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戦火のロートス~転生、そして異世界へ~  作者: べりや
外伝 戦火のアイネ――東方大返し
131/163

激突

 ミヒャエル・オスト・デルソフより。



「我が名は東方王アイネ・イヴァン・デルソフ。朕こそ東方の真の主なり。我が東方を侵す者共よ。言葉は不要。かかってこい。相手になってやる」



 ――はぁ。やはりこのお方は……。

 だがその名乗りに第二近衛騎士団の長たるヴィルヘルム・ラーガルランドは顔を赤くして感情を露わにする。



「な!? げ、現帝陛下の威光あまねく降り注ぐサヴィオンに反旗を翻すおつもりか!? この無礼者!!」

「お前は口の利き方を直したらどうだ? いや、口調よりも声量を抑えるべきか」



 対し、辟易と言わんばかりに顔を歪める孫に思わず頬が緩んでしまう。まったくこの子は素直なのだから。



「祖父上殿」

「はい、陛下」



 馬上とは言え、静かに頭を垂れる。それに少しだけ驚きの気配を感じ取りながら言葉を待っていると陛下は――。



「朕の命を狙いしこと、御恨み申す」

「はい」



 もっともな事だ。東方王に剣を振り上げたのだからただではすまぬ事だろう。やはりあの時、草の根分けても探し出して息の根を止めておくべきだったのだ。

 それを怠った甘さが今、目の間にある。



「……念のために聞くが、祖父上殿はサヴィオンを裏切る気はないか?」

「――はい?」

「だから、朕と共に轡を並べようとは思わぬかと聞いているのだ」



 憮然とした口調に思わず吹き出してしまう。もっともこの場に居合わせたヴィルヘルム殿とオストスカヤは事の成り行きが唐突過ぎて反応出来ていないようだが。



「フハハ。御戯れを」

「左様か……」



 目を伏せる孫になんと声をかけるべきか、数瞬だけ悩む。隣に居るサヴィオン人の短気具合からして喋れる事は多くて二言三言くらいであろう。

 何を言う?

 東方王即位を思いなおせ? ――バカな。そんな事を言って収まる事態ではあるまい。

 義娘たる第二帝妃様が幽閉されてしまった事を話すか? ――そのような情で動くなら“朕”などと自称せぬだろう。

 様々な事が去来し、そして風が流れて行った。掴もうとしても捕まらぬ風が。



「陛下――。いえ、アイネ」

「なんでしょう?」

「これにておさらば――ッ!」

「………………。……お世話になりました。祖父上殿」



 重く、重く、重い言葉が風に溶けていく。それを最後に背を向けて陣に戻る。最早あの子と今生でまみえる事はないだろう。

 あの子の正義と私の正義は交差する事は無く、共に走る事も無い。いや、共存する事は出来ぬのだ。

 ならば剣を取り合ってどちらかを潰す他あるまい。

 それでこそ東方の王たる者が歩む道だ。あぁなんたる非道。だがそれでこそ覇道を進む東方王らしい。

 まったく、気づかぬ間にご立派になられて……。なるほど。私も歳をとる訳だ。



「おい、デルソフ殿! 何を勝手に――」

「しかし口で尽くすべきは尽くしました。最早言葉は不要。後は武によってこそ道は切り開かれるものです」

「それは、そうだが」

「元より我らは東方の再征討が目的。その眼前に立ちはだかる意志を確認できたのですから文句もありますまい」



 それに言葉を詰まらせるヴィルヘルム殿と共に陣に戻り、今の布陣を馬上から確認する。

 中央に歩兵隊、そして左右と後背に騎士が三隊に分かれているというひねりの無い――言い換えれば手堅い陣形だ。

 基本は中央の歩兵が敵を食い止め、左右の騎士がその間に敵を両翼包囲する。歩兵後背の騎士は後詰か。



「中央の歩兵隊が不安ですな」

「何が不安か? 歩兵はそこらの傭兵(ごろつき)とは訳が違う、参陣しているのは陛下から賜ったサヴィオン貴族の子弟達だ。それに歩兵に一家言あるハルベルン家から直々に練兵された強者達よ。屈辱だが、蛮国アルツアルの四辺方陣戦術を元にした強固な陣を破るのは如何な騎士でも至難であろう。

 その上、魔法使いを弓兵と共に方陣の中央に配して遠近で東方貴族に打撃を与えられるようにしておるのだ。

 最良の歩兵。最強の魔法。最高の布陣。サヴィオンこそ星神の加護厚き国! 並ぶモノの居らぬ国!

