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幕間――戦争大史観 ターニングポイント

 第三次アルツアル=サヴィオン戦争のターニングポイントとなったアルト攻略戦において両軍は五万人の戦死者を出して終結した。


 三ヶ月続いたこの攻略戦をサヴィオン軍は当初、一月で終わらせる作戦計画を建てていた。

 その無謀とも思える短期的な作戦計画こそ連戦連勝を飾って来たサヴィオン帝国の慢心から導き出されたと言われてきたが、これには語弊がある。

 サヴィオン軍が一月でアルトを攻略出来ると見積もった理由は彼らが保有する魔法使いによる点が大きい。

 彼らの破壊力はエフタル・アルツアル各所の攻城戦において発揮され、アルツアルの重防御戦略を崩壊させた。

 また、従来の対魔法結界をも破壊するその魔法により王都アルトもその例外ではないと考えられていた上、アルツアル側も城壁による防御は早々に放棄している事からその威力が伺い知れる。

 その上、サヴィオン軍は春季攻勢作戦である『洪水(プーットプ)』作戦の成功によりセヌ大河より以北の北アルツアルの占領を成しており、王都への入城によってこそ第三次アルツアル=サヴィオン戦争は終結する物と考えていた。

 これらの事からサヴィオン軍は『アルツアルの降伏は時間の問題であり、王都攻略戦は最後の詰めにすぎない』と言う意見が主であったと言う。(『ジギスムント伝』より)


 そうした背景から第三鎮定軍を率いるジギスムント・フォン・サヴィオンは王都の住民に及ぶ損害を危惧し、占領統治を見据えて現地民への略奪、虐殺、強姦等を一切禁止する勅を発していた。

 その代わりジギスムントは帝国本国から行商を多く雇い入れ、マサダからアルトまでの補給線確保に注力しており、サヴィオン軍は城壁の早急な破砕と民心を得る施策においてアルト攻略は早期に達成されると楽観視していたと言える。



 しかし戦端が開くと第三鎮定軍が予想していた早期攻略は失敗に終わる。

 その原因はアルツアル軍が早期に城壁による防備を放棄した事とサヴィオン軍が行った重厚な法撃により倒壊した建物の瓦礫が街路を寸断した事で街は複雑な迷宮へと変貌した事だ。

 まず城壁の早期的な放棄によりアルツアル軍は損害を押さえてサヴィオン軍を迎撃する事が可能となったのは言うまでもない。

 その上、複雑に立ち並ぶ王都の家々が魔法により破壊された事でサヴィオン軍の進撃は遅滞せざるを得ず、国民義勇銃兵隊やエフタル義勇旅団の所持する火器を持った少数部隊の奇襲を受ける羽目になり、戦闘は膠着の様相を見せ始める。


 また、アルツアル軍の解囲作戦である『夏の目覚め』作戦においてアルツアルの降下龍兵(ドラグイェーガー)の奇襲を受けた野戦印刷局は主要設備に多大な損害を受け、サヴィオン軍魔法使いへの魔法陣供給に大きな障害を生むようになる。

 

 そしてアルツアルの長雨が始まった事により道路事情は悪化し、泥濘によって擱座する馬車が続出した。その上、ジェシカ領の領主であるヤン・ジェシカ公爵率いる遊撃隊が補給物資を襲う事により補給事情は一層の悪化を辿る事になり、輸送量は想定の五割程度しかアルトに届けられなかったと言う。


 また、レオルアンから王都へ撤退してきた騎士団や傭兵団によりサヴィオン軍が行ったレイフルト村の諸族への虐殺事件が王都の市民に伝わっており、人間至上主義を国是とするサヴィオン軍に降伏する事を恐れた市民が自発的にレジスタンスの結成や第三王姫イザベラ・エタ・アルツアルの呼びかけにより結成された国民義勇銃兵隊に志願する事で戦闘はより長期的、泥沼的な様相を呈するようになる。


 その結果、サヴィオン軍は綻んだ補給から飢えと疫病が蔓延し、長期化する戦況から士気の低下が起こり始め、占領地における略奪、虐殺、強姦等が密かに行われる事になる。なお、これらの蛮行は各騎士団長はその実体を掴みつつも士気を保たせるため黙認していたという。(アドルフ・ラーガルランド公爵の手記より)

 なおこの蛮行についての文献は非常に少ない。明確に記しているのはアドルフ・ラーガルランド公爵の手記のみであり、ラーガルランド公爵は部下の起こした虐殺によりアルヌデン城の城主に更迭されている。



 しかし長期化する戦闘に手を焼いていたのはサヴィオンだけではなくアルツアルも同じであり、解囲作戦として『夏の目覚め』作戦が行われるも、サヴィオン軍の反撃により王都北区の失陥をもって作戦は失敗している。


