再会と新たな同行者
さて、リュウニョ殿下に伝える事も伝えたし、何かミューロンに贈れるものでも探そうかな。と、言ってもそこらに咲いている花くらいしかなさそうだけど。
そんな事を思いつつ足をトロヌスからアルトの外周へ向けようとした時、ふと紫を基調とした服に赤や橙の派手な色がくっついた服を着た鳥人と目が合った。
「あ……」
「あ……」
町中で取引先の人と出会ってしまったかのような、若干の居心地の悪さと挨拶だけじゃ失礼だよねと言う社交的な空気が漂う。
「えと、お久しぶりです」
「そっちこそ。なに? 帰り?」
「そんな感じです。ヤーナさんは?」
活発な性格を現す様に黄緑の髪を短く切りそろえた髪型の鳥人族の少女ははにかみながらとある男を指さした。泥だらけの麻の衣服に眼帯をつけたおっさん――。ん!? この人って――。
「じ、ジュシカ様!」
「おう、その服はあん時のエルフだな」
初老とは思えぬ溌剌とした表情のヤン・ジュシカ公爵中将は不敵ににやりと笑い、「ちょっと付き合え」と言い捨てて歩き出してしまった。
あ、うん。俺知ってる。これ逃げ出せないパティーンだよ。やっと一仕事終えて帰り支度を始めようとした時に上司から「お、手が空いてるのか?」と声をかけられた絶望的な状況に等しい奴だよ。チキショウ!
「まぁまぁ。ヤンは強引だからね」
「そうなんですか? ってこれからどこに?」
「あー。お城」
お城って……。王宮の事か?
一体何しに行くんだろう。
「こっちも忙しくってさ。これからアルヌデン辺境伯に会いに行くのさ」
「アルヌデン様? あぁ、そう言えば会いたいとか言ってましたね」
王都アルト攻防戦の折り、ヤーナはアルヌデン様を訪ねてきていた。
あの時はその後に偽装講話作戦とかバタバタしてて最終的にお会いできなかったが……。
「それで今日会われるので? 前に城まで案内した時からだいぶ経ちますが? アルヌデン様とお会いになれなかったので?」
「会ったは会ったけど、あれは手紙を読める感じじゃ無かったから」
アルヌデン領と呼ばれるエフタルとアルツアル国境地帯を所領としていたライル・ド・アルヌデン辺境伯中将はサヴィオン軍の秋季攻勢により所領を失陥し、虜囚の辱めを良しとしなかった妻子が城に火を放って焼身自殺された事を気に病み、廃人同然となってしまっていた。
そんな辺境伯はアルヌデン領から遠ざかるように――エフタル義勇旅団と共に王都までやって来たのだ。
「なんと言いますか、俺もアルヌデン撤退以来、お会いしていないのでですが、そんなにお加減が悪いのですか?」
「いつもお酒飲んでるのさ。お酒が抜けると奥さんと子供が自分を責め立てる幻覚を見るんだって。昔、アルヌデン騎士団とジュシカ騎士団で演習してた頃に顔を合わせた事があったけど、まるで別人になっちゃってさ」
そんなに酷いのか。
溌剌としたエルフだと言う印象しか無かった身からするとなんとも言いようのない不安感が喉元に這い上がってくる。
「ヤンとアルヌデン辺境伯は知己でさ、元はジュシカ騎士団に雇われてた傭兵だったんだ。そんである時にアルヌデン辺境伯――当時は辺境伯じゃないけど――がサヴィオンとの小競り合いで武勲をあげて、傭兵団丸々ジュシカ騎士団に引き抜いたんだってさ。で、家臣団に加えられて出世してアルヌデン家の婿養子になったもんだからヤンも喜んじゃって――」
「おい、あんまりピーチクパーチクさえずってんじゃねーぞ」
鋭い怒鳴り声にヤーナがビクリと身を震わせ、ばつが悪そうに舌を出す。なんとも怒られ慣れているようだな。その怒鳴り声にむしろ俺の方が驚いたよ。心臓が止まらなくて良かった。
「ま、そんなだからヤンはアルヌデン辺境伯の事が心配なんだよ」
「な、なるほど……」
そんな事を話しているとアルトはおろかアルツアルの中心地――王城にたどり着き、そこのとある一室に向かった。
その区域は戦傷した高級貴族達が療養にあたっているところらしく、絶えず従者と思わしき騎士やメイドのような人たちとすれ違う。
