表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦火のロートス~転生、そして異世界へ~  作者: べりや
第一章 エフタル戦争
12/163

戦闘

 湿った腐葉土の上に腰を下ろして耳を澄ましているとようやく馬脚の音が聞こえて来た。

 敵を察知したウサギ耳の獣人には感謝してもしきれない。そしてこちらの手勢は総勢で十八。そのほとんどが長槍(パイク)であったり、剣であったりの近接系の武器。

 対するサヴィオン帝国は斥候のはず――つまり身軽な軽騎兵だろう。

 俺は二丁の銃を抱えながら小さく伸びをする。



「見えた! 百メートルくらい先の街道!」



 樹上で見張りをしていたミューロンが鋭く叫んんだ。木の影から街道を伺えば敵騎兵の集団が土煙を上げながら駆け足気味に迫ってきている。

 そして彼女は身軽に木の枝から音もなく飛び降りた。その高さ二メートル。エルフの身体能力には未だに舌を巻くばかりだ。そして抱えていた銃のうち一丁を渡す。



「重武装って感じじゃ無かったよ。革鎧をつけてた」

「きっと足の速さに主眼を置いた軽騎兵だな。軽快な機動力で追撃や斥候をこなすんだよ」



 この状況ならもってこいの兵種だろう。

 彼らの仕事は戦闘では無く偵察にあり、戦端が開かれれば彼らは即座に後方の友軍にその事を報告するのが仕事のはずだ。やるなら殲滅しか選択肢は無い。そうでなければ敵の猛追を受けてしまう。

 そんな軽騎兵に見つからない様に森の中に姿を消し、装填を済ました銃を構える。



「戦闘用意だ! こっちは数が少ない。作戦通り奇襲で一気に敵を叩くぞ。そのためにも敵を引きつけるんだ」



 一撃必殺とはよく言ったものだが、まさにそれをしなくてはならない。

 撃鉄を引き起こしてゆっくりと息を吐く。

 高鳴る心音が精密射撃の邪魔をしないよう出来るだけゆっくりとした呼吸を意識する。



「来た! 各自、攻撃は俺のそれに続くように!」



 周囲を警戒する騎兵集団――十騎のそれは予想通りの軽騎兵。

 もどかしいほどの心音を落ち着ける様に荒い息を吐き出す。まだだ。まだ六十メートルはある。

 もう心臓の音が相手に聞こえてしまうんじゃないかと思うと心臓が暴れる。五十メートル。


 恐怖で吐く息が荒くなる。だが、恐怖を見せてはいけない。俺に付き従ってくれる皆が居る手前、そんな弱気な姿は見せられない。くそ、指揮官なんて俺には似合わないんだよ。

 そんな悪態を心の中で六回ほどついてからいつもの営業スマイルを浮かべる。恐怖を隠し、愚痴を覆い隠し、俺は不敵に笑う。あと四十メートル。


 もう敵の白目が見える。やるか? やってしまうか? 三十五メートル。

 敵の最後尾に照準を定める。三十メートル。

 撃つ。轟音と共に最後尾の騎士が倒れた。



「な、なんだ!?」



 聞きなれない銃声に馬がいななき、人に混乱が生まれる。その混乱が立ち直る暇も無くミューロンが先頭を走っていた騎士を躯に変えた。そして森から一斉に矢が放たれる。

 速射に秀でるラスの短弓が雨のように彼らを襲う。襲うも、張力の低い短弓では致命傷と成りえる一撃が中々放てない。

 しかし、それで良かった。



「弓兵だ! 気を付けろ!!」

「森だ! 森に潜んでいる!」



 つるべ打ちとなるそれに気を取られ騎士達の足が鈍る。そこに先ほどの戦闘で頂戴したクロスボウが放たれた。

 その一撃は短弓とは比べものにならないほど重く、鉄の鎧を軽々と貫通して苦悶の声が上がった。

 そして極めつけに俺とミューロンの銃撃に混乱がどんどん高まる。すでに敵兵は見えるだけで三人ほどが落馬しているし、中には矢を受けてハリネズミのようになっている奴も居る。

