臼
穏やかな秋晴れだった。
丘の稜線に寝そべっていると今までの疲れが湧き出して瞼が重くなる。だが、欠伸を必死に噛み殺して垂れさがる瞼をこすって街道を監視する。
森を貫くように作られた街道は右手奥からこの丘の手前で左方向にゆるくカーブした大路であり、道もよよく踏み固められてまさにエフタルの大動脈とも言える街道だ。
だが眼下に広がるそこ本来の喧噪などは消え失せ、ところどころ土が掘り返されたような荒さが目立っていた。。
まぁ公都陥落の報せが風のようにエフタルを駆け巡っているだろうし、耳早い商人ならとっとと逃げる支度をしているか、サヴィオンに媚びを売る準備でもしているのだろう。
そんな静かな街道を監視していると規則正しい歩調が遠くから聞こえて来た。
しばらく緊張の度合いを高めながら森と街道の切れ目を見つめる。来た! 敵の兵士達だ。
どうやら今度は歩兵中心の部隊のようだ。それも身軽そうな弓兵の周りを長槍を持った槍兵が護衛している。騎士はそのさらに後方だろうか? ここからではよく見えない。
「撃ち方用意」
昨日は追ってくる軽騎兵を森の中から一方的に奇襲して撹乱してやったせいか、今回はそれを反省して編制を変えている。
防御力が弱く、騎兵の突破力を止める事の出来ない弓兵をわざわざ引っ張り出して来たのはきっと森に潜む俺達を狩るためだろう。弓兵の多くは猟を生業とする者だろうから、エルフまでとは言わないまでも森歩きに慣れている連中のはず。
それなら森から攻撃を受けても即座に立て直して追撃を行える。いくら森での戦いにエルフが習熟していると言っても近接戦闘に弱いと言うのは変わらない。ある意味で弓兵は脅威だ。
だが、弓兵単体で突っ込ませる愚はさすがに犯さないか。
まぁ、エンフィールド騎士団もこの地帯を遊弋しているようだから、それから弓兵を守るために長槍装備の槍兵をつけたのだろう。よく考えられている。
そして敵の数。ざっと二百名ほど。弓兵と槍兵は一対二程度だろうか?
対してこちらは寡兵も良いところの百人。頼みの綱のエンフィールド騎士団百は俺達の後方で休んでもらっている。つまり独力で現状を突破しなくてはならない。
「おい、準備が出来たぞ」
ザルシュさんの声に俺は頷くと「合図を待てと伝えてください」と、相手の動向を待つ。そして敵は荒れた街道に足を十分踏み入れて行く。「そろそろか?」と焦りが何度も問い返してくるが、それ必死に我慢する。そして頃合いを見計らって「砲撃開始」と命じた。
すると銃声が可愛く思えるほどの轟音が空気を震わす。衝撃波がビリビリと肌を打ち、鼓膜がキーンと苦情を申し立てた。
「だんちゃーく」
金切り声を上げた砲弾が地面に突き刺さり、それに巻き込まれた歩兵が吹き飛ばされる。
濛々と立ち昇る土煙がすぐに周囲の敵兵を隠していくが、命中は確認できた。
「おぉ! こいつは凄いの!! がはは!!」
背後から磊落とした笑い声が響く。娘が飛び道具を使う事を嫌っていたのにこの手のひら返しである。
まぁ、この威力を見たら力こそ正義なドワーフも気に入ると言う物か。
それに男と言う生き物は人生のどこかで必ず一度は爆発物に興味を引かれるものだ。その常識が異世界でも通じて嬉しくもある。
あぁ男とはなんて業の深い生き物なのだ……!
