講和
突然現れた鳥人族傭兵がアルヌデン様にお会いしたいと言うがどうしましょう、と言う視線をエンフィールド様に向けると、忌々しいほどに整った顔に微笑を浮かべて見返された。あ、これは。
「叙勲祝いの品を送ろう」
「……分かりました」
このッ……! このパワハラッ……!!
部下をこき使うのがそんなに偉いのか!? こちとらさっきまで命のやりとりをしていたんだぞ。少しくらい休ませてくれよ。
だが出すものは出されているし、真っ向から抗議をしてもそれが良い方向に転ぶとは到底思えない。
あぁ悲しいかな。社畜の運命。
「ヤーナ殿。このロートス男爵大尉にご案内させよう」
「おぉ! 感謝! 感謝です」
ふわりとこちら岸に着陸する間を使ってエンフィールド様に彼女が敵の間諜ではないかと問えば、彼は自信満々に言ってのけた。
「先も言ったが、サヴィオン人なら鳥人族傭兵は雇わんよ」
「はぁ……。ではその言葉を信じますよ。何かあっても俺は責任をとりませんからね」
「そんなに心配なら一筆書くかい?」
「ならばお願いします」
見事な保身にエンフィールド様だけでなく俺自身も引いている。
でも口約束って怖いからね。仕方ないね。
と、そうしている間に鳥人族の女性が大地に足をつけた。
赤、橙、紫と派手な色合いの衣服をまとったヤーナがニコリと爽やかな笑みをこちらに向けてきた。
「ヤーナ様。俺は第四四二連隊戦闘団隷下のロートス大隊大隊長のロートス大尉です」
「ヤーナです。あ、ヤーナの身分は一介の傭兵だから尊称はいらないよ。よろしくね」
一介の傭兵が公爵閣下の言づてを預かるの? いや、お抱えの傭兵なのかもしれない。
それに他種族の年齢はよく分からないし、もしかして見た目より年上なのかも。どちらにしろ失礼の無いようにしたい。
――リュウニョ殿下の事もあるしね。
「ではヤーナ……さん。王城へ案内します。エンフィールド様。行ってきます」
「うむ。一筆の方だが、そうだな。君の愛する副官に託しておくよ」
彼はチラリと対岸を望む塹壕の中で一人うずくまっている美少女エルフを見やる。
休戦と聞いて魂が抜け落ちたのではないかと心配になるほど呆けているミューロンのなんと痛々しい事か。てか、心なしか瞳から光が消えているんですけど……。
これはアレか? 一種の燃えつき症候群って奴か? 彼女ほどサヴィオン人を地上から一掃したいと願っていたエルフも俺くらいだろうし、それが突然の休戦とあいなったのだから真っ白に燃え尽きても仕方ないのかもしれない。
とは言え、そんなミューロンを一人にしておくほど愛想をつかした覚えはない。
「いえ、ミューロンと共に行きます。一筆の方は……。リンクス臨時少尉」
「はい、なんでしょう」
「彼にお渡し下さい。リンクス臨時少尉、少しミューロンと共に席を外す。大隊の事を頼む」
「分かりました。お気をつけて」
あの災厄のような戦闘を彼は生き抜いていた。すでに古参の士官となっている彼になら大隊の事も任せられると言うものだ。
そして愛しのミューロンに「おーい」と声をかけるが、もちろんの事、彼女はまず無視。心ここに非ず。
「ミューロンさん!」
「…………ふぇ!? な、なに?」
なんか、燃えつき症候群から一歩前に出てしまっているような気がする。
それがなんとも危うい雰囲気を生んでいるのを感じる。やはり俺が彼女を支えてあげないといけない。
「王城に行く。ついてきてくれ」
「うん、わかった」
力無く笑う姿に胸が痛む。こうなればミューロンのためにも故郷のためにも部隊に偽の命令書を配って講和会議に乱入して終戦工作に勤しむ勤勉な連中をまるっと亡き者にしてしまおうか。ぐへへへ。
「うあ、エルフキモ。ヤーナが思っている以上にエルフって気持ち悪いのかも」
顔に出ていたようで同行者にドン引きされてしまった。
ここはエルフの名誉のために言い帰さなくては。
「いや、俺はただサヴィオン人を殺したいだけなんだ! 別にやましい思いなんかこれっぽちもない、信じてくれ!」
ヤバイ。字面だけ見ると最低だコイツ。我ながらサイコパス度と快楽殺人度が混ざって最高に関わり合いたくない人になってる。
あれほど誰かを壊す事に抵抗心など無いし、むしろ好物だしと思っていたのにこの手のひら返しだ。
……もしかして俺って情緒不安定すぎない?
