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戦火のロートス~転生、そして異世界へ~  作者: べりや
第一章 エフタル戦争
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遅滞作戦

 城門から逃げようとするエフタル公を押しとどめる事に成功したエンフィールド様の号令で官位を持つ者全てを集めて軍議が開かれた。

 そのため臨時少尉から少尉に昇進した俺ももちろんそれに参加させられたのだが、そもそも官位を持っていても部下が居ない。

 あの脂の塊のようなエフタル様が亜人――エフタル先住種の蔑称――の一隊をと言っていたが、その的確な人数も決められていないのが現状だ。

 ぶっちゃけ今は官位を与えられただけの状態で俺は軍議に参加していた。

 てか、さっき足に包帯を巻いたのだがそれでも皮の剥がれた足の裏が痛くてたまらない。椅子に座れたらどれだけ助かるやら。まぁ侮蔑の対象であるエルフの俺に椅子が用意されるはずもないんだけどな。



「では軍議を始めましょう。まずは現状をこのエンフィールドが説明致します」



 エフタル公の傍に控える参謀が立ち上がり、そのまま現状の説明をしてくれた。

 どうもサヴィオン帝国はエフタルの街の正面に陣取り、魔法攻撃によって城壁や城門を破壊し、今にも突入してこようとしているとの事だった。

 その上、北方の守護の要であるスターリングの失陥により、このままでは南北で包囲の輪を作られるのは必須。エフタル陥落は時間の問題となりつつあることが赤裸々に語られた。


 なお、その事を隠したいのか、エフタル様が話の要所要所で言葉を差し込むため、全ての状況報告に一時間ほども時間を使ってしまった。

 まぁ席についている連中は気にしないだろうが、ずっと立ちっぱなしのせいで足に感覚が無い。早く話を終えて横に成りたいんですが……。



「無念ではありますが、状況は逼迫しております。ご決断の時かと」



 撤退の決断を、か。

 そんな事より座らせてくれ。立ってるだけで精一杯なんだ。もうね、むき出しの神経が体重によって刺激されて痛いのなんのってね。



「確かにこの状況ではもって二日程度でしょう。閣下。どうかご決断を」



 意識を足からエフタル公に向ける。参謀が頭を垂れて下知を待っている姿が見えるが、当のエフタル公は不貞腐れたように顔をうつむけて号令を発しない。

 どうやらエフタル陥落と言う失態を犯したくないから城主を誰かに無理やりやらせ、自分はアルツアルに逃げようという計画が上手くいかないせいだろう。

 だが、普通に考えてエフタルで誰かを人柱にするより無事な戦力を引き連れて退却を行う方が戦略的に良いと言うのは明確なのにその決断をしない。どうしてこんな奴が王様なんだ?



「閣下。まだ、南西街道周辺では友軍の遊撃隊が活動を続けており、この地方に入ればまずアルツアルへ落ち延びる事でしょう。

 再起をはかり、サヴィオン帝国からエフタルを取り戻す旗印となるためにも、どうかご決断を」



 エンフィールド様も必死だ。これで説得出来なければさっき城門でエフタル公が言っていた言葉――エフタル城の城主となり、籠城しなければならなくなるからだ。

 その必死の説得の結果、エフタル公は絞り出すように「………………そうするが良い」と言った。



「では、命を下す。これは撤退では無いぞ! それだけははき違えるな。予はアルツアルに転進し、再起を図る。

 その上で公国の長たる予の転進を援護する特別な部隊を編制する。エンフィールド。まず貴様だ。それと……亜人の部隊があったな。あれを使う」

「しかし――! エンフィールド騎士団につきましては異存はございません。しかし、亜人の部隊は――」

「やれと言ったらやるのだ。作戦は今夜、夜陰に紛れておこなう。良いな!」



 それ以上の譲歩を認めないと言わんばかりにエフタル公は肩を怒らして席を立ち、そのまま部屋を後にした。

 その後、「前公様と打って変わって」と悲哀の籠った声に思わず同情を覚えた。

 その後、撤退に関して詳しい打ち合わせを受けたのだが、その場でどうしても遅滞に必要な戦力がエンフィールド騎士団だけでは足りないと言う事に成り、そして俺達に白羽の矢が立った。



「申し訳ない事をした」



 それよりも早く座りたいの一心だったが、即座にやってきたエンフィールド様の手前、それも許されない。



「あの、なんの事でしょうか?」

殿(しんがり)の事だ。巻き込んでしまったようで申し訳ないが、エンフィールド騎士団も万全では――」



 エンフィールド――確かエフタル南東守備の要にして帝国との最前線の要塞都市。その守備を司るエンフィールド騎士団が無事なのにエンフィールドが陥落するなんて事はありえないだろう。