 見えない所から降り注ぐ矢に正体不明の轟音に彼らは混乱の坩堝に陥り、後方に逃げる余裕も失われているようだ。



「撃ち方やめ! やめ! 突撃!」



 見事に不意打ちが決まった。

 その充足感を覚えつつ俺も銃を背にして突撃に加わる。なんと言っても俺が命令しておいて後方に居るだなんて出来ない。

 恐れに顔を歪ませ、それをさらに口角を釣り上げて誤魔化しながら腰から小刀を抜き放つ。エルフの民族刀であるそれは肉厚で武器と言うより狩猟や山歩きに使う山刀と言って良い刃渡り三十センチほどのそれを掲げ、今まで身を隠していた深い藪から獣人と共に街道に姿を躍らせる。

 即座に俺達は騎士を取り囲み、機動力を完全に殺す。そして鎧で保護されていない太ももを狙って小刀を振り下ろす。刀身の重量と遠心力によって叩きつけられたそれが厚手のズボンを切り裂き、その下の柔らかな肉を断つ。



「ぎゃあああ」



 しみ出す鮮血を見ながら刃を抜こうとするも、筋肉が収縮したのか上手く行かない。右に左にひねってやっとの事で抜くのと馬が棹立ちになったのが同時だった。

 思わず尻餅をついてしまう。馬は狂ったように走り出し、騎手を落として去って行く。

 その落馬した騎士にすぐに獣人が組みつくのを見届けると、次の獲物を探す。

 もっとも、まだ騎士は居るのだ。より取り見取り。

 思わず口元が緩んでしまう。



「侵略者め! 生きて帰さないぞ!!」

「くそ! 蛮族の分際で!!」



 その中で威勢の良い騎士を見つけもつれ合う輪に飛び込む。

 すでに互いが入り混じり、収拾がつかない。そんな中で山刀を振るい、一人片付けると別の輪に加勢に行く。

 足を止めた騎兵は脆い。その上で数で囲って叩くだけの簡単なお仕事をしていく。そして気づくと立っている騎士は一人もいなかった。



「片付いたか?」



 その言葉にゆっくりと周囲を見渡す。立っているのはエルフと獣人のみ。誰もが血を浴び、そして血に酔っているような気がした。なんたって先ほどまでの悲壮感など誰も持っていない。きっと脳内麻薬(エンドルフィン)のせいでみんなハイになっているのだろう。