「弾着良し。効力射、始め」
第三小隊はドワーフを中核にした部隊であり、彼らが操る兵器は臼だった。
別に冗談のつもりは全くない。その臼こと公都撤退の時に商店にあった物を徴用した物ではあるが、その外周は木材で補強され、木製の砲架まで付いている。
その臼にハミッシュ特性の火薬が入れられ、その上に口にあう大きさの石が無造作に置かれた。本当なら球形の砲弾を鋳造して欲しかったのだが、如何せん時間と設備が足りないと言う事で妥協した。
それに初期の火砲も射石砲と呼ばれる石を飛ばす臼のような物を指していたし、時代的には俺の使うライフル銃よりも適している。と、自分を納得させて今回の砲撃に踏み切った。
「砲撃準備完了なのじゃ」
「撃て」
「……なんじゃ? なんと言ったのじゃ?」
「撃て! う、て!」
「おぉ! そうか!」
どうやら爆音のせいで難聴を起こしているらしい。そんな彼女に身振り手振りで砲撃を指示すると、彼女は臼の側面に開けられた小さな穴に火縄を付けた棒を押し当てた。
銃で言う火皿に盛られた点火薬(普通の黒色火薬)から薬室の装薬(普通の黒色火薬)に引火、そして轟音と白煙。青空に吐き出された石が弧を描いて敵歩兵の真っただ中に落下して悲鳴が立ち昇る。
本来なら敵に砲弾を命中させるには複雑なプロセスが必要になってくるのだが、事前に火薬の量と砲身の角度からどこに砲弾が落ちるかを検証して敵がその位置に来るのを見計らって砲撃の指示を出しているのでそれは省略。そのせいで街道がボコボコになってしまった。
この街道を通る商人の方々には悪い事をしたが、これも帝国の連中を殺す為。どうか許してほしい。
「急造だったけど、硝石で縄を煮込んだだけの火縄も大丈夫そうだし、木砲――臼砲もまた良い仕事をしてくれるな」
火器の黎明期には様々な砲身が作られた。例えば革だったり、和紙を固めたものだったり、そして木をくり抜いたものなど多岐に渡った。だが製鉄技術の向上により砲身はより強度を保てる鉄へと材質が代わり、それらは絶滅していった。
ドワーフの技術力を見れば鉄製のそれを作るのは容易なのだろうが、如何せん時間が足りなかった。そのため簡単な工作をしてもらい、こうして使用している。
「第三射用意! 撃て!」
そして三度目の砲撃。もう陣形などと言う概念を忘れたんじゃ無かろうかと言わんばかりにぐちゃぐちゃに入り乱れた敵兵。混乱が最骨頂と成っている頃合いだろう。
「撃ち方止め! 砲撃中止! 中止!」
背後の第三小隊に手をふるや、敵兵の側面から銃声が響く。第三小隊が三度の砲撃を行った後、森に隠れたミューロン率いる第一小隊が混乱した敵の側面を叩くと言う作戦の通りだ。
「なんだ。敵さん、もう壊走か」
伏せた姿勢のまま敵陣を観察していると隣に来たザルシュさんが感想を述べた。
「新兵器の攻撃に待ち伏せ攻撃で敵はまっとうな戦闘は行えないでしょう」
「正々堂々とした戦こそ誉と親父さんに習わなかったか?」
「生憎……」
「そうか」
爆風と右往左往する敵兵が巻き起こす土煙が段々と薄くなっていく。どうやら敵は撤退を選んだらしい。そして道端に路傍の石の如く転がる死体が姿を現していく。
視力に自信があるせいでそれらが良く見えた。手足のもがれた者、銃創から血を流す者。その中でも首が吹き飛んだ者を見ると心が痛んだ。
敵兵を殺した事を悔いているのか、それとも父上の事を無意識に思い出したからか判断がつかない。
どちらにしろこの不快感は慣れない。それを指揮するのが俺とは……。嫌な役回りになってしまったなぁ。
「……ザルシュさん。撤収の準備を。第一小隊との合流地点に急ぎましょう。それと第三小隊を護衛している第二小隊にも撤収準備を指示してください」
と、言っても第三小隊が使用した臼砲は放棄が決まっているので使いかけの火薬と砲弾代わりの石を荷車に乗せるだけだ。
まぁ、せっかく作った臼砲を捨てるのは惜しいが、そもそも強度不足が否めないので十発ほど撃ったら捨てる事にしている(この臼砲は準備砲撃を加えてもう十発近く撃ってる)。前世の砲だって使い捨てと割り切られていた部分もあるし、何より鉄製の砲が作られるようになって廃れたと言う背景を見ればその強度に問題があったからとしか言えないので仕方ない。
それに臼はまだ三つある。いざとなればそこらの木を元に作れば良いし、前世に倣って消耗品と割り切るしかない。欲をかいて砲身を破裂させて死傷者を出すよりマシだ。
「急げ。第一小隊が待っているぞ」
俺の作戦をミューロンが守ってくれるなら、敵が撤退を始めた段階で彼女も撤退の命令を下しているはずだ。
彼女には森に敵が近づくか、敵が逃げるかしたら攻撃を止めて引くよう厳命してあるが――大丈夫だろうか。
ミューロンは俺以上に帝国に憎しみを抱いているから、命令無視で深追いとかしてないか不安で仕方ない。
「準備完了なのじゃ!」
「よし、それじゃ第二、第三小隊前へ、進め」
ミューロンへの不安が渦巻くが、第三小隊と共に南に移動する事およそ一時間。そこで第一小隊を待っているとすぐに現れた。
「やっほ。二人はやったよ」
眩しい笑顔で不吉な報告をしてくれた幼馴染の頭を撫でてやりながら「しばし休息にしよう」と獣人の中から鼻の利く連中を見張りに立てて小休止を命じた。
さて、今後はどうするんだったか。
「ねぇ、いつまでわたしの頭を撫でてるの?」
「んー。いや、ミューロンの髪って触り心地良くてさ」
