第三次アルヌデン平野会戦・2
丘の上にて穴掘りをしていると歩哨に立っていたエルフの一人が「敵騎兵! 接近中!!」と声を上げた。
そのエルフの元に行くと確かに土煙をあげながらサヴィオンの戦列を離れる騎士の一団が目に入った。どうもお客様は二百から三百人ほどの騎兵のようだ。
「まぁ、ほっといてはくれないか。客を出迎えるぞ! 戦闘用意!」
即座に戦闘用意を下令すればミューロンが命令を復唱し、それをさらに各中隊長達が部下達に伝達していく。
するとスコップを投げ出した兵達がこぞって銃を手に取り、肩の高さほどの深さの塹壕に並んでいく。
だが塹壕の築城を始めてまだそれほど時間が経っていないため長さも三百メートルあるかないか。その上、幅も狭いせいで満員電車めいた光景になっているのは言うまでもない。とくにオーク族達は体が大きいために窮屈そうだし、ドワーフ族にとっては深々とした塹壕になっている。
うーん。ただ穴を掘らせただけじゃ種族間の体格差もあってか上手い具合にならないな。
「着剣!」
それぞれが四苦八苦しながらも左腰に吊られたソケット式の銃剣を引き抜き、その基部の溝を銃口のフロントサイトにはめ込み、捻る事でロックする。
と、その時だった。腸を揺さぶるような砲声が戦場に轟いた。もちろん援護射撃ではない。
アルツアル軍の戦列が敵陣に迫った事で主力に追随していた砲兵が攻撃を始めたのだ。連続した砲声に戦場が白煙に覆われ、土煙が巻き起こる。砲兵による実体弾による砲撃でサヴィオンの戦列を耕し始めたのだろう。
だがその気味の良い光景の中で目を疑う光景が生まれた。
「……あれ? 砲弾が空中で爆発してないか!?」
そう、砲兵の射撃の後、一部の砲弾が運動会などの開会式とかで打ち上げられる花火のように空中で破裂しているように見えるのだ。
空中で炸裂する砲弾? まさか俺達がサヴィオンを攻撃している間、ドワーフ衆が作っていたのってこれか!?
やはりスゴいな、ドワーフは!
「ザルシュ曹長! 曹長はいるか?」
「おう、なんだ?」
「あの空中で爆発してるのって――」
「あー。ありゃ石榴弾だ。今までてつはうを放り投げてたろ? あれを大砲でぶっ放せばより遠くを攻撃できるだろうから作れって上からいわれてたんだ」
「てつはうって火薬なんかを壷につめただけだろ。よく壷が割れないな」
「あんな扱いすりゃ壷なんて一瞬で割れちまうだろ。だから外殻を金属で専用に作ったんだよ。後はてつはうと変わらねぇ。導火線に火をつけて新型の軽臼砲っつう、砲身を切り詰めた臼のような寸動の軽野戦砲に装填すんだ。その時にあらかじめ導火線の長さを調節すりゃ敵の頭の上で爆発させられるって寸法よ」
なるほど。
敵を面攻撃するのは今まで燧発銃の銃弾なんかを袋詰めにした散弾を撃ちだしていたが、こっちの方がより望んだタイミングで敵を攻撃出来ると言うわけか。
「素晴らしいな」
「だろう?」
ニヤリと口ひげを歪めるザルシュさんの頼もしさにこっちの口元までゆるんでしまう。
それよりも石榴弾のような新兵器を作りながらも俺に新型小銃を作ってくれたハミッシュには感謝してもしたりないな。
そうだ、せっかく貴族になれたんだし、エンフィールド様の伝手とか使ってプレゼントをしなくちゃな。
あ、もちろんミューロンへのプレゼントも忘れていない。
「ロートス! サヴィオンの奴らこっちに来るよ!」
噂をすれば――。とは言うが、その通りにミューロンが駆け寄って来るなり袖を掴んでこちらに迫ろうとする騎兵を指さす。
ありゃ迂回して友軍の側面を攻撃するつもりか? ここに布陣していて良かった。
