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戦火のロートス~転生、そして異世界へ~  作者: べりや
第一章 エフタル戦争
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脱出

 現状、公都に存在する友軍はおよそ三千。そのうち騎兵――騎士が二千と他は歩兵だ。その他にも騎士の従者や戦乱の予感渦巻く公都から脱出を望む者などが四方の城門に集まり、開門を待ち望んでいた。

 だが、そのうち三方に割り当てられた者達は公都の眼前に立ちはだかるサヴィオン帝国への囮であり、本命はエフタル公がいる北門――俺達が入城した際に使った城門になる。

 これはもっとも帝国と距離のある門だからと言う理由で選ばれたのだが、そこに俺が率いる義勇軍第一中隊が居た。

 そう、一夜と経たぬうちにあれよあれよと俺は少尉に任官され、スターリングからの敗残兵やドワーフからの志願者等がかき集められて百名程の兵を率いる立場になってしまった。どうしてこうなった。



「でも、ロートスは長の家系だし、良いんじゃない?」



 とはミューロン談だ。くそ、なんて因習なんだ。

 聞いてないぞ。

 俺は転生して穏やかなスローライフをスローガンに暮らしたかったと言うのに。それなのに――!



「みんな、準備出来たか?」



 俺の指揮にあるエルフやドワーフに獣人達が無言で頷く。

 その隣に止まる馬車の群を一瞥し、頭の中で作戦を反復する。

 まず、西門に陣取っているエンフィールド騎士団の騎兵が帝国軍を混乱に陥れてから各城門から一気に飛び出す。

 俺達は途中までエフタル公の護衛をしつつ、遅滞戦闘のための準備を行う。


 この総退却に掛かるであろう日数はおよそ四日。

 その四日間、敵の足止めをしつつアルツアル国境に向かう。そう、それだけ。

 それだけなのだが、それでも心が焦りで一杯になっている。

 ふと、ドワーフの中からハミッシュを見つけると、彼女に「例の物は?」と声をかけた。



「何度同じ事を聞けば良いのじゃ? もちろん準備しておる」

「本当に公都を出れば作れるんだな?」

「心配性じゃのう。それより首尾よく公都を出る方を心配したらどうなのじゃ」



 彼女の背後にある荷車に視線を向けながら俺はその通りだなと深呼吸をする。

 リーダーになってしまったからにはもう岩のように動かない方が良いと言う経験に基づき、俺はいらぬ詮索を止める。



「それ、絶対に落とすなよ」

「分かっておるのじゃ。火薬も弾もしっかり箱に入れたし、臼もしっかり固定して準備万端。まぁ、強いて言うなら馬が引いてくれるとありがたいのじゃが……」

「それは無理だった」



 今回の撤退において各装備を馬匹牽引して欲しかったのだが、馬は全て押さえられていてロバさえも手に入らなかった。

 まぁ、その原因は隣の馬車群なのだろうが。



「なんと言うか、さすが公爵様って感じ。家臣の荷物まで運んであげるんでしょうね」

「ミューロンよ。それは違うと思うな」



 幼馴染の「はて?」と首を傾げる動作が可愛くて仕方ない。心にどストライクする愛らしい所作に思わず答えを教えてあげようかと思ったが、やっぱり止めた。

 なんたってこの馬車達、きっと公爵様の全財産を積んでいるんだろう。夜逃げ同然の装備で城を脱出する軍の長と言うのはどうも体裁が悪い。ここでそれを暴露していたずらに士気を低下させる事もあるまい。



「あ、ロートス。ほどけてるよ」



 ミューロンの指さした先には俺の右足があり、そこに巻かれた巻脚絆(ゲートル)がだらしなく垂れ下がっていた。



「ありゃ」

「まったく。巻いてあげるから動かないで」



 エンフィールド様からもらった牛革と思わしき靴に包帯のように巻かれたゲートルを手に取った幼馴染は金の髪を揺らしながら緩んだそれをまき直してくれた。

 このゲートル、結構便利な代物なのだ。足の血管を圧迫する事で疲労を軽減する効果があるので軍用や旅用として日本やヨーロッパ問わず各国で使われていた。日本軍が足に巻いていたのがもっとも有名かな? でもそんな便利な代物も編み上げブーツの登場と普及により軍用としての地位を奪われてしまったのだが――それはまた別の話。

 少なくとも中世然としたこの世界ではバリバリの現役のようだ。



「ほら、出来た」

「ありがとう」

「開門! 開門!!」



 その声に身を堅くする。重く閉ざされた眼前の壁が開き、漆黒の世界が眼前に広がっていく。それと同時に西門から喊声(かんせい)が高らかにあがる。エンフィールド騎士団が囮として飛び出したのだ。

