第三次アルヌデン平野会戦・6
雨の降りしきる中、部隊の再編を待つ時間を使って臨編臼砲中隊の惨劇をハミッシュから教えてもらい、その指揮権を彼女が有するまでになった顛末を聞いた。
まさかあのウェリントン大尉が……。
「他の砲兵は?」
「ほぼ全滅じゃ。この調子じゃとまともには戦えぬ」
歯を食いしばるように伝えられた事実に思わず臍を噛む。
砲兵の積極的な支援があれば解囲も楽に出来るかもという思惑は潰えた訳か。
その上、この雨空である。
まだ夏の名残のある空気が漂っているから低体温症になる事はないだろうが、火薬が湿ってまともな射撃が出来るかどうか。
そうなると銃剣や長槍が頼みだな。良かった。丘から長槍兵の多い中隊を引き抜いてきて。
「おーい! おーい!!」
甲高い声が訥々に響いたと思ったらその方向には白色の軍衣袴姿の兵士達が縦列にて進んでくるところだった。どうも声の主はその先頭にいる翼を持つ少女が発したらしい。
「ヤーナさん?」
「そっちも来てたんだね! おや、ちっこい砲兵さんは生き残れたんだ。何より、何より」
破顔するヤーナさんがハミッシュの頭を軍帽の上からぐりぐりと撫でる。もっとも彼女の片手には身長の倍ほどの長さを誇る長槍が握られているため片手で撫でている訳だが――。
「感動の再会中、申し訳ありません」
ヤーナさんの背後から銃兵隊で使われている詰め襟式の夏軍衣をまとった青年を終えようとしているくらいの齢の人間族の男が声をかけてきた。
袖に縫われた刺繍からして階級は同じ大尉のようだ。そのさらに後ろにも同じく大尉の袖章をつけた壮年の男が立っている。
「自分はレオルアン公爵少将が嫡子にしてレオルアン銃兵大隊の長をしているロベール・ノルン・レオルアン騎士大尉です。彼は国民義勇銃兵隊第十三大隊の――」
「お久しゅうございます。大尉殿。ジャンであります」
「あれ? ジャン曹長!?」
そこには以前、アルトで知り合った老曹長が顔を綻ばせていた。
彼の部隊には何度か練兵を施した事もあったし、アルトでの防衛線が崩壊した折りに撤退を見咎められたりとなかなか因縁のある人間族だ。
「昇進したのか?」
「戦時昇進ではありますがお陰様で騎士位を連隊長より賜りまして、恥ずかしながら貴族の末席を汚しております」
「凄いな。何階級特進してるんだ?」
「実は王都での戦を生き残った下士官の半数以上が臨時少尉や騎士位を賜って少尉に任命されているのです。自分はその上で大隊の編制官として即日で少尉から中尉に昇進しまして」
「へ、へぇ……」
「それで、大隊の編制完了と共に大尉へと……。自分でも何が何だか」
おい、ど素人じゃねーか。てか俺も昇進が早い方だとは薄々思ってたけど、俺より早いじゃん。
そんな俺達にレオルアン大尉は「知り合いでしたか」と顔を見比べていた。おっと、自己紹介していない。
「えぇ、ジャン曹長――大尉とは少し縁がありまして。あぁそうでした。改めて俺は第四四二連隊戦闘団ロートス大隊指揮官のロートスです。この度はよろしくお願いします」
「合流出来て良かった」と二人は安堵をもらした。
「自分はロートス男爵大尉の事を父上から聞いております。先の冬に燧発銃や大砲の製法を伝えてくれたばかりでなく、ドワーフによる技術指南もしてくださったと。父に代わりどうかお礼を」
「い、いえ、やめてください。むしろレオルアン公爵閣下が王都へと砲兵の派遣や騎士団の増援をしてくださったおかげで俺、自身も助かったといいますか……」
「謙遜はおやめください。ロートス男爵大尉の武勇は今や東に西にと持ちきりです。お会いできて光栄です」
なんて歯の浮くような……。それも目をキラキラさせながら、である。悪い気ではないが良い気にもならない。男には興味ないのだから。
「そう言えば合流というのは?」
「自分達はエフタル義勇旅団が戦線を破ったとの話を聞き、増援に向かう途上でヤーナ殿より同旅団の危機を知りまして」
「それで第一軍集団本営より増援任務から救援任務に抜擢されたのです」
なるほど。増援のつもりが救援ね。
ここまで迅速に部隊を動かせたのは運が良かったのか、悪かったのか。
ともかくヤーナさんのおかげで俺の大隊だけで救援なんて悪夢を見ずに済んだようだ。
「それでなのですが、ヤーナ殿からロートス大隊が先行しているかもしれないと話を聞いておりまして、それが真ならばもっとも階級の高いロートス男爵大尉に我らの大隊の指揮権を委ねようと二人で話していたのです」
