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戦火のロートス~転生、そして異世界へ~  作者: べりや
外伝 戦火のアイネ――東方大返し
127/163

第二帝姫

 闇に包まれた帝都ベルヌス。

 如何な帝都とは言え明かりと言えば天の星々の加護たる星明りと月明り程度しかなく、人通りも昼の賑わいが嘘のように閑静を取り戻していた。

 そんな帝都の城門には目を覆わんばかりの松明が灯され、不寝番の兵士が立ちはだかっていた。

 普段であれば城門は日没と共に閉門され、夜明けと共に開門される。だが夜間、火急の案件を抱えた者が通れるように馬車が一台抜けられる程度の小門があり、衛兵の許可を受けられれば出門だけ許されるのだ。

 しかしそれは衛兵の詰所に籠っているものだし、何より盛大な松明など用意されていない。

 つまり普通では無い事態が起こっているという事だ。それを馬車にかけられた麻布越しに見ていると余が謀反を起こしたというのは紛れも無い事実のように思えて来た。



「おい、止まれ!」



 そして案の定、歩哨に呼び止められた馬車が軋みながら停車する。



「出門か?」

「へぇ。騎士様。荷を早急にガリアンルートに送らなくちゃならないんでさ。これが通行手形になりやす」

「………………。奴隷か。荷を検めるぞ」



 硬質な足音と共が迫って来る。思わず膝を抱える両手に力が入り、右手は服の上から杖を握りしめ――。



「なるほどな。手形通り奴隷が三人か。ん? 東方人が混じっているようだな」



 麻布をめくった騎士の視線にさらされるなか、こっそりとその衣装を確認すれば帝家を現す白地に黒十字が肩口に描かれているのに気が付いた。帝都守備の要――近衛騎士団か。



「騎士様。もうよろしいでしょうか。船が待っていて」

「ダメだ。奴隷を一人ずつ檻から出せ」

「しかし……。荷が遅れりゃどれだけ損失が出るか――」

「ここで数十分遅れるだけで間に合わぬのなら最初から間に合わぬだろ。それとも見せられぬ理由でもあるのか?」

「い、いえ。おい、お前等。一人ずつ出てこい」



 男は乱暴に檻を開け、手前にいた余の手を取る。一瞬だけ強く握りしめられた腕がこれまた強引に引きづり出され、馬車から落ちるような勢いでつまみだされた。

 こいつ、帝姫と知りながらこの狼藉が働けるのだから感心する。



「騎士様に粗相が無いようにしろよ。もし何かあったらテメェを売り払う前に豚の餌にしてやるからな! ささッ。騎士様。どうぞ御検めくだせぇ」

「ふむ。やけに汚れた髪だな。だが赤髪――東方人か」

「へぇ。生まれはなんとも。奴隷に出身地は関係ないんで。ただ海向こうじゃこれがまた珍しいらしくて高値で売り払えるんでさ」



 ジロジロと嘗め回す様な視線が突き刺さる。だがそれに対して余が出来るのは正体が露顕しないようにと祈る事しかない。

 戦場であればどうともやりようがあるだろうに今はじっとしているしかないとはなんとも非常に歯痒い……。



「よし、次」

「へぇ。おい、さっさと馬車に戻れ! 次はお前だ!」



 何事も無い、か。

 これはこれで釈然としないものだ。いくら政から遠ざかろうとしてきた身だが、それでも社交界に姿を出さなかった訳では無い。もちろん必要最低限ではあったが、それでも帝都近隣の貴族なら帝族の顔を覚えていると思っていたのだが、どうもその認識を改めなくてはならないらしい。

 そう思いながら馬車に入り込むと次の奴隷が外に出て行く。

 その様子を見ていると騎士がこれまた先ほどと同じように(・・・・・)嘗め回すような視線で奴隷を見ていく。


 奴隷と同じ、か。


 この馬車の中では余の身分などそこの奴隷と変わらぬと言うのか。帝姫では無く奴隷と――。

 いや、すでに余は帝姫では無いのだ。

 帝族が謀反を起こすなどあってはならぬ事。故に余は帝族の席を失ったに等しい。

 そう思うとどこからともなく一抹の寂しさのような物が心に忍び寄って来るようであった。

 別段、帝姫の位に固執した覚えないが、それなのにこのぽっかりと開いたこの空虚感は一体……?



