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戦火のロートス~転生、そして異世界へ~  作者: べりや
外伝 戦火のアイネ――東方大返し
133/163

巨人

 サヴィオンの進軍速度の遅さによってワルシスを発ってからすでに四日も使ってしまっている。

 そして巨人達がイヴァノビッチ領に侵入するまで残り三日。距離にして一六〇キロメートルの行程だ。

 ちなみにサヴィオン騎士団の基本的な行軍速度は一日でおよそ五十キロ程度である。それ以上馬を酷使すると潰れてしまうから、馬の健康を守るためにも五十キロ程度が限界と言われているのだ。つまりサヴィオン流――今までのやり方では夜通し走りぬいても間に合わない事になる。

 もっと単純に考えれば復路を完走してワルシスに到着する頃には巨人によって領民の犠牲者が出てしまうことになる。

 だが――。



「見えた! ワルシスだ!!」



 東方騎士の誰かが叫ぶ。夜通し駆けたかいあって残り、ワルシスを発ってから六日の昼に帰還を果たした。サヴィオンとの戦場からワルシスまでおよそ百四十キロ。残り二十キロ……!



「皆の者! 間もなくワルシスである! もうひと踏ん張りだ! 東方騎士の底力を朕に示せ!」

「「「応ッ!!」」」



 疲労が滲みでているものの士気は旺盛。いや、より溌剌としている、か。もっとも朕のすぐ後背の位置に居る筆頭従者は疲労困憊の体ではあるが。

 そして風と見間違う東方辺境騎士団は滑り込むように城門に駆け込んだ。



「皆、必ず水と塩を身体に入れるのだ!」



 拍動を続ける心臓を感じながら跨っていた栗毛(・・)の馬から降りる。

 うなじから伝わる一筋の汗を痒く思っているとズイと水が並々と注がれた木杯が差し出された。



「お疲れさんです、姫様」

「お前、名無しの権兵衛(ノーメン・ネオスキー)か。ありがたく頂戴する」



 木杯を一気に煽るとその甘さに思考が飛びそうになる。気が付くと一瞬で杯は飲み干され、いくつかの水滴が残るのみになっていた。



「良い飲みっぷりですな。ま、酒じゃありませんが」

「酒ならすでに飲んできた」

「え?」

「いや、こちらの話だ。それにしても……。奴隷商とは思えん装いだな」



 眼前の男の装いは紫に染められたパンツに黄色のチェニックと言う派手な衣装に革鎧を着込んだ目の痛くなるようなものであり、どう見ても奴隷商のそれではない。



「本業はガリアンルート王立商会の傭兵でさ。あの時は姫様を奴隷商に変装したあっしが誘拐する手筈だったんで。あんた、よくお忍びで城下に出てたんだって? 攫うにはちょうど良いって没落から聞いたぜ」

「……それであれほど鮮やかな手並みだったのか」



 そりゃ帝室の情報をクラウスが横流ししていればあんな芸当も出来ると言う訳だ。そもそも朕を監視していたのはデルソフや帝室の暗殺者ばかりではなく、こいつらも居たのかもしれない。

 そう思うと帝都で暗殺者に囲まれた時、朕を助けるように射られた弓はクラウスのそれだったに違いない。



「それでお前もその船長と言う奴に繋がっているんだな」

「お察しの通り。あっしらはとあるガレー船の漕ぎ手だんですがね、みーんな雇い主に不満があった訳で、とあるゴブリンが音頭を取って叛乱を起こしたんだ。そんでその時に活躍したのは名剣士没落!

 斯くして悪徳三昧の御主人様を打倒したあっしらは目出度く船の実権を手に入れ、海向こうでご主人様達を売り払って莫大な富を得て、それを元手に様々な商売を船員一同始めました。めでたしめでたしってな事があってな。で、そのゴブリンこそが船長って呼ばれている奴さ」

「な、名無しさん。私にも水を……」

「へぇへぇ。あんた見る影も無くなっちまったな。ま、野心だけはあの頃と変わらないようだが」



 ……主人を売り払って一儲け?

