燃える村
「銃を下せ! 下せ!」
「そっちこそ下すだ! 下すだッ!!」
「――ッ!?」
筋肉を震わせるように叫ぶネイバ軍曹の咆哮にエルフの青年が思わず身を引いてしまう。
「お前等落ち着け! 落ち着けッ」
ネイバの意識が逸れた隙に一気に彼との間合いをつめ、俺に向けられていた銃口を横に叩き落とす。さっきからずっと前世での最期がフラッシュバックしたが、それでも体は動き、銃口が他所を向くと共に火花を吹きだした。
俺が叩いた衝撃に驚いたネイバが引鉄を引いたのだ。
一気に全身の汗腺が開き、冷たい汗が滝のように背中や脇を駆け下って行く。足が震えて仕方ないが、それを隠す様に大股で相争う部下達の間に分け入って行き、ふとハミッシュがくれた拳銃を握っている事に気がついた。
それを天に向け、撃つ。
逃げ惑う村民達から悲鳴が立ち上り、混乱が増せば増すほど場違いな沈黙が降下龍兵隊に襲い掛かって来る。
そんな一同を見ていては戦争など出来ないとありありと感じた。
「総員、三十歩後退! ミューロン、アンリ曹長! 後退を援護しろ」
「分かった!」
「たくッ!」
二人が即座に銃撃を開始すると兵達もやっと動き出し、徐々に降下龍兵隊に後退していく。そん中、射撃を終えたミューロン達を援護するためか、兵の中からも下がりながらも射撃が行われる。
もっとも散発的な攻撃に衝撃力は失われ、ただただ混乱が増すばかりで収拾などつきそうになかった。
くそ。
「ネイバ軍曹! 貴様、何をしたか分かっているのか!?」
「お、おらは――」
「警告ッ! 敵!! 突っ込んでくる!!」
誰かの悲鳴に似た声に村を見やれば二、三十人ほどの村民がピッチフォークや脱穀に使われる殻竿と呼ばれる柄と打撃部の二つの部位を金属輪で取り付けた農具、そして草刈り鎌を持って反撃に転じようとしていた。
見るからに遠距離武器は無いようだが、農具でも接近戦になれば数の不利を享受する羽目になる。それだけは避けねば。
「てつはう用意!」
それぞれが雑納から素焼きの壺を取り出す。その壺の口はちょこんと導火線が伸びており、壺内にはぎゅうぎゅうに押し込んで圧力をかけた黒色火薬と鉄片が詰まっている。
元来、黒色火薬は非常に感度の高い火薬ではあるが、それ単体では爆発はしない。だから壺に押し込み、圧力を加えなければならないのだ。
「目標、二十メートル先の敵! 着火! 構え! 投擲ッ!!」
火魔法を素早く唱えれば硝石を溶かした液で煮込んだ縄にぽっと小火が灯る。薄く煙がたなびきだしたそれを右手に持ち、左手を前に突き出して梃の要領で腕を振るう。
ゆるく放物線を描くてつはうが着地するのを見届ける事無く投擲の勢いのまま地面に伏せ、頭を守るように腕を交差させる。
そして鼓膜を守るために両手で耳を抑え、口を開けて衝撃に備えると共に導火線を疾駆した火が火薬にたどり着く。
刹那。行き場を失った燃焼ガスが壺の耐久力を上回り、内蔵されていた鉄片達と共に悍ましい速度で飛び出す。
哀れにもそこに駆け寄って来た村人達は鉄片の洗礼を受け、ボロ布のような衣服を貫かれ、肉が抉られ、骨さえ断たれていく。
く、フハハ。
内臓を揺らすような爆音が過ぎ去るのを三秒間待ち、頭を上げれば思わず笑みが浮かぶほどの地獄が出来上がっていた。
「く、フハハ……!」
あぁ、ダメだ。口元が吊り上がるのが我慢できない……!
