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戦火のロートス~転生、そして異世界へ~  作者: べりや
第六章 アルト攻防戦 【後編】
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銃火止む

 トロヌスから、イザベラ・エタ・アルツアルより。



 天空を優雅に舞うドラゴンがトロヌス上空で白旗を掲げている。

 その報告を聞いて城の中庭に出れば件のドラゴンがゆっくりと降下してくるところだった。

 そしてそのドラゴンの腹には『夏の目覚め』作戦の時に見た馬車のようなものがくくりつけられている。あの中に誰が居るのか、おおよその見当はつく。



「殿下、どうされます?」



 第三近衛騎士団の団長が額に汗を浮かべながら問うてきた。その汗は暑さのせいか、それとも冷や汗か。

 ここに来て、か。なんと間の悪い。



「撃墜、いたしますか? 幸い手元にサヴィオンから奪った印刷機によって作られた氷の魔法陣があります。あれを天に向けて放てば――」

「そうなればバクトリアが黙っておるまい」



 あの国は同族意識の強い国だ。それに独自の宗教観のせいで同族が貶められる行為を非常に嫌っている。その上、あのドラゴンはバクトリア王国第二王姫その人のはず。そのような者を討てば確実にバクトリアはこの戦争に参戦してくる。それも最悪な展開で、だ。


 つまり、毒と分かっている杯を飲まなければならないのか。

 そう思っていると強大な羽ばたきと共についにドラゴンが着地した。ギシリと歪む箱馬車。それと共に馬車の後ろ扉が開き、甲冑を身につけた騎士達が続々と降りてくる。

 その意匠からレオルアン騎士団、ノルマン騎士団、ランス騎士団等の南アルツアル有力諸侯に混じり、王都在留の義兄――第二王子派貴族までと総勢十五名の騎士が下車するや、彼らは一糸乱れぬ所作で剣礼を行う。こやつら、バクトリアに亡命していたのではなかったのか。

 そして最後に馬車から降り立ったのは、アルツアル王国第二王子マクシミリアン・ノルン・アルツアルその人であった。



「ん? おぉイザベラ。出迎えご苦労」

「義兄、上……。どうしてこちらに?」

「祖国の危機に座している訳にはいくまい。シャルル義兄上の事に関しては、残念だ」



 力なくうなだれる義兄に言葉が詰まる。

 それに背後に控える騎士に混じる義兄派貴族の姿も気になってしまう。王都を捨ててガリアンルードに亡命したのだと思っていたが、違う。

 奴らは王都を捨てたのではなく、北上を続ける南部諸侯と合流するために王都を脱出したのだ。

 それにシャルル義兄上が戦死された事で王位継承権はマクシミリアン義兄上の物になる。その上、強力な援軍を引き連れて王都に帰還されたとあれば民心もマクシミリアン義兄様に傾く。

 それに比べ、予は王たる父上を殺めた大逆人でしかない。



「イザベラ。父上は――」

「――ッ」



 なんと答える? なんと――!?



「――息災か?」



 この際マクシミリアン義兄上も謀殺するか?