 実際にサヴィオンはこれでアルツアルを切り取っておる。これを無敵と言わずになんと言う?」



 無敵とは大言はなはだしい。だが兄に比べて短慮だと思っていたが、さすが尚武の家柄。手堅いと言うより堅固と言うべき布陣だ。

 それに傭兵ではなく貴族の子弟を使う事によって士気も高い。あの者達は家を継げぬ次男や次女達であり、武で身を立てるために厳しい選抜の果てに近衛となった者達だ。それに実力も確かな物だろうし、厳しい訓練で鍛えられた団結力も高いはず。

 そうした者達が作る方陣は見かけ以上の強度がある。その上、サヴィオンが心血を注いで育て上げた魔法使い達は脅威と言わざるを得ない。

 ならばヴィルヘルム殿が『無敵』と言うのも頷ける。

 しかし――。



「こんな物で止められる訳が無かろう」

「――ん? デルソフ殿、なにか言われたか?」

「いえ、なんでもございません。さぁ再征討の時です」



 風と共に大地を疾駆し、武と共に国を作りし東方よ。お前は変わらねばならない。

 そのためにサヴィオンと言う大国の支配も甘んじて受けねばならないのだ。そう、今は。

 まだ国として未熟な東方はサヴィオンから学ぶ事が多い。独立はその時まで待たねばならない。

 その日を私は拝めぬだろうが、それでも種を撒く事は出来る。そのためにサヴィオンに下り、息子をサヴィオンの戦に送り出した。

 ならば私は最期まで私の矜持と共に剣を取ろう。それが例えあの子を殺す事になっても、あの子に殺される事になっても――。


 ◇

 アイネ・イヴァン・デルソフより。



「少し待ちな」

「なんだエリー姉さん?」

「その王冠、ちょっと降ろして。代わりにあたしの兜を被りな」

「なんでそんな事を――?」

「泣き顔、見られたくないだろ」



 反射的に籠手で目元をこするが、遅きに失したこと。ミスリルで作られた籠手についた透明な液体は照り付ける日差しによって見る見ると消えて行くが、それよりも多くのものが頬を伝わってきていた。



「ほら」

「……うむ」



 すっぽりと顔を覆うそれを手渡され、おずおずとそれを目深に被る。サヴィオン騎士が使う顔前面を覆う様なそれでは無く、スッキリとした造形ではあるが頭部が蒸れてしまう点において既存の物と変わらなかったため好きになれなかったのだが、今はそれがありがたかった。



「すまぬ。弱いのに、東方王に即位してしまって、すまぬ」

「構やしないよ。粋がってもあんたは男も知らぬ小娘じゃないかい。良いんだよ。あんたは逆立ちしたってサヴィオン人で帝国のお姫様なんだ。それで、あたし達の新しい王様さ」



 エリー姉さんの言葉は不思議と母上に抱かれている時のような温かさがあった。今まで決別してきたはずの温もりに。



「確かにイヴァノビッチの爺さんは弱みを見せない奴だったよ。だけどね、セルゲイ――先々代の東方王は今の支配に結構気を落としていたよ」

「セルゲイ殿が?」



 ミーシャの父――セルゲイ・オスト・イヴァノビッチは質実剛健に手足が生えたような男であった。

 野生の感とも言うべき手腕で東方をまとめあげた東方王の息子然とした奴にサヴィオンは幾度となく煮え湯を飲まされてきたと言っても過言ではない。

 そんな男を下す事は出来たが、それでも政治から逃げていた朕は彼に東方統治を任せていた。その統治はまさに王道であり、そつなく東方を取りまとめていたと思っていたが……。