 もしかして朕もその御主人様の二の舞を踏むかもしれなかったのでは? やはりクラウスは奸臣ではないか。



「しっかし本当に戦をして来たんで? 早馬なら分かるが、この短時間でそんな距離を駆けられるもんかね? 如何に東方の馬がどの国の馬よりも優れているって言っても限度ってもんがありましょ」

「そうだな。故に立ち寄った宿場町にあらかじめ予備の馬を預けておいたのだ」



 戦で消耗するのは何も騎士ばかりではない。馬ももちろん疲れる。

 それに馬と言うのは野草程度の餌では万全の力を出し切れない。だから飯に草だけではなく麦や高粱、豆などを与えないといけないし、そうした食事量は五十キログラムを優に超えてしまう。その上、馬は一日二十リットル以上の水も必要とするし、強張った筋肉を癒してやるためにマッサージもしなくてはならず、その世話だけで三、四時間は経ってしまう。

 しかし巨人が迫る現状、そのような事をしている余裕は無い。

 故に格宿場にオストスカヤ家より買い入れた馬を待機させ、宿場に着くたびに馬を交換しつつ夜通し駆けて来たのだ。



「……あんたなぁ。早馬なら分かるが、それを全軍でやらせたのか?」

「もちろんだ。エフタルでも馬を交換しつつ国境の村(レンフルーシャー)からスターリングまで駆けた事があったからやってやれぬ事では無いと思っていたのだ」



 アルツアルとの戦に際し、その初戦となったエフタル戦争において朕は初撃としてレンフルーシャーを攻め落とした後、そこを補給基地に定め、エルフ共が落とした橋を魔法で修復させつつ野火のような速度でスターリングに到着し、魔法使いの総攻撃をもってあの城を落とした。

 その時、実験として代えの馬を用いた進軍速度の高速化が出来ぬかと試したのだ。もっとも戦地故に替えの馬が中々手に入らなかったので効果は限定的ではあったが、それでもやってやれぬ事は無いのだなと言う感想を抱いた。



「クラウス。皆を休めさせよ。朕は部隊の再編に取り掛かる」

「……御意」

「名無し。朕が居らぬ間に何か変わった事は?」

「中立を守っていた東方騎士さん達が続々と集結しているぜ。もっとも破壊工作をされちゃたまらないから城外で野営をしてもらっているがな。もちろんあっしらの監視付きで」

「大義である。その者達に会いに行きたいのだが、部下を数人見繕ってくれ。大事無いと思うが、護衛をしてほしい」

「へぇ。その分くらいのお代は頂いているでお任せくだせぇ」



 頼もしい事で。

 そして疲労で膝が笑いそうになるのを必死に抑えながらワルシスの城門から出る。

 そして程なくしてその者達の野営地にたどり着くとそこには六百人ほどの東方騎士達が揃っているようであった。

 それよりも驚くべきはその騎士団の長らしき者達を先頭に隊伍を組んでいる事だ。ちらっと男を見やると悪戯がばれたような気持の良い笑みを浮かべていた。



「部下に姫様が帰還されたと触れを出すよう言ってありました」とウィンクしてきた。こいつ、軽い奴だと思っていたが、質は高そうだ。ガリアンルートから引き抜けないものか。



殿下(・・)。此度のご戦勝、おめでとうございます」



 とある騎士団長が一歩前に出るやその膝を地に着けて首を垂れる。



「恥ずかしながらサヴィオンとの戦は中立ではありましたが、巨人討伐のため着陣いたしました。殿下の東方王即位に関しましても疑義を抱く者もおりますが、今はそれを忘れ、殿下の陣幕に加えて頂きたくあります」

「フン。都合の良い口だ。だが許可してやろう。サヴィオンとの戦に参加しなかったのだ。その分の戦働きを期待しておる」

「仰せのままに」



 東方貴族と言うのは我が異様に強いのだが、何故か巨人と敵対する時だけはサヴィオンでも舌を巻く団結力を見せるのだから不思議だ。

 いや、そうしなければ東方の地で生きて行けぬ訳だ。確かにサヴィオンも亜人からの侵略を受けた時期があったが、おそらく現状の東方を見ればそれは生温いものだと思えるに違いない。



