我ら進軍する
北方巨人族。それは古より度々北より来る災厄。それによって国が飲まれた事もある、らしい。
奴等は身長三メートルばかり。体重二百キログラム以上。人と同じく直立し、人と同じような武器を操る器用さを持っている。
その巨体から振り起される一撃は馬さえも一刀の下に切り捨てると言う。
だが奴らの最大の脅威はその巨躯から生み出される破壊力などでは無い。
『前進ッ!!』
ゴライアスの咆哮と共に巨人達が歩み出す。
連中、ゴライアスを長にした連携が取れているのだ。訓練すれば密集陣さえも組める素質さえあるだろう。
奴らの恐ろしいのは人並みに知恵が回る事。もっとも攻め寄せて来る度に殲滅しているので戦のノウハウが蓄積する事は無いらしく、今も馬鹿の一つおぼえに突っ込んでくるだけだからまだなんとななっている。もっとも連中がアルツアル並の方陣を組んで来たらこちらはどうしよようも無いだろうが。
「ま、その時は魔法で吹き飛ばせば良い、か」
「陛下、何かおっしゃられましたか?」
「なんでも無い! それより初撃に専念せよ!」
今回は魔法杖では無く超長槍を手に周囲の騎士と共に歩を速めて行く。
この五メートルを優に超える長槍は本来、対人用ではなく対巨人用の馬上槍なのだ。
それは少しでも巨人との体格差を埋めるべく少しでも長い得物を手にしようとした結果、アルツアルの長槍兵のそれよりもさらに長大な存在へと進化する事になった。
東方騎士は得物の他にも騎乗する事によってさらに体格差を埋めようとした。その上、騎乗する事によって巨人の大幅な歩幅から生み出される機動力に追随する力を得る事が出来た。
だがそれだけでは足りぬとより足の速く、より持久力があり、より勇猛な馬を求めた。その結果、ユニコーンとの交雑が試され、それはどの国にも存在しない至高の馬を生み出した。
巨人に負けぬリーチを誇る長槍。巨人に負けぬ力を秘めた馬。
それらの力をより底上げするために東方騎士は密集突撃と言う戦術を作りあげた。
詰まる所、東方騎士は巨人を討つための得物と馬を有し、巨人を屠るための陣形を編み出していた。
故にそれを対人で使用した場合、三倍程度の数の差を覆せる技量を手にするようになってしまったのだ。
「く、フハハ!」
カチャカチャと互いの膝当てが擦れる音が響きだすと共にまるで飛ぶようにブケパロスが地を蹴って行く。
そして眼前に迫るは見上げる敵――ゴライアス。
『カカッ! 威勢の良い小さき者共よ! 今、その躯を母なる大地にぶちまけるが良い!!』
ゴライアスが握る槍の長さこそ三メートルそこそことアルツアル等が使う長槍ほどの長さだが、その太さは丸太のように太い。
その豪槍をまるで短槍と言わんばかりに横薙ぎで振るってくる。それも蛇のように低く這うように襲い掛かって来る一撃に思わず手綱を引いてブケパロスに跳ねるように促しながら超長槍をその胸元に突き付ける。
鈍い衝撃と共に小さな銅板を繋いだ帷子から血が出ると共に超長槍が衝撃に耐えきれずに折れてしまう。それを無視してゴライアスの脇を駆けて行くが、その時、背後から悲鳴が響いた。
振り返ると一人の騎士をゴライアスが馬上から掴み上げ、その者を口に含み――。
「――ッ! 貴様ぁ!!」
水気を含んだ咀嚼音に耳を塞ぎたくなる。だが、そのような事はしない。
そもそも風は留まる事を許されないのと同じように騎士達もそのまま歩みを止める事無く疾駆し、十分に距離を取ってから反転する。
もっとも巨人達も我らをそのままに南進を続ける愚を犯す事無く隊伍を整え出す。
「何人やられた!?」
