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第三鎮定軍の軍議 【ジギスムント・フォン・サヴィオン】

 サヴィオン軍第三鎮定軍本営マサダ要塞より。



 銀の水差しが傾けられ、木杯になみなみと冷水が注がれる。

 この中世然とした文明レベルの異世界で冷水が飲めるのはサヴィオンが誇る氷魔法のおかげだ。ここまで豊富な冷水を口にできるのはおそらくサヴィオン帝国だけであろう。

 そのおかげで日本を思わせるじめじめとした酷暑が蔓延るアルツアルでもまだ快適に過ごせている。



「殿下、此度の会議ですが……」



 病から復帰したエルヴィッヒ・ディート・フリドリヒが不満そうに居並ぶ面々を見ながら口を開く。

 そこには彼女も毛嫌いしている祖父のカール・フリ・フォンテブルク公爵に『鉄槌』の二つ名を持つアドルフ・ラーガルランド公爵と第三鎮定軍内において外様的な面々が集まっているからだ。

 もっとも祖父の守城となっているマサダ要塞で作戦会議をしているのだからフォンテブルク公爵が同席するのはなんら問題無いが、アルヌデン城主に更迭されたラーガルランドを呼び戻した事にエルは眉をひそめているのだろう。

 それもこれもアルト攻略戦において戦術眼に優れたオットー・ハルベルンが戦死し、多くの有能な者が戦死した結果、なりふり構っていられないという理由もある。



「うむ。これからアルツアルの秋期攻勢をどう防ぐか軍議を執り行う」

「殿下。よろしくありますか?」



 いつもと違い、気遣われた声量のラーガルランドに頷くと彼は「騎士団再編はどうなっておりますか?」とこぼす。

 やはりその手の話か。



「厳しいな。帝室には増援を要請する書状を出しているのだが……」



 一向に返事が来ない事に苛立ちを覚える。こちらはいつ敵の攻撃を受けるか分からないと言うのに帝国執政室――帝室は動こうとしない。これは明らかな責任問題だ。



「第三鎮定軍の再編だが、エフタルに駐留している第一鎮定軍からの引き抜きも検討しておる。すでに弟のエドワードにも書状を送っている」



 王都攻略戦において第三鎮定軍は戦力の過半を失う大敗北を喫し、占領地に散らばっていた騎士や傭兵をアルツアルの最前線基地であるマサダに集結させているが、その総数は一万にとどくかどうか。

 対しアルツアルでは銃を主軸にした部隊が続々と作られている上、続々と王都に南アルツアル諸侯の援軍が集結中だと間諜から報告を受けている。マサダ攻略となれば二万以上の大軍となるだろう。



「皆の意見を聞きたいのだが、現状の戦力でマサダ防衛を成し得る事は可能か?」



 すると皆、一様に珍しいと言いたげな瞬きをした。まぁ確かにいつもはオレの独断で物事を決めてしまう節があったから珍しいのだろう。

 だがそんな独りよがりな策ではどうしようもないのだと王都攻略で痛感した。

 いや、確実に部下が死ぬのだ。そんな決断をオレ一人で決める自信が、無くなってしまった。



「それで、どうか?」

「殿下。率直に申し上げますが、難しいですな」



 祖父の言葉に今度はエルが顔を赤くして怒りを露わにする。



「殿下の指揮される第三鎮定軍においてそのような敗北主義的な事を申されるとはいくらフォンテブルク家でも許される事と許されぬ事が――」

「エル。良い。それで祖父上殿、難しいと言うのは?」



 今度は「え?」と誰とも無く疑問がもれた。なんとも気まずい。



「は、はい。殿下。サヴィオンは攻城戦こそ研究してきましたが、アルツアルに対しての籠城戦は戦訓に乏しいと言わざるを得ません。その上、マサダは元々敵の城。我らの未だ知らぬ抜け道などもあるかもしれません。少なくとも連中はこの城の間取りを熟知しています。それだけでも不利かと」



 なるほど。確かに急に城の作りを変えるなんて不可能だ。それに何度も城やその周辺を探索して抜け道らしきものを探したが、それでもまだ発見出来ていない道もあるかもしれない。それを考えると籠城に全幅の信頼をおくのは危険か。



「殿下! 直言をお許し下さい!」

「ゆ、許そう。それより声を抑えろ」

「これは失礼を。ただ籠城も利点はございます。如何に抜け道があろうと持久戦において攻城側よりも籠城側が優位なのは明らか。今からでも防備を固めておくに越したことはありますまい」

