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戦火のロートス~転生、そして異世界へ~  作者: べりや
第一章 エフタル戦争
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我ら進軍する 【アイネ・デル・サヴィオン視点】

 予定通りの日時でスターリングから公都エフタルに入城出来た事を喜ばしいかと問われれば余は否と答えよう。

 何故か? それはスターリング攻略は予定よりも遙かに早く完了したと言うのに部下の葬儀(これは仕方ない)と敵の反撃により街道の安全確保はおろかまともな偵察さえ行えなかったせいだ。

 そのおかげで進軍は遅々としか進まず、当初の作戦計画のものと同じ日時となってしまった。余も焼きが回ったと言うのだろうか?



「おぉ! 殿下。お待ちしておりました」

「世辞はいらぬ。それよりエドワード様のお部屋に案内せよ」



 出迎えてくれた西方鎮定軍第一軍の幕僚に冷たく言い放ち、破壊の爪痕少ない異国の本城に足を踏み入れる。どうも敵は徹底抗戦と言う選択肢を捨て、籠城で戦力が摩耗する前に城を脱出したようだ。そのせいで城壁に比べ本城の被害が見受けられない。

 だが一周して様子を見た所、攻撃正面となっていた南城門が破砕されていた。城塞都市型の防御結界が打ち破られたとあって敵は撤退を選んだとしたら、随分と思い切りの良い参謀を抱えているようだ。注意せねばなるまい。

 もっとも我らの魔法技術で大都市の防御結界をも打ち破れる事が証明されたのだ。それが分かっただけでも重々。開戦に踏み切った父上の御判断に間違いは無かったと言えよう。



「こちらです」



 案内役に連れられて複雑な城の中を見学しながら上の階を目指す。外観こそ旗しか変わっていないが、内装は帝国式の物に順次改められているようで、帝国産の調度品が次々と運び込まれてはエフタルの品々が外に連れ出されていく。きっと第一軍の将兵で戦利品として分け与えられるのだろう。

 そんな改装も終わっている部屋も見かけた。そこはこの国の文官が詰めていたであろう部屋だったが、今は帝国から集められた文官達が戸籍調査や地検等の準備がはじめられようとしている。

 そして最上階より二階ほど下の豪奢な会議室に案内された。薄く開いた扉から中を伺うと成人の儀を取り計らったばかりほどの水色髪の青年が憂鬱そうに頬杖をついていた。お目当ての帝国第三帝子エドワード・フォン・サヴィオンは物憂げに騎士の報告を受けているようだ。



「……失礼いたします。エドワード様。アイネにございます」



 少し逡巡を覚えたが、騎士との話し合い――軍事の話なら加わって損は無いだろうと思って報告会に水を指す事にした。



「ん? アイネ義姉様! これは出迎えに出れず申し訳ございません」

「いや、構いませぬ。して、戦況は?」



 歳の近い(と言っても余が二ヵ月先なだけなのだが)義弟と共に敬うような、どこか気まずい挨拶が交わされた事に若干辟易しながらも地図に目を走らせる。この後味の悪い空気はどうも苦手だ。

 チラリと義弟を盗み見ると、彼は顎で騎士に指図し、その騎士が報告をしてくれた。



「畏れながらご説明させて頂きます。我らが第一軍はエフタル南東部より侵攻し、エンフィールド、エフタルと主要都市の制圧に続き、殿下のスターリング攻略によってエフタルの大部分を占領致しました。

 帝国執政部が望んでいた不凍港の確保とエフタルの資源確保による超持久戦体勢の構築成功と言う点では第一段作戦は無事に完遂されたと言えるでしょう。

 残すは蛮族が南西街道と呼ぶアルツアルにつながる主要街道周辺のみとなりました。

 しかし皇帝陛下のご威光があまねく降り注げば蛮族は皆、恐れをなして我らに頭を垂れ、アルツアルへの進軍路がおのずと開かれる事でしょう」



 流れるような口上にポカンとしてしまうと、エドワード様は「面白い奴でしょう?」と自慢げに言った。我が弟ながら小気味良い笑いを浮かべるものだ。余とは違う腹から生まれただけあって余に似ていなくて良かったと心底思う。余はこのように気味良く笑えぬのだから。



「此奴は口から先に生まれたのでは無いかと思うほどですよ」

「なるほど。ですが、口達者なおかげでだいたいの戦況はつかめました。して、どうして南西街道の占領が遅れているのです?」



 早々にエフタルを手中に収めたのに何をやられているのだろうか。

 余と違って陛下から一万の軍勢を与えられたと言うのに、どうして――?



