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戦火のロートス~転生、そして異世界へ~  作者: べりや
第六章 アルト攻防戦 【後編】
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大命と親友

 王城にて、イザベラ・エタ・アルツアルより。



  瞼を閉じればお元気であった父上のお顔が眼前に浮かんできた。その周囲には笑顔を浮かべる二人の兄上の姿も。

 一人は長男にして筋骨たくましいシャルル義兄上。一人は細身の優男であるマクシミリアン義兄上。

 誰もが父上と同じ水色の髪をしたアルツアル王家の者達。そんな家族が笑いあう光景……。

 そんな中、父上が予に手招きしてきた。それにどう応えるか迷っていると、ふと父上は尊敬すべき名君であるのかという疑問が湧いた。

 その答えならもう出ている。父上はお世辞にも名君とは言えない王だ。

 体が弱いせいで武勇の噂も無く、決断が遅いが為に政も進捗も遅く、知略が苦手故に謀略に関わろうとはしないお方だ。

 だが父上は自分が無能である事を誰よりも知っていた。そのせいか、我等三兄妹によくこう言われたものだ。



「武勇に秀でるシャルルよ。お前は将軍となれ。その力で民を導きなさい。

 知略のあるマクシミリアンよ。お前は財務卿となれ。その判断力で民を統べよ。

 決断力あるイザベラよ。お前は宰相となれ。その頭脳で民をまとめるのだ。

 私には無い物を持つ我が子達よ。お前達は三人とも違う長所がある。それを活かすためにお前達は決して争ってはならない。決して一人になってしまってはならない。決して、な」



 そんな言葉が脳裏を駆ける。

 そして手招きする父上を振り払うように瞼を開ければ上品な金箔と木彫りの施された壁に囲まれた王の居室が視界に入って来た。遠くからは砲声と建物が破砕される破壊の音色が聞こえて来る。どうやらサヴィオンの攻勢が始まったらしい。



「父上……」



 そっと愛とも尊敬ともつかぬ言葉が漏れる。

 だがその言葉をかけられた男は黙ってベッドに身を鎮めるばかりで返事を帰す事は無い。いや、息をする事も……。

 自分がしてしまった事の重さが今になって押し寄せて来ると共に手にしていた銀の盃が床に落ちた。黒く濁ったその盃から絶え間なく流れるワインが靴を濡らし、砲声とともに波紋が動く。

 深いため息が漏れると共に背後から「殿下」という呟きが聞けた。



「うむ。これまで影武者の件、ご苦労であった」



 王の居室に入れるのは王とその親族のみ。だが今、王として振舞っている影武者はまさに王そのもの。

 故にこの部屋には予を除けばその影武者と護衛の近衛騎士が幾人か居るのみだ。



「桟橋に船を用意してある。お前はそれでセヌ大河を上って包囲を脱し、ガリアンルートに逃げよ」

「……意外です。てっきり、私も始末されるのかと」



 困惑を浮かべる影武者だが、もちろん秘密を秘密のままにしておくために消した方が良いという案もあった。なによりそれが一番後腐れ無い。

 だが――。



「お前も、王国の民だからな」

「なんと! 殿下の御慈悲に深い感謝を」



 影武者とは言え父上に似ている男が予に頭を下げて来るというのもなんとも面映ゆいものを感じる。

 だがいつまでもその感傷に漬かっている暇もない。



「では皆。予は大逆を犯した。だがこれも王国の――。王国に安住を求める民のため、だ。連隊長。鐘の音と共に行動を開始せよ」



 連隊長――近衛第三騎士団を治める壮年の騎士が拳を胸に討ち当てながら「御意!」と小さくうなる。



「よろしい。ではまず近衛第三騎士団第一、第二大隊は所定の作戦通りに義兄上の騎士団である第一近衛騎士団司令部を襲撃し、指揮系統を奪え。

 それに合わせて予備戦力となっている国民義勇銃兵隊第二連隊第十三大隊と第十四大隊を前進させ、前線の兄上派貴族の騎士団に出入りする伝令を捕縛し、決起の報せを受け取らせない様にするのだ。

 その上で近衛第三騎士団第三大隊はアルト大聖堂を押さえ、星職者達の身柄を拘束し、予の即位の準備を整えるように」



 我等兄妹には父上より連隊規模の騎士団を与えられていた。その内、先のアルヌデン平野会戦で戦死されたシャルル義兄上の騎士団である近衛第一騎士団は壊滅的打撃を受けたとはいえ、依然と強力な戦力を有している。それを押さえるために直卒の近衛第三騎士団で奇襲を掛けてこれの指揮系統を完全に奪う。もっともマクシミリアン義兄上の近衛第二騎士団は南部国境に展開していたのを急遽、王都に召集している段階だから今は無視して良い。