 たぶん、俺も。胸の鼓動がさっきから収まる気配を見せていない。興奮しているのか、それとも緊張しているのかさえ判断がつかない。

 だが、出来るだけ落ち着いた声で俺はリンクスに問いかけた。



「被害は? 誰か怪我していないか? 獣人にしろ、エルフにしろ」

「ラスがやられたわ!」



 周囲を見渡していたミューロンが悲鳴を上げる。すぐにそこに行くが、そこには腹から血を流す友が横たわっていた。

 どうやら馬上から切られたようでサラサラと血が地面に広がって行く所だった。その広がる赤と反比例して鼓動が収まっていく。



「もうラスは……」



 陰鬱な声に彼の容体を知った。だが、泣き崩れる訳にはいかない。それをしてはこの場を導く者が居なくなってしまう。

 そうなってしまえば立て直した士気が崩壊して後は次なる敵の追手に殺されるのを待つばかりになる。皆殺しにされてしまう。それだけは、ミューロンがそうなる事だけは――。



「他は? 獣人の方々も、誰か怪我をした人は?」



 冷徹な声が出せた事に一番驚いたのは俺だろう。それに声が震えなかったのは奇跡だった。

 だが、油断すると一気に悲しみが解き放たれそうだ。

 さっきから脳裏に首の無い父上だったり、木に吊るされた皆の青い顔が去来してきてる。

 手が震えていた。小刀の刃先が小刻みに震えていた。それを無視して血糊を払う様に振るって死んだ騎士のズボンで乱雑に汚れをふき取る。



「こっちは二人死んで、三人怪我した」

「エルフの方はラス以外に二人、怪我も二人」

「怪我人は歩けるか?」



 奇跡的に怪我人は歩けるようだった。

 彼らが応急処置をしている間に無事な連中は死体の装備している装備の剥ぎ取りにかかる。

 何も言わずに動いたのはきっと、何かをしなければ戦死した奴の事を考えてしまうからだろう。

 まぁ、みんな自主的に動いてくれたおかげで俺のする事が無くなった。そのせいで少しだけ息が付けたし、要らぬ事がどんどん去来してくる。


 あぁ、俺は異世界に転生して何やってるんだろう。

 手に残る肉を切った感触を拭うようにグーとパーの動作をして指の関節を伸ばしていく。

 ブラック企業から(肉体からも)解き放たれて異世界で狩猟三昧なスローライフな日常を送っていたのに、それも一週間前まで。

 それなのにこれは一体どういう事なのだろう。


 こりゃ、きっと脳内で分泌されていたドーパミンだったりエンドルフィンだったりの興奮物質

が切れて来たせいだ。そのせいで欝々としているんだ。そうに違いない。



「ロートス大丈夫? 顔色が――」

「あぁ問題無い。で、剥ぎ取りは終わったのか?」

「うん。クロスボウ持っている人が結構いたから、あるだけ貰っちゃった」

「それで良いよ。えと、リンクスさん」

「リンクスで良いさ」

「じゃリンクス。クロスボウなんですけど、基本はエルフがもらって良いですよね」

「異論は無いさ。弓に関しては任せる。だが、他はもらうぞ」



 どうぞどうぞ、とそれを進める。どうせ弓以外はエルフにまったくもって必要とされない装備ばかりだ。

 生き残った獣人は帝国の革鎧を剥ぎ取り、それを我が物のように装備して行く。まぁ、もう彼らの物なのだが。

 そうして準備が整うまで一時間ほどかかったか。

 俺達は行軍を再開し、それから一昼夜を歩きとおした。誰もが疲労を貯めこんでいたが、それでも背後からの追手の存在から足を止める事が出来なかった。


 すでに俺の靴は足裏が擦り切れ、裸足同然で街道を、時には森を歩くせいで痛みさえ感じなくなっていた。

 それは他の仲間達にも言え、ミューロンも足の皮がベロリと剥がれていた。

 そんな状況でも俺達は小規模な休憩を挟むだけでその次の日も歩きとおす。だが不思議と追撃はやってこない。

 そうして二日目の夕方。やっと俺達はリンクスが本隊と呼ぶ一団と合流出来た。

 一応、スターリング様の安否を尋ねたが、芳しい返答は帰ってこなかった。

 誰もが混乱し、ただ生きるために逃走している。昨日の事を振り返る余裕も無く、ただサヴィオンの追撃を恐れて早足となる一隊に加わり、背後に怯えながらさらに一昼夜歩き通して俺達は公都に帰ってきた。


 上手く夜陰に乗じて城内に帰還出来たのはまさに行幸だった。だが、すでに体力も気力も限界。

 誰も彼もが城門を潜るや倒れてしまった(もちろん俺も)。


 そして翌日。

 足の痛みと寒さで目を覚ました。

 周囲を見れば昨日のまま倒れたように眠るエルフや獣人達。そして城門を守備する兵士達が俺達を厄介そうに見ていた。

 だがしばらく何もする気が起きず、ただその光景を眺めていると急に喧噪が耳に入ってきた。



「どうか、どうかお待ちを! 今、城外に出ては士気が――」

「それはエンフィールド、貴様に任せると言っておるだろ! いい加減にしろ!」



 うるさいなと思いながら身を起こすとその人物がちょうど確認できた。

 あの脂っこい塊はどう見てもエフタル公だろう。その人が従者に重そうな背嚢を背負わしてこちらの城門に向かってきている。すると目があってしまった。反射的に視線をずらすものの「無礼者! 予を誰と思ってそうしておる!」とお声がかかる。