そして目当ての部屋にたどり着き、ジュシカ様がノックをするが、返事は無い。
「ッたく。腑抜けやがって。おい、入るぞ!」
まるで盗賊の首領のような粗暴さでドアを開けるジュシカ様。本当に公爵中将なの――。ってくさッ!? アルコール臭い! 扉が開いた隙間から漂ってくる臭気に顔を顰めそうになるが、これから会う方の身分を思えばそんな事出来るはずがない。必死にビジネススマイルを浮かべるが――。
「うわ、くっさ」
「ヤーナさん!?」
開けっぴろげな性格らしいヤーナの言葉に冷や汗が伝う。
確かアルヌデン様は人間嫌いな若干古風なエルフだったはず。それを思うと異種族であるヤーナの言葉は必ず逆鱗に触れてしまう。
そう思ったが部屋から怒気が漂ってこない。
「ろ、ロートス大尉です。に、入室いたします」
恐る恐るジュシカ様に次いで部屋に入るとより濃い異臭が鼻をついた。まるでアルトの破壊を尽くされた町中にいるような精神を逆撫でするような臭いだ。
それもそのはず。部屋には足の置き場も無いほど酒瓶が転がり、薄汚れた毛布などにこぼれた酒がシミを作っている。その上、この暑さだと言うのに窓は締め切られてカーテンがかけられているせいでより強い悪臭が生まれているようだ。そして何より――。
「あ、アルヌデン、様!?」
部屋の隅に置かれたベッドに腰掛けるそのお方。以前、アルヌデン城でお会いした筋骨隆々とした武人としての精悍な顔つきは消えていた。
戦傷だろうか。顔の半分がケロイドに覆われ、延び放題の髭と髪を生やしたやせ細った老エルフがそこにいた。
出会った頃は父上と同じくらいの歳だと思っていたが、火傷の痕を除いても浅黒い肌はがさがさに荒れ乾き、ダークエルフのそれと言うよりもただ不健康に土気色になっているように思えた。それに髪も白く染まって薄くなりつつあり、その様は百年以上の時を生きた老いの様が浮かんでいるように映った。
それほど、それほどアルヌデン様は心を病まれていたのか……。
見てはいけなかったのかもしれない。そんな思いがありありと浮かんでくると共に口から言葉が消えてしまった。
「おい、ライル。てめぇ、なんてなりしてやが――。ッチ。無駄か。おいヤーナ。エルフ。お前等窓を開けろ。暑いし臭いしやってられん」
「うぇ。部屋入りたくないんだけど」
「は、はい」
命令されるままにカーテンを開けて空気を入れ換えるように窓を開く。その際に窓が最近動いていなかった事を表すように埃が舞った。
そして清浄な風が部屋に溜まった空気を押し流していく。
それから改めて部屋を見渡すと酒瓶の他に食事と思わしきモノが乗った皿なども床に転がっている事に気がついたが、そこには青色のふさふさとした物体がこびりついており、アルヌデン様が様々な事に頓着していない事を伺わせた。
うん。間違いない。鬱病だ。
前世、同期入社の友人の欠勤が目立つようになり、先輩から様子を見てこいと時間外の仕事を仰せつかった折りに彼の下宿先を訪ねたが、眼前と代わり映えしない部屋が広がっていた。その友人は髭を剃る気力も湧かないようで、アルヌデン様同様荒れ果てた姿をしていたのを覚えている。
そんな友人は十八日間の連続出勤記録(ちなみに俺の連勤記録は十五日)を打ち立てたり、下宿よりも会社で寝泊まりする事が多く、言うなればエネルギーを会社に注ぎすぎてしまったのだ。
つまるところ彼はエネルギー切れになった彼は医者から鬱病と診断され、気づいたら会社から彼のデスクが消えていた。
彼同様、アルヌデン様は張りつめていた精神の糸が切れかかっている。このまま切れてしまえば――。
「話を、聞けッ!」
ジュシカ様の平手がアルヌデン様に叩きつけられ、鈍い音が響く。響いちゃったよ!! 不味いよ! それたぶん逆効果だよ!!
ミリタリーに関しては知識を持っているが総合診療的な知識を持っていない俺でも今の行為が不味い事だけは知ってるよ!!