「そりゃ、大の大人があんたみたいな小娘に負けたとありゃ落ち込むさ」

「それはエリー姉もか?」

「そうだね。そりゃ落ち込みもしたさ。酸いも甘いも知らないガキにしてやられたようなもんだ。あんただって戦も知らぬような奴に出し抜かれたりしたら業腹だろ」



 そんな事――。

 と、反論しそうになってやめた。

 そう言えばそんな奴がアルツアルに居たではないか。

 ただの田舎エルフなのにいくら打ちのめしても何度も立ち向かって来て、そして負けても再び朕に殺意を向けて来る――。



「そうだな。業腹だ」

「だろ? あたし達は聖人なんかじゃないんだからそんな片肘張らなくて良いんだよ。怒りたい時もあれば悲しみたい時もある。まぁ東方王に即位されたんだから時と場合ももちろんあるけど、それでもあんたはまだ年端もいかない子供なんだ。どうしようもなくなったらあたしや……ディートリッヒ殿を頼れば良い」



 苦々しく出された名前に思わず苦笑が漏れる。

 人を頼る、か。そうした事も朕は縁遠かったな。確かに配下は大勢いたが、それは頼ると言うより限りなく命令にそれは近かった。もっともクラウスの行いを『頼る』と表現するのはどうも癪に障るが……。

 それにミーシャとの関係もなんとも言えぬ距離があって頼るとはまた別の感じがした。



「そう言えばあんた、まだ手酌してるのかい? そこまで咎めるつもりはないけどね、たまには誰かに酌をしてもらいな。それくらい誰かを頼ったって良いんだよ」

「そう、だな」

「おや、案外素直だね」

「悪いか? それにエリー姉さんは東方王相手に不敬が過ぎるぞ。それに何が男も知らぬ小娘だ!」

「そうムキになるのが小娘だって言うんだよ。それともなんだい。アルツアルで良い男でも見つけたのかい?」



 男? すぐに思い当たるのは一匹居るには居るのだが……。そう言えば先も真っ先に思い浮かんだのは奴であった。



「おや? 詳しく姉さんに話してごらん」

「エリー姉さん、そんな事を聞くのは歳を食った証拠だと昔母上が言っておったぞ」

「あら、それでもあの人はそんなあたしをステキと言ってくれるけどね」

「お熱い事で……」

「陛下にも分けてあげたいくらいだよ」



 受けるよりは与える方がさいわいである。星書にもそんな一節があったな。そう辟易を覚えていると小じわを深くして笑うエリー姉さんが肩の力を抜くように息を吐き出した。



「で、どうなんだい? どんな殿方なんだい?」

「まだ引きずるのか」



 陣まであと少し。だがそのあと少しをもったいぶるには時間がかかりそうだ。仕方ない。



「心の底から――」

「うんうん」

「なんと言うんだろうか……。殺したい? 血祭りにあげたい? そんな相手だ」

「――は?」

「相手もそう思っておるようだ。死ぬほど朕の事を恨んでおる。たぶん奴に捕まったら楽に殺してはくれんだろう」



 そんな朕の言葉にエリー姉さんは首を傾げて「戦に傾倒させすぎたようだねぇ」と憐れんだ目で朕を見返して来た。どういう意味かハッキリさせたい。



「さて、お喋りも終わりだ」



 四列の横隊を組む勇壮な有翼重騎兵達。その兜の下にある顔は皆、気負う事無くサッパリと敵陣を見据えていた。



「聞けッ!」



 胸の内に吸い込んだ息を全て吐き出すように声を張り上げる。こうなると兜が少し邪魔だな。



「敵の総数は我らの倍は居る。だが諸氏達東方貴族を下したいのなら三倍の兵力がいる事だろう。

 敵は浅はかにも自らを無敵と称しているようだがそれは偽りである! その嘘を勝利によって暴こうではないか!!」



 東方貴族達から熱気と共に喚声が湧き起こり、籠手でプレイトメイルをや己が得物を打ち鳴らす喝采が湧き起こった。



「東方万歳!」

「東方王万歳!!」

「東方王陛下万歳ッ!!」



 嵐のような声に騎乗していた白馬が煩そうに嘶いた。いくらユニコーンとの交雑を経て精強な軍馬へと育っても馬とは臆病な生き物であり、そして大きな音を怖がる習性がある。やっと懐き始めたばかりで悪い事をしたな。