「出立は明日の朝。それまで我らは休ませてもらう」

「御意に」

「では明日。あぁ、そうだ。今日の野営で疲れて戦えぬと言われてはかなわない。そちらを信じてワルシスへの入城を許可する」

「――! あ、ありがたき幸せ! 我ら一同、陛下(・・)の御為、明日はめい一杯の戦働きをしてごらんにいれましょうぞ!」

「フン。期待しておる」



 騎士達が動き出す気配を背中に感じつつ城門に足を向けると男が「良かったんで?」と訝しそうに訪ねて来た。

 まぁサヴィオンとの戦に参加しなかった事から朕へ全幅の信頼を置いていない貴族だというのは見るまでも無く分かってはいた。



「巨人討伐に関して東方の団結力を朕は信じておるし、時にはこちらからの信頼を見せねばならぬだろう」

「懐が大きい事で」

「だが保険もかける。頼めるな?」

「あー。あっしらに連中を監視しろって?」

「それだけでは無い。いざとなれば連中を殲滅してもらう」

「甘い顔しておいて戦の準備か。怖や、怖や」

「どこに奸臣が潜んでおるのか分からないからな。それを朕は身をもって知った。それに貴様等、サヴィオンとの戦での活躍も無し。巨人との戦も歩兵は役に立たん。ならばここで給料分の働きをしてみせよ」

「へーへー。わーかりました」



 そして男と監視について二言三言交えてから別れ、ワルシスの城に戻るといよいよ体が言う事を聞かなくなってきた。どっぷりとした疲れが押し寄せ、気づくと瞼が垂れ下がって来る。この欲求の赴くままに睡眠を――。



「陛下、失礼してもよろしでしょうか。ガリアンルートから新たな積荷が届きましたのでご報告したいのですが」

「……ぅ」

「陛下!」

「うー。分かった、入れ」



 重く成り行く身に全てを委ねようとしていた矢先に叩き起こされた事で若干の苛立ちを抱きながらクラウスを迎え入れる。



「積荷? 兵糧の追加分か?」

「いえいえ。これは私的にガリアンルートより取り寄せたものですが、これが中々良い物で、いち早く陛下にお伝えしたく」



 そう言ってクラウスが持って来たのは油紙を私室の中央に置いたテーブルに乗せ、封を切る。そこにはどこかで見た覚えのある黒い粉が詰まっていた。


 ◇



 北方巨人族――それはイヴァノビッチ領よりさらに北に生きる蛮族、もしくは亜人の事を指す俗称だ。

 体長およそ三メートルほど。体重二百キログラム。独自の風習を持つその亜人の生態は謎に包まれており、知りえる事と言えば独自の神を崇拝し、好戦的で食人を好むと言う点くらいしかない。