 護衛の騎士は十五人。対してこちらには王城守備のための部隊が詰めている。抹殺出来ない事はない。

 そうすれば名実ともにアルツアルの王に即位できる。



「どうしたイザベラ?」

「………………」

「父上はご無事なのであろうな? イザベラ――」

『シャル。待ちなさい』



 耳元から直接響くような声に顔をあげれば馬車の上に仁王立ちになる黒髪の姫君が居られた。

 バクトリア王国第二王姫リュウニョ殿下……! いくらこちらに手勢が居たとしてもリュウニョ殿下を敵に回す事は出来ない。

 それに事を始めればリュウニョ殿下は必ず予の敵となる確信がある。



「イザベラが困っているではないか、我が夫殿」

「む、いや、困らせている訳では……」

「それに義父上殿のご容体については先に話した通りではありませんか」

「か、回復したやもしれぬのだぞ。それを信じて聞いているのだ。別に困らせようとは。なぁ」



 助けを求めるような眼差しが胸を抉る。

 そう、マクシミリアン義兄上とリュウニョ殿下は許婚だ。バクトリアとの友好関係を深めるためにマクシミリアン義兄上はバクトリアへの婿入りが決まっていた。

 つまりいかな他国の政と言えどリュウニョ殿下を切り離して考えるのは危険すぎる。

 それにここでマクシミリアン義兄上を謀殺しても義兄上が救国の援軍を率いてきたのに予がそれを殺めてはどちらに義があるか言わずに知れてしまう。



「……父上は、お隠れになられました」

「――なに!?」



 ここまでだ。国を救うための謀反も、ここまで。

 こうなれば反逆罪をおとなしく受け入れ、首を斬られるしかない。やあり予は王の器ではなかったのだ。



「義兄上、実は――」

「大変だ。すぐに即位の支度を。だが、その前にサヴィオンと和平を結ぶ」

「……。今、なんと?」



 聞き間違い、か?



「和平だ。サヴィオンとの戦争も終わりだ」

「こ、講和ですと!?」

「そうだ。すでに王都がこの有様では、な。なに、後は心配するな。すでに白旗を掲げてある。サヴィオンへの使者はこちらが出すから、お前は何も心配するな。よく王都を守ってくれた」

「し、しかし――!?」



 するとマクシミリアン義兄上がズイズイと歩み寄ってくるなり耳元で「二人で話したい」と重い声で言われた。

 それに黙って頷き、「父上のご寝所へ。まだそこに」と伝える。

 近衛騎士団長は戸惑ったようにこちらを見てきたが、「講和とは言え、まだ戦争中である。各兵に伝達せよ。全ての作戦を中止し、現状の地を死守せよ」と新たな命令を発する。つまり、謀反の中止命令だ。



「義兄上。こちらです」

「うむ」



 足早に王の寝室に戻るとそこは朝と変わらぬ静けさが残っていた。

 マクシミリアン義兄上は無言で父上の枕元に掛けより、静かに崩れ落ちた。



「父上! 父上!!」



 あぁ義兄上は予の事を許しては下さらぬだろう。

 そんな確信と共に口を開こうとした瞬間、義兄上が予を睨んだ。



「何があったのだ!? リュウニョから父上の容態については聞いていた。だが、これは――!」

「予が、行いました」

「お前!!」

「そうしなければアルツアルは――」

「分かっている! 分かっているが、どうしてそう割り切れる! このお方は、我らの父なのだぞ! それをよくも!!」

「……死罪は覚悟の上です。ただ、実行犯は予だけです。近衛騎士団にも、国民義勇銃兵隊も偽の命令書で島内防衛のために行動するよう伝えておりました。謀反の事を知るのはただ予、一人だけです」