 その首筋を愛おしく一撫でしてから「クラウス!」と幼き頃より仕えてくれている老騎士を呼び立てる。



「御前に、陛下」



 四十の齢にさしかかる初老の騎士は鈍色の鎧を陽光に煌かせながら隊列から進み出て来る。その顔には最前列で戦うのですね、と弱り切った表情を張り付けていた。その通りだが。



「突撃の合図を」

「やれやれ。御意にございます」



 そして士気の高まった騎士達を見やる。

 色とりどりのバナーを超長槍(コピア)に取り付けた東方貴族達が今か今かと朕の号令を待っている。



「行くぞッ!! 全東方騎士、突撃せよ!!」



 クラウスが即座にその命令を反復し、それと共に蒼穹にラッパの音階が吸い込まれていく。

 それと同時にゆったりとした歩みで騎士達が歩み出していく。

 馬首を反転させ、その流れに沿うように前進を始める。隣を見れば諦観を露わにしたクラウスが抜き放った直剣の切先を斜め前方に向けるように構えていた。その反対にはエリー姉さんがサーベルを肩に乗せはにかんでいる。そう言えば兜を返し忘れた。

 だが徐々に歩みを速める現状、それを返す事など出来ない。

 そして徐々にそれは『歩』から『走』へと変わって行く。背後を一度見やると超長槍(コピア)に取り付けられたバナー達が風に舞い、馬達の鼻先をくすぐっているのが見えた。



「陛下! サヴィオン軍に動きがございます」

「騎士達か!?」



 両翼に展開する騎士達がこちらに合わせて隊列を整えながらゆっくりと迫って来る所だった。動きからしてこちらの両翼包囲を画策しているに違いない。

 それと同時に敵の方陣から何かが飛翔してきた。それは空気を切り裂きながら地面に突き刺さる。氷魔法でも打ち出しているのだろう。

 だがその多くは疎らに降り注ぐばかりで確たる命中を得ているようには見えなかった上、酷いものはこちらの隊伍の後方に突き刺さっているようだ。

 舐められたものだ。あんな薄鈍い攻撃が東方騎士に当たるものか!


 もっとも如何に強力な魔法を生み出したサヴィオンでも動目標を攻撃出来る魔法使いはそう多くは無い。

 そもそも魔法の射程自体目算であり、本来なら何発か魔法を放って敵との距離を勘案するものだが、こちらが動いているのだからそれは非常に難しい。まぁ朕はやってやれぬ事は無いが。



「やはり魔法は動かぬ相手に打つに限る!」



 鞍に差した短杖を抜き放つ。手に馴染んだイチイの杖をサーベルのように突き出し、周囲の魔力を取り込んでく――。



「【永遠に燃え続ける柴よ、天の声と共に啓示を伝える赤色の光よ、行く手を指し示す声よ、我に力を貸し与え給え】」



 だが相手も簡単にやらせてくれる相手では無いらしく、新たな風切り音と共に側頭部に鋭い衝撃が走った。

 思わず首がグルンと持って行かれそうになるし、ミスリルの兜を揺らす轟音に耳の奥底が揺れるような錯覚を覚える。幸い、掠れそうになる意識を繋ぎ止める事は出来た。

 そしてそれがなんであるか気づいたのは隣を併走していたエリー姉さんの悲鳴によってだった。



「ぎゃあッ!?」



 それは一瞬であった。

 振り向くと馬上から身を落とし始めたエリー姉さんが居て、その顔から赤い物が噴き出ていた。矢だ。弓兵に攻撃されている。そう思うと同時に届かぬと分かっても手を伸ばす。

 だがそれよりも圧倒的に早くエリー姉さんの身体が馬上から消えた。



「エリー姉さん!! エリー姉さんッ!!」



 だがそれは新たな風切り音によってかき消されてしまった。

スチールヘルメットを被ってサバゲをした事がある人は経験あると思いますが、ヘルメット撃たれると凄まじい耳鳴りが起こるんです(体験談)。



それではご意見、ご感想お待ちしております。

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