「ま、待ってください! 俺はただの大尉ですよ! ロートス大隊からは二個中隊しか連れてきてませんが、一介の大尉が三個大隊――小規模な連隊か、戦闘団に当たる部隊を指揮するだなんて」
「しかし烏合の衆のままでは各個撃破されかねません。頭を置くのは当然ではありませんか。それにロートス男爵大尉であればその武勇と爵位から三個大隊を率いても問題ありますまい」
「そうです。わしもそう思っております。わしらを率いるなら大尉殿以外におりますまい。どうかここは一つお願いしたく」
ダメだこの人達。大部隊を率いる責任なんて無いって言ってるのに全然話を聞いてくれない。
もしかして酔っているのだろうか。いや、きっとそうだ。だって酔っぱらいじゃないとここまで人の話を聞かない訳がないもん。
「実はお恥ずかしながら我が大隊が予備戦力だったのは練度不足にあります。実戦経験が乏しい民衆の徴兵部隊とあり、父上は戦場にこそ連れてきてはくれましたが、国の一大事とあって後方待機をさせられていたのです。残念ながら指揮官である自分はそれを否定できません。我が大隊が出来るのは前進、射撃関係一式、それと突撃のみです。自分自身も初陣となり、どうなるか分かりません。どうか伏してお願い申しあげます」
「わしも同じです。これほどの兵を率いた試しもありませんし、何より多くは射撃もままならない新兵達です。どうか大尉殿にこそ指揮をして頂きたく」
出来ないって言う前に試してみろよ! なんで努力もせずに投げ出すんだよ! 頑張れ! 頑張れ! 頑張れ!! と思考停止してブラック激励を叫びそうになったのは言うまでもない。
だがこのままごねても時間を無駄にするだけって俺は知っている。飲み会で一発芸を強要されて拒否する事が出来ないのと同じようにこれは拒否出来ないやつだ。
あぁ、かみさま――!
「……分かりました。これより一時的に我ら三個大隊を以て戦闘団を組織します。指揮官は俺。戦闘団本部要員は我が大隊の者を当てますが、よろしいですか?」
「依存ありません!」
「むしろ光栄です! 存分に使ってくだされ!」
うわ、期待が重いぃ。助けて。誰か助けて……。
いや、こういう時に限って助けはこないって経験で分かる。分かってしまうが悲しいけど。
「よろしい。では本戦闘団をこれよりロートス支隊を呼称し、我が大隊の左右に二人は展開してください。これより二列横隊にて接敵前進し、以下の号令は支隊長である俺に従うように」
「「ハッ!!」」
勢いよく駆けだしていく二人を見送り、ふとハミッシュを見やる。
「ハミッシュ、どうする?」
彼女の部隊はもう部隊の体を成していない。
どんな指揮官でも後方へ送り、補充をすまさなければ戦闘部隊として機能しないだろう。
だがその後送の命令を出す指揮系統さえも滅茶苦茶になっている手前、彼女にどうするか選んで欲しかった。
「……兄じゃについて行くのじゃ」
「でも――」
「………………」
「そ、そんな目で見るなって……。断れないだろ」
「そ、それじゃ――!」
「ハミッシュ軍曹。一時的にロートス大隊の指揮下に入る事を命じる。あぁ、これを渡しておく」
ハミッシュがせっかくプレゼントしてくれた拳銃だが、それを彼女に渡す。さすがに丸腰でって訳にも行かないし、何より拳銃なら新型小銃に比べて小柄な彼女でも操作しやすいだろう。
まぁ見た目とは裏腹にドワーフは頑丈だから新型小銃でも大丈夫かもしれないが。
「あと、このポーチだな。弾薬は十発もあれば取りあえずいいか?」
「助かるのじゃ」
そうこうしている間に万全の準備が整い、横列に並んだ兵達が叩きつける雨を無視するように不動の姿勢で立っている。
「よろしい! それでは第二幕だ! 旗手! 大隊旗を掲げよ! 全隊前へ、進めッ!」
ラッパ手が小気味良い音階を響き、国民義勇銃兵隊やレオルアン銃兵隊に付属する鼓手が歩調を合わせる軍鼓を叩く。もっとも太鼓に張られた革が雨に濡れて音が濁っているのが難点ではあるが、それでも泥濘だした畑を軍靴は勇ましく踏みつけていく。
◇
第一鎮定軍本営から、ジギスムント・フォン・サヴィオンより。
先ほどから降り出した雨が本降りとなる。
足下がぬかるめば馬の足が鈍り、雨粒が体温を奪う事で馬や兵の消耗が激しくなるが、だが後少しだけなら問題あるまい。
「伝令! フォンテブルク公爵閣下より伝令!」
「申せ!」
本営に駆け込んできた伝令に間髪入れずに問いかけるが、伝令の顔色からして吉報に違いあるまい。
「『我、突出する敵を包囲す。第一帝子殿下に栄光あれ』! 以上であります!」
来た! 来たぞ。これで敵の一大戦力を殲滅出来る!!
