逆襲
「こりゃ……。チートだな」
びゅうびゅうと吹き付ける風に目を細めながら馬車の縁から眼下を見下ろせば指の先ほどの人影達が右往左往しているのがよく見えた。
「ちーとって!?」
同じく馬車の荷台にて後生大事そうにてつはうを抱えるミューロンが風に負けぬように大声で訪ねてきた。
なんと言い返したら良いか。
「今のような状況を前世だとチートって言うんだ」
「なにそれ? 今の状態――空を飛ぶことをちーとって言うの?」
ミューロンさんの可愛い勘違いに頬をゆるめてしまう。
もっとも彼女の言う通りリュウニョ殿下に吊られた馬車に乗って空の旅(威力偵察)をしている真っ最中だ。
「まぁ、ちょっと意味合いは違うかな? それよりソレをくれ」
「はーい。どうぞ」
彼女が持つてつはうを受け取り、タイミングを見計らいつつ火の魔法式を呟いて壷を落とす。
導火線が燃え尽きると共にてつはうは内包された火薬によって破裂し、破片が周囲に飛び散った。
謂わば俺達は世界初の爆撃行を堪能だな。サヴィオン人は上空を行く俺達に手も足も出ないようで一方的に攻撃出来ていたのだが――。
『主殿。これは少し話が違うんじゃないのかな?』
「リュウニョ殿下? どうされ――」
『殿下禁止! ソレガシはサヴィオン軍本営への威力偵察と聞いていたが、これではまるで攻撃ではないか。どういう事なのだ?』
怒気をはらんだ空気の波がビシビシと当たり、即座に元日本人の本能として謝罪を口にしたくなる。
だがその前に馬車への同乗者がそれを遮った。
「いやぁ。攻撃して敵の出方を見る。まさに威力偵察ではありませんか」
『ジュシカ殿! ソレガシがこの戦に協力しているのは貴国との友好のためでは無く、これが私戦であるからだ。それを勘違いしてくれるな』
「申し訳ありません。ただ敵情も掴める上に攻撃も出来る。まさに一石二鳥だったので」
敵情も分かる。ついでにサヴィオン人も殺せる。確かにジュシカ様の言うとおりだ。
もっともミューロンと二人だけで悠々とお空の旅を楽しみたかったのだが――。て、どちらにしろリュウニョ殿下が居るから二人きりってシチュエーションになれないじゃん。ロートスのおバカ!
「どうしたのロートス?」
「なんでも無い……」
ミューロンはどうやらリュウニョ殿下に怒られて俺がションボリしていると思っているらしく、甲斐甲斐しくも「サヴィオン人が殺せそうだもんね、仕方ないよ」と慰めてくれた。ごめんね、俺、そんな出来たエルフじゃないんだ。
「ではジュシカ様。よろしいでしょうか」
「あぁ構わねーよ。ではリュウニョ殿下! ご帰還願えますか?」
『はいはい』
一国の姫を使い走りにする事に呆れたドラゴンは力強い羽ばたきと共に加速する。
そして馬車の後ろから見える敵本営を見て、愕然とした。
「……全く当たってないし」
俺が投じたてつはうは一発だけ。その一撃はこの間の降下作戦の時の時には分からなかった二番目に大きな天幕を目標に投じたが、損傷は無さそうだった。
ダメじゃん。チートって騒いで恥ずかしい。あー。ミューロンにはチートとは空を飛ぶことだと言うしかないな。
そんな事を思いつつ眼下を眺めているとエルフのすさまじい同体視力がその二番目に大きな天幕の近くでこちらを指さして喚いている者を見つけた。
その近くに地に倒れて喚く人物になじられているような騎士を認め、同情した。
何を言っているか、何を指示されているのか分からないが、なぜか同じ社畜臭を感じ取ったのだ。きっと無理難題をあそこで言われているに違いない。ご愁傷様。そしてざまーみろ。
◇
王都での戦いは奇跡的に王国軍が勝利を掴んだ。
と、言うのも王都全域で起こった大規模蜂起にガリアンルード傭兵の乱入、そして北軍本営と第一鎮定軍本営への襲撃により指揮系統が混乱し、体勢を立て直す暇も無くサヴィオン軍は王都から撤退せねばならなくなった。
特に第一鎮定軍本営の襲撃により敵は予備戦力だけで後退を開始したため、なし崩し的な撤退戦となってしまったのだ。
もっとも悲惨だったのは王都アルト南区に展開するサヴィオン軍だ。北区の兵達は自力での脱出に辛うじて成功したが、南区はトロヌスおよび第二城壁付近の前線に張り付いていた国民義勇銃兵隊と南アルツアル諸侯軍の挟撃、そして占領地の民衆の蜂起により一万人近くのサヴィオン軍が玉砕する憂き目にあった。
そしてアルツアルは逃げる敵を放っておく訳もなく追撃を開始。ついにアルヌデン平野において戦端が開かれようとしていた。
「さて、諸君。いよいよ決戦の時である」