 そのためアルツアルはトロヌスにおける決戦を強いられる事になった。

 サヴィオンはこえを好機と捕らえ、一大兵力をもってトロヌス攻城にあたるようになり、更迭されたラーガルランド公爵に代わりオットー・ハルベルンがその総指揮を取ることになった。

 ハルベルンの発案による氷上渡河が行われるもアルツアル側の抵抗は激しく、トロヌス攻略においてアルトにおける戦死者の三割を占める損害を両軍は出した。そのためセヌ大河下流域では河の色が赤に代わり、無数の死体が河沿いに漂着したと言われている。なお、そうした死体を餌にしてか、翌年のセヌ大河は豊漁に恵まれたという。



 そうした決戦を終わらせたのは南アルツアル諸侯の到着とレジスタンスの蜂起、そしてアルツアルの偽装降伏によるところが大きい。

 密かにアルト入りを果たしたジェシカ公爵の手により地下組織であったレジスタンス達をまとめ上げげ、南アルツアル諸侯をガリアンルードに留学していた第二王子マクシミリアン・ノルン・アルツアルがまとめあげたからだ。

 二人は鳥族傭兵を使って迅速に意志疎通を図り、アルト陥落を救った。

 そうした大規模蜂起の芽となったのが第三王姫イザベラの呼びかけた国民義勇銃兵隊への勧誘である。

 これにより王都の市民は徹底抗戦の意志が芽生え、それがレジスタンスと言う形で花開いたのは言うまでもない。

 こうした抵抗を前にサヴィオン軍はついにアルト攻略を諦め、マサダ要塞への撤退を開始した。

 第三次アルツアル=サヴィオン戦争は始まって以来初のサヴィオンの敗退である。


 なお、この撤退戦の最中に起こった第二次アルヌデン平野会戦が勃発し、王都を脱出した第三鎮定軍は文字通り壊滅し、トロヌス攻略を指揮したオットー・ハルベルンは戦死し、サヴィオン軍一万五千人の戦死者を出したアルト攻略戦は終息した。

 以後、サヴィオン軍は消耗した戦力から防戦を強いられる事になり、東方動乱等が相まってアルツアルから戦争の主導権を取り戻す事が出来ず、今次戦争中は二度と王都の土を踏む事は叶わなかった。


 ◇

 アルヌデン平野にてオットー・ハルベルンより。



 眼前には見渡す限りの敵、敵、敵。

 それもアルツアル特有の重厚な方陣を組んだ城壁のようなそれが近づいてきているのだ。まさに圧巻。敵でありながら奸臣してしまうほどに圧巻であった。


「さて、敵陣は見事なものだなゴホッゴホッ」

「ハルベルン殿、大丈夫ですか?」

「あまり近寄るな。伝染するぞ」

「なに、今更ではありませんか」



 幕僚の声には諦めに似た物が滲んでいた。それもそうか。今、ハルベルン騎士団と逃げ遅れた第三鎮定軍右翼と共に二万の大軍を相手にしているのだ。

 胸の病云々を言っている時ではないか。



「すまないな。私なんかに付き合わせてしまって」

「いえ、これも何かの縁でしょう。それにこのままおめおめ生きて帰って敗軍の幕僚として生きるのは耐えられません」



 ならばここで一花咲かせてから――。

 そう笑う幕僚にこちらも薄く微笑む。それもそうだ。その上、殿下は私に家名の件を任せるよう確約してくださった。ならば今更言うことはない。

 ただ、悔いと言えばハルベルン家の跡取りだ。私が死ねば跡取りは居ない。父上には申し訳ないが、養子を取って頂くしかあるまい。

 だがここで数舜でもアルツアル軍を押しとどめる事が出来れば、少しでも報いになるだろう。



「さて、諸君。決戦の時だ。我々の任務は栄えあるサヴィオン帝国の礎になる事であり、諸君等の血で染まった大地はやがて偉大なる帝国の国土となり、民を育むだろう。

 その日のために我らはこの場に留まり、最後の一兵になっても戦い続けなければならない!!」



 そう言えばアルツアルとの休戦が終わるあの時、王姫殿下も最後の一兵になるまで戦うと宣言していたな。

 なるほど。諦めを捨てれば戦局回天もあり得るのか。しかし私達はその回天を待つことなく死ぬだろう。

 だがその日のために死ねるのなら、妾の子として生まれた私にも生まれた価値があるのではないだろうか。



「さぁ行くぞ! 亜人共! 人間を舐めるなッ!!」

それではご意見、ご感想お待ちしております。

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