てつはうから飛び出した鉄片によって連中は何が起こったのか理解する間もなく呻いている! 呻いていない者は死んでいるか悲鳴を上げているかのどちらかだ。く、フハハ。
「起きろ! 総員、膝射射撃用意!」
麦の中に半身を鎮めるように銃を構える兵達を確認しつつ周囲を見渡す。うん、てつはうのおかげで農民の動きが乱れている。
怪我により泣き叫ぶ者。それを見て後ずさる者やそれでも攻撃しようという者。そうした者達が入り乱れ、足並みが揃っていない。
ここに至って部下達もやっと相手を農民ではなく『敵』と認識したようで黙って銃を構えて行く。やっと戦争らしくなって来たじゃないか。く、フハハ。
「目標、前方の敵! 狙え! 撃て!!」
濃厚な硝煙が鼻を突く。鼓膜を刺激した銃声が消えればサヴィオンの苦痛が聞こえて来る。良いぞ! 良いぞッ!!
「よし、仕上げにかかるぞ! 村を燃やせ! 俺達の村を焼かれたように奴らの村を焼け! 村人を皆殺しにしろ! 俺達の仲間を皆殺しにされたように奴らを皆殺しにしろ!」
許せるものか。許してなるものか。
奴らは俺達が奪われている隙にのうのうとサヴィオンに協力していたのだ。
許せるか。
奴等は俺達が命をサヴィオンに奪われそうだった時にサヴィオンに媚びを売っていた。
許せるものか。
なら逆に俺達が奪ってやろう。俺達がどんな地獄を見て来たか、サヴィオンの連中にも見せてやろう。慈悲の一欠片も無い地獄をここで見せてやろう。
「ま、待ってくれだ!」
「……。どうしたネイバ軍曹?」
「ここの村人さ殺すなんて、そんな酷い事なんかできねぇだ!」
「ネイバ軍曹。お前も自分の村を追われたのだろ? 奴らはなんの躊躇いも無く俺達の村を蹂躙したのだろう? その怒りを忘れたというのか?」
「忘れてねぇだ。だども! だどもここに住む村人達はおら達の村を襲ってないだ! それなのに大隊長はここの人々を襲うだか? ここに居るのはおら達と同じただの村人だ! ここに居るのはおら達だ! 村を焼け出される前のおら達だ! だからおらは村を焼かれる悲しみをここの者達に味わいさせたくないだ!」
「ネイバ! これは大隊長命令である! 俺に銃を向けた事と言い、命令を拒むと言い、それがどういう事か分かっているのか!?」
「分かっているだ! どんな咎も受けるだ! だども村人に罪は無いだ! ちがうべか!?」
村人に罪は、無い――。
その正論が非常に癪に障った。
確かにこの村人に罪は無い。もしかするとこの村の連中はサヴィオンから奴隷のように――小作人のように扱われ、収穫の多くを奪われて貧しい生活を強いられている被害者なのかもしれない。
そうなのかもしれないが――。
頭で分かっていても体の奥底から沸き起こる衝動に怒りがこみあげて来る。それを他のエルフ達も感じ取ったのか、口々に「ネイバ軍曹の発言は敗北主義的だ!」との声が上がった。
そして頭の片隅にある理性がマズイと警告を出す。だがそれはあまりにも遅すぎた。
「軍曹殿が敗北主義だど!? どのエルフが言っただ!」
「うるせぇ! こちとら村を焼け出されたんだ! 奴らにその屈辱を合わせて何が悪い!」
「だがここに暮らすのはただの農民だ! おら達は皆、そうであっただ! それを忘れた傲慢なエルフめ!」
「なんだと!? この豚野郎!」
事態が急速に悪化し、再燃して行く。
「静かに! 静かにしろ!!」
その命令によって静寂が生まれるが、その中でも見えない怒りが空気を震わせている。
手遅れだった。
俺は取り返しのつかない事をしてしまった。
だがそんな動揺を必死に押し隠す俺にネイバは静かに言った。
「最後に決めるのは大隊長だで、よく考えて欲しいだ。だども、あの農民たちの目はおら達の目だ。だからこそ、あの目を二度と会いたくないだ」
怒りが途切れた事で冷静な俺が告げて来る。『あの村人はまるっきり関係ないだろ』と。
そうだ。そうなのだ。
確かに戦端は開かれてしまったが、それでも元は少女が俺に小石を投げただけの事だった。それが歯車を狂わせた。
それに、俺はサヴィオン人が村に来た時、ミューロンを汚されるのが嫌だったからこそ無謀にも騎士を襲ってしまった。それと少女に代わりはあったか?