 それと時を同じくしてこちらも動き出す。



「総員、二列縦隊! 前へ、すすめ!」



 馬車と共に二列に並んだ部隊が前進を始める。それにあわせるように周囲の歩兵も動き出す。

 この北門に集まった部隊の主戦力は歩兵のそれであり、騎士の数は少ない。

 それはエンフィールド様が派手な攪乱を行うには騎士の機動力が無ければならないと力説したからだ。

 その案が受け入れられ、夜陰の中、俺達は前進を始めた。

 三日月の光の下、黙々と進む軍勢。人工の明かりが皆無なそこは天然の闇が蠢いているようで恐怖が鎌首をもたげる気がしたが、怖がってもいられない。

 なんと言っても俺が指揮官なのだから、怯えた姿を部下に――そしてミューロンやハミッシュに見せる事だけはしたくなかった。



「ねぇ、あっち!」



 だいたい三十分くらい歩いたろうか。ミューロンの声に「どっちだよ」と返すが、その返答を聞くまでもなく彼女の指し示した方角が分かった。

 ちょうど左前方。篝火のたかれた陣地が見える。そこから風にのった叫びや剣戟が耳に届く。



「派手にやってるな。各自、警戒をゆるめるな! 何かあればすぐに報告するように!」



 異世界でも報告・連絡・相談(ホウレンソウ)は必須なのだな、と場違いな事が頭に浮かんでくる。

 そんなどうでも良い事を思っていると前方に明かりが見えた。



「警戒! 前方に不明の光!」



 それでも馬車は歩みを止めない。焦る気持ちでその明かりを伺うと、その正体が分かった。

 それは東門から脱出を計った者とサヴィオン帝国軍が戦闘をしているのだ。それが分かるや、馬車のスピードがグンっと上がった。強行突破する気だ。



「戦闘用意!」



 ポーチから油紙で作られたカートリッジを取り出し、その一端を噛みきって中の火薬を火皿と銃口に入れ、弾丸を油紙ごとつっこむ。



「戦闘は中隊長のそれに続け。なお、我々の目的は敵陣の突破にあり、戦闘では無い! 一撃を与えた後は速やかに敵の後方に向け脱出せよ。以上!」



 最低限の指揮官としての言動をエンフィールド様から習い、それ通りに命令を下すと少しだけ胸の内がスッとした。上からの物言いがこんなに良いとは知らなかったな。上司が自分の椅子にしがみついていた理由を知り、絶対にあぁはなりたくないと思った。

 そして馬車と共に歩を早めながら混戦の体となっている戦場にたどり着いた。

 その左の闇の中、エルフの夜目が敵の一団を捕らえた。きっと予備の兵力だろう。軽歩兵と思わしきその一団はすでに俺達の接近に気づいているようで隊列の変更を急いでいる。



「ザルシュさん、部隊の指揮をお願いします。俺は一個小隊を率いて敵と一合戦交えます」

「あい分かった。存分にやれ!」



 ニヤリと笑う彼に部隊を託し、俺はエルフや弓の得意な者を集めた第一小隊に号令をかける。



「第一小隊、我に続け。駆け足前進!」



 ミューロンを含めた第一小隊が左に急転換。そのまま「右方向! 撃ち方用意!」と叫ぶ。本来なら「右向け右」で横隊を組ませたかったが、あいにくそんな練習をやる暇も無かった。いびつな隊形のまま、俺が敵の居る方向を指さす。