「や、ヤン! やり過ぎじゃないかな……!?」
さすがにヤーナさんも不味いと思ったのか汗を浮かべながら注意するが、眼帯に睨まれるやその口を閉じてしまった。
しかしやっとアルヌデン様の視点が定まったようにジュシカ様を見られ、アルコールに焼かれた喉から「ジュシカ、様」と絞り出すような声があがった。
「よぅ。久しいな」
「………………。……どうされたのですか?」
「テメェの辛気くさい面を拝みに来たんだよ。酒はあるか?」
「……生憎、切れております」
不味い展開だと思っていたが、それに反してアルヌデン様とジュシカ様は世間話に興じている。
話は基本的に昔話に終始し、あの戦がどうの、傭兵団のあいつはこうしている、麦の取れ高が良くなったとまるで脈絡がない。空を流れる雲のように留まる事無く変遷していく話題を聞いているうちに、嗚咽が混じった。
ぼろぼろアルヌデン様の瞳から涙がこぼれていく。子供に帰ったかのようなエルフにジュシカ様は優しくその肩を叩く。まるで親子のようだと思ってしまったのは、いささか不敬だろうか。
「なぁライル。テメェ、もう一度おれの騎士団に来ねーか?」
「ジュシカ様の?」
「あぁ。おれの騎士団もサヴィオンに滅茶苦茶にされちまって再建中でな。お前のアルヌデン騎士団と併せて再編成させようと思うんだが、お前にも一枚噛んでほしい。今度再建する騎士団は騎乗した貴族の集団じゃねぇ。徴兵した民衆を中心にした部隊だ。公爵中将とは言え、テメェは確か傭兵になる前は農民だったろ。なら民衆の心も掴めるはずだ。どうだ?」
「しかし……」
「なに、心配すんじゃねーよ。一応、テメェの身は腐っても公爵中将だ。アルヌデンが解放されればもちろん編入したアルヌデン騎士団をそのまま返してやるし、所領の統治もテメェがやれるよう口利きする」
「そうではありません。わしは……。戦う理由がありません」
アルヌデン様の戦う理由――それは最愛の奥方であるリラ・ド・アルヌデン様とそのお子であるリーネ・ド・アルヌデン様を守るためであった。
人間至上主義を国是とするサヴィオンはエルフと人間の混血児であるリーネ様を許容する事無い。だからこそアルヌデン様は勝利を誓って戦野に向かわれたのだが――。
結果はアルヌデン騎士団を主力としたイザベラ殿下率いる第三軍集団が大敗し、アルヌデン領を放棄する事になった。そのため無血開城したアルヌデンで起こった悲劇は想像に難くない。
そしてアルヌデン様は戦う理由を失ってしまった。
「わしは……。わしは何も出来ませんでした。燃えさかる居城を、サヴィオンの旗が翻るあの城を、ただ見るしか出来ませんでした。戦場で命を拾ったものの、わしはただ陥ちた城を見ていることしかできませんでした。そんなわしが部隊を率いるなど――」
「……よく考えろ」
「しかし――」
「考えろって言ってんのがわかんねーのか! 辺境伯に託されたのはテメェの家族だけか? その家族を奪ったのはどいつだ?
言っておくがおれはやるぞ。やられた分はやり返してやる。いや、それ以上にやってやる。おれ達に手を出したらどうなるのかサヴィオンに教育してやる! だから、テメェが何をすべきか、よく考えろ」
絞り出すように「ジュシカ様……」という嘆きに似た言葉がもれる。
「ッたく。席は空けといてやる。だが早くしろよ。新しい部隊は第三王姫殿下が作った国民義勇銃兵隊を範にした部隊だ。うかうかしているとそこのエルフのように出世してきた新顔に席が奪われると思えよ」
「エルフ……?」
「……お久しゅうございます。アルヌデン様」
まさかここで話を振られるとは思っていなかった。だが、以外と声は平静を保てているようだ。
「エフタル義勇旅団のロートスです」
「ロートス……。あの中尉か。情けない姿を見せてしまったな」
「そんな事はありません」と口を開く前にジュシカ様が茶化すように「こいつは今や男爵大尉だよ」と口元をつり上げる。
「男爵……? そうか、男爵に任官されたのか。武勲でもあげたか? 何にせよ、同族の活躍は胸がすく。おめでとう」
「お褒めに与り恐悦至極に――」
「あー。そう言うのは無しだ。だが、貴様は戦い続けたのだな」
その言葉に力強く「はい」と答える。
絶望的な戦況の中、確かに戦い続けてきた。それだけは胸を張っていえる。
「なんだか、雰囲気が変わった。出会った頃はおどおどした頼りない若造だと思っていたが」
「……心境の変化がありました」