「敵には強力な遅滞部隊が居るようです。なんでも奴らは森を自由に駆け、未知の魔法を放つと言う。まぁ兵の戯言だとは思うのですが、勝ち戦故に兵が命を出し惜しみしているようです」

「では余、自ら兵を率いて事の次第を確かめて来ましょうか? 歩兵を置いて進軍してきた二千の騎兵の内、二百くらいなら即座に出陣できます」

「まったく。義姉様の戦好きはなんとも……」

「戦場こそ余の生きる場所ですからな」

「…………義姉様、別にそこまで自虐なされますな。確かに義姉様の生まれは複雑ではありますが、別に戦場に出なければならぬ訳ではありますまい」



 二ヵ月しか年齢こそそう変わらない義弟は椅子に深々と座りなおしてため息をついた。

 優しい義弟の言うとおり余の生まれは複雑だ。だが、生まればかりは選べぬのだから詮無き事と最近は思っている。



「前帝陛下の側室を娶った父上の自業自得がもたらした事ではありませんか。そんな事、少し考えればわかる事でしたでしょうに」



 権力者の婚儀には悲劇が伴う。三文芝居にも書かれるような王道な話があった。

 昔、昔、二人の帝族が居りましたとさ。その兄弟は同じ人を好いてしまった。だが互いに自由に正妻を選べる立場でもなく、帝位を継いだ兄――前帝陛下がその人――母を側室に置いた。だが前帝陛下が子を残す前に病気でお隠れになったためその弟――現帝陛下が即位し、前帝陛下の側室だった母を娶った。

 それ自体はまぁ男の意地なのだなと思わなくもないが、一つだけ問題があった。



「普通なら半年は婚儀をしてはならぬと言うのに、その禁を破った父上のせいで――」

「止めてくだされ。エドワード様」



 皇帝批判はそれがたとえ血族の者であっても極刑を申し渡される事もある。

 それにそんな恨み言などとうの昔に叫んで叫び疲れてしまった。


 問題は余にどの帝の血が流れているか、そこに尽きる。

 サヴィオン皇帝は直系の一族によってこそ引き継がれるものであり、もし余に前帝陛下の血が流れていた場合は現帝陛下よりも正式な帝位継承権が生まれてしまう。つまり現帝陛下の存在そのものを脅かしてしまう可能性を余は秘めていた。


 そうなれば現帝陛下はなんとしても余の暗殺を企てるだろう。だから余は政治の場に姿を見せないようにし、帝位継承より戦に興じる姫を演じなければならなかった。政治の舞台にさえ立たなければあのお方は何も言わないし、余が戦死すれば儲けものとも思っているかもしれない。

 もっとも演じていただけのはずだったのがいつからか演技では無くなってしまったのは秘密ではある……。



「話を戻しますが、余の東方辺境騎士団は義兄上のためにもアルツアルへの突破口を作らねばなりません。そのついでにエフタルの敗軍を追撃し、撃破してごらんに入れます」

「精強の誉れ高い東方辺境騎士団の勝利を疑う訳ではないのですが、敵は敗軍とは思えぬ強さを持っています。特に例の噂もあります」

「噂は信じていないのでは?」

「煙のない所に火は立たぬと申しましょう。それにエフタル攻城の際に我の一個魔法騎士隊が全滅させられています。気をつけるに越したことはありません」



 帝国が開発した強力な魔法攻撃を迅速に機動させるための魔法騎士団は精鋭中の精鋭で構成されている騎士団だ。

 だが、それ故に魔法と武道に精通した者しか入団が許されていないがためにその兵数は少ない。

 例えそれが一個魔法騎士隊――二十人が失われただけでも重大な損失だ。そもそも精鋭故に補充が少なく、替えが利かないせいでそれほどの人数が失われた場合、余だったら指揮官を罷免している。