「構え!」



 そして俺も銃を構えて撃鉄を起こす。今回、銃は俺とミューロンそして村から脱出して来た仲間二人の計四人が運用している。

 まぁ隊列云々を学ばせるより銃の扱い方を教える方が遙かに簡単だった。



「狙え!」



 敵の軽歩兵の数はこちらと同じ三十ばかりだろうか? その敵はこちらが急激に動いたせいでこちらを完全に目標にしている。彼らが抜剣した。

 透明度の高い月明かりが凶刃を魅惑的に染め、殺意がギラリと光る。

 その光景の恐ろしさに喉が張り付く。

 だが、臆したままでは命が無い。怯えを隠すんだ。

 無理にでも口角をつり上げろ。そして笑え。感情を表情から引き剥がすんだ。



「く、フハハ。撃て!」



 闇夜に銃火が煌めき、悲鳴と混乱が生まれる。

 そして一個小隊三十名のうち、銃を装備していない二十六人に与えたクロスボウもその威力を遺憾無く発揮し、兵士の命を刈り取る。


 このクロスボウは公都守備のために武器庫に置いてあった在庫を拝借した。

 クロスボウは連射力や射程で長弓(ロングボウ)や短弓に劣るものの、その威力と扱い易さがその欠点を補っている。



「よし、本隊に合流する! 中隊長に続け!」



 そしてダッシュ。相手にどれだけの損害が与えられたかどうかなど確認もせずに俺達は走り出す。

 第一小隊の構成員の多くがエルフのため、その身軽な体が風のように野を駆ける。

 そして長蛇のような列となっている本隊にたどり着くとどうやら先ほどの銃声で驚いた馬が数匹暴れていた。

 そのせいで中には横転している馬車まである。



「急げ! 脱出を最優先にしろ!」



 それをなんとしても起こそうとする者も居たが、それにかまっていてはせっかく敵歩兵に与えた混乱が収まってしまう。

 そうなれば包囲されて終わりだ。



「早く! 早く進め!」



 混乱の中、俺達は走る。

 敵の追撃を警戒しながら夜の街道を駆け、そして夜明け間近に他の城門を脱出した騎士との会合地点に到着する事が出来た。

 そこで俺の率いる中隊は一度、踏みとどまるものの他の一行はそのまま南西街道を下ってアルツアルに脱出する予定だ。

 そのため俺の中隊はその場で戦闘の準備を行うため進軍を停止して大休止を行って居た。



「ロートス! 落伍者は居ないみたい」

「みたい――じゃなくて正確な人数を報告して欲しいんだけど」

「だってドワーフの人たちは森に入っちゃうし、獣人の人たちはバラバラに休息してるし」



 俺の中隊は大まかに三つの小隊で編成されている。


 まずエルフの飛び道具主体の小隊。

 次に獣人による近接戦闘――長槍(パイク)を主装備にした小隊。

 そしてドワーフ主体の小隊。


 それが各三十人ずつの小隊を作っており、さらにその中に十人ほどの分隊を作った。命令はその各長から長に伝達されるシステムだ。

 それが俺に割り振られた部隊であり、他の先住種については戦禍を逃れる様に南へ南へと逃げる者やエフタルに踏みとどまってサヴィオンの慈悲を乞う事になっているらしい。



「ねぇ、ドワーフ達は何をしてるの?」

「それは追々教えるからもう一度人数を数えてくれ」

「でも――」

「ミューロンは副官なんだから、各小隊長に自分の小隊の人数を正確に数えて報告するよう命令を下せば良いんだよ。簡単だろ?」

「あ、なるほど!」



 軽い足取りで遠ざかる幼なじみの背を見送ると俺はドワーフ達が作業している森に足を向けた。

 そこではドワーフ達が斧で木を切り倒し、簡単な工作が行われていた。



「ザルシュさん、調子はどうです?」

「まぁボチボチだな。夜も明けてきたし、もっと早く作れるかもしれん。

 だが、臼なんて何に使うんだ? デクは訳知り顔のようだが」



 彼の視線の向こうには娘であるハミッシュが臼の周囲に出来上がったばかりの木材を荒縄で取り付けている姿があった。

 やはりドワーフ。手際が早い。



「まぁ、何を作ってるのか知らないが、とにかく上手くずらかれたな。後は死なないようにするだけだ」

「確かに」



 それがもっとも難しいような気もするが、黙っていよう。

 そして二、三会話を終えて先ほど居たところに行くとちょうどミューロンがホクホク顔で帰ってくる所だった。どうやら上手くやれたらしい。



「あ、報告します中隊長どの」

「うむ、何かね」

「第一、第二小隊は欠員ありません。第三小隊は現在確認中です」

「ご苦労!」



 少しだけこの指揮官ごっこが楽しかったのは秘密だ。

 って、俺ガチで指揮官じゃん。なんでごっこ遊びなんて……。

 唐突な賢者タイムにため息とついていると、ちょうど馬脚が聞こえてきた。



「友軍のエンフィールド騎士団が接近中!」



 見張りに出していたエルフの声が響く。

 すると街道にエンフィールド騎士団を始めとした各騎士団が姿を表す。

 誰もが傷つき、中には焼け焦げたた軍旗を掲げる騎士さえ居る。

 その中でエンフィールド様を見つけて歩み寄ると「上手く脱出出来たようだな」と安堵を浮かべた。



「エンフィールド騎士団は小休止せよ」

「お疲れさまです。首尾は?」

「上々――とは言えないな。だが、閣下が無事に脱出されたのなら、上々とも言えるか」



 話を聞くと敵の苛烈な抵抗にあった騎士団は甚大な損害を出しつつも撤退にこぎ着けたと言う。



「だが、敵の魔法使いを討ち漏らした。いや、正確には魔法使いの逆襲にあって騎士団は敗走同然だ。エンフィールド騎士団も百程度しか残っていない」

「遅滞作戦の方は大丈夫なのですか?」

「やると言った手前、やるしかあるまい。何、数が少なければ少ないでやりようはある。それよりもこれからが本番だ。頼むぞ少尉」

「はい、閣下」



 そして永い四日間が幕を開けた。


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