「アハ! サヴィオン人を殺すのはヤーナも好きだよ。あいつら、ヤーナ達の仲間をよくも殺しやがって。だからその報いを受けさせなくちゃダメなんだよ」
おや? もしかしてヤーナさんもこちら側の住人でしたか。
やはり大切な何かを奪われたらそれを奪え返すか、それが出来ないのなら復讐をするのは当然なんだな。
やっぱりこの世界怖いな。そのうち魔王とか生まれてきても不思議じゃない。
「それで、ヤーナさんはどうしてアルヌデン様に?」
「あー。ヤーナの雇い主と言うか、育ての親がジェシカ公爵って言うんだけど、知ってる?」
「申し訳ありません。俺達、一介の田舎エルフなんで……」
「まぁそう言うおっさんがいるわけさ。で、そのおっさんがアルヌデン辺境伯と旧知の仲で、手紙を届けてほしいって」
ふーん。てかさらっとこの人、公爵閣下の事をおっさんと言ってないか? 鳥人族って慇懃無礼なのかもしれない。
「なるほど。ですが、俺もアルヌデンからの撤退戦以後、まともにお話した事が無いんですよ。
それに、お手紙をお届けになられてもその、お心の具合がよろしくないと言うか?」
「え? そうなの?」
「はい。アルヌデン城陥落の時に奥様とお子さまを亡くされて……。それ以来――」
それ以来あの人は廃人となってしまっていた。
前にアルヌデンからの撤退途上――レータリと言う町の酒場で見たときは完全にアルコール中毒の様相を見せていた。
「な、ミューロン」
「………………ん?」
あ、同意を得ようと思ったけどミューロンの心が完全にどこかに行ってる。
あれか? これってもしかして思っているよりヤバイんじゃないのか?
もしかしてアルヌデン様と同じくミューロンも廃――。いや、ミューロンに限ってそんな事はない、はず。
でもそうなっても俺はミューロンを一生支えていくつもりだし――。
いやいや。そう言う話じゃ無いだろ!! 俺が、俺が彼女のためになんとかしなければ!!
「ミューロン! 確かに王国は休戦しようとしているが、俺は絶対にサヴィオン人を許すつもりはないし、一人でもサヴィオン人を殺し尽くすつもりでいる。それでその、アレだ! アレ!!」
ヤバイ。言葉が見つからない。何か言いたいけど心が言葉にならない。頑張れロートス。頑張れ俺の語彙力!
「俺がいるから安心しろ!! 愛してる!!」
何が? と言われたらお終いだ。なんと言ってもなんでこんな事を言ってしまったのか自分でも分からない。最早俺の思考を俺がコントロール出来ないのだから。
もしかして俺の精神状態もよろしくないのでは?
「う、うん。分かった。わ、わたしもあ、愛してるよ!」
彼女の深い湖のような碧の瞳に光が戻ったような気がした。だが今度は同行していたヤーナさんの瞳から光が消えた。
「こんな往来で愛を叫ぶとか、エルフキモ」
はい、否定しません。
◇
サヴィオン軍北軍本営にて、イザベラ・エタ・アルヌデンより。
ジリジリと焦げる空気の中、サヴィオン軍北軍本営においていよいよ休戦交渉が始まった。
接収された貴族館の二階にはセヌ大河の清流から吹き込んでくる涼風によりいくらかの快適さが保証されていたが、それでも居並ぶ者達の熱気には力不足を言わざるを得ない。
「では定刻となりましたので休戦交渉を開始させて頂きます。私は北軍将軍オットー・ハルベルン様の名代であるラインハート・オゲン・ハイドリッヒ公爵です」
サヴィオン側の交渉席についたのは金の髪に軽薄な笑みをつけた壮年の男とその護衛と思わしき三人の騎士のみであった。
それに対する王国側の出席者は義兄上である第一王子――王太子を宣言したマクシミリアン・ノルン・アルツアルと予ことイザベラ・エタ・アルツアル、そして義兄上の許嫁ことバクトリア連合王国第二王女であるリュウニョ殿下であった。
サヴィオン側に比べ非常に豪華な面々である。もっともリュウニョ殿下は窓際に無言で立っているだけであり、交渉に参加するのかはなはなだ疑問を覚えるが。
「私は畏くもサヴィオン帝国第一帝子にして第三鎮定軍軍団長であるジギスムント・フォン・サヴィオン殿下より休戦交渉における全権を預かっており、これがそれを証明する親書であります」
ハイドリッヒは優雅な動作で一枚の羊皮紙をマクシミリアン義兄上に向ける。そこには確かに第一帝子の捺印と共に交渉を任せると書かれていた。
「話になりませんな」
そう切り出したのは義兄上であった。
「我らは王族が出てきていると言うのにサヴィオン側から帝族が出ないと言うのは明らかに王国を軽んじている証拠。そのような態度では話になりませんな」
「ほぉ。これはこれは。亜人と交ぐわう二等国と全ての国の上に立つサヴィオンが同じと語るとは……! 中々面白い事をおっしゃる」
「聞いたかイザベラ。王族へ向ける言葉ではないな。恐れていたサヴィオンとは張り子の竜であったようだな」
義兄上の明らかな挑発にハイドリッヒの顔が歪む。相手は人間に劣る亜人群れる劣等国であり、それが一等国である帝国に劣らないというのは傲慢だと言いたげだ。
だが普通の貴族であれば国を貶められて黙ってはいられないところを彼は耐えていた。
何故――?
