第二次アルヌデン平野会戦【ロートス】
「く、フハハ!! みんな見ろ! 俺達を苦しめてきたサヴィオン軍が崩れたぞ!!」
嘲笑が響く。誰の? もちろん俺の。
あれほど恐れていたサヴィオン騎士のど真ん中に飛び込んだ一撃により蜂の巣をつついたかのような騒ぎを起こしていやがる。
これを笑わずにして何を笑うと言う!!
そしてサヴィオン軍の悪夢は終わっていない。むしろ終わったのは着弾を修正するための評定射であり、これから臨編砲兵大隊の全力射撃――効力射が始まるのだ。さぞ見物の事だろう。
「やっと命中なのじゃ……。これでは戦には使えないのう」
「いや、ハミッシュよ。もっと的確に意志を伝達する事が出来ればこれは使えるんじゃね? なんたって敵に姿をさらす事無く攻撃出来るんだぞ」
「それはそうじゃが……。旗を振るだけでは伝えられる事も限られよう」
「うーん。振り方を組み合わせる事でより細かなやりとりが出来ないか? 例えば右手の旗を上げて左手の旗を下ろしていたら『着弾を何メートルずらせ』とか、そう言う」
所謂手旗信号と呼ばれる奴だ。あいにく存在は知っているがどう旗を振ったらどういう意味かはまったく知らないけど。まぁそこらへんは砲兵の皆さまに丸投げしてしまおう。
「むぅ。難しそうじゃのう。じゃが、研究して見る価値はありそうじゃ」
研究者魂に火がついたのか、効力射の命中が嬉しいのかハミッシュは口元に笑みを浮かべながら唸った。
もっともエルフな幼なじみはそうもいかないようだが。
「ねぇねぇ。まだー?」
「もうちょっとだよ」
その時、丘の彼方より今までとは比べものにならぬ鉄の咆哮が空気を震わせた。
それこそ臨編砲兵大隊の効力射であり、文字通りの鉄槌がサヴィオン軍に降り注ぎ、癇癪を起した子供が玩具を投げ飛ばす様にサヴィオン人が吹き飛んでいった。
これでサヴィオン軍はまともに方陣を組んではいられないだろう。サヴィオン軍の法撃を受けて吹き飛ばされた友軍を何度も見ているからな、奴らこんな気持ちで俺達の事を見ていたのか。
それからしばらく、リュウニョ殿下とともに上空を遊弋していると砲兵から第三、第四斉射が降り注ぎ、サヴィオン軍右翼から陣形と言う概念を瓦解させる様を眺めることが出来た。
馬車の一同も諸手を打ってその光景に歓声を上げている。なんと言ってもここまで一方的にサヴィオン軍を殴れたのは初めてだ。
いつもアイネに散々やられていた事を思うと非常に胸がすいた。ざまぁ!!
『第四軍集団も動くようだね』
臨編砲兵大隊の第六斉射が大地とサヴィオン人を穿つと同時に第四軍集団右翼が前進を開始した。予定通りなら臨編砲兵大隊は第六斉射をもって砲撃を中止し、待機。それに入れ替わるように第四軍集団主力がサヴィオン軍に突入する事になっている。
その戦闘を行くのは温存されていた南アルツアル諸侯の騎兵であり、それに続くようにガリアンルード傭兵の一団が食い破られたサヴィオン軍右翼を直撃し、瞬く間に蹂躙していく。
それにしてもサヴィオン軍のあの魔法使いはどうしたのだろう? ここまでされて魔法使いが出ないのはなんでだろう。
そう思っていると敵本陣らしき幕舎の付近に展開していた部隊が右翼側に動きだし、散発的な法撃を放ち始めた。
「あいつら、あんな所に居たのか」
もっともサヴィオン軍との混戦になっている右翼において彼らは誤射を懸念してか、攻撃の手が緩くなっている。
今がチャンスかな?
「リュウニョ殿下! これより本陣襲撃を行いたくあります!」
『だから殿下は――! もう良いさ。分かったよ』
さて――。
気づくとべったりとした手汗をかいている。ミューロンと握手出来ないな。
どこか現実逃避気味にそんな手を見ていると小さな手が重ねられた。
「ハミッシュ?」
「死にに行くではないぞ」
「………………」
真っ直ぐに見返してくる幼い顔立ちに言葉が詰まってしまう。
今でこそトロヌスでの死闘を経てあのどす黒い感覚はなりを潜めている。
だが思いだそうとすれば簡単にあの感覚が蘇る自分がここにいる。あの全てを破壊してしまいたいあの欲求に従いたい自分が。
「兄じゃ!」
「……まぁ、あれだよ。適当にやって帰ってくるからさ。心配すんなよ」
「確約して欲しいのじゃ」
そんな事を言われても……。これから敵中で暴れる予定なんだからあの感覚があろうが無かろうがそんな約束出来っこない。
それが表情に出てしまったのか、俺を見つめていた彼女の顔にハッと儚さが浮かんでしまった。
「確かに、戦で命を捨てずに戦うのは困難じゃ。されどな、わしは兄じゃが死を求めて戦って欲しくないのじゃ。どうせなら生きるために戦って欲しい」
「死中に活を求めるってか? なら今までだって――」
「今まで!? 兄じゃの言う通り今まではそうであった。
エフタルから逃げた時も、アルヌデンで戦った時も、サヴィオン軍が手に負えなくなって逃げた時も、みんな生きるために戦っておったのではないのか!?