「かなり持って行かれましたな。見た限り、戦えるのは七、八〇〇程度かと」
「なんだ、クラウス。生き残ったか」
「まだまだ出世せねば死ぬに死ねません」
その軽口は一体どこから出て来るのか。だがそのおかげで多少、沸騰しかかった気持ちが冷めて来た。
さて、三百体ほどいた巨人も少しばかり数を減らしてきているような気がするが、消耗の度合いとしてはこちらのほうが大幅に上だ。
如何に中立を保っていた騎士達を前列に組み込んでいるとは言え、主力はサヴィオンとの戦を経た者達である事に違いは無い。
「魔法で方をつけるか?」
「しかし巨人に当てられるのですか?」
「………………」
「一昨年前、ゴライアスに火をかけられたのはミーシャ殿が足に超長槍を刺す事に成功したからではありませんか。そのような策はお止めになられた方がよろしいかと」
「むぅ」
だがまずはあの巨石のゴライアスをなんとかせねばならぬだろう。
ブケパロスの鬣を一度だけ優しく愛撫し、その鞍に結ばれた布鞄を外す。
「これを使うか」
「どうされるので? それはアルツアルで見た威力は到底ありませんよ」
「だが同時にあの音はせん。まだ東方の馬はあれに慣れていないから調度良い。これで一瞬の隙が作り出せるのならそれで良い。クラウス。頼んだ」
「私ですか?」
「そしてトリは東方王たるは朕だ。文句はあるまい?」
クラウスはやれやれと肩をすくめながら布鞄を受け取る。それにこれは元はと言えばクラウスの買い物なのだからこいつが使うべきだ。うん。
「あと水筒をくれ」
「御自分のがあるでしょうに、どうぞお受け取り下さい」
「うむ。では行くぞ! 突撃に、進め!!」
ラッパが戦野に吹き渡ると共に騎士達が歩みだす。それは徐々に速度を上げて行くのだが、朕だけはゆったりとした速度を維持し、隊伍から段々外れて行く。
数テンポ遅れを得ながらブケパロスを駆る。巨人達はそれに呼応するように地鳴りと共に迫って来る。
その先頭を行く巨人――巨石のゴライアスが豪槍を手に駆け出して来た。こちらが仕掛ける事を感じ取ったか? これだから長生きする巨人は手に負えない。
「クラウス! やれッ」
その言葉と共にクラウスの口元が微かに動いてから布鞄をゴライアス目がけて放つ。高さが足りん。
「【天上の星々よ、大地の塵で作られし人形に命の息吹を与えん。風よ】!」
鋭い息吹が布鞄を押し上げていく、そこでふとこれでクラウスが唱えた火魔法が消えたらどうしようとと言う思いが横切る。だがその心配は杞憂に終わる。
突如、布袋は瞳を焼くような閃光と共に燃え上がったのだ。
「ロートスめ、一体どうしたらあのような爆発が起こるのだ!?」
布鞄の中身はかーとりじに使われていた黒粉――義兄上が言うところの火薬と呼ばれる秘薬だ。
それをどういう経緯で手に入れたかと言うとガリアンルートで戦支度を進めていたクラウスがたまたま商談にあたっていたガリアンルートの文官から「アルツアルで硝石、木炭、硫黄の需要が高まっている」と言う話を聞いて買いこんでおいたらしい。
そして朕を帝都から脱出させる直前、冬の廃砦で鹵獲したかーとりじを元にした黒粉の調合比率が分かったと錬金師から報告を受け、そのレシピ通りに黒粉を再現したのだ。
――したのだが、確かに凄まじい炎と白煙が出るのだが、肝心の爆発が起こらない。何故だ? あいつと同じように油紙で黒粉を包んでいるのに何が違うと言うのだろう。
だがその激しい燃焼がゴライアスの眼前で起こった事で奴は無防備にも片腕で目を庇う動作をしてしまった。