「持久に? だが城を囲まれてしまえばこちらは補給を断絶されるのだぞ。どう考えても攻城側の方が有利では無いか」



 豊臣秀吉が行った備中高松城の水攻めに小田原征伐。近代に入れば日露戦争の旅順攻略戦においても最終的に攻城側が勝利を掴んでいる。

 それは攻城側は防御側に比べて攻撃出来る機会を自ら作り出す事が出来るからだ。つまり戦闘の主導権を掴むことが出来るということ。

 それを思うと籠城側の方が不利だと思うのだが……。



「そもそも攻城側の輜重徴発は現地で行うのが基本(・・)です。これは聡明な殿下であられればご承知の事と存じますが……」



 基本を強調するあたりまだオレが行った現地民からの略奪を禁じる触れの事を根に持っているようだ。

 だがどう考えても戦後を見据えれば現地民との友和を考えれば略奪など禁じた方が良いに決まっている。だが――。だが今はそれを議論している時ではない。



「続けろ」

「ハッ。対し、籠城側は攻城側に先んじて輜重品の備蓄を行う事ができます。しかし攻城側は包囲網の形成と同時に輜重品を村々から徴発せねばならず、その戦力が増えれば増えるほど徴発する量は増えていきます。

 結果、攻城側は少ない輜重で籠城側と対峙せねばならず、長期間の包囲には難があります」

「だがアルトでそうしたように外から輜重品を購入すれば問題なかろう」

「ではアルトの兵は皆、飢えを知らずに過ごせましたでしょうか?」

「――ッ。あ、あれはアルツアルの長雨や敵の残党による襲撃を受けたから規定量の物資を輸送する事が出来なかったからだ」



 むろん兵達が飢えている事くらい知っていた。

 だがそれを賄えるほどの物資購入にオレは奔走したし、多くの商会に協力を取り付けて十分な量を帝国から輸送されるよう手配をした。

 だがアルツアルの長雨により街道は泥濘と化し、多くの馬車が擱座してしまった。その上、第一次アルヌデン平野会戦での敗残兵が馬車を襲うようになり、その輸送量は想定の半数以下に落ち込んでしまった。



「その通りです、殿下。つまり外からの物資輸送には限界があるのです」



 ふざけるな! 吾の施策に文句があるのか! 責任問題だ!!

 そう叫びそうになる自分を必死に押さえ込む。ここで怒鳴っていては今までとなんら変わらない。

 ならば――。



「なるほど、な。敵も我らの轍を踏まぬとも限らぬと言う事か。それで話としてはアルツアルの補給には難があり、長期間の攻城は不可能と言いたいのだな」



 すると再び周囲からポカンとした視線が突き刺さってきた。不敬なのではないだろうか。

 いや、そうされて当然の事をしてきたんだ。これも当たり前、か。

 だが考えてみるとマサダを手中に収めているおかげでアルヌデン平野一帯をサヴィオンの支配下に置いている現状、アルツアルの税収は大幅に低下する事だろう。それも勘定すればただでさえ敗戦一歩手前のアルツアルに長期的な包囲戦をする力は僅かにしか残っていないのかもしれない。



「籠城のメリットは分かったが、結局のところそれを第三鎮定軍は行えるのか?」

「十二分に可能と存じますが、籠城だけでは無く野戦の方も検討すべきでしょう」

「お前は籠城派では無いのか? それに数的劣勢は如何する? 援軍がいつやってくるか不透明なのだぞ」

「数的劣勢に関しては魔法使いと騎士を用いれば問題無いと存じます。吾輩が殿下に申し上げたい事は現有戦力であれば籠城は可能なれども、籠城よりも野戦を挑む方がマシであると言う事です」



 確かにサヴィオンの魔法使いは精強無比。それに騎士の質も高い。

 それを考えれば――。だがそれでも倍以上の敵と戦うのかと思うと気が重い。



「反籠城派の祖父上殿に聞きたいのだが、数的劣勢の現状で野戦を挑めるものなのか?」

「確かに数の差が如実に現れるのが野戦です。しかし先の会戦の轍を踏まないようにすれば、あるいは……」

「それはなんだ?」

「騎士を動かす事です。元来、サヴィオンの強さは騎士の強さにあり、それを生かさねば我らに勝機は訪れぬでしょう」

「それは――。敵に銃があると言っただろう。あれは遠距離から攻撃できる魔法に迫る武器だ。その眼前に突撃など自殺も同然だ」

「しかし戦とは多かれ少なかれ死ぬ者は死にます。それにそのじゅうですが、確かにすさまじい音こそしますが弓とそう変わらぬように思えます。ただ弓と違って速射に難があると考えます。ならば機動を旨とする我らが騎士団には距離さえ詰めてしまえばじゅうなど大した脅威にはならぬでしょう」