 深刻な損害が出ているであろうに、この人はよく遅滞部隊に志願したものだ。



「違うな。私は安堵してしまった。私の騎士団以外にも遅滞に参加する部隊がある事に、安堵してしまった。申し訳ない」

「別にそんな……! そ、その、頭を上げてください。別にエンフィールド様のせいではございませんし、もちろん、指名されたからに全力を尽くす所存です」



 開発部に居た筈が、気づくと営業までやらされていた口が勝手に言葉を紡いでいく。本音を言えば遅滞なんて嫌に決まっている。

 なんたって本隊が逃げる時間を稼いだ上で自分達も上手く逃げねばならないのだ。不利に決まってる。そんな中に仲間を率いて行くなんて嫌だ。



「もしかして怪我でもしているのか?」

「はい?」

「いや、顔色がだいぶ悪い。足か?」



 包帯を巻かれた足に目を落としたエンフィールド様に俺はなんと言おうかと逡巡していると「酷だが、来なさい」と言われた。



「破傷風になると事だ。すぐに療兵に見せよう」

「あぁ、破傷風なら大丈夫です。エルフは罹りにくいようです」



 よく森の中で生傷を作るのだが、基本的にエルフは破傷風菌に強い抵抗性を持っているようで体力の衰えた者以外で破傷風にかかった者を見たことが無い。

 だが、それにしても足の痛みは気に成って仕方ない。



「そうなのか……。だが怪我を放ってはおけない」

「それなら、仲間から先にお願いします。幼馴染も、こんな具合なので」

「仲間思いなのだな。エルフは結束力が強いと聞いたが、真のようだ」



 貴族様にしてはこの方は気さくな方だ。

 それに若い。それを不思議に思っていると彼は城の途中で兵士を一人呼び止めて療兵を連れてくるよう言い含めると北の城門に足を向けた。

 あの城門の近くが今だに俺達伝令隊やスターリングから逃げて来た者のたまり場となっている。

 そこに行くと見知った顔があった。



「ハミッシュ! それにザルシュさんまで!」



 そうか。ドワーフはスターリングから一足先に公都に向かって居たんだ。



「ロートス! 無事であったか!」



 幼女然とした親友が身を震わしながら口を開いた。その茶色い瞳に溜まった塩水が零れ落ちる。

 あぁ、俺はハミッシュに心配をかけてばかりだな、と自分が嫌になる。



「し、心配したのじゃ。スターリングが落ちたと言うし、おぬしらは行方が分からぬと」

「ミューロンも無事だよ。それより、少し背が縮んだんじゃないのか?」

「心配で心配で小さくもなるわ!」



 彼女の小さい頭を撫でてあげると、その体が震えているのが分かった。それをなだめるように温かい栗毛を優しくかき上げる。



「知り合いなのか?」

「え? えぇ。こいつはハミッシュと言います。隣村のドワーフです。ハミッシュ、それにザルシュさん、この方はエンフィールド様です」

「エンフィールド……? エンフィールド!?」



 そう声を荒げたザルシュさん。耳が痛いぞ。――と、思う間もなく剛腕が俺を掴んだ。



「どういう事だ!? 公国東部の盟主様じゃねーか」

「伝令で公都に着いた時に一合戦あって、そこに加勢したんです」

「なるほどな……。で、他の連中はどこいるんだ?」



 そのままミューロン達が待つ城門までやってくると、そこでエンフィールド様は顔をしかめられた。



「野ざらしなのか?」

「はい。まぁ休めるだけ助かっていると言いますか」



 そんな会話をしているとエンフィールド様が呼んでくれた療兵――衛生兵の事かと思っていたが、白いローブ姿の魔法使い然とした青年だった。

 清潔な見た目は僧侶等に似通った雰囲気がある。だが、近づいてみるとその顔に隠しきれない疲労がたまっているようだった。

 そりゃ、城の前に敵が迫っている上に公都は陥落寸前と来ている。きっと幾人もの死傷者を出しているのだろう。その治療に当たっていたのをわざわざ呼んでくれるとは感謝が尽きない。



「こっちです」



 そう案内するとミューロンはすぐに見つかった。力無く城壁に体を預けた彼女の所に行くと「ハミッシュ?」と喜色が浮かんだ。



「無事で何よりなのじゃ!」

「ハミッシュこそ。無事で良かったわ」



 女の子のほんわかとした空気に心が和む。だが、いつまでも再会を喜んでいられるほど悠長ではいられないのが現実だ。あぁ、なんて現実はクソなんだろう。

 せめてその真理だけは世界を越えて通じないで欲しかった。



「閣下、あの、見た所、亜人のようなのですが……」

「あぁそうだ。早急に治療してくれ」



 主からの命令と言う強制を経て療兵はミューロンの足に巻かれた包帯を解いていく。その内、膿によって柔らかな肉にくっついた布が剥がれると共に「ぃたッ」と小さな悲鳴があがる。



「閣下、酒で傷を清めなければならないのですが……」

「ならそうしろ」

「はい。ですが、その酒を使う事など! 苦しむ兵士はまだ居るのです」



 はい――って了承の意味じゃないのかよ。

 だが、エンフィールド様は「そうか」と深刻そうに呟くと溜息をついた。



「療兵を連れ出せただけ、マシか。水はあるか?」

「はい、あります」



 療兵は慣れた手つきで水筒をどこからか取り出すとミューロンの足にそれをゆっくりとかける。そして泥等を流すと傷口に手をかざして複雑な魔術式を組み上げていく。



「治癒の魔法ですか? 初めて見ましたが、難しいんですね」

「いや、それは公都だから魔法の使用が難しいのだ」



 エンフィールド様の説明によると大きな都市は魔法攻撃からの攻城を防ぐために魔素を散らすような魔法陣が組まれているのだと言う。そのため城内で魔法の使用には莫大な魔力と複雑な魔術式が必要なのだと言う。