「……よし。次は――。東方人では無いな。ならば行って良い」

「へぇ。お勤めご苦労様です。しっかし前来た時と違ってなんとも物々しいですね。何かあったので?」

「何でもない。それより早く行け。鍵は空けてある」



 そうして馬車がゆっくりと動き出す。闇を湛えた小門をくぐる振動が馬車を打ちすえ、そしてゆっくりと――。



「その馬車を止めろ! 何人であろうと出門者を出すな!!」



 慌てて檻を覆う麻布をめくり上げると松明に照らされた早馬――それもミヒャエル・オスト・デルソフが馬上から叫んでいた。

 しつこいな、祖父上殿……!



「止まれ! 止まらんと射るぞ!!」



 祖父上殿に率いられた騎士達が一斉にクロスボウを向けて来る。これはばれたとかばれていないの問題以前だ。



「急げ! 見つかった!!」

「分かっている!! 掴まれ!!」



 鋭い鞭の音と共に馬が嘶き、上下に視界が揺れる。

 袖の下から杖を引き抜いた時、「止まれ! 止まらんか!!」の叫び声と共に馬車に矢が突き刺さった。やってくれたな!



「【天の下の水よ。一つに集まり、乾いて現れろ――大地よ(テッラ)】」



 堅固な城壁を成す石壁を魔法によって変化させるのはすでに形状が凝り固まっているせいで非常に難しい。

 故に城門では無く門を出た先にある土に魔法を放ち、門の前に壁を作り出してやる。



「やるなぁ! 姫様!」

「こんなの足止めくらいにしかならぬ! 急げ!」



 いくら分厚い壁を作ろうとそれを壊す策などごまんとある。そもそも同じ土魔法を使われればあんな壁など熱したナイフでバターを切るように崩れ去ってしまうだろう。



「それより鈍足な馬車では逃げ切れんぞ!」

「分かってらい!」



 鋭い音と共に鞭が打たれ、荷馬が悲鳴のような嘶きをあげて速度を上げて行く。なんて乱暴なやり方だ。それに乗用馬では無い馬が全力疾走出来る距離など高が知れている。

 これでは早々にばててしまうぞ。



「見えた! 合図だ!」



 合図?

 その疑問を無視するように馬車は速度を落としていく。やはりというか、協力者が居るのか。

 だがそれにしては手際が良すぎる気がする。

 余に謀反の嫌疑がかけられ、影に追われたのが夕刻の少し前。そして突然現れた謎の奴隷商――名無しの権兵衛(ノーメン・ネオスキー)によって帝都から脱出させられ、尚且つ帝都外にも協力者が居る……。

 やはり出来過ぎている。



「よぉ没落! 久しぶりだな! 船長からまた没落したって聞いたぜ」

「名無しさんもお元気そうで何より。もっとも暇を頂いただけで没落した訳では無いのであしからず」



 ……聞き覚えのある声だ。

 嫌な予感を覚えていると男が鉄格子を開け、短く出ろと言う。

 言われた通りに地に足をつけると松明輝く中によくよく見知った初老の騎士が朗らかな笑みを湛えながら右腕を上げてこめかみに手を添える敬礼してきた。



「……クラウス」

「お久しゅうございます。殿下」



 その気さくな挨拶は一言で言えば不敬の一歩手前の代物であったが、それに怒りを覚えるよりも先に疑問が氷解するのが先であった。

 きっと余が目を離した隙に今の悪だくみを準備していたに違いない。



「貴様、これはどういう事だ?」

「殿下が東方王に即位なされると聞き及び、その下準備に駆けまわっておりました。如何な殿下にお暇を出されようとこのクラウス、微力ながらも我らが主君に――」

「何故それをしたと聞いている! 貴様のせいで余は謀反首だぞ」

「殿下の見え見えの調略では時間の問題ではありませんか」

「――ッ。誰もお前に頼んではいない!」

「例えご命令では無くても主君の望むものを得る努力を家臣は常に行うものです」

「たわけッ! いつまで(じぃ)のつもりだ!!」



 怒りに任せて怒鳴ると眠りに入ろうとしていたであろう鳥が枝葉を揺らして飛び立っていった。

 そして気づくと周囲は帝都の郊外にある林の入り口に居るようだ。背後には収穫を終えた麦畑が続き、その先に地平線を割るように黒々とした塊――帝都ベルヌスの城壁がそびえていた。