 だが、面白い。魔法騎士団一隊を全滅させる奴か。



「それだけの手練がいるとは腕がなります。やはり余、自ら出陣致します」

「義姉様の騎士団は今日、都にたどり着いたばかり。しばし休息されるべきです。

 それより父上はエフタルなどの小国よりアルツアルを欲しておいでなのです。義姉様の騎士団を無駄に消耗させる事は帝国の益になりません」

「それでは好機を逃します。なに、我らにかかれば一ひねりです。ご安心を」



 別に驕った言葉では無い。余の騎士団の実力は帝国でも有数の者だと信じている。

 それを分かってか、それとも有無を言わさぬ口調に故か義弟は「……ご無理の無いように」と頭を下げた。


 それに答礼して会議室を出るとため息がもれた。やはり帝族同士の会話は嫌になる。

 別に義弟が嫌いと言うわけでは無い。

 ただ、相手は正妻の子であり、余は側室――それも前帝の子と言う政治的に微妙な立ち位置のせいで無駄に気を使う事が嫌いだった。

 それこそ幼い時は彼と共に遊んだりもした愛弟なのに、余が政治の道具となってからはこのギクシャクした関係がずっと続いている。

 それが嫌で嫌で仕方なかったから、余は政治の舞台から戦場に身を投じる事を選んだ。


 そして余は帝国東方を群雄割拠する諸侯を平定する事になり、それをやってのけてしまった。

 戦場の駆け引きは良かった。互いに命をかけて向き合う事に快感を覚えた。それこそ泥沼で足の引っ張りあいをしている政治より生き甲斐を感じた。


 だから「戦姫(せんき)」と呼ばれる事を好いた。もっとも政敵どもは「戦鬼(せんき)」と呼んでいるようだが。

 つらつらとそんな事を考えながら馬場に行くと到着したばかりらしい騎士達が馬に水や飼い葉を与えていた。

 自慢の東方辺境騎士団だ。



「皆の者! 馬にしっかり飯を食わせるのだぞ。すぐに出陣の時が来る」

「真ですか殿下?」



 そう訪ねてきたのは最古参の騎士であるクラウス・ディートリッヒだった。齢四十にさしかかるも衰えを見せない従者に頷く。



「南西街道に敵の遅滞部隊が居るらしい。これを撃破してエフタルの敗残兵狩りを行う。

 ただ、敵は妙な魔法を使うらしい。情報が欲しいからその噂を知っている者から敵の魔法がどのような物か聞いて欲しいのだが」

「分かりました。すぐに手配いたします。して、斥候はどうします?」

「皆、疲れているだろう。三時間後、元気そうな者を選んで斥候に出すのだ。だが、小規模な斥候では意味が無い。

 スターリングからここまで来るのに相当、手を焼いたからな。送るたびに斥候が帰ってこないのでは派遣している意味が無い。出来る事なら倍の二個小隊を出せ」



 その後、遠征に必要な物資の事を手短に話し合い、クラウスと別れて馬場を見て回る。

 誰しも疲れを見せては居るものの、勝利が続いているせいか顔色が悪い者は居ないようだ。。



「殿下! また一合戦ですか?」

「そうだ、アイク。ぬかるなよ?」

「御意に!」

「殿下! 馬だけじゃなく、人間の方にも補給が欲しいであります!」

「次の戦で戦功目覚ましい奴にはエールを一樽くれやる。励むのだぞヴィル」

「御意!」



 そんな部下達の間を抜けると、ただ一人、暗い顔して俯く騎士が居た。ヨハナと言ったか。東方では珍しい女騎士であり、色々と目をかけていたため思わず声をかけた。



「どうしたのだ?」

「で、殿下!? これはとんだご無礼を――!」

「構わぬ。……もしかしてお父上の事か?」



 彼女の父は彼女と同じく東方の騎士だった。その父は開戦劈頭、占領したエルフの村近くの橋の状況を調べていた。簡単な任務だった。対岸の斥候派遣、橋の状態確認、そして捕虜としたエルフの見せしめ。

 それらを統括するために彼を派遣した。

 相手は這う這うの体で逃げ出した連中であり、反撃を行う余力は無いと思っていたが、エルフとドワーフの反撃で多数の死傷者が出た。そう言えば斥候として対岸に渡っていた傭兵の生き残りによれば雷のような音と白い煙を上げる魔具をエルフが使っていたと言っていた。

 恐怖故の妄言だとばかり思っていたが、まさか――。



「殿下、敵は、エルフなのでしょうか? それならばどうかわたくしめに仇を討つ機会を! どうか、どうか!!」

「案ずるな。相手はおそらくエルフだろう。それも仇やもしれん」

「なら――!」

「慌てるな。復讐の時は近いぞ」



 義弟から聞いた噂話に出て来た奇妙な魔法。傭兵が見た雷の音と白煙を吐き出す魔具を使うエルフ。その上、森を巧みに使う強力な遅滞部隊。きっとスターリングからの街道で斥候をことごとく殺したのと同じ連中――同じエルフだろう。