 銃のリーチを詰めてしまう。確かにサヴィオン騎士は優秀だが、果たしてそれが行えるのだろうか。

 だがそうした疑問を同時に覚えたエルが「あれは脅威以外の何物でもありません!」と顔を青くして語った。



「そう言えばフリドリヒ公爵はじゅうと正面から対峙したのでしたな」

「えぇ……」



 彼女はギュッとテーブルの下に隠れた右足を掴むように肩に力を入れる。

 エルの足はアルト攻略戦において銃撃を受け、その結果壊疽を起こしてしまった。そして彼女は腐った足を切り落とすと言う過酷な決断を強いられたのだ。



「しかし第二帝姫殿下の東方辺境騎士団は春季攻勢作戦である『洪水(プートプ)』作戦においてじゅうを持った相手に正面渡河を成功させて勝利をつかみ、レオルアンの街まで迫る勢いであったとか。あの騎士団の強みはあの突破力です。それを思えば彼の騎士団の如く一気呵成の突撃を敢行して敵戦列を打ち破るサヴィオン伝統の騎馬突撃(ランスチャージ)こそ至高の戦術であると思いますが?」

「ガハハ!! 確かに東方の連中の騎馬突撃(ランスチャージ)は悪魔が乗り移っているのではないかという勢いですからな。さんざん手こずらされたもんです。ガハハ!!」



 頭が痛くなる笑いに額を抑えつつ現状を振り返ってみる。

 確かに悔しいがアルヌデン領における決戦において軽騎兵を主軸とした部隊がじゅうを持った――恐らくあのエルフの部隊と対峙して敗れているが、不思議とアイネ率いる東方辺境騎士団はそうではない。

 その違いと言えば馬の種類もそうだが、突撃に特化した東方辺境騎士団だから、と言うのも十分考えられる。



「……東方辺境騎士団か」



 アイネから第二鎮定軍を取り上げた現状、その戦力も今や我が手の内だ。

 これは十分、使える手札なのかもしれない。



「では話をまとめるが、籠城戦にもメリットはあるが、野戦を挑むべきだ、これで良いか?」

「おっしゃる通りです、殿下!」

「祖父上殿は?」

「かねがねラーガルランド公爵に同意ですな。ただ会戦において無理な勝敗を決するのは避けたく。出来れば一太刀浴びせて籠城――。それを望みます」

「むぅ……」



 一太刀、か。確かにそれなら銃による損耗を防げるかもしれない。



「祖父上殿。ならばレオルアン方面の第二鎮定軍を会戦にあてるのはどうか?」

「それは良き案かと。あの騎士団ならば、敵の戦列に穴を穿てるでしょうし、使い潰してもかまいませんからな」

「つ、使い潰す!?」

「左様。あれは第二帝姫殿下の私兵とは言え所詮東方蛮族。ならば全滅しようがこちらの腹は痛みませぬ。その上、籠城出来る戦力を残す事も出来ましょう。幸い、レオルアン方面の戦況は落ち着いておりますし、何も問題ないかと」



 突破力に優れる東方辺境騎士団を呼ぶことで銃に対抗しようと軽く思っていたが、確かに東方辺境騎士団はアイネの物であり、それが全滅しようがこちらの損失は無い。

 だがそれは東方辺境騎士団を捨て駒にするも同然だ。そんな事――。



「殿下、まさかとは思いますが、ここに来て命の順位を考えておられぬのでしょうか?」



 祖父上殿の老いてはいるが、鋭い瞳がオレを射抜いてくる。

 命に順位をつけるとすれば東方辺境騎士団は最下位に位置している事くらい分かっているだろうと射抜いて来るのだ。

 少し前の自分ならそれを否と怒鳴っていたはず。だが――。



「そうだな。では東方辺境騎士団を転進させよう。代わりにレオルアンの守りはどうする?」

「アルヌデン城に駐留しているモーデル騎士団を振り当てるのはどうでしょうか。あの地も安定しているようですし、第一鎮定軍よりアルヌデンへ兵を進めていただけたらより布陣は盤石になるかと」