「見え透いた嘘を言うな」



 こうなれば近衛騎士団も国民義勇銃兵隊も謀反に荷担したとして死罪は免れないだろう。

 つくづく予が愚かな事か。



「だが、父上の死は利用出来る」

「……はい?」

「父上は、シャルル義兄上の死を受け入れられず、お心が弱られていた。故に毒を煽られても不思議ではない」

「義兄、上?」

「アルツアルは王都が陥落するから降伏するのではなく、戴く王位が空白になったが故に戦争継続が不可能となった」

「何をおっしゃられているのです!?」

「戦後の話だ。イザベラ。お前はこのままサヴィオンと戦ってアルツアルを守れると信じているのか? これほど強力な魔法と騎士団を有するサヴィオンに」



 それは――。

 言葉にできなかった。

 アルヌデンの敗走以来、戦略的勝利をアルツアルは経験した事がない。



「仮にお前の作り上げた国民義勇銃兵隊が活躍し、サヴィオンを王都から退けたとしよう。

 だが後に待っているのは荒廃した国土だけだ。だがアルツアルの大地に宿る豊富な魔法資源は消えたわけではない。

 サヴィオンも再び力を蓄えれば国境を再び犯すだろう。

 海を越えたバクトリアは内戦を終え、大陸進出を伺っている。

 山を越えたガリアンルードもそうだ。

 南部国境線では未だに我が騎士団が国境紛争鎮圧に戦っている。

 今、戦を終えなければアルツアルは戦後に大きな傷を抱いてしまう。今でこそ取り返しのつかない傷を作っているのに、だ」



 サヴィオンとの戦争に国力をつぎ込んだ結果、他国の侵略を招く。

 確かにそのような未来を幻視しなかった訳ではない。

 だが――。



「それに、よくも民に力がある事を知らしめてくれたな! 国民義勇銃兵隊? その場凌ぎにしては良い案だ。だが、長期で見ればこれは害悪でしかない。

 今までの秩序が崩壊するぞ。騎士達はこぞって銃を買い求めるだろう。あれさえあれば領民をすぐに兵に出来るのだからな。そうすれば王家に牙を向く輩が必ず現れる。

 いや、それだけではない。民が己で軍を組織して貴族に反を翻すやもしれん。そうなればこれまでの秩序は崩壊し、力ある者がのさばる暗黒時代を迎える事になる。

 血で血を洗う時代だ。お前はその幕を開けてしまったのだぞ!」



 その通りだ。

 その通りなのだ。予はそれを見越して民に戦う力を与えた。



「予は、国あっての民とは考えませぬ」

「なに?」

「民が無くては国ではないと言っているのです。アルツアルは自由を欲して集った民の国ではありませんか。

 民とは物言わぬ駒ではありません。そこに確かに暮らしているのです。

 誰もが死にたくない。誰もが己が血に誇りを持っている。

 そうした者達から尊厳を奪う侵略者を許せと言われるのですか?

 予はそうは思いません。そこでしかと生きる民のために血を流すのが騎士ではありませぬか? それを束ねるのが王ではないのですか?

 そのために王家が滅んでも、それは民の選択故、です」



 アルヌデンから敗走し、サヴィオンの春期攻勢からも敗北したあの日、あの小さな村で必死の覚悟を固める者達を見た。

 彼らは生きるために死ぬ覚悟をしていた。それを無視していいわけがない。例え、王家が滅んだとしても。



「この退廃主義者!」

「保守では居られないのです。それでは、滅びを待つだけです」



 ……久しぶりに話しすぎた。喉が痛い。

 もう口論はしたくない。

 そうため息をつこうとした瞬間、「口ではお前に勝てぬ」とマクシミリアン義兄が両手をあげた。



「国のあり方は、王が行うとも民が行うとも、どちらが良いとは言えぬだろう。王位を売買しているガリアンルードでさえも国として動いているのだ。政治とはおそらく一つの答えなど無いのだろう。

 ならばそのうち王を頂かない国も現れるだろうな。アルツアルがそうなるのなら、せめて我ら王族は別に生き残る道を探す事になろう。その時はお前の達者な口が頼りだぞ」

「義兄上……」

「さて。和平の時間だ」

「しかし――!」

「ま、ここは義兄に任せてくれ。王都への帰りが遅くなったのも訳があるんだ。南アルツアル諸侯軍のとりまとめやジェシカ公爵中将といろいろ打ち合わせがあってな」



 ジェシカ公爵中将? サヴィオンとの国境沿いにある要塞線を所領とする隻眼の老侯爵はシャルル義兄上が敗死したアルヌデン平野会戦から行方知れずだったはず。

 マクシミリアン義兄上は密かにジェシカ公爵と繋がっていたのか? だが和平と一体なんの関係が……?