 その黒い塊に一筋の明かりが出て来るのが見えた。



「くそ、追手か」

「おい、策は用意してるんだろうな没落」

「御心配には及びません。ではこちらへ」

「馬車を置いて行くのか? 徒歩で逃げ切れる訳が無かろう」

「えぇ。ですので馬を用意しております」



 クラウスの言葉に続いて馬車を後に――奴隷はそのまま放置だ――続けば林の縁に三頭の馬が繋がれていた。



「ブケパロス!」



 そこには東方平定の際に献上された黒馬が混じっていた。



「よしよし。心配かけたな」



 ゆっくりとその横顔を撫でてやるとブケパロスは嬉しそうに鼻面に生えた角を擦り付けようとしてくる。

 まったく困った奴だ。



「ははは。さすが殿下の愛する名馬。ここまで連れてくるのは骨でした。はてさて一体どなたに似てしまったのか」

「……フン」



 うるさい奴め。

 だが口論している暇もない。手早く木に括り付けられた手綱を解き、ブケパロスの背に跨がる。それに続くようにクラウスと男も用意されていた馬に乗り、鞍に吊られていたカンテラに火を灯す。

 騎乗しての夜間行軍とは本来慎められるべきものだ。そもそも視界の悪い中で騎乗するほうが正気を疑うべきなのだが、これも致し方ない。



「では参りましょう。追いつかれてしまいます。話はそれから」



 それに不承ながらもうなずき、舌打ちに似た舌鼓(ぜっこ)を打つとブケパロスが闇に向かって進み出した。



「没落よぉ。行き先は? 東方かい?」

「えぇ。お支払いも東方にて」

「おうよ。物も今頃東方入りしてるだろうからな。ちょうど良い」



 背後の親しげな会話に二人は一体どのような仲なのか疑問がつきなかったが、それよりも東方? 物?

 まぁ帝国から追われている手前、行き先は東方以外にあり得ぬ事だ。だが物? 物とは一体なんの事だ?



「クラウス。お前、余の見ておらぬ所で何をしていた?」

「ですから殿下の東方王即位の下準備――戦仕度にございます」

「――ッ」



 舌を噛みそうになった。思わず手綱を引いてブケパロスの歩みを止めると、不安げな嘶きが漏れた。

 いかん。余の怒りに怯えさせてしまった。馬と言うのは如何にユニコーンと混じろうとも臆病な性格に変わりはなく、騎乗者の感情を敏感に感じ取る生き物だ。

 そういう意味では余は騎乗者としてかなりよろしくない事をしている。だがそれを分かってもなお感情を制する事が出来ない。



「殿下! 急に止まられては危のうございます!」

「それより戦仕度だと? ふざけるな! 誰がそんな事を――」

「それをせねばならぬと思ったが故に、です。まさか殿下は何の備えもなくサヴィオンと戦無く東方王に即位できるとお考えでしょうか?」



 まるで神父が教典を読み聞かせるような口調で放たれる言葉に閉口してしまう。



「い、戦をせんでも余が東方王になる道もあろう!」

「残念ながらサヴィオンの悲願は蛮族によって蚕食された旧神星ルート帝国の失地回復――内海を中心とした一大帝国の復活にございます。

 そんな帝国に王など必要ありません。よって帝室としては万に一つも新たな東方王を認める事はないでしょう。

 ですので殿下の東方王即位に関しましてサヴィオンとの衝突は避けられません」



 何ヲ言ッテオルノダ――?


 確かにサヴィオンを治めるは万世一系のサヴィオン皇帝家のみ。

 いや、そんな事、基本では無いか。そもそもサヴィオンが東方王の存在を認めているのなら余が東方平定に赴く必要など無い。

 だって――。だって母上は東方王家の出であり、帝家と東方王家はは縁戚関係にあったのだ。

 それでなおサヴィオンは――余は東方を平定し、東方王位を地に叩きつけてしまった……。



「おや? もしや殿下は東方王への即位が波紋無く執り行われると御思いだったのでしょうか?」

「そ、そんな事――」

「いやはや。殿下は昔から政がお嫌いでしたからね。いや、教育を怠った(じぃ)めの過失でしょうか。

 もっとも賽は投げられたのです。ここは殿下のお好きな戦にして雌雄を決するより他ありません。それにイヴァノビッチ殿も殿下の東方王即位を望まれておりましたし――」

「貴様が殺しておいてどの口が言うかッ!!」



 怒りで視界が白く霞む。それと同時に溢れんばかりの熱が体の芯を駆けめぐり、その淀んだ思いが口から飛び出していく。

 それでも体内に残留する怒りはより熱を帯びて止まず、より一層の怒りが再燃してくる。



誤射(・・)とは言えその節は東方王家に狼藉を働いた事、伏して謝罪申し上げる所存であります。しかしこればかりははぐらかさずにお答えくだされ。殿下は東方王即位を拒まれるのですか?」