「それで行こう。では会戦を念頭に置きつつ籠城の支度を始める。エル。籠城の支度を頼めるか?」

「え、えぇ。もちろんです」



 だがエルの顔にはありありと不満の色が浮かんでいる。

 確かエルとアイネには確執があったはず。だから東方辺境騎士団を使う事を不満に思っているのやもしれん。

 だがかと言って東方辺境騎士団の代わりに部下に血を流させる訳にはいかない。もうオレは十二分に部下に出血を強いたのだから。



「他に何かある者はおるか?」



 見渡すも静まりかえった会議室に疑問を投げかける者はいなかった。だがそのせいか部屋の前の廊下からバタバタとした足音が近づいてくるのが感じられ――。



「ご無礼つかまつる!」



 ……会議室の前には歩哨にあたっていた騎士が居るはずなのに誰何無く扉が開かれた。

 一体何故と思っていると扉の先にその答えはあった。

 扉の先に居た騎士は黒地に金糸で縁取られた白十字が描かれた旗――帝室旗をつけた槍を持ち、素早くひざまずく。

 帝室旗と言えば皇帝旗に次ぐ高位の旗印であり、その使者の言葉は同時に帝国の執政全てを司る帝室の言葉でもある。

 そんな使者が「突然の無礼お許し下され」と一礼し、腰に吊った雑嚢から一枚の羊皮紙を取り出す。もちろん封蝋されている。



「至急、こちらに目をお通し下され」

「拝見する」



 使者から羊皮紙を受け取り、封蝋を一瞥するとそれは王冠に十字の印――現帝陛下たる父上の印が押されていた。

 勅令と言う訳では無いだろうが、それに準じる言葉が記されているはず。そう思うとゴクリと喉が鳴った。

 そして封蝋を破り、中身を改め――。



「ま、まさか――! 真か!?」

「畏れながら内容は知らされておりません。ただ帝室より速やかな返書を送られたしとご伝言を預かっております」

「すぐにしたためる。別室にてお待ち下され。おい」



 そして歩哨に当たっていた騎士の一人が使者を先導して応接間に案内していく。

 そして使者の背中が扉から消えると顔を強ばらせたエルにフォンテブルク公爵、ラーガルランド公爵がオレの言葉を待っていた。



「……アイネが東方の騎士を集めて謀反を起こした」

「なッ――!!」



 現在、帝都では鎮圧のためラーガルランドの弟――ヴィルヘルム・ラーガルランドを大将に第二近衛騎士団が出師準備を進められていると書かれていたが、送られてきた時局からすればすでに鎮定軍が帝都を出ている頃合いだろう。

 だが叛乱の規模等は書かれていなかったのを見るに大した事は無いように思える。それに東方辺境騎士団の主力はまさにアルツアル。

 すぐに決着はつくだろう。だが――。



「問題は東方辺境騎士団の主力、か」



 帝国と対立した事で敵の敵であるアルツアルに寝返って第三鎮定軍の後背を断つような事は無いだろうが、この騒動に乗じてアルツアルが仕掛けて来る事は十二分考えられる。

 それに叛乱の芽を背後に残しておくのは危険すぎる。



「ラーガルランド。すぐにレオルアン方面に出てくれ。アルヌデンのモーデル騎士団にも早馬を送ってレオルアン方面を包囲するように伝えろ」

「ハッ。ではこのラーガルランド、出立いたします!!」

「言っておくがまだ様子見だ。下手に刺激してアイネの謀反を気取られるな」

「承知! あぁ、それと街道を封鎖し、アルツアルに情報統制を計るべきかと」

「そうだな。エル。籠城の準備はよいからアルツアル側へ情報が渡らぬよう、マサダ以東に通じる街道とセヌ大河の封鎖をしてくれ」

「御意に!!」

「祖父上殿は早急に籠城の支度を」

「仰せのままに」



 慌ただしく家臣達が動き出す中、心の中で重いため息をこぼす。

 まさかこの期におよんでアイネが謀反を起こすなど……。あいつの責任問題だ。

 キリキリと痛み出す胃を押さえながらこれからの事を思うと憂鬱で仕方ない。あぁくそ。こんな苦労するとは、やはりオレは異世界転生の主人公では無いな。


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