 と、言うのも食人好き故に調査が出来ない上に連中は北限と呼ばれる冬は吹雪に、春は泥濘に沈む地に暮らしており、未踏の域の調査が困難だからだ。

 そんな連中は宗教的理由なのか、晩夏に一度だけ東方の民を食さんと南下して来る。

 そうした脅威と戦うために東方騎士はサヴィオンとは違う独自の戦術を開発し、今日まで戦って来た。それが有翼重騎士団――東方辺境騎士団なのだ。



「報告します!」



 翌日。早朝にワルシスを出て四時間ほどで目的の戦場にたどり着く事が出来た。

 此度の戦力は総じて一千騎。すでに超長槍(コピア)を積んだ馬車も待機しており、余裕を持って迎撃する位置に布陣する事が出来た。

 そしてゆっくりと陣を張り、悠遊と巨人を待ちかまえていると巨人の追跡にあたっていた軽騎兵が姿を現した。



「巨人が間もなく現れます! 数は三百ほど。中には巨石のゴライアスも!」



 北方から迫りくる巨人は好戦的で、人肉食を好む事から攻めて来る度に返り討ちにしているのだが、それでも何体かは討ち漏らしてしまう事がある。

 それがこちらの手落ちでなら問題無いのだが、中にはこちらの攻撃を全て跳ね除けてしまうモノもおり、そうした奴には二つ名を東方貴族達は送っているのだ。



「確か、一昨年前に朕が魔法で火だるまにした巨人も巨石のゴリアテと言ったような気がしたのだが?」

「同一の巨人にございます、陛下」



 去年の討伐にも同行した事があったが、ゴリアテが現れなかった事からてっきり死んだと思っていたのだが……。

 それにミーシャの父たるセルゲイ・オスト・イヴァノビッチも一騎打ちにてその腹に超長槍(コピア)を突き刺したと語ってくれた事があった。奴は不死身か。



「まったくしつこい奴だ。今日こそ引導を渡してやろう。皆、出立するぞ!」



 陣形はサヴィオンとの戦でも用いた四列横隊。

 ミスリルで出来た白銀の鎧を深紅の衣装の上に着込んだ騎士達が広々とした平野に並んでいく。

 戦場はこちらに都合の良い平坦な野原が永延と一キロメートルほど続いており、その向こうは未踏の森が広がっている。

 その平野で横隊を四列に組んでいるとは言え、総勢一千人もの騎士が並ぶのだから一列の長さは七五〇メートルにも及ぶのだからこれを壮観と言わずして何を壮観と言うだろうか。

 皆、顔には精気が蓄積され、新たな戦に高揚さえ覚えている。それと共に耳の底に響くような地響きが伝わって来た。

 それと共に鼓動を増す心臓に手を当て、小さく五芒星を切る。


 そうしてやっと主賓がお出ましになった。

 まるで山が動いているのではないかという地響きと共に巨漢達が姿を現した。貫頭衣のような布きれを被り、その上に銅で作られた小札帷子を着こんだそれもこちらを見咎めるや横隊のような形を作り始めた。

 得物は槍や剣とサヴィオン等が一般に使う物だが大きさは桁を一つ増やしたのではないかと思うほど巨大なそれだった。だがその作りは異様に古臭く、使い物になるのか疑問を覚える。

 そした連中の中から頭一つ飛び出した巨人が一匹進み出来て来た。

 さて――。



「では行ってくる」



 巨人相手に名乗りを上げると言うのは不思議な気持ちになるが、これも東方の慣わしである。

 愛馬であるブケパロスを駆り、颯爽と巨人まで五、六十メートルほどの距離に近づく。よく見ると服と思わしき布きれから露出している皮膚にケロイドが見て取れた。やはり一昨年前の時に燃やした奴だ。



「我が名は東方王アイネ・イヴァン・デルソフ! 我が領民を犯す愚かな巨人達よ! 星神と東方王の名に賭けて貴様等に制裁の槍を振るわん!!」

『東方王……。久しく聞かぬ王の名だ。だが以前に王を名乗った小さき者は男であったと思うが、記憶間違いか?』



 ラーガルランドとは違い、骨の髄まで震わせるような震動に思わず顔を伏せてしまう。だがブケパロスは嘶きもせずにただ己が敵を睨み続けていた。まったく可愛い奴だ。



「前東方王は前の冬に天の国に召された! これより朕こそ東方王である!」

『そうかぁ。死んだか。小さき者はすぐに死んで地の底に眠る。哀れな一族だ』

「貴様等に憐れまれる人間族では無い! この異教徒め!」

『カカッ! ならば貴様等の神が我らを退けた事があるか? 貴様等の神が死から貴様等を救ってくれたか?』

「主への侮辱、許さん! それに貴様、名乗りはどうした!?」

『そうであった! 我が名はゴライアス! ペリシテ族ガテの戦士ゴライアス! さぁ向かって来い! お前の肉を空の鳥、野の獣の餌食にしてやろう!!』



 食うのではなく死体を辱めてやる、そう言いたいのか? ならば良い覚悟だ。

 馬首を返し、陣に戻ると先ほどのゴライアスの言葉を聞いた騎士達が憮然とこちらを見てきていた。誰も彼も信仰厚き星神教徒だから分からなくも無い。



「皆、奴の侮辱を聞いたな!? 奴は我らが万軍の主に、すなわち我らが信じる主たる星々に戦いを挑んできた! これを許しておくべきか!?

 奴らの死体で空の鳥、野の獣の腹を満たしてやれ! 我らに星々の加護が有らんことを!」

「「「星々の加護が有らん事をッ!!」」」

「全軍、突撃!!」

みんなが思ってた巨人とは違う様な気がする(進撃見ながら)

外伝本編はあと一話と幕間を挟んでで終わりとなります。



それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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