「よろしい! 戦闘準備は整っているな?」
「もちろん! もう弾も装填してあるよ」
犬歯をむき出しに獰猛な笑みを浮かべる親友に心が沸き立つ。
さぁハミッシュの先制攻撃は成功した。ならば次は俺達だ。
「総員傾注! 目標、敵騎士団! 大隊長の命令により一斉射撃をした後は別命あるまで各個射撃にて攻撃せよ! 我らロートス大隊の本懐は友軍を脅かす敵を駆逐する事にある! 諸君がその任務を十全に果たし、我らに勝利の栄光をもたらす事を拙に願う! 栄光よ! 栄光よ! 栄光よ! 神々よ、我らに勝利の栄光を授け給え!」
敵の騎兵はまだこちらに気づいていないようで、まっすぐに前進を続ける友軍の側面に吸い込まれるように進んでいく。
距離にして二百メートルを切り、百五十、百……。
「構え!」
父上の形見であり小刀を背後から抜き、その刀身を天に掲げる。百、九十、八十……。
「狙え!」
天頂にまで届きそうなほど振り上げた小刀を、振り下ろす。
「撃てェ!!」
轟音が空気を制圧し、音という音を奪い去る。
銃ある者全ての一斉射撃に燃焼した硫黄の香しい臭いが鼻腔をつく。
あ、そうだ。
「軍旗を掲げろ!」
旗手が白煙のたなびく陣中に黒地の旗を掲げ、白が薄まっていく毎に蓮の華が戦場に舞うように広がる。
く、フハハ。
もっとも眼下では横合いの奇襲にあった騎士団がやっとこちらに気づき、体制を立て直すように引き始めた。なんともあっさりと身を引くものだな。倒れている騎士も十人足らずのようだし、損害は軽微なはず……。
もしかして連中は横合いからの奇襲を企図して迂回攻撃をしようと目論んだものの、我が大隊に攻撃された事で奇襲効果が消滅したから仕切り直しをしようとしているのだろうか?
だとすると敵の指揮官は思い切りのいい奴だ。普通なら少数の損害でも目的達成のために動き始めたプロジェクトを強行してしまうものだから。
前世の先輩も失敗するのが目に見えてた企画を修正する事無く無理に通そうとしていた事があったが、そういうのって引き際を見誤ると悲惨だからね。特に部下が。
それを思うと敵はもしかして優秀な上司が率いているのかもしれないな。そんな人が上司だったら転生する事も無かったんだろうなぁ。
「ザルシュ曹長。敵はこれからどう動くと思う?」
「そうだな……。ま、二択だな。ここを攻撃するか、逃げるか、だ」
「……。さらに迂回して友軍を攻撃するというのは?」
「んなもん逃げるのと同じじゃねーか。まぁ少なくとも対峙するって選択はねーな。足を止めちゃぁ騎兵の強みの機動力が死んだも同然だ。まともな指揮官なら丘を取るか、取らないで別の方向から攻撃するかってところだろ」
そうなるか……。まぁ迂回されちゃどっちみちこの二〇一高地の確保を命じられている身としては動きようがない。ここは相手の出方を伺うとしよう。
「各自、撃ち方止め! 止め! 装填し、待機せよ!!」
命令が反復され、戦場に静けさが戻る、と思ったが未だ友軍から活発な砲声、そして銃声が響いてくる。一度敵を退けたが、戦はまだまだこれからだ。
◇
第一軍集団から、イザベラ・エタ・アルツアルより。
本営から遠眼鏡を使って前線を眺めているが、如何せん砲兵により全容を知るのが難しくなりつつある。
左右に遠眼鏡をふると、チカチカと規則的な光の動きが目に入った。
「あの光っている点はなにか?」と従兵に訪ねると、壮年の近衛第三騎士団団長が素早く己の遠眼鏡でつぶさに戦場を見やる。
「あれは……。確か砲兵が作り出した反射機と呼ばれる道具で鏡に光を反射させ、その明滅の間隔を符丁にして着弾を知らせるものドワーフが作ったと話していた覚えがあります。おそらくそれかと」