「その時はお前の力が必要になる。魔法騎士としてがんばってもらうぞ」

「はい、殿下!」



 彼女の身を焼く憎しみを感じながらあの夜を思い出す。

 もちろん仲間を殺された恨みからあの村に居た連中は捕らえて皆殺しにした。だが、全てのエルフを根絶やしにしなければ気の収まらない者もいる。

 彼女の怒りももっともだ。

 大切な仲間を、それも家族を殺された。許せるはずがない。やはり出陣は間違っていない。

 蛮族共め、皆殺しにしてやる。余の大切な部下を殺した罪を償わせてやる。



「皆、よく聞け。出陣の時は近い。

 我ら東方辺境騎士団は敵の遅滞部隊を蹴ちらし、アルツアル北方を脅かす。

 敵は我らの同胞を討った蛮族である。蛮族を許すな。

 帝国は亜人の脅威を退けるために興った人間の国ではあるが、諸君等東方の民にはそれを実感として感じた者はそう多くは無いと思う」



 遊牧民が己の部族同士で割拠していた時代、その中の一部の部族達が亜人に対抗して団結した事を端に誕生した国が帝国だ。それ故、亜人の脅威にさらされなかった帝国東部は依然と群雄割拠が続いたのだが、それも余によって併呑された。

 そのため帝国の建国理念を共感してくれる連中はそう多くない。だが割拠を続けた諸侯は小さい塊での仲間意識を強めていった。

 それ故、征服者である余が東方の騎士を手なずけるのは苦労したが、政治につぎ込む時間を全て騎士団に注いだために精強な騎士団を生むことが出来た。



「帝国の建国理念のために戦えとは言わぬ。だが、我らは我らの仲間のために戦おう。

 奴らに死を! 仲間を殺した亜人を殺し、仇を取ろう。東方辺境騎士団万歳!」

「万歳! 東方辺境騎士団万歳!」



 戦意がみなぎる。怒りと共に戦意がみなぎる。

 誰一人戦死者を出さずに帰ろうとは言わない。きっとまた誰か戦の果てに死ぬだろう。

 それでも我らは戦う。我らのために、仲間のために戦い続ける。あぁなんと業の深い騎士団だ。

 死ぬと分かっても彼らは余を慕ってくれる。その信頼の重さにくじけそうになるが、それでも余はそれを背負って立つ。それが唯一、戦死者への手向けであると信じて。



「忠勇無双の諸君! 行くぞ! 我らはアルツアルに。この戦は前哨戦にすぎない。よって蛮勇や玉砕を禁じる。

 生きて武器を取れ! それこそ東方辺境騎士団だ!」



 占領したばかりの城を喚声が震わせる。

 それに満足とも充足とも取れる思いが吹きあがる。あぁ、やはり余は戦好きな戦鬼なのだ。

 彼らを率いる事で余は余足りえ、戦の中でこそ余は生を実感する。

 一国の王には甚だ向いていない小娘だな、と内心で嘆息し、その事を現帝陛下や義兄上に教えてやりたい。まぁ、教えた所で理解はされぬだろうが。



「者ども! 支度を整えろ。我らの骨の捨て場所は常に戦場である! 遅れをとるな!」

『応!』



 そしてきっかりと三時間後に斥候が城門を出立し、それから一時間と立たずに東方辺境騎士団が動き出した。

 本来、余に宛がわれた兵は総じて五千。そのうち三千の歩兵は進軍を速めるために置いて来た。そして二千の東宝辺境騎士団のうち、予備兵力としてレンフルーシャー会戦やスターリング攻略に参加しなかった兵力や志願者を集めて再編した二百が野に放たれた。

 血に飢えた獣の如き騎士達は己が敵を求め進軍する。


 あぁさっそくたどり着いた敵の首都よ。

 さようなら、ごきげんよう。我ら進軍する。我ら進軍する。我ら敵を求めて進軍する。


メッセージの返信等は今夜行います。



初のロートス以外視点となります。

より激しい戦闘を書いていけたらと思っております。


また、イギリス征踏歌の歌詞のかっこよすぎてリスペクトです。作詞者はWW1で戦死されてるんで著作権的にはセーフのようですが問題があれば修正します。



それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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