「ま、ここは黙って義兄を信じてくれ。悪いようにしないと確約しよう。それより今まで、よく頑張った。お前は誇りの義妹だぞ」



 そうしてマクシミリアン義兄上は力なく笑うのだった。


 ◇

 トロヌス某所から、ロートスより。



「おぉ。ロートス大尉。生きていたのか」



 暑い午後の日差しの中、陽光を跳ね返すほどの美形の騎士が楽しげに微笑んだ。

 場所はトロヌスの水際防衛線。つまり朝居た場所――。なのだがそこに掘られた塹壕等は敵の魔法攻撃のせいでぐずぐずに崩れ、いくつものクレーターが出来上がっていた。



「えぇ。おかげさまで。エンフィールド様もご無事なご様子で」

「未だに悪運は衰えないものでね。現存の兵力は?」

「はい、ロートス大隊総員六十三名です。なお、別途オステン大隊が二十七名です。現在、オステン大隊の指揮を代行しております」



 もっとも人数に関しては戦う事の出来る負傷兵も混じっている。まぁ第九九九執行猶予大隊ことオステン大隊の犯罪者の多くは戦死ではなく逃亡だが……。



「他の部隊は?」

「ん? まぁなんと言うか……。ほぼほぼ壊滅かな。砲兵中隊だけは基幹要員の戦域離脱に成功したから被害はそれほどではない。だが再編は必須だ」



 つまり全滅じゃないですか……。

 これでどうやってサヴィオンと戦えと言うのか。

 まぁイザベラ殿下がエンフィールド様に連隊を作れと言っていたのだから国民義勇銃兵隊をいくつか引き抜いて無理矢理部隊を再編するのだろう。

 俺の大隊もそうなるはず。



「もっとも再編は行わないだろう」

「え? どういう事です? このまま玉砕しろとでも」

「ハハハ。おもしろい冗談だな。先ほどの白旗が見えなかったのかい?」



 つまり、どういう事なのでしょうか……?

 一介の田舎エルフにはよく分からないんですが。



「戦争は終わった、と言うことさ」

「しかし……。我らは奪われたままです」

「その通りだ。だが、アルツアルは終戦の道を探している」

「……。あの、今後はどのようになるのでしょうか」

「さぁな。まっとうな落とし所を考えるのならサヴィオンへの賠償金、アルツアル王及びエフタル大公の退位、領土の割譲……。そんな所だろう。まぁおそらくエフタルには二度と帰れんだろうな」



 エフタルに帰れない? ふざけるな。

 ならまだ戦争は終わっていないぞ。まだエフタルを取り戻していないぞ。まだサヴィオン人を殺し足りていないぞ。

 こんな状態で戦争を終わらしてたまるか。

 と、その時、河向こうに引き上げていたサヴィオン軍の陣地からどよめきが広がってきた。

 その向こうを見るといつの間にか茜色になっていた空に一粒の黒点が出来ていた。その黒点がだんだん鳥のような、それでいて人のようなシルエットをかたどっていく。



「鳥人族か」



 確か翼の生えた傭兵種族だったか。

 その点がだんだん高度を下げながら近づいてくる。サヴィオン人が人間族以外の傭兵を雇うとは考えずらいが……。



「ロートス大尉。戦闘用意を命じる」

「は、はい。戦闘用意! ラッパ手! 戦闘用意!」



 ラッパが響き、兵達が慌てて並び出す。だがその準備が整う前に影が手を振ってきた。おや?



「どうします?」

「戦闘用意の命令を君に伝えたはずだが」



 まぁ命令ならしかたない。それに警戒しておくに越したことはない。

 そう思っていると影が甲高い声で「あたしはヤン・ジェシカ公爵中将からの特使だ」と叫んだ。

 ヤン・ジェシカ公爵中将?



「ヤンから人探しを言付かっている。そちらにアルヌデン辺境伯が居られるはず。ご面会したい!」



 アルヌデン様に?

 終戦間際に久しい人の名を聞いた。

同時連載で魔王様「戦争は変わった」を連載しております。よろしければそちらもどうぞ。



それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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