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戦火のロートス~転生、そして異世界へ~  作者: べりや
第六章 アルト攻防戦 【後編】
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偽襲

「当たらないのじゃ!!」

「落ち着けハミッシュ!」



 すでに評定射を初めてどれくらい時間が経ったろうか。着弾は右に左に逸れ、中々効力射に移れないでいた。

 とは言え、サヴィオン軍の総数は一万五千ほどもおり、至近弾によって少しばかりの損害を与えられているようだ。その損害や立ち上る土煙、そして轟音によってか、整然と陣形を整えていたサヴィオン軍が混乱に陥っているように見える。



「ねぇまだー? まだ降下しないのー?」

「落ち着けミューロン!!」



 なんでこの二人はこんなに落ち着きが無いんだろう。少しでもイザベラ殿下の事を見習うべきだ。いや、あの突拍子もない行動力は真似なくて良いけど。



「むきぃ!? どうしてわしの言う所に(たま)が落ちんのじゃ! あの(たま)をもう少し右と言うておるのに! あ! 今度は(たま)が左に行き過ぎじゃ!」

「ハミッシュさん。女の子がそんなタマって連呼しちゃいけないよ」



 優しく親友を諭すも「兄じゃのバカ! 余計なお世話じゃ!」と逆ギレ。

 対し、愛しい幼なじみは「ねぇえ! ちーとは飽きたよ」と肩を揺すってせがんでくる。

 なんなの? 遠足なの? それとミューロンさんは未だにチートと言うものが空を飛ぶことだと思いこんでいる。あぁ無知って可愛いんだな。



『今日は何やら賑やかだな』

「リュウニョ殿下! そんな他人事な――」

『だから殿下は禁止!』

「ア、ハイ。すいません」



 なんだコレェ。戦闘の緊張感がまるで無い。いや、下手にガチガチに固まっていられるよりリラックスしていた方が良いんだろうけど……。

 まぁ敵はこちらを攻撃して来ないし、緊張が緩むのも仕方ない事かも知れない。



「しかし本当に攻撃して来ないのですか?」

『サヴィオンがバクトリアの参戦を招きたくないなら、ね』



 リュウニョ様の故郷であるバクトリア連邦王国は龍種の国であり、彼らは他種族に排斥される事を非常に嫌っている。

 特に仲間が一人でも虐げられた場合など一族総出で殴り返しに来るらしい。ドラゴンって思っていたより野蛮な種族で、当初抱いていた誇り高きドラゴン像が歪んでしまう。

 もっともそれが抑止力となっているらしく、サヴィオンはリュウニョ殿下に主立った攻撃はしないだろうと殿下は言われていた。



「まぁしかし、このまま膠着状態が続いているとは思えませんね」



 眼下に広がる軍勢は友軍の第四軍集団が二万、サヴィオン軍が一万五千。

 友軍の方はアルツアル特有の四辺方陣と呼ばれる長槍(パイク)兵が四辺を作り、その中に弓兵を置くという手堅い防御を取って動こうとしない。

 対するサヴィオン軍も方陣こそ組んでいるものの、臨編砲兵大隊の評定射によって陣形を乱している。もっともまだ壊乱状態ではなく、逃げ出す兵も少ない。

 もっとも疑問なのはサヴィオン軍の魔法だ。何故かサヴィオンの切り札である魔法が放たれないのだ。一体何を考えているんだろう。



「ねぇ、サヴィオン軍は評定射で混乱してるんでしょ。攻撃しようよ」

「待って。もう少し待ってミューロンさん。ほら、見えるでしょ。あの旗が翻っているのがサヴィオン軍の本陣だろうけど、その周りの兵はまだ統率が生きてるでしょ。そんな所に堂々と降りたら袋叩きにあうだけだ」