「………………」



 東方王位は今や空席。余の身には半分とは言え東方王家の血が流れ、イヴァノビッチ家に変わる征服者として東方辺境姫の称号を獲ている。

 自惚れる訳ではないが十二分に東方王として名をあげる要素を満たしていると言えるだろう。

 だが――。



「では質問を変えましょう。殿下は東方王即位にあたり、何がご不安なのでしょうか?」

「そ、それは……」

「おい、そんな悠長な問答やってる暇ねーだろ」

「いえ、名無しさん! これだけはこの場で答えてもらわねばならぬでしょう。ここで答えを聞かなければならないのです!!」



 いつになく硬質な叫びに思わず身を引いてしまう。

 余は確かに東方の王となる事に不安を感じている。



「余は、政を知らぬ。そんな者が王を称して滅びた国は星の数ほどあろう」



 そう、余は政治を知らぬ。いや、関わらないように生きてきた。

 そもそも前帝陛下亡き後にその側室であった母上に現帝陛下が手を出されたせいで余の身の上はまさにパンドラの箱となってしまった。

 そもそもサヴィオン帝国が万世一系の皇帝に統治される国と初代皇帝陛下の御代に決められてしまったせいで余の身に前帝陛下の血が流れていれば余がサヴィオン皇帝を僭称出来てしまうのだ。

 そんな者を生かしておく道理は無い。故に余は政治から遠ざかり、戦に生きるようにしてきた。

 そんな無知のせいで余は東方を滅ぼしてしまった。そんな者が東方王を名乗るなど正気の沙汰ではない。



「ならば私を宰相にお命じくだされ。政治の全てを私が執り行いましょう」

「し、しかしそれでは東方貴族が納得せぬだろ」

「ならば三大東方貴族に数えられるオストスカヤ殿を摂政にお命じになられればよろしい。後は私が政治的に解決を試みます」

「だ、だが――」

「ならば言い方を変えましょう。殿下はただ玉座に着くだけでよろしいのです。後の一切――政はこのクラウスが執り行いま――」

「ふ、ふざけるな! ならばなんのための東方王なのだ!?」



 なんだこいつ。不遜と言う言葉に手足が生えたようなこの物言い――いったいなんなんだ!?



「殿下。時間が無いので率直に申し上げますが、私はただ権力を手にしたいだけなのです」

「――は?」

「私の来歴はご存じでしょう? ディートリヒ家は前帝陛下の崩御により台頭したフリドリッヒ家の策謀で没落し、一時帝国から消滅しました。

 まぁその後はなんやかんやで再興を果たしましたが、私はあの屈辱を忘れ去る事ができません。何人も私からディートリヒ家を奪えぬ地位につきたい。その一心でここまで来たのです」

「……貴様、王にでもなるつもりか?」

「ははは。いずれ狙ってはみたいものではありますが、まずはその足がかりとして宰相くらいになりたいもので――」

「それに余を使うということか?」

「はい。その通りです、殿下」



 清々とするほどの答えに再び閉口してしまう。

 そして何より、悲しかった。

 出自のせいで多くの者は余から遠ざかろうとしていくなか、侍従武官として初めて得た家臣の心には、余を出世の道具程度にしか思われていなかった事が悲しかった。

 もちろん打算くらいあるだろうとは常々思っていた。思ってはいたが、それを面と向かって言われるとは、思っていなかった。



「殿下。では逆に問いましょう」

「だから没落! もうすぐそこまで追っ手がだな――」

「この場では最後の問いに致します。安心してください名無しさん」



 そして闇に隠れた彼の口元から最後の問いが紡がれる。

 聞きたくない。口を閉じよと命じたいのに言葉が干上がって出てこない。



「殿下。謀反首になった今の殿下には玉座について愛想を振りまく程度の価値しか無いのです。それをご承知でしょうか?」

小説データぶっ飛んで復旧出来なかったので初投稿です。

話数も貯まって来たのでぼちぼち流していきますのでよろしくお願いします。


それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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