そう声を張り上げるのは第四四二連隊戦闘団団長であるジョン・フォルスタッフ・エンフィールド様であった。
「現在、敵の戦力は一万五千ほどと聞いているが、こちらの二万の戦力を有している。だが数の利を妄信してはならない」
友軍の二万のうち千五百人ほどが現在、第四四二連隊戦闘団に割り振られている。
でも連隊の定数って二千人とかそこらのはずなのに千五百人で連隊と呼称して良いのか? ぶっちゃけ二個大隊かそこらの人数じゃん。
そもそも俺の大隊なんか元々のロートス大隊に第九九九執行猶予大隊や国民義勇銃兵隊から戦力を引き抜いても三百人に届いていないし。
「なお、我らの目的は敵魔法使いへの牽制である。砲兵はその威力を十二分に発揮し、王国に勝利をもたらせ!」
そしてエンフィールド様隷下の砲兵は臨編砲兵大隊と呼ばれる元々の砲兵中隊にレオルアン騎士団所有の砲兵中隊を加えて作られた臨編砲兵大隊であり、野戦砲八門を有する部隊だ。
「そして歩兵は砲兵が戦の鍵を握る事を忘れてはならない。諸君達の任務は砲兵の盾となり、敵の進撃を阻む事にある。諸君等の双肩に我らの未来はかかっている! 我らに天の星々の恩寵があらん事を!!」
整列した兵達はその言葉に歓声をあげる。
だが俺はその爆発する歓喜の叫びに応えられなかった。
だって第四四二連隊戦闘団は敵正面に立たないんだから。
と、言うのも周囲の地形は一個の丘があるだけの平野であり、軍主力となっている第四軍集団(南アルツアル諸侯軍主力)とサヴィオン軍残党が向き合っている中、俺達は丘の陰に布陣しているのだ。
つまり総予備に準ずる扱いだ。これでむくれないエルフが居るのなら連れてきて欲しい。
「それでは間もなく軍主力が攻撃を開始する。各自持ち場につけ!」
その言葉に兵達が動き出す。そんな中、最終確認というように大隊長クラスの人物がエンフィールド様の周囲に集まった。
「皆に言うことは少ないが、よろしく頼むよ」
気さくな声音を放つ美麗の騎士に多くの者が頷くが、俺だけ不承と言う顔しているとイケメン騎士は困ったように(でもイケメン度は変わらない)俺の肩を叩いた。
「不服なのはわかるがこれは政治だよ、ロートス大尉」
「どういう政治なのでしょうか? 一介の田舎エルフには分かりません」
「上は第四四二連隊戦闘団の扱いを困っているのだ。我々の立場はアルツアル寄りであり、我々の所属は明らかにエフタル側だからな」
そう言えば今回の作戦にエフタル義勇旅団は俺達を除いて参加していなかったな。
「第四軍集団は南アルツアル諸侯軍――マクシミリアン殿下の軍であり、イザベラ殿下の第三軍集団は王都での残敵掃討に当たっている。本来なら我々もそちらのはずだったんだ」
「もしかしてエフタル大公様が一枚かんでいるのですか?」
「『夏の目覚め』作戦では君が人質を抱えて帰還する事でなんとか面目を保ったが、贔屓目に見てもあの作戦は失態だったからな。それをこれで帳消しにしたいのだろう」
だが第四軍集団としては押っ取り刀でたどり着いた南アルツアル諸侯軍に花を持たせたい、と。
うーん、この……。
「だが君の部隊には重要な任務がある。期待しているよ」
「それは分かります。ですがリュウニョ殿下と共に空中待機って……」
三百人の部下を率いるとかどこの会社だよと叫びたくなる立身出世をしたおかげで作戦を聞かされるまで不安で安眠出来なかったのにいざ、作戦を聞かされたら降下龍兵を率いて砲兵の補佐と遊撃を担当しろって……。
これまでの不眠はなんだったのか。いや、いずれこのプレッシャーにも慣れないといけないのは分かるけどさ。
「まあまあ」
そして仲裁を買って出たのはエンフィールド様に似た眼鏡の騎士――ウェリントン・エンフィールド大尉だ。
彼はこの戦闘において臨編砲兵大隊の大隊長として砲兵を率いる事になっている。
「君は大隊の目だからね。期待しているよ」
「は、はぁ」
「あと君に想いをよせる我が大隊きっての観測手の事を頼むよ。彼女を悲しませないようにね」
「なんだ、ロートス大尉。君にはエルフの許嫁がいるというのに他にも女が居るのか」
「エンフィールド様こそ方々に女性がおられるのでは?」
そんなやりとりで気を紛らわせ、簡単な打ち合わせを終えるとロートス支隊こと降下龍兵の元に向かう。
元々エルフ主体であったロートス支隊だが、今やエルフに人間、獣人、オークと雑多な者達六人と降下龍兵の要であるリュウニョ殿下、そして親友のハミッシュが待っていた。
「お待たせしました。これより作戦を開始します。ではリュウニョ殿下――」
「殿下と言うなら乗せないよ」
「――リュウニョ様。お願いします」