 どうも敵は本陣護衛にだいぶ兵を割いているようだ。

 降下龍兵(ドラグイェーガー)が直接本陣を攻撃する事を事を恐れているのだろう。良い気味だ。

 もっともその恐怖のせいでこちらは空の上から身動きが取れないのだが。



「どうしたもんかなぁ。あ、リュウニョ殿下、まだ飛行は続けられますか?」

『だから殿下は禁止! まぁこのまま旋回するだけならまだまだ余裕だよ。どうするんだい主殿』

「失礼しました、リュウニョ様。しかし砲撃が宛にならないので爆撃でもしたいところななですが――」

『それは厳しい注文だな』



 ですよねー。

 てつはう自体は馬車に積み込んであるのだが、リュウニョ殿下がダメと言うなら爆撃はダメだろう。

 なんと言ってもリュウニョ殿下は俺に助けられたから恩返しとして私戦に身を投じている立場だ(恩ならもう十分返してもらったけどなぁ)。

 無理強いは出来ない。



『バクトリアも複雑な国だからねぇ。ソレガシの独断で宣戦布告と言う訳にはいかないのさ』

「サヴィオンにとっては十分宣戦布告しているような物じゃ……」

『例えサヴィオンがソレガシを口実に宣戦布告しても人間共の船じゃバクトリア海峡を渡れないよ。まぁ海峡を氷らせて歩いてくるなら話は違うけどね』



 どこか皮肉混じりの振動に苦笑が浮かぶ。

 確かに海にはクラーケンや人魚が暮らしていると聞くし、例え海を氷らせても制空権をバクトリアに握られた状態で無事に上陸出来るとはとうてい思えない。



「まぁ俺としてもサヴィオン人がバクトリアまで行ったら殺しに行くのが骨なのでほどほどにするとしましょう」



 とは言えこのまま遊覧飛行をしていても芸がない。

 爆撃も行わずに敵を擾乱(じょうらん)させる方法は――。そうだ。



「リュウニョ様。お願いが――」

『だから殿下禁止――。い、いや、なんでもない。で、願いって?』



 戸惑ったリュウニョ殿下に微笑みを浮かべつつ、策を述べるとリュウニョ殿下は非常に楽しそうな笑い声をあげた。

 もっとも幼なじみエルフは不満げだが。



「どうでしょうか?」

『良いよ。それくらい構わないさ』


 ◇

 第三鎮定軍ハルベルン家陣幕から、オットー・ハルベルンより。



「この陣形は、不味い」



 攻撃こそ最大の防御であるサヴィオン軍にとって今の陣形は悪手でしかなかった。

 地図に広がった友軍の駒は第一鎮定軍本営を中心に魔法使いと歩兵が防備を固め、その外周を守るように騎兵が布陣されている。

 これでは――。



「騎兵は機動力を生かしてこそではないか。軍の采配を取っているのは――ゴホッゴホッ――どなただ?」



 胸の病は回復する事無く、未だ我が身を蝕んでいる。だが皮肉にも北軍将軍を解任された事で思わぬ休息を得る事が出来た体はまだ意志の通りに動いてくれていた。



「はい、ジギスムント殿下自らが指揮を執られているようです」

「殿下が? 他に将は?」

「占領していたジェシカ領タボール城からカール・フリド・フォンテブルク公爵大将を招聘し、副官に当てられたと」

「真か? 初耳だぞ」



 フォンテブルク公爵と言えばジギスムント殿下の母方のお家だ。その上フリドリヒ公爵家の血を引く帝国でも重鎮中の重鎮。

 もっともこの戦を機に隠居するとよくおっしゃられていた老公だ。



「それが……。我らハルベルン家の者は軍議から省かれております」



 そうか……。最早私は取り返しのつかない失態を演じてしまったのか。

 あぁ悔しい。悔しいッ!!

 ハルベルン家の家名を名乗るために戦に望んだのにこの体たらく!

 なんと父上にお詫びすればよい?

 殿下に召し抱えられたあの日の父上の笑顔を私は壊してしまう。それも私の手によって。

 そのなんと悔しいことか。



「最早、ハルベルン家はお終いだな。幕僚団には申し訳ない事をした」

「いえ、そのような事はありません。この身はハルベルン家に忠義を誓ったものです。例えそれが泥船だろうと最後まで乗船させて頂きます」

「物好きめ。後悔するぞ」

「お言葉ですが、後悔とは後になって悔いる事です故、今は後悔しておりません」



 ニヤリと浮かべられる不敵な笑みに申し訳なさが高波のように押し寄せてくる。

 だが今、それを言っても詮無きこと。

 それより今はこの戦だ。



「しかし、フォンテブルク公爵はこの陣形に苦言を呈さないのか?」

「畏れながら殿下とフォンテブルク公爵は実祖父とは言え、不仲であると聞き及んでおります」



 あぁ、確かにそうだ。

 殿下は年輩者を抱えることを避けていた。

 自分で言うのもおこがましいが、殿下は若輩でも才ある者を家臣にする、謂わば革新的なお方であった。

 故に爵位の低い私を北軍総大将に任じて下さった。

 それにフォンテブルク公爵が第三鎮定軍に配されたのは父君――現帝陛下その人が公爵に有終の美を飾らせるようにとお命じになられたから従軍をお認めになられたという話を聞いた事がある。