良いのか、悪いのか、分からないがそれでも変化はあった。
あの頃には無かった殺意があるし、あの頃あった抵抗が無くなっている。それに指揮官役がやっと板についてきたのかも――。いや、ソレはないか。
「守りたいものはまだあるのか?」
「はい」
「そうか、そうか……」
まるで自分に言い聞かせるように頷くアルヌデン様に何か言おうと思ったが、ジュシカ様が黙って首を横に振る。
さんざん外野がわちゃわちゃ言って来たが、鬱病の治療にはまず時間も必要だろう。使い果たしたエネルギーを補充するための時間が――。
「それじゃおれ達は行く。ま、酒はほどほどにな。じゃーな」
「はい。お手間をおかけしました」
アルヌデン様の部屋を後にし、王城を後にする。
なんとなく別れるるタイミングを見いだせずにそのまま一緒に復興がすすむ街並みを共に歩いているとふと、ジュシカ様が立ち止まられた。
「そう言えばお前、今度特別作戦にかり出されるんだってな」
「な、なんの事でショウ?」
心臓が口から飛び出そうになったとはこの事か。
アルヌデン平野奪還のための竜巻作戦の補助攻勢としてサヴィオン本土攻撃を企図した台風作戦はサヴィオンへの擾乱攻撃と言うこともあり秘されていたはずなんだけど。
「おれを誰だと思っている。国王陛下より北方守備のためにジュシカ領を賜っているヤン・ジュシカだぞ。それに補助攻勢の発案はおれだ」
「そ、そうでしたか」
「で、お前の部隊にヤーナをくっつけさせろ」
「……はい?」
ふと振り返ると陽光にさらされた派手な装いの鳥人族の少女がばさりと一対の翼を震わせたところだった。その顔には猛禽類を思わせる獰猛な笑みがはりつき、まるで獲物を見るような目で俺をみつめている。
「そんな不安げな顔すんじゃねーよ。ライルに見せた自信満々な面はどこ行った? なに、ヤーナはおれが仕込んだ傭兵だ。そこらの傭兵には引けを取らねーし、サヴィオン本土への航空偵察も何度か行っているから土地勘もある。役に立つはずだ」
航空偵察? まぁ土地勘があるのなら助かる。
こちらはイザベラ殿下から渡されたサヴィオンの地図が一応あるが、それでもその地図の正確さを思えば土地勘のある協力者は願ってもいないが……。
「それで、何が見返りなのでしょうか? ただ同行させる訳では無いのですよね?」
「察しが良いな。さてはあのエフタル騎士――なんつった? あの優男……。エンフィールドか。あいつにさんざん顎で使われてるな?」
その通りです。
「なに、簡単な話だ。テメェが使ってる武器――銃を扱う奴を間近に見させたいんだ」
「――?」
「今度は察しが悪い奴だ。ま、テメェに隠しても仕方ないか。少数精鋭の切り込み部隊がどれほど活躍するのかヤーナに見極めさせる。あ? テメェそんな事かと思ったな?」
……すいません。否定できません。
そもそも少数の殴り込みなら冬に散々やったもんだけど、はっきり言って戦局を左右したかと言われたら疑問しか浮かばない。
「良いか? 少数の部隊を敵戦線奥深く潜り込ませて破壊工作をさせりゃ、会戦によって雌雄を決しようとする主力を助ける事になるだろ? それに上手く行けば暗殺だって目じゃない」
うわ、なんかジュシカ様って陰湿だな。
「今までも鳥人族による奇襲作戦なんかを考えたが、どれも攻撃力がよろしくない。なんたって鳥人族は他の種族に比べ筋力が足りないからな。――まぁヤーナは別だ。だが銃は筋力なんて関係ない。そうだろ?」
確かに銃を扱う上で筋力はそれほど必要ではない。まぁ狙って当てるにはある程度の筋力が必要ではあるが……。
だが考えてみると空中を自在に飛ぶ鳥人族部隊が銃を持てば降下龍兵よりも自由度の高い機動戦を行える事だろう。
そうなれば降下龍兵がしてきた敵本陣奇襲がよりスムーズに行えるだろうし、離着陸のタイミングを自ら決められるのだからより効果的な運用のはずだ。
「分かりました……。了承します。ただ輜重品等はすでに書類を出してしまったので追加できませんのでそちらで都合していただけませんか?」
「っけ。ミミッチい野郎だ。なんとかならんのか?」
やめて。まじでやめて。もう申請すましちゃったんだから。あとは気持ちよくサヴィオン人をぶっ殺すだけと思っていたのに仕事が増えるなんて……。
あぁ! かみさま!
そろそろお休みをください!!
流れが来ていたので連続更新です(過去形)。
それではご意見、ご感想をお待ちしております。