だがゴライアスもまた歴戦の巨人。未知の攻撃を受けたにも関わらず即座に視界を覆っていた腕をどける。
だがそれはあまりにも遅い。
「行くぞブケパロス! 【大海よ、星辰の導きに従い割れよ。割れよ。割れよ。我ら主の言葉に従い、今こそ約束の地に赴かん。水よ】」
クラウスから渡された水筒と自分のそれから栓を抜くと革袋から無色の液体が躍り出、折れた超長槍の穂先になるようにそれが徐々に凝固していく。
「――ッ」
舌打ちに似た舌鼓を打つとそれに呼応するようにブケパロスが速度を増していく。
盆東風のように駆けるブケパロスの手綱を引くと力強い蹴りと共に四本の足が大地の束縛から解き放たれた。
全身をバネのように使った跳躍により地面より切り離されているとふと、自分が空を飛んでいるのではと言う感慨が浮かんだ。
そう言えば昔、ミーシャはこんな事を言っていた。
『この羽飾り? 夢の無い話をすれば異教徒共が使う投げ縄対策なのですが、それでは盛り上がりにかけますな。そう言えば祖父上から聞いた昔話だと、我らの祖先は星々が飼われていた馬の世話を仰せつかっていたらしい。
その馬と言うのが翼の生えた神馬で、空を自由自在に駆け、どの馬よりも遠くに駆け、どのような馬も追いつけなかった。
そんな非の打ち所がない馬に祖先は乗ってみたかったのだが、主から禁じられていたんだ。
しかし祖先は言いつけを破って星々の目を盗んで乗ってしまった。それを怒った星神様は馬から翼をもいで我が祖先と共に地に落とされた。
それ以来、世話係りを解任された祖先だったが、神馬の乗り心地を忘れられず、様々な手段を持って神馬の再現を試みた。その一環として自分達に翼をつけてしまったのさ。それがこの羽飾り。
ボクとしてはこのお話の方が浪漫があって好きだし、何よりそんな素晴らしい馬に出会いたいと思います。あぁそんな馬と出会ってボクも空を駆けてみたい。アイネはどう思う?』
あぁミーシャ。空を駆けると言うのは、こんなにも素晴らしい事で、そんな馬を送ってくれたお前になんと感謝すれば良いか分からない。
あぁミーシャ! ミーシャ!!
「 」
声にならぬ声を上げ、気づけば眼前に腕を下げたゴライアスが居た。その無防備な顔に向け、渾身の力で超長槍を叩きつけてそのまま得物を離す。
そして一瞬の後にブケパロスは地に舞い戻り、何事も無かったかのように突撃を終え、事の成り行きを見守っていた東方貴族達の下に駆け寄る。
ズシンッ。
背後から響く巨石が倒れる音が妙に轟く。まるでそれ以外の音が消えてしまったかのようだ。
だがそれが錯覚だと教えてくれるように東方貴族から歓声が沸き起こった!
「巨石が倒れた!」
「万歳! 万歳!」
「東方王陛下! 万歳!!」
そうした歓喜に染まる騎士達の中、朕の筆頭従者が朗らかな笑みを湛え、頷いた。
「――巨石のゴライアス、この東方王アイネ・イヴァン・デルソフが討ち取った!!」
歓呼に震える騎士達を見渡していると、ふと一瞬だけ朱髪の騎士を見かけた気がした。気のせい、そう思えば思いこめるほど一瞬だけだったが、それでも見えた。そんな気がした。
いや、そうだったのだろう。そう思った方が、浪漫がある。そうだろ、ミーシャ。
あと一話で外伝終わりと言ったな? あれは嘘だ。
どうも一万字越えてしまうので明日に回させて頂きます。
また、作中でアイネ達のてつはうが爆発しないのはただ油紙に火薬を入れただけだからです。ちなみにロートス君の物は壺なんかに火薬や鉄片、殺意をギチギチに詰め込み、それを布袋に入れております。
それではご意見、ご感想をお待ちしております。