実りを焼こうとする俺が嫌だったからこそ、彼女は手を上げたのではないか?
冷静に考えれば――戦闘によって高揚した脳みそが噴き出させた脳内麻薬が徐々に効力を失っていく中、最後に残ったのは、ミューロンに手を出そうとしたあの騎士の顔だった。
俺は、あいつと同じ事をしようとしていた。
ここにある暮らしとは開戦前の俺達の暮らしなのだ。それを壊すと言う事はサヴィオン人と同じ事をしていると言う事だ。
俺は、サヴィオン人ではない。
「ねぇ、ロートス。村を焼いちゃおうよ」
今まで静かにしていたエルフがいつの間にか俺の耳元でつぶやいた。
振り返る間もなく、その生暖かい吐息が尖った耳に吹きかけられ、脊髄に電流が流されているようにゾクゾクと震えてしまう。
「例え、世界の誰もがロートスを責めても、わたしはロートスを許すよ」
その冷たい言葉が心臓を掴むように舞い降りて来る。甘美でいて毒々しいその言葉が。
「わたしはロートスの全てを許す。だって、あなたのする事は間違っていなんだもの。だからサヴィオン人に協力する村なんて――」
それは蛇の甘言に似た、脳を焼き切るほど痺れた言葉だった。
「焼いちゃおう」
ゆっくり。ゆっくりと周囲を見渡す。
ネイバの悲痛な声にオークの二人は俺を怨敵のように睨み、エルフ達は放たれるのを待つ猟犬のように飢えた瞳を向けて来る。そして残った人間族は困惑を浮かべ、どうすれば良いかとすがる様に見て来る。
そしてただ一人。鳥人族のヤーナさんだけは無表情で俺を眺めていた。
「……やせ」
「――は? 大尉さん。なんて言ったんで?」
粘ついた瞳を向けるアンリが問う。にたにたと愉悦に輝く濁った緑の瞳が、俺に問う。
「燃やせ! 一片も残さず燃やせッ!! 雑草一本生えぬまでに根絶やしにしろッ!! サヴィオンに組みする事がどういうことなのか教えてやれッ!!」
「クスクス。分かってるじゃねーか大尉さん! 野郎共! オレに着いて来い! テメェ等に何かをぶっ壊す愉しさを教えてやる! クスクスックスッ!!」
アンリを戦闘にエルフが嬉々として追随し、それに合わせるように人間達も進軍していく。ただネイバともう一人のオークを残して。
◇
轟々と音を立てて家々が焼け落ちて行く。
すでに悲鳴は聞こえない。戦闘があったとは思えぬ静けさだ。
「アンリめ。派手にやりすぎだろ……」
音を立てて加重に耐えきれなかった支柱が折れ、屋根が崩れ落ちて行く。その退廃的な様は見ていて心地よかった。
「アイツは嫌いだけど、良い眺めだね」
黒煙を吹きだす家を背景にミューロンの朗らかな笑みがなんとも言えないギャップになっている。
その慈愛に満ちた瞳の先にあるのがデートスポットとかの絶景であればもう言う事は無いのだが……。
「見とれていても仕方ない。村を見に行こう」
「うん!」
村人は逃散したかのように見当たらない。いや、何人かの村人自体は視界に入るが、そのどれがもが躯と化し、生者の姿を見る事は叶わなかった。
別に、村人全員を虐殺した訳では無い。逃げれる者はどこかに行き、逃げられなかった者が死んだに過ぎないのだから。
いや、生存者が居た。
乱雑に衣服を破かれ、アンリ曹長に組み敷かれた女が――。
「――ッ」
言葉を失うとはこういう事なのかと遅まきながらに実感した時、そこで起こっている行為の意味がやっと脳みそに届いた感じがした。
「ん? あぁ、大尉さん。お先に悪いな! ま、でもあんたはそこの臨時少尉さんが居るから別に困っては無いんでしょうが、こちとら自由の身になったのに目ぼしい女が手に入れられ無くて溜まってんです。ですからこれくらい許してくだせぇ。クスクス」
これくらいってお前……。
悪びれもせずに悪戯をした自分を許せと言うように粘ついた笑いを浮かべるエルフに言葉を失っていると、彼の顔に明らかな嫌悪が浮かんだ。
「なんでぇ? 育ちの良い大尉さんは女を犯すなって命令したいんですかい? 言っておきやすが、強姦も略奪もオレたち兵の特権ってやつじゃないんですかい? 王都じゃ散々サヴィオン野郎がそうしてたじゃねぇですかい。それともサヴィオンは良くてオレ達はいけないってか? ぇえ!?」
「いや、その……。白昼堂々。道のど真ん中で青姦するなんて常識が無いんじゃないか?」
いくら周囲に人の目が無いとは言え普通、道端で盛るか?