 その上で数少ない義兄派貴族を押さえる事で即位までの時間を稼ぐ。もっとも眼前のサヴィオン帝国軍の攻撃の前にこの決起を阻止しようと動く者はそういないだろうが(それに多くの貴族が王都から逃げている現状、これはサヴィオンに対する第二防衛線の構築を意味する事が多くをしめる。

 そしてトロヌスの王城近くにあるアルト大聖堂を確保する事で全ての準備が整う。

 元来、アルツアル王の即位はアルト大聖堂で行われるのが慣例になっている。つまりアルト大聖堂を制した者こそアルツアルの王たる資格を得られるのだ。



「かかれッ!」



 ガシャンと騎士達の籠手がプレイトメイルに当たり、大砲達の唸り声をかき消した。

 それと共に足早に居室を去る騎士達。そうして残されたのは年老いた影武者と予の二人きり。

 遠くから轟く震動と人々の喧噪が耳に届く静かな空間に二人きり。あの者はこの空気を気まずく思っておらぬだろうか。

 だがそうした時にかける気さくな言葉を予は知らない。武骨ではあったが、機知にとよんだシャルル義兄上ならなんと声をかけただろうか。

 あれでも無い。これでも無い。と考えていると「失礼ながら」と小さな声が部屋を満たした。



「どうした?」

「失礼ながらお尋ねしますが、殿下はこの、大命を果たした後はどうされるのです? 王都を脱出して抵抗を続けられるのですか?」

「………………」



 確かにサヴィオンとの戦争を続けるために遷都を行う事も視野に入っていた。

 だがそれを言おうにも口は鉛を飲んでしまったかのように重く、言葉を紡げなかった。だがそれでいて王都を枕に討ち死にという最期を迎える訳にはいかない事も重々承知している。

 ここで予が死ねばアルツアルは完全に崩壊してしまう。

 シャルル義兄上は戦死し、マクシミリアン義兄上はガリアンルートに留学し、父上はお隠れになってしまった。

 もうアルツアルを統べる者は予しか居ない。

 その重圧に膝が笑いそうになる。その重みに心が悲鳴を上げたくなる。

 だが、今はその時ではない。

 籠手を脱いだ手で頬をさすればいつもの凍り付いた表情筋がそこにあった。そう、予はそうでなくれは。



「急げ。船が出る」

「……御意。それでは殿下のご武運をお祈りしております」

「ありがとう」



 影武者が去るといよいよ王の寝室は静まりかえった。その静寂の中、「すまぬ」と謝罪の音が響いた。

 何を隠そう、影武者を殺める案をまず出したのは予であった。あの者は船に乗ることなく、躯は闇に葬られるだろう。

 今まで尽くしてくれた者に対する仕打ちではない。

 だが――。



「これも王国のため、か……。いや、なんて――。なんて汚いのだ」



 だが不思議と心は落ち着いている。

 いや、落ち着いている訳がない。もし落ち着いているのならどうして自責の念が漏れるのだ?

 表面では氷のように凍てついていると言うのに、その下では感情の奔流が流れている。それを冷静に観察する予さえ居る。



「蓮と同じ、か。清濁を併せる花……」



 そう言えばあの花の古語は『ロートス』だったな。

 ロートス大尉も、自分の心に戸惑っているのだろうか……。

 その時、アルト大聖堂から鐘が響いた。


 ◇


「ぁにじゃああああ!!」

「ハミッシュ……!? ――!?」



 小さな体は猛然とダッシュしてくるや、無防備な腹部にめがけて強烈なストレートパンチを叩き込んできた。

 思わず肺から空気が漏れる。が、痛みのせいで息を吸い込む事が出来ずに鈍い音に変換されてしまう。

 あ、これやばい。苦しさのあまり石畳に倒れ込むや、その上にハミッシュが跨がってきた。意識して肺に空気を送り込むように荒い深呼吸をしながら「な、なんだ!?」と問えば、彼女はぼろぼろと涙を流したまま無言で俺の頬をぶった。



「ぐはッ」

「ち、ちょっとハミッシュ!? どうしたの!?」

「うるさいのじゃ! ミューロン!! お主等、死ぬ気であったろう!! この、このッ!!」



 最後は言葉にならず、ただ嗚咽だけが彼女の口から出てくる。

 それにたまらない愛おしさを感じてそっと彼女の短い髪を梳いてやろうとするが、パンッと簡単に弾かれてしまった。



「ロートス大隊に撤退命令が出て居る」

「……なんだよ、その作り話。それよりお前は早々に原隊に戻れ。俺達は……。そうだな。ここでもう一合戦してから――」

「本当なのじゃ! 連隊司令部からの伝令なのじゃ!」

「なら連隊司令部の伝令がこっちに来るはずだ。お前は感情で俺達に逃げろと言ってくれているのかもしれないが――」

「だからッ!! だから本当にわしが伝令なのじゃ! すでに連隊司令部は司令部要員まで戦闘に投入しておる。砲兵も砲を捨てて白兵戦を行うよう命令がでているのじゃ。その命令を伝えにきたエンフィールド少佐からわしは――」



 真偽は、分からない。

 真偽は分からないからこそ、この命令を受けなかった事も、同じく分からないだろう。

 だってその命令と入れ違いに戦闘に突入してしまったとあらば――。

 だがその考えを見過ごすようにハミッシュはさらに平手打ちを加えてきた。頬と歯がかち合って死ぬほど痛いんですけど。



「ばかッ! また死ぬ事を考えているのじゃ!! どうして!? どうしてなのじゃ!?

 そんなに復讐がしたいのか? そんなにサヴィオン人を殺したいのか?  そんなに――。そんなにわしと生きる事が嫌なのか!?」

「そんな訳――」



 ズキリとした痛みに言葉が詰まる。その痛みは口内のせいなのか、それとも彼女を偽る心のほうなのか、分からない。

 ここで果ててでもサヴィオン人を殺してしまいたい。だが、ふと、本当にふと生への執着がわき起こった。わき起こってしまった。

 確かに一人のエルフとして、ハイエルフとして、戦う種族としての本能の向くままに殺戮を堪能し、己を滅ぼしても構わないと思っている。

 だが、それと同じくハミッシュやミューロンと共に静かに暮らしたいという願望が未だある事に気づいてしまった。その気づきは未練と言う形で広がり、死への恐怖を呼び起こしてしまう。


 あぁくそ、くそくそ糞クソくそクソクソ糞くそ!!


 どうしてくれる? どうしてくれる!? この渦巻くこの感情を!!



「わしは、ロートスと共に生きたいのじゃ。ロートスは?」

「俺も、お前と生きたい」



 どうしてそれを口に出した!! ロートス!

 どうして命乞いを口に出してしまった!! この臆病もの! 弾薬が尽き、刃が折れるまでなぜ戦おうとしない! あれほど欲したサヴィオン人がを目前に居るのに背を向ける気か?



「お、俺は――」



 嫌だ嫌だ嫌だ。戦いたくない。戦争なんてまっぴらだ。

 俺はただ静かに暮らしたいだけなのに、どうして俺は人を殺めなくてはならない。

 そして傲慢にも俺は死にたくない。まだまだ第二の人生を歩みたい。

 そう、天寿を全うするまであの闇に沈みたくない。

 そう、俺は死にたくない。



「俺は――」



 戦って死ぬ事こそ本望だろう、ロートス!

 ここから逃げ出してしまいたいんだろう、ロートス!



「俺は、どうしたらいい?」



 指揮官失格。迷いに迷って出て来た言葉に失望を感じる。それが自分の言葉故に恥を上塗りしていて、痛々しい。

 馬鹿か、俺は。

 お前は大隊を預かる身だと言うのに、何一つ決められないのか。お前は部下の前で間抜けを晒したんだ。

 指揮官としての思考を放棄し、それをこんな小さな親友に委ねてしまうなんて……。

 だがその親友はだぼついた軍衣の袖で乱暴に目元を拭うとニッカリと笑った。



「逃げるのじゃ」

「は?」

「そもそも命令がくだされておるのじゃ。後退するしかあるまいて」

「いや、そうだけどさ」

「確かに未来への不安もあるのじゃ。じゃが、考えても詮無き事じゃ。それに過去を憂いていても仕方のない事じゃ。なら、今を考えるしか無いのじゃ」



 今、ね。

 そう言えばそんな事を前にも言われた気がする。

 どこだったか……。そうだ。アルヌデンからの撤退の時だ。



「今を全力で生きる。それがドワーフ流じゃ」

「なんてまぁ……」



 首を巡らして二列横隊を組む兵共を見やれば、誰もが毒気を抜かれた調子でこちらを見ていた。

 どうやらまだかみさまは苦難を授けてくれるらしい。



「大隊各位へ! 連隊司令部の命令通り後退する。ザルシュ曹長は速やかに陣形変更を行え」

「へいへい」



 その気の抜けた返事に苦笑が漏れる。

 だが兵達もまだ悲壮な死からの解放により若干、士気をあげているようだ。

 喜ばしい事だが、若干、二名ほど不服そうな者が居た。

 奇しくも同じエルフの碧と緑の瞳が失望したと言いたげに俺を見ていた。


君は駄文を作るフレンズなんだね!

皆さまのおかげで第五回なろうコン一次を突破出来ました。ありがとうございます!

また、新作を投稿しております。十万字分を書き終わっているものですので本日以降、戦火のの更新が絶えた場合、それは私が異世界で穴を掘ってその穴を埋める作業をしている証拠ですのでお許しください。



それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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