いと思われます。そのため現有戦力でも短期的であれば十分な戦果――帝国本土初遠征という戦果を納める事が出来るでしょう。先の『台風(トゥーポーン)』作戦においてはサヴィオンへの攻撃が成功したのみで土地の占有は行えておりません。よって先の作戦に引き続き()()()()がサヴィオンの地を征したとあれば必ずやその偉業が歴史に記されるものと思われます」



 副官の語りぐさはまさに夢物語のような壮大さがあったが、実際に成功する作戦かと考えるとまだまだ詰めが甘いと言わざるを得ない作戦であった。

 特に先の『台風(トゥーポーン)』作戦は陽動攻撃であり、陽動に釣られた敵が集結している危険性も十二分にあるのだ。

 故に顰蹙を買うことを決意した幕僚が「その作戦には納得できません」と口を開く。



「現有の戦力で敵地の本土攻撃など愚の骨頂です。それにそのような作戦行動をアルツアルが容認する訳ありません」

「いや、アルツアルは容認します。勅が出て居るではありませんか」



 ”勅”? そのようなものあったか?

 そんな疑問を浮かべる幕僚に副官は眼鏡を光らせながら口元に笑みを浮かべた。



「第三王姫殿下より布告された『台風(トゥーポーン)』作戦は補助攻勢ではありますが、これは『竜巻(トゥルボー)』作戦を遂行するための擾乱攻撃をロートス支隊に命じたものであり、参加兵力以外に関して特に制限がありません。特に作戦の実施時期や実施期間は指揮官裁量に任されており、一度の発起のみという制約もありません。その上、当の『竜巻(トゥルボー)』作戦は今をもっても発令中であり、これを援護するためエフタル義勇旅団をロートス支隊として派遣すれば勅に則った作戦行動となります。なお、先に申し上げた通り作戦の実施期間も指揮官に委ねられているため敵との決戦を避けてアルツアルへ戻る事も可能かと」



 以上です、と副官の言葉に幕僚は開いた口が塞がらなかった。

 少なくとも名目が通ってしまったのだから後はそれを如何に実施するかを考えねばならない。

 だが絶えず不安はある。それはいくら逃げ出す時局を自分達で選べるといっても相手は大国サヴィオンであり、その真価は騎馬を用いた機動戦術にある。

 それに捕まれば一溜まりもない――もしくは全滅の恐れもあるのだ。

 そんな賭のような勝負には出れないと反論が口火を切ろうとしたが――。



「また、先ほど輜重を届けたガイランルート系の商人の話によりますと、サヴィオン内において反乱――いや、内乱が起こっている模様です。その首謀者は第二帝姫アイネ・デル・サヴィオンであるとか。その内乱は未だ鎮圧する気配がなく、討伐軍も退けられたそうです。つまりサヴィオンは帝族からの離反者が出た現状、この鎮圧に血眼になっている事でしょう。よって帝国の目は南部ではなく東部に向けられている公算が大であり、手薄な南部への侵攻は十二分に可能と判断いたします」



 目下、敵戦力が手薄なのであれば――。

 現状の兵力が心許ない事を除けば十分に敷居の下がった新たな作戦方針に幕僚達が頷きを見せる。



「よろしい!」



 パンっと手を打ち据えたエフタル大公は先ほどの怒気が嘘だったかのように破顔していた。



「では明日までに作戦の要旨を詰めてくれ。全てはエフタルのため、だ」

「「「ハッ!!」」」



 そうして明けて翌日。

 俺は頭が白くなりながら無茶苦茶な作戦を聞くのであった。

 あぁ、かみさま――!


遅れたので初投稿です。(いつも初投稿してるな)(今章はこれでおしまい)(コーナーで差をつけろ)


それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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