それで良しと頷く気分屋のドラゴンに苦笑を浮かべる。
それから愛しのミューロンに目配せすると、彼女は分かり切っていると言わんばかりに大輪の花を想わせる笑顔を咲かした。
「弾薬があるだけサヴィオン人を皆殺しにすれば良いんだね!」
分かり切ってなかった。
「なんでそうなるんじゃ! わしからも作戦を言うたではないか!!」
「えー。でも作戦の変更があるかもしれないじゃない」
さすがミューロン。待てが出来ないようだ。だが二人の会話に毒気を抜かれた兵達がはらんでいた緊張がほぐれるのを感じた。
まぁミューロンがこれを意図してやったなら素直に喜ばしいのだけどなぁ。
「ではロートス。よろしく頼むぞ」
「任せろ」
そして一陣の風と共にリュウニョ殿下が人からドラゴンの身へと変化した。
「乗車!!」
そして兵達が馬車に入り込むのだが、狭くて仕方ない。
銃を抱き抱えているのはもちろんだが、さすがに大柄なオークを含めた部隊だと馬車の乗車率は軽く百二十パーセントを越えてしまう。
ちなみに以前、リュウニョ殿下にどうやって飛んでいるのか聞いた事がある。いや、だって馬車全体で一トン以上の重量があるはずだ。そんな重りをひっさげて飛んでるうちに重さに負けて墜落とか絶対に嫌だからペイロードを聞く意味で問うたのだ。
ちなみにその答えは無意識に風魔法を操れるから今の規模ならなんら問題無いという航空力学的が助走をつけてぶん殴りに来るような答えだった。さすがファンタジー。
『それじゃ行くよ!』
グラリと馬車が軋み、外の景色が上へと動き出す。
「わわッ!? ほ、本当に飛んだのじゃ!?」
ヒシリと隣に座っていたハミッシュが俺の腕に飛びついてきた。慎ましやかな胸に憐憫を感じ得ない。大丈夫。俺は胸の大きさで人を差別しない。だって一番はミューロンだから。
「なんじゃ、兄じゃ。顔がキモイ」
「うーん。なんかこの間もそう言われた事があるんだ」
緊張感の欠片もない会話をしているとすでに丘を越え、相対する両軍の様子が見える高度に達した。
ゆるやかなエルロンをしつつ高度を保つリュウニョ殿下の飛行テクに感服していると丘の背後に控えた第四四二連隊戦闘団から一発の砲声が響いた。
そして間もなく両軍の中程で土煙があがる。
もっともその着弾を確認出来たのは第四軍集団とサヴィオン軍第三鎮定軍だけで第四四二連隊戦闘団は丘が邪魔でそもそも何も見えなかった。
「弾着。全然左じゃな」
ハミッシュはそう呟くやマップケースから四色の旗を取り出し、そのうち二色を地上から見えるように振るう。
これは二色が左右、二色が遠近を表しており、丘の向こうに居る臨編砲兵大隊はその二色の組み合わせを見て修正射を撃つのだ。
「ねぇ、こんなので命中出来るの?」
「いずれは、な」
確かにこんな悠長な事をせずに相手を視界に納めて射撃する直接照準をした方が命中まで断然早い。
だが砲兵はサヴィオン軍の魔法使いに唯一対抗できる兵科であり、損耗は避けねばならない。だから第四四二連隊戦闘団は政治的理由以外に丘の背後と言うサヴィオン側からは見えない位置に陣取っているのだ。
なお、魔法使いは魔具の違いのせいか、いくらサヴィオン軍の印刷機を使った魔法陣を使っても能力が劣るらしい。
「なんか、もどかしい。この間のようにてつはうを降らすのはダメなの?」
『それはソレガシがサヴィオン軍を意図的に攻撃していると確実に言われてしまうからな。輸送だけならまだ戦闘に参加していないと言い訳できる』
「ふーん。リュウニョも大変だね」
権力欲とは無縁であるためか、彼女の返事は他人事だ。
まぁ田舎エルフに王族の苦労と言うのは分からないが。
「にしても旗を振るだけじゃなぁ」
地上ではハミッシュの合図を受けて第二射が発射された。それは先ほどの弾着よりも左に土煙をあげたが、今度はサヴィオン軍を飛び越してしまった。
まるで目隠しをして輪投げをしているようなものだ。もっと的確に通信出来たらなぁ。
「あ、リュウニョでん――様。その風を震わせるような声で砲兵大隊まで話せないんですか?」
『そんな便利な物じゃないさ。魔力を絞っても五十メートル先まで聞こえるか聞こえないかだし、風によって狙った場所に声を届けられないからね』
ふーん。ファンタジーでも限界はあるものか。
「むぅ!! 今度は飛ばしすぎじゃ!! この!!」
親友は小さい体を一杯に使って弾着をコントロールしようとするが、中々上手く行かないようだ。
「当たるのじゃ! この!」
ハミッシュさん。ここで怒鳴っても弾着は変わらないよ。なんか微笑ましいな。
ご意見、ご感想お待ちしております。