「よろしい。このまま敵を包囲し、戦果を拡張せよと伝えてくれ」
「ハッ!」
喜色を滲ませて本営を去る伝令を見送り、次の指示を本営に待機しているエルヴィッヒ・ディート・フリドリヒ――エルに伝える。
「エル。後詰めの戦力を前進させよう」
「仰せのままに。フリドリヒ騎士団へ攻撃前進の命令するわ」
ハスキーな声にどこか緊張が見て取れたが、それでも彼女は凛々しく言葉を紡ぐ。それに勇気づけられる思いでテーブルに広げられた戦況図を見下ろす。
敵の中央兵力をこれで殲滅出来れば騎士団を使って敵の正面兵力を分断させつつ本営を強襲出来るかも入れない。
いや、そこまで粘る必要もないか。
この会戦の目的はあくまで攻城戦を目指す敵の戦力を削ることであり、アルツアルとの雌雄を決する戦いではない。それにラーガルランドからは”仮に敵戦線中央部を突破出来ても兵力差から優位は続かず”と言われているため無為な攻勢に出るつもりはない。
そう、敵を包囲殲滅出来た時点でもはやこの戦はサヴィオンの勝利と言える。
「全軍に通達。改めて防戦につとめるよう念を押せ!」
「しかし殿下。このまま攻めれば敵を敗走させることも出来るかと。王都で消耗したとはいえ、まだ殿下の魔法使いは健在。この後詰めにも集中的に魔法使いを集めましたし、このまま攻めれば――」
「確かに攻撃を続ければ敵を敗走させることなど易いはずだ。だがこの戦で勝利したとしても、我らの損害も無視できなくなろう。そうなればマサダの防衛はより一層厳しいものとなろう」
それに何度も帝都へ増援を要請しているのだが、一向に便りがこないのだ。
東方への備えとして留守騎士団をかき集めているのだろうが、そのせいで増援がやってこないでは話にならない。このままでは夏までに築いた優位が完全に失われてしまう。
だからこそマサダで踏みとどまる必要がある。
「マサダでの防衛には少しでも多くの戦力が必要だ。それを確保するためにも今は堪える時なのだ。だから、分かってくれ」
「さすがは殿下。今後の戦局を見据えてのことなら仕方ありません。むしろわたくしの浅慮をお許しください」
「いや、気にしないでくれ。さぁ仕上げととりかかろう!」
エルはその言葉に強く頷くと隷下の騎士団へ命令を伝える。
本営の天幕から出てみれば色とりどりの軍旗がはためき、精強な騎士達が愛馬を駆ってゆく。
蹄と鎧のこすれる音が周囲を圧し、彼方へと駆けていく様は勝利を印象ずけるに十二分だ。
「壮観だな」
「お褒めに与り光栄です。これでアルツアルの弱兵など鎧袖一触でしょう。すぐに殿下へ喜ばしいご報告が出来るかと」
エルの言うとおりすぐに吉報が舞い込むであろう。
そう、確かにトータル的な戦力数では負けているが、中央部に限って言えば正面から敵を押さえつける歩兵隊が三千、フォンテブルク騎士団とフリドリヒ騎士団が合して二千ーー合計で五千。対して突出してきた敵は同数ほどであり、歩兵を主力とした部隊だという。
戦力では拮抗しているが、こちらには虎の子の魔法使いを集めているから数値以上の結果を生むことは目に見えている。
「エル。他の戦線はどうだろう?」
「現状、拮抗状態が続いているようです」
「迂回しているラーガルランドはどうだろうか?」
「まだ伝令が来ていないのでなんとも……」
「そうか」
最右翼からの迂回攻撃を企図しているラーガルランド騎士団の状況が気になる。
あの騎士団は魔法使いがいないから敵陣の突破が出来るか不安が残るが……。
いや、指揮官はあのラーガルランドだ。
東方でも大暴れした猛者であり、王都攻略戦では敵の防衛網を突破して王城近辺まで兵を進ませた指揮官でもある。ならばオレはただラーガルランドを信じるのみ。
そう、エルを失うようなあの後悔を生まぬためにも――。
邪神転移! も同時更新しております。よろしければそちらもどうぞ!
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