戦局は控えめに言ってサヴィオン軍有利であり、いくら義兄上が二万の大軍を引き連れて帰還されたと言ってもそれは変わらない。
それなのにサヴィオンは講和の席を立とうとはしない。その上、義兄上の謎の強気である。
戦局の天秤が傾ききっていると言うのに二国の立場は逆転していると言える。
そしてふと壁際に立つ黒髪の美女――バクトリアのドラゴンに見つけた。
なるほど。義兄上は義姉上を担保に交渉しているとハイドリッヒと言う男は勘違いしておるのだな。(そもそも義兄上はリュウニョ殿に「黙って立ってればいいから」と世間話するようにお願いをしただけだ)
「それは大変失礼をしました。ですがこの通り私はジギスムント殿下より全権を認められております。よって私の言葉はジギスムント殿下のお言葉と考えて頂いてかまいません」
「ジギスムント殿下と言うのは、思っていたより安い男のようだが、まぁ良いだろう。では早速和議についてだが、アルツアルの条件としてはサヴィオン軍の全面的な撤退を申しつける」
「おや、また大きく出られましたな。その全面的、と言うのは?」
「アルツアルの国土はもちろんエフタルからも撤退してもらおう」
図々しい。義兄上のなんと図々しい事か……。
予でさえそう思うのだから使者の心境は察してあまりある。
これではどちらが勝っているのか分からぬな。
ハイドリッヒは頬をひきつらせつつ言葉を選び出した。
「殿下は現在の情勢を見誤っておられるようですね。我らサヴィオンはエフタルはもとより北アルツアル最大の穀倉地帯であるアルヌデン平野を手中に納め、セヌ大河北方域の支配権を確立しているのですよ。
その上、王都も虫の息の状態でよくもそのような要求を出せますな」
だが義兄上は何食わぬ顔で「そうか?」と涼しげに答えられた。
「アルツアルとしてはこの戦、まだ負けておらぬ。いや、語弊があるな。アルツアルは確かに局所的な敗北を経験しているが、それは王国の敗北を意味していない。よって我らが譲歩する事は何一つないと考えている」
「――な!?」
「王都には第三軍集団隷下に二個騎士連隊と国民義勇銃兵隊と呼ばれる歩兵が二個連隊――一万弱の軍と南アルツアル諸侯軍二万が待っている。これでどう負けていると言えるのか? 対しサヴィオンの兵力は? 二万程と聞いているが」
悠然と膝を組み、ハイドリッヒを義兄上の瞳が射る。その瞳は義兄上の母君の故郷であるノルマン侯爵に多い龍を思わせる細い虹彩であった。
「繰り返すがアルツアルは敗北でなく、崩御された陛下の葬儀を執り行うために和議を申し込んでいるのだ。
よもやサヴィオンはアルツアルがいよいよ打つ手なしで和議を結ぼうとしていると勘違いしているのではあるまいな」
「ふ、ふざけるな!! 話にならない! アルツアルは和議を結ぶ気がないようなら帰らせて頂く!」
「……帰って良いのか? どう思う、リュウニョ?」
「…………からかい過ぎた夫殿。使者殿が可哀想だろう」
マクシミリアン様の言葉にハイドリッヒは顔を赤くし、即座に青くする。
はぁ……。これではまるでアルツアルとバクトリアの蜜月であると公言しているも同然ではないか。
その上、このドラゴンは第一鎮定軍の本陣を強襲する部隊を運んでいるのだからこのまま和議を結べなくてはバクトリアの本格参戦を招いてしまうと彼は焦っているのであろう。
そうなる事を確信して義兄上はリュウニョ殿をこの場に誘ったのであり、リュウニョ殿下もそれを承知でついてきたのだから二人共性質が悪いとしか言えない。