わしらに故郷を取り戻そうって、故郷を奪われたまま後悔する事が無いように戦おうって言ってくれていたのではないのか!?
じゃが今の兄じゃは違う。トロヌスで兄じゃは何もかも壊すために戦っておったではないか!
兄じゃもミューロンも変わったのじゃ。段々、故郷を取り戻すよりもサヴィオン人を殺すために戦っておるではないか!?
それのどこが死中に活を求めるのじゃ!? わしには分からん! 分からんでは無いか!! バカッ!」
……言い返せなかった。
確かにサヴィオンと開戦した頃は故郷を奪われた悲しみと怒りが原動力となっていたはずなのに。
今は? ハミッシュの言う通りじゃないか。
だって俺は肯定してしまったんだ。サヴィオン人を殺す事が無性に愉しいと言う事を。
アンリの行いを嫌悪していたはずなのに俺はすんなりとそれを認めてしまった。
いや、サヴィオン人どうのと言う話では無い。
俺は、俺が本当に楽しんでいたのは誰かを壊す事では無いのか?
アルヌデンでハカガ中尉を射殺したように、レイフルト村でディルムッド大尉を見捨てたように。
本当は誰でも良かったのではないか? 俺はただ血を求めていたのではないのか?
俺は――。
俺は本当にどうかなってしまっている。こんな俺は居なくなった方が良いんじゃないのか?
「そんな俺がお前の所に帰ってきていいのか?」
「当たり前じゃ!」
打てば響くような彼女の言葉になんとも言えない後悔が浮かんできた。
「だからハミッシュ。俺はお前が思っているようなエルフじゃないよ」
「嘘じゃ。まぁ、親父がよく言ておった『エルフは野蛮で、好戦的で、過去の事に囚われる一族』と。今の兄じゃやミューロンがそうじゃ。
じゃが、兄じゃと一緒に遊んで、一緒に銃を作って、一緒に過ごして、エルフもわし等ドワーフと同じように笑うのだと知ったのじゃ。あの頃の笑みは紛れもなくロートスの笑みではないのか?」
眩しい奴だな。
どこまでも眩しく、触れば火傷してしまいそうなほどまっすぐさに、思わず目をそらしてしまう。
「だから、今はメッキが剥がれただけなんだ。あの頃は誰かを壊したりするのが好きな俺に気づけなかっただけで――」
「ではなんで兄じゃは悲しい顔をしているのじゃ?」
「俺でさえそんな自分に気づきたくなかったのに、それに気づいて、親友にも知られたら、誰だって悲しくなるだろ」
これほど慕ってくれるハミッシュが信じる『俺』と言う存在は俺の作った虚栄だったなんて……。まるで裏切りじゃないか。
「……例え偽りでも、偽った事を悔いてくれるのなら、それはわしの知る――わしが恋する兄じゃなのじゃ」
「ハミッシュ……」
「じゃから、帰って来ると約束して欲しいのじゃ」
屈託なく笑う彼女に毒気が抜かれる。
まぁ、こんな可愛い親友の約束を違えるなんてもっての他だ。まったく、俺は人に恵まれたな。
「あぁ、約束――」
「大丈夫だよ」
突然割り込まれた言葉と共に俺の腕にミューロンが抱き着いて来た。ぷっくりとした唇を笑顔の形に歪め、澄んだ湖を思わせる碧の瞳に憎悪を抱いて――。
「くっふふ。ロートスはね、頑張って無理してでも笑ってくれる。そんな優しい人。
例えそれをメッキと言っても、わたしは本当のロートスを愛している。だってそれを含めて貴方なんだから」
その整った口から零れる鈴のような繊細な声に俺は完全に魅了されていた。聞きたく無くてもそれを聞きたいと思うほどに。
「ねぇ、そうでしょ、ロートス」
「み、ミューロン?」
「だからハミッシュ。心配しなくて良いんだよ。だってわたし達は何も変わっていないんだから。
サヴィオン人をみーんな殺して、殺し尽くして故郷を取り戻す。ずーっとわたし達はそれを願ってきたし、その願いを叶えるために殺して来たんだよ。
それにロートスもわたしが愛するロートスを嫌いにならないで。あの頃のように笑うロートスも、今のように笑うロートスも、全部白い蓮の華なんだから」
彼女は一層口元を釣り上げ笑う。そして甘い甘い言葉を囁いてくれた。
「だから、そのままでいて。自分を嫌いにならないで」
優しく優しく、俺を抱きしめるように彼女の細い指が絡まって来る。そこから逃げられ無いように――。
サツバツ系ヒロインであるミューロンちゃんに病み属性が!!
それと長くなりすぎたので今章ラストは二分割とさせて頂きます。後編は明日投稿します。
それではご意見、ご感想お待ちしております。