「光を反射させて、か。よくそんな事が思いつくな」
ドワーフは手先が器用であり、物作りに長けると聞いていたが、その発想力もすごいな。
「なんでも第二次アルヌデン平野会戦においてリュウニョ殿下と共に山越しの砲撃を行った際に旗を使った合図によって着弾を修正していたようですが、それでは合図の誤読や合図事態の種類が少なさから着弾の修正に難儀したがためにより複雑な指示が出せるよう、改良したものだとか」
「詳しいな」
「砲兵の着弾観測だけに用いるには惜しいと思い、ドワーフ達からよく話を聞きました」
なるほど。もっとも伝令を走らせた方が完全に内容を伝えられるだろうが、それよりも反射機なら即座に遠距離での意志疎通が出来るのは伝令に無い利点だ。むしろ簡易的な報告なら伝令よりも優れているのではないだろうか。
「殿下、目視も困難になって参りました。どうか本営へお戻りください」
「うむ」
団長に促されるままに本営に入るとそこには戦況図を中央に乗せたテーブルの周りを囲うように義兄上やジュシカ公爵を筆頭に五人の高級貴族がつめており、壁際にはリュウニョ殿下が静かにそれらを見守っていた。
「おぉ、イザベラ。それで、戦況は?」
「砲兵が攻撃を開始しております」
「……それだけか? 他は?」
白銀に輝くミスリルの鎧を身にまとった義兄上だが、細身で優男な見かけのせいか非常に似合っていない。これを世は服に着られている、と言うのだろうか。
それを見かねたのか、ジュシカ公爵がため息と共に「第二王子殿下」と苦笑を浮かべながら言った。
「先ほどわしが戦況を述べたばかりではありませんか。そう不安がっては士気に影響もでかねません。もっと泰然としてくだされ」
「わ、悪かったな! 私はシャルル義兄上と違って小胆なのだ! まぁその点は父上に似てしまったな」
まぁ元来、三兄妹の中で武に秀でていたのはシャルル義兄上のみであり、こうした場に不慣れなのは分かるが……。
「イザベラは、なんとも平然としているな。私はお前のように鉄皮面ではないからいけない。その秘訣はなんだ?」
「……慣れです。義兄上」
「そ、そうか……」
しまった。いつもの口べたが出たせいで会話が止まってしまった。
まぁお喋りな義兄上ならすぐに話題を紡いでくれるだろう。
そう思っていたが、義兄上が口を開く前に「伝令!」との声が響いた。
「ジュシカ公爵が従兵、ヤーナです。伝令に参りました!」
「よし、入れ!」
本営に入ってきたのはロートス大尉の部隊が着ているような黒の詰め襟軍衣袴姿の鳥人族であった。確か、『台風』作戦にも参加したジュシカ公爵付きの傭兵だったな。
「で、戦況は? 勝っているか? 負けているか?」
「――殿下」
いよいよ呆れの籠った声音に義兄上も不味いと思ったのか、咳払いを放って仕切り直しと言わんばかりに表情を作り直す。己の表情の動きが乏しいのは自覚している分、マクシミリアン義兄上ほど表情を作り変えるのが上手い人と感嘆しそうになってしまう。あぁそう言えばシャルル義兄上は裏表の無いお方だったから腹芸が一番不得手であったな。
「直言する事を許す。戦況を報告せよ」
「はい、ヤーナが見たところ全域に渡り友軍が攻撃を開始。我が軍は砲兵による支援の下、なおも前進中であり、対するサヴィオンは魔法による応射をしつつ方陣を組んでこちらの出方を伺っているようです」
「なるほどな。騎兵は? 側面攻撃はされていないか?」
「あ、そう言えば友軍の左翼に迂回を図るサヴィオン軍が居ましたが――」
「なに!? 大事ないのか!?」