 療兵の顔に滲んだ疲労は戦闘の激しさだけでは無いようだ。



「い、ったああああ!」

「ミューロン!?」

「大丈夫だ。ただの治療だから」



 その言葉に不安を覚えるも、すぐにミューロンの顔から苦痛が遠のいた。

 そうして俺の番。それこそ水で現れた段階でだいぶしみたのだが、魔法をかけられるやとんでもない激痛が走った。

 だが、その痛みと反比例するように傷が塞がって行く。

 よくよく考えれば神経むき出しの肉の上に新たな肉が急激に生えて来るんだからそりゃ痛い――。いだだだたただだ!!



「……。あれ? 痛みが」



 痛みの比率が下がって行く。もう見事に足の裏の傷は消え去り、新しく出来た白い皮膚があるばかり。

 やっぱ魔法ってすごい。



「後で余分な靴を持って来させよう」

「そんな事まで!?」

「なに、全て善意でやっている訳では無いのだ」



 好意を与えたのだからそれに報いろ。

 言外にそう言われた事に若干のショックを受けるが、手の内を見せてくれたような気がして少しだけ信頼を置いても良いかもしれないと思ってしまう。俺ってもしかして相当ちょろいのかもしれない。

 思えば何かと小さな恩を与えられてたからと言う理由で会社を飛び出さなかった前世だ。長い物には巻かれよと言う精神の延長なのかもしれないなぁ。



「療兵。悪いがここの者で行軍に適さず、なおかつ戦闘において助力になるであろう者を優先して治癒してやってくれ」

「はい。しかし――」

「亜人は体力、胆力共に頑健だ。その戦力があるか無いかで今後の作戦に支障が生まれるだろう。そのためだ」

「閣下がそうおっしゃるのなら」



 しぶしぶと治療に向かう背中を見送ると、「さて」とエンフィールド様がその場に――土むき出しのそこに腰を下ろした。



「実は私はエンフィールド家の次男でね、将として振舞うより下士としているほうが慣れているのだ」



 それ故、座ってくれと地面を叩く伯爵様にどきまぎしながらそうすると本題が切り出された。



「エンフィールド騎士団は開戦初頭にその戦力の大多数を失って、今や五百に満たない。それも騎士と歩兵を併せて、だ。そのうち騎士は三百ばかりしかいない」

「それで少しでも戦力が欲しい、と?」



 俺の言葉にエンフィールド様が頷く。まぁ、ここまで親切を売られたのだからもう買うしかない。



「その上で君達が持つその武器についてよく教えて欲しい。それは他にもあるのか?」



 エンフィールド様が指さしたそれはミューロンが抱えるように持っていた銃だ。

 自然とその製造者であるハミッシュに視線が集まると、彼女は「あと二丁じゃ」と言った。



「工房で作っておいたパーツを組み合わせて出来たのは二丁しかないのじゃ」

「増産は……ダメだな。時間も無いし」

「それもそうなのだが、そもそも作る設備が無いのじゃ」



 設備? と首をひねるエンフィールド様。確かにドワーフの村にあった大工房のような物が公都にあるかどうか分からないが、俺の持つ銃を再度作るのは難しいと言わざるを得ない。



「パーツは概ねどこの工房でも材料さえあれば作れるのじゃ――です。

 ただ、銃身の中に螺旋状の溝を掘るために専用の工具が必要で……」



 もちろんその工具を運んでこれる訳もなく、ドワーフの村諸とも焼いてしまった。

 まぁ、ハミッシュの腕を信じるならそれなりの設備があればライフリングの無い銃も作れるのだろうが、いかんせん時間が足りない。



「なるほど。で、それはどのような武器なのだ? 魔具の一種なのか?」

「いえ、これは魔法を一切使いません。

 銃と呼んでいるんですが、これは火薬――この黒い粉を燃焼させて、その圧力で鉛の弾丸――鏃を発射する道具です。その際に轟音――銃声が響きます」



 簡単な銃の説明を一通り終えるもエンフィールド様の目に理解の色が浮かんでいるとは到底思えなかった。

 ま、まぁ革新的なアイディアとはそう言う目で見られてしまうものなのだ。それにミューロンに同じ説明をした時など完全に心ここに有らずだったし。



「とにかく、これは火薬を使って弾丸を飛ばす兵器です。クロスボウのように扱えば良いです。

 ただ、射程は百五十メートルほど。一分間に二発か、三発くらいしか撃てません」

「射程が短いな。だが、運用次第と言った所か。その轟音があれば馬が驚いて馬脚が乱れるようだしな」



 納得の色を見せたエンフィールド様がゆっくりと立ち上がった。



「まず兵を集めなくてはな。よろしく頼むぞ、ロートス少尉」



 その言葉に俺はゆっくりと頷いた。


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