ほら、やるにしても森の中とか人目につかぬ場所でやるのが普通だろ。やっぱりコイツ重犯罪者だな。まるで常識が無い。
「――!? クスクスックスッ。あんたやっぱり面白いエルフだな! 王都での戦のどさくさに紛れて脱走しようと思ったが、思いとどまって正解だぜ、大尉さん! あぁなんともいい気分だ」
なんだコイツ。急に喜び出しやがって。
思わず二、三歩後ずさってしまうと快楽に顔を歪めたアンリがまた高笑いする。
「なんでぇ。やっぱり大尉さんはお育ちがよろしいようだな。それともまさかこういうのは初めてですかい? 童貞ちゃん! クスクス」
「………………。……やっぱりお前って素で嫌な奴だな」
「そいつぁ素敵な褒め言葉だ」
「……ほどほどにしろよ。一通り家に火を放ったら別の村を襲う」
「へぇへぇ。わかりやし――。う、ふぅ」
うわぁ……。目をそらしつつ村を焼き払っているエルフ達の下に行くと彼ら彼女らも一息ついたとばかりに燃える家々を見ながら歓談しているところだった。
さすがに青姦してる奴は居ないか。
「大尉殿! それに臨時少尉殿!」
「そのまま。首尾は?」
「すでに半数以上の家に火を放ちました。あとは延焼していく事でしょう」
こっちはこっちで事も済んだか。
そう思っていると燃え盛る家から甲高い悲鳴が響いて来た。それと共に肉の焼ける香ばしい匂いも――。
「何を焼いているんだ?」
「あぁ、捕虜です。一緒に連れて行く訳にもいかないと思い、まとめて家に閉じ込めて火をかけているんです。最初は銃殺しようと思いましたが、弾薬の消費を考えてやめました」
「懸命な判断だな。他の連中は別の家を焼いているのか?」
えと、一、二……。ここに居るのは全部で四人しか居ない。
「いえ、ミネット兵長達はヤーナ臨時少尉殿に率いられて別行動です。なんでも井戸に死体や屎尿をいれたり、畑に塩を撒く必要があるとかで出払ってます。それと退路を確保するために麦畑を燃やすは最後が良いとヤーナ臨時少尉殿が言っておられました」
「なるほど。俺が命じなくても十分えげつない事をしている訳だ」
まぁ井戸はともかくそこらの家から持ち出した塩を畑に撒いても高が知れているが、嫌がらせにしては十分だろう。
「よし、降下龍兵集結! 集結ッ! この村はこれで良いだろう。次の獲物を探しに行くぞ!」
トラブルもあったが、かねがね作戦は順調に遂行中。ならば二次会だ。
前世であればアルコールを入れた先輩から精神攻撃を受けていたから二次会に沸き立つ心なんて失っていたが、今は楽しみでもある。
ふと、燃え行く村を見れば破壊の限りを尽くされた俺の村と重なった。
だが――。
「これで良いんだ。これで」
例え相手が同じエルフであろうと。同じ民草であろうと。
連中はサヴィオン人なのだ。
俺達がそうされたように殺され、奪われ、犯されるべきなのだ。
そう、俺は間違って、いない。
信じられるか? 転生チート勇者にぼこぼこにされる悪役のような奴が主人公なんだぜ?
ちなみに最近、鬼畜エルフと言う語感が好きです。
それではご意見、ご感想をお待ちしております。