リュウニョ殿とてこの講和が立ち消えとなっても痛くもないのだろう。そもそもサヴィオンがいざバクトリアに宣戦布告しても海龍が支配するバクトリア海峡を人が渡る術がない。たどり着けないのなら戦争にもならない。
「さて、ハイドリッヒ殿。交渉決裂と言うことでよろしいかな?」
「いえ、先は取り乱して申し訳ありませんでした」
とは言えハイドリッヒとて帝国の全権を委任されているのだから引くに引けないのだろう。
つまりサヴィオンはバクトリアの参戦を恐れているのだ。
自分達は手が届かず、されど相手からは空を渡って悠々と攻撃してくる龍を恐れている。
もっともそれはバクトリア周辺国とて皆同じ恐怖を抱いていると言って良い。
その上、空を行くドラゴンを攻撃する術がこちらには存在しないのだからもしバクトリアと開戦しても一方的な展開で終わるだろう。
バクトリアもその気になれば大陸制覇など朝飯前に違いない。だがそれを行えなかったのは龍達の派閥争いという内乱があったからだ。
その内乱の傷跡が癒えればバクトリアは世界に覇を唱え出すだろう。
だが今はその牙は自身を傷つけており、こちらにそれを向ける余裕は到底ないはずだ。
そして奇しくも同じ答えにたどり着いたハイドリッヒは脂汗を浮かべながら言った。
「アルツアルの要求を飲むことは出来ない。貴国は――」
その時、銃声が響く。それと共に野蛮な喊声が轟き、サヴィオン側の和議出席者は焦りを露わに席から立ち上がった。
「やれやれ。時間稼ぎのために難題を突きつけて交渉を長引かせようと思っていたが、ジェシカ公爵は思ったより手際が良いな」
義兄上がニヤリと笑みを浮かべる。
「ま、まさか謀ったのか!?」
「勝算の無い交渉はしない主義なんだ。それに商売も戦争も全ては決戦の前にどれほど準備出来たかで帰趨は決まるものだと思っている」
ドンッと扉を蹴破ればそこには血にまみれた肉厚の小刀を手にしたエルフと派手な衣装を着込んだ鳥人族の女がニヤリと口元に笑顔のような形を作っていた。
「ロートス大尉だね。後は任せたよ」
義兄上はそう言うなり許嫁であるリュウニョ殿の背後に隠れるようにイスから飛び跳ねた。いや、『隠れるように』ではなく隠れた。義兄上……。
「な、なぜエルフが!? ここは厳重に警備していたはずなのに!?」
その疑問をサヴィオン人が叫ぶと共にトロヌスからも喊声が響いてきた。城に残っていた部隊が呼応した形に目の前のサヴィオン人は驚愕に目を見開く。
「なぜ――!?」
その疑問に答える間もなくロートス大尉は浮き立つサヴィオン人の中でもっとも目立つハイドリッヒに目を付け、一気に間合いに踏み込むや小刀の背で彼の側頭部を叩きつける。だがハイドリッヒは頭を守ろうとその一撃を左腕で受け止める――講和のためこの部屋の者は武器を全て一階に預けていた。
そして間髪入れずに鳥人族の女がハイドリッヒの懐に飛び込み、下から顎を突き上げるように拳をたたき込んだ。
頭が揺さぶられた事でハイドリッヒの体から力が抜け、それを待っていたようにロートス大尉は彼を抱え、それに習うように鳥人族の女も彼の背を担いだ。
一瞬、二人の視線が交差し、そして無言でバルコニーへ向けて走り出す。
「な!? お、お前等何を!? わ、私はジギスムント殿下より全権を託された帝国公し――」
そして使者の体が宙を漂った。だがリュウニョ殿のような飛行が出来ないハイドリッヒは宙に留まる事無く一瞬の後に鈍い肉を打つ音と断末魔が響いた。
「く、フハハ!!」
「アハ!」
本日は新連載の魔王様「戦争は変わった」も更新しました。よろしければそちらもどうぞ!
それではご意見、ご感想お待ちしております。