「まさか数合わせでフォンテブルク公爵を招聘されたのか」

「恐らく……。最早第三鎮定軍に有力な将は残っておりません。南軍をことごとく喪失したのも痛手かと」

「南軍の喪失はそうだが、有力な将が居ないというのは誇張がすぎるだろう」

「しかしラーガルランド公爵を始め、殿下に謹言を申し上げる家臣はもう居りません」



 『鉄槌』の二つ名を持つラーガルランド公爵は王都アルト攻略の際に部下が暴走し、後方の城主へと更迭された。

 殿下の愛する才姫エルヴィッヒ・ディート・フリドリヒ公爵は未だ生死をさまよっておられる。

 そして私はこうして殿下から見放された。

 さて、この戦はどう転ぶのか。そうした一抹の不安を抱えていると外から「ドラゴンだ!」と悲鳴があがった。

 その言葉にせき込みながら立ち上がり、幕僚の制止を振り切って幕外に出ると確かに天から一頭のドラゴンがこちらに迫ってきていた。



「まさか奴ら陣中に降下するつもりでは!?」

「……いや、それはないはずだ。ゴホッゴホッ」



 敵の雷のような魔法攻撃により第三鎮定軍は浮き足立っているが、本陣の守りは堅固のままだ。

 そんな中、馬車に乗る程度の兵が降りてきても問題はない。



「それよりも敵が空から攻撃してくるのが一番厄介だ……!」



 むしろ空を行くドラゴンに対し、こちらは攻撃する術がない。

 いや、魔法を空高く放てば攻撃くらいなんというともない。だがあのドラゴンを攻撃する事でバクトリアの本格参戦を招く方が分が悪い。

 もっとも先日のように明確な攻撃をしてきた場合は彼の国との戦を覚悟して反撃しなければならないが。



「友軍の魔法使いは?」

「現在、本陣周囲に集められております」

「ドラゴン相手ならば騎士よりも魔法使いだが、それでは誰が敵の四辺方陣を打ち砕くのだ?」



 グングンと迫る龍影に緊張の波が高まってくる。

 思っていたより高度が低い。ドラゴンが腹に吊る馬車がよく見える。

 兵達に無用な攻撃を行わぬよう再度命令を下し、固唾を飲んで龍を迎え――。



「来るぞッ!」



 幕僚の叫び声と共にドラゴンが頭上を通り過ぎた。

 馬車の背後からこちらを見やる人影と視線が交錯したような錯覚を覚えつつ、ドラゴンは遠ざかっていく。

 警戒していた攻撃は、来ない……!



「こ、これは一体――?」

「偽襲だ。案ずるな。兵達にもこれが偽襲である事を伝えよ。無用な混乱を与えてはならな――」



 その時、地を揺るがす噴煙が上がった。

 もっともそれはドラゴンとが通り過ぎた場所とはまったく関係ない場所であったが、それは第三鎮定軍の左翼のまっただ中に起こってしまった。

 不味い――!



「左翼へ伝令を出し、状況を確認させよ」

「は、はい!」



 時折、遠雷のように響いていた敵の魔法攻撃が直撃してしまった。それもドラゴンが頭上を飛すさった直後に――!

 最悪、歩兵集団の外郭に位置する騎士達が崩れてしまう。そうなればアルツアルの思う壺だ。



「く、騎士を外郭に並べるのなら、早急に敵陣に突撃させるべきだったのだ……! ゴポッ」



 血痰と共に呪詛が吐き出される。

 サヴィオンの優位はアルツアルの重防御を打ち砕く攻撃力――突破力にあるのだ。

 それを生かすには敵の動きを待つのではなく、こちらが積極的に仕掛けなければならないというのに殿下は防御を選ばれた。

 早く、早くなんとかせねば――!



「わ、私はこれより本営に向かい、殿下に献策をしてくる。お前達は混乱を鎮め、別命を待て」

「かしこまりました! 誰か! ハルベルン殿の馬を!」

「いや、徒歩で構わない、では後は頼んだ」

「ハッ」



 気怠い体に鞭を打ち、早足で本営を目指す。

 なんとしても、もし殿下に腹を切るよう命じられても軍の建て直しを行わなければならない。

 それをなさなければ第三鎮定軍はこの会戦で全滅してしまう。それだけは避けねば――。

 もし軍主力の待避が成功すればそれを基幹に部隊が再編出来る。そうなればまだまだサヴィオンは戦える。

 そしてそれは人間種の誇り高き戦の完遂を意味する。さすがに二度の攻勢をアルツアルは裁くこと出来ず、やっと我らの悲願たるアルツアルの征服も実現するはず。

 そのためには明日を戦うための種を残さねばならない。そのためにも――! そのためにも私は殿下に――。

 その時、今までにない雷音が空を揺るがした。



「な、なんだ!?」



 思わず空を見上げると天に黒点が浮かんでいるのが見えた。

 それは先ほど飛去ったドラゴンでも、鳥でもない。それは丸い円のようなものであり、それが優良種たる人間種からなるサヴィオン軍左翼を直撃した。

 大地を穿つ噴煙が立ち上り、今までにない衝撃が第三鎮定軍を襲う。

 最早そこには恐怖しかなく、暴れる馬を懸命に御する騎士しかいなかった。

 サヴィオン帝国第三鎮定軍は今、綻びようとしている。

更新しようと思っていた矢先に集団農場と言う名の田植えを行っておりました。

予定ではあと一話と幕間を入れて今章は終わりとなります。


それではご意見、ご感想お待ちしております。

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