「そんな訳ないでしょ。ああッ! 止めてよ。身を清めてないんだから、汚いよ」
「別に俺は気にしないけど」
そもそもこの中隊の面々全てに言える事だが、夜中も含めて行軍尽くめで身を清めるどころか睡眠さえ満足に取れていない状態なのだ。
故に服は汗で濡れ、垢が染み込んで激しい異臭を放っている事だろう。
「あー。こんな状態で獣人の人達の鼻って大丈夫なのかな。まぁ、それしか無いから彼らに任せるしかないけど――。って、なんで俺から距離取ってるんだ?」
「意識したら、なんかわたしの臭いが……」
だからみんな同じように臭いから分からないってと言おうとしたが、寸での所でそれを飲み下す。あまりにも失礼だろ。
「でも、臭いはもとより疲労の方が心配だな」
身辺に気を払わない強行軍を続ける理由はただ一つ。サヴィオン帝国の主力に追いつかれないためだ。
今までは斥候のような神速の機動を旨とする部隊と戦闘してきたが故に勝利を拾えていた。だが、万全な体制で押しつぶすように攻めて来られたら逃げるしかやりようがない。
だから俺達の取れる作戦は相手から距離を稼いで待ち伏せし、出鼻を挫いて壊走させる事だけだ。後は出鼻を挫く戦術に様々なパターンを盛り込みたい所だ。今までのように森の中からと言うのもワンパターン化してきてそろそろ対策を講じられる危険もあるし、臼砲と絡めた作戦を立案しなければならない。
「つってもなぁ。こんな戦力じゃ――」
そう言った所で俺は口を噤んだ。危ない危ない。リーダーがぼやけばそれは伝染して部下の士気を下げる一因になってしまう。
ただでさえ味方のエフタル脱出を援護するための足止め部隊と言う士気の上がりようもない任務についているのだ。下手な事は言葉に出来ない。
だが、戦力はもとよりその装備は貧弱のそれだ。それこそ新兵器たる臼砲があるもこれは消耗品だから一戦に一門程度しか運用出来ないし、銃に至っては四丁しかない。後はクロスボウなり長槍なりが三十ずつにドワーフが私的に持ちこんだ戦槌や戦斧と言った品々しかない。
それで撤退の援護――遅滞戦闘を指揮しなければならないとは、なんて役回りだ。
しかしその愚痴を言う相手も居ない。それが無性にストレスとなる。時々、「もう俺達はダメだ! 帝国に殺されて終わりだ」叫べたら愉快だろうなと思わなくも無い。
――疲労がたまっているのだろう。俺は一体何を考えているのやら。
「……下らない事を考えても仕方ないか。おーい。小休止終わり。行軍を再開する」
ダラダラと隊列が組まれていく。それに苛立ちを覚えるも、疲労と共にそれを飲み込む。
まぁ、従ってくれるだけありがたいところだ。
エルフならまだ族長の家系と言う血を重んじる種族ならではの統制が完全に取れているが、ドワーフや獣人にはそれが通用しない。(当たり前か)
少なくともドワーフはそれを取り仕切っているザルシュさんが俺の指示に従ってくれるが故に統制下に置いていると言えるが、獣人はまったくの善意で俺を頂きに据えてくれている。暗黙の内に出来たその規律を無為に刺激して崩壊させる訳にもいかず、俺は「急げ」とだけ命令を発する。
「なぁ少尉さんよ」
「リンクス? どうしたんです?」
第二小隊を率いる臨時少尉であるワーウル不族の男は長槍を杖に「いつになったら」と不機嫌そうに口を開いた。
「獣人はいつ戦えるんだ?」
ここまで獣人の方々はドワーフの護衛と地味な仕事しかしていない。もっとも彼らの活躍するような近接戦闘を避けてエルフによる奇襲攻撃しかやってないから出番が中々回らないのだ。
「こっちはお荷物って訳か?」
「そんなつもりは……! ただ、正面から衝突したとして戦にならないでしょ」
「だが、我らも故郷のために戦いたいんだ」
それは誰しもが持つ思いだった。それ故に今、こうして組織だった戦闘が行えている要因でもある。むしろその思いが無ければ早々に俺の部隊は瓦解していたろうが。
「いずれその時が来ます。どうか、その時を待ってください」
大きな舌打ちをしてリンクスが隊列に戻っていく。
だが、今までの戦闘でわき役に追いやられている彼らの境遇を思えばなんとかしてやりたいと情が湧く。湧くのだが、たった三十人の槍兵で出来る事なんてたかが知れている。
方陣なんて組めないし、組んだとしてそれが効果的かと問われれば否と答えざるを得ない。
無駄を減らして効率的に――そんなフレーズの社訓が頭をよぎるが、その無駄な部分に休みと給与が入っていると言うジョーク(ジョークだよな?)を思い出して頭痛がした。
まったく嫌になる。
前世の会社にしろ、今の指揮官役にしろ。まったくもって嫌になる。
「準備整ったよ」
「よし。全隊、前へ進め」
嫌で嫌で仕方ないが、とりあえず全力を尽くすしかない。
まずは南に逃げてエンフィールド騎士団と落ち合って今後の方針を確かめあい、撤退を急ぐ。
とりあえずここまで派手にやっていれば敵もそう、易々と攻勢に出てくる事もあるまい。
そうであれば、無駄な戦闘をする事無くアルツアルに脱出出来る。
「あと三日か」
小さくつぶやいた声が秋風にのり、青空に消えていった。
前作にも出た木砲ちゃんです。
他の火砲も出していきたいところ(第二章くらいかな?)
それとロートス君の精神状態は地球に降り立ったばかりのアムロのような感じです。ただ理不尽さには耐性があるので不満を覚えながら戦っております。
それではご意見、ご感想をお待ちしております。