「ヤーナの話を聞いてください! 迂回した連中は丘に陣取ってた人達が撃退しました! 黒地に白い花が描かれた部隊ですぅ! だから安心ですぅ!」
黒地に白の花――おそらく蓮の華だな。ならばロートス大尉か。
なるほど。ロートス大尉ならば防衛戦を十全にやってくれるだろう。
側面は安泰。あとは数で敵を押しつぶせれば……。
「予備戦力は、まだ投入しなくて平気か?」
「ヤーナは大丈夫だと思う――ます」
「おい、ヤーナ。てめぇ、ボロが出始めたぞ。殿下にお見苦しいところを見せねぇように空に上がれ」
「えー!? またー? 嫌な風が吹いてるから飛びたくないんだけど――。い、いえ。では失礼しました。再び空から戦場を監視してます」
一礼して去る鳥人族の少女を見送ると思わず安堵のため息が生まれそうになる。
いつになく順調だ。
これなら勝てるかもしれない。
そう思うと同時に、予も四辺方陣戦術を早々に捨てて柔軟な用兵をすればアルヌデン領にてサヴィオン軍をくい止められたのではという後悔がこみ上げてくる。
あの時はサヴィオンとの戦力差は二倍であり、今回よりは戦力の開きが少なかったとはいえ、その優位を活かす事無く敗北をしてしまった。
「これは、期待できそうだな……!」
「はぁ。第二王子殿下。慢心は禁物です。まだどうなるか分かりませぬ」
「わ、分かっておる!」
「しかし、困りましたな。これから空模様が崩れるようですな」
「……あの鳥人族の言った“嫌な風”というやつか?」
「左様。鳥人族は人間よりも天気に機敏です。早めにテントの準備をさせましょう。おい!」
雨に備えて従者達がいそいそと動き出すのをしり目に粘つくように動く時の流れに身を任せていると伝令がやっと飛び込んで来た。
「失礼つかまつる! エフタル義勇旅団司令部より伝令です! 我が方、敵戦線の突破に成功す! これより戦果拡張のため前進するため、予備戦力の増援を求める! 以上です!」
「でかした! だが、エフタルか……」
エフタル義勇旅団もこの戦争が始まって以来の古強者が集った精鋭だ。その精強さが機動に打って出た事で露わになったか。
だが義兄上としてはアルツアル諸侯の手柄であったらと歯がゆい気持ちを抱いているに違いない。
「エフタルは中央に展開していたな……」
「失礼ながら第二王子殿下。増援のご命令を出されるようエフタル大公閣下は求めておられます。どうかお早く」
「まぁ、待て。どの騎士団を増援に当てるか思案している最中だ。しばし待たれよ」
その言葉にふと嫌な予感が湧いてきた。
まさか――。
「義兄上。レオルアン銃兵大隊と我が配下の国民義勇銃兵隊より一個大隊――合計二個大隊を向かわせましょう。伝令を呼べ」
「おい、イザベラ!」
不満を一瞬だけのぞかせた義兄上に小さく耳打ちする。
「戦は数瞬の機微で戦況が変わるものです。ここではお控えください」
「……ふむ、そうだな。そうした工作はお前の方が得意そうだ。分かった! イザベラの命をすぐに遂行させろ」
ふぅ。事なきを得た、か。
中央を食い破れたのなら勝機が手に入ったも同然。この好機を政争でつぶしてはならん。
全力以上の力で戦わなければサヴィオンには勝てぬのだから。
それに貴族を減らすにしろ、そうした事はいつでも出来る。だからこそ急ぐことはない。
「だが、今回は勝利を拾えそうだな」
そう思うと自分の口元がゆるんでいるような気がした。
柘榴弾(榴弾)は登場が早かったかなぁと思いつつ浪漫なので登場させちゃいました。
これで挽肉がたくさん作れます。ぺちぺちこねこね。
それではご意見、ご感想をお待ちしております。