 だが、指名されてしまったからには仕方がない。諦めよう。


 ――痛い。


 立ち上がろうとして思い出したが、足の皮が文字通り 剥けた状態で自分の体重を支えるのがこんなに苦痛だったなんて。

 その痛みに崩れかかった表情を精一杯立て直しながらエフタル公に頭を下げる。もう何も考えたくない。



「そこの者共も不敬であるぞ!」



 その怒声に連鎖するように起き上がるエルフと獣人。その誰もが目をこすり、現状がどうなっているのかまったくわからないとばかりに立ち上がる。



「ねぇ、何事なの?」

「さぁ?」



 隣に立ったミューロンも顔をしかめて立ち上がった。もう、彼女に至っては銃を杖代わりにしている。なんて良いアイディアなんだと思ったが、それを伝令隊の小隊長である俺がやっては他のみんなの士気にかかわるだろうからと我慢する。



「閣下! どうか、どうかお考え直しを!」



 焦りと怒りのない交ぜになった声の主は見たことがあった。確か、エンフィールド様だ。

 美の女神が作り上げたと言っても過言では無い容姿の彼はその端整な顔を歪めている。よく見れば彼の着る黒鎧も傷つき、泥で汚れていた。

 そしてこの言動……。



「うるさいうるさい!」

「ですが、兵の目もあります。どうか、どうかもう一度だけでも再考を。

 それにもうすぐアルツアルからの援軍が来るはずです。それを待ってからでも遅くはありますまい」



 必死の説得の末、この騒ぎは収まった。

 収まったが、それがもたらした影響は大きい。



「もしかして逃げようって言うの……?」

「嘘だろ。城主だろうに」

「もうこの城も永く持たないな。今の内に寝返ってしまうか……」



 憲兵が聞けばただではすまない言葉が漏れ聞こえる。それも隣から。だが、その声は憲兵以上に厄介な者の耳に入ってしまった。



「貴様ら! 敵に内通すると言うのか! 吊るせ! この者を吊るすのだ!!」



 声高々に逆上したエフタル公が誰となく――それこそ俺やミューロン、そして城門を守備する兵士まで見境なく指を動かす。

 それに俺達の顔が強張るのと反比例して愉悦な笑みを浮かべる領主。



「ぅん? 貴様、見た事ある顔だな」

「は、はい。伝令隊を率いているロートス臨時少尉です。閣下の御命令をスターリング様にお届けするよう命じられました」



 だが、その相手の生死は不明であり、任務を遂行したとは到底言えない状態だ。

 と、言うか昨日の本隊を取りまとめていた騎士がスターリング陥落とスターリング様が死んだ事を伝えたのだろうか?

 まぁ、騎士様だした。それくらいの事はやってくれるだろう。



「命令書は、しかと届けたか?」

「――? いえ、それは――」

「渡せなかったのか?」



 エフタル公の後ろに控えるエンフィールド様に助けを求める様に視線を向ける。すると「閣下! スターリング殿は――」と唇を震わせながら言った。



「昨夜にスターリング殿がお討ち死にした事はお伝えしましたでしょう。死者に命令書を届ける事など――」

「黙れ! エンフィールドの失陥に目を瞑り、貴様に爵位を与えたのは誰だと思っている! この城とてあと幾日持つと思っておるのだ! それもこれも予の家臣が皆、無能だったからに他ならぬ!」

「誰がサヴィオンの魔法がこれほど発達していると思ったでしょうか!? ですが、アルツアルの援軍さえ来れば――」

「その前に城は落ちる! そ、そうだ。予は援軍を引き連れてここに戻って来る。それまでエンフィールド。貴様が城主となってこの地を守備せよ。そしてそこの亜人」



 いきなりの指名に背筋が伸びる。だが、それと同時にズキリと足の裏が悲鳴を上げた。泣きそう。



「貴様を特別に少尉に任官してやる。ありがたく思え」

「少尉、ですか……?」

「うむ。亜人の一隊を貴様にやる。それで予のてった――転進の援護をするのだ」



 何を言っているんだこいつ。

 そんな顔をしているとエフタル公は満足そうに頷いて城門に足を向ける。



「お、お待ちを!」



 そんな城主の後を追うエンフィールド様の声が、ただ朝の空に響いた。



描写不足があるため、現在誤字修正とあわせて改稿中です。

そのため更新ペースも弱冠落ちぎみになってしまいます。御容赦ぐださい。



それではご意見、ご感想をお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