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戦火のロートス~転生、そして異世界へ~  作者: べりや
第六章 アルト攻防戦 【後編】
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エルフ

「隊列を整えろ!」



 『敵の突出部隊を内陸に誘引し、それを包囲殲滅した後は速やかに部隊を再編して戦線に復帰せよ。』


 その命令を忠実に守るためにロートス大隊を先頭に第九九九執行猶予大隊――オステン大隊が後続に着く陣形で進軍を開始する。もっともオステン大隊の士気はお世辞にも高い訳では無く(アンリ除く)、先陣は俺達が務める事になっていた。

 だがいつに増しても兵達の動きが悪いような気がする。それに若干の怒りを覚えつつ手にしていた父上の形見である山刀を見やればべっとりとしたサヴィオン人の血が付着していた。

 それを無造作に軍衣に擦り付け、落ち着けと自分に言い聞かせる。かなりイライラしているのを自覚してしまう。いや、落ち着きがないと言うべきか?

 そんな不安を拭うように山刀を執拗に服にこすりつけるが、それを見咎めた大隊副官が心配そうに話しかけてきた。



「ねぇ、ロートス? 顔色悪いよ」

「大丈夫大丈夫。一杯サヴィオン人殺したからめちゃくちゃ元気だよ」



 そう、俺は平気だ。平気だ平気。平気なんだ。だから大丈夫――。

 まるで根拠の無い自己暗示をかけるが、自分でも心がここまで乱れてしまっているとは思わなかった。

 それほどアンリの上官殺しがショックだったのか。

 いや、アンリの行いを仕方ないで許容出来る自分が居ることがショックだった。だが今はそんな事を悠長に考えている暇など無い。



「どうした? 大隊に昇格したから動きが鈍くなっても構わないと誰が言った! さっさと整列しろ!」

「――。大隊四列横隊!! 急いで!!」



 ミューロンがまだ何か言いたげにこちらを見て来たが、彼女はその疑問を口にする事無く大隊副官としての任をまっとうする。

 くそ、なんでミューロンにあたってるんだ。なんで最愛の彼女に怒りをぶつけてしまう。

 どうして俺はそんなに動揺する? どうしてこんなにイライラしてしまう。

 これでは前世の先輩と同じだ。内心の不安を隠すために苛立って部下にあたるあの人とまったく同じではないか。

 気持ち悪い。なんて気持ちの悪い奴だ、ロートス。お前の行動はまさに唾棄すべきものだというのに。

 そんな自問をしているうちに隊伍が組みなおされ、いよいよ戦闘隊形に移行できた。



「さて諸君。行くぞ! 担えぇ銃!! 大隊前へ進め!!」



 気分を変えるためにわざと狂った長子で『栄光よ(グロリア)』と戦歌を口ずさむ。

 それに呼応するように部下達がその歌を口ずさんでいく。その歌声は歩を重ねるごとに大きくなり、いつしか大隊全員が歌っていた。

 誰もが銃を担ぎ、爆音と悲鳴の木霊する戦場を闊歩する。

 すでに敵の上陸第一派との戦闘が苛烈を極めている頃合いだろう。

 どうやら一部の敵を誘因しての包囲殲滅は焼け石に水だったらしい。

 あぁなんと無益な作戦! なんと無情な戦況! なんと無価な戦争!!

 もうどうせ俺達はお終いだ! どうにでもなれ!!



栄光よ(グロリア)! 栄光よ(グロリア)!」



 やけくそになりつつ戦歌をがなり立てると前方の通りに白い軍衣と鎧達が蠢くのが目に入った。距離にして五、六十メートルほど先。そこから聞こえるは金属と金属の打ちあう声に人々の怨嗟の響きが混ざり合い、秩序と人間性を捨てた戦争の音。



「総員友軍を援護せよ! 突撃にぃ! 進め!!」



 せっかく組み上げた隊列が算を乱したように砕け、バラバラと乱闘の中に飛び込んでいく。

 銃剣の切先を敵に向け、軍靴を踏み鳴らして前進する様はまるで肉に群がる狼を連想させた。その狼の一匹となった俺も山刀を高らかに掲げで吶喊する。

 もう心境はどうにでもなれ! だ。

 アンリの上官殺しも俺がハカガ中尉に対して行った上官殺しにしろ、もう何も考えたくない。

 そう自分に言い聞かせながら目についた敵の正規兵と思わしき甲冑を着こんだ兵の横合いにタックルをお見舞いする。



「な、なんだ!? 貴様! 神聖な騎士の戦いに――」

「うるせー! そんなの知ったことか!!」



 突然の横やりに剣を手にした敵兵は動揺を隠せないようだ。そんな間抜けが体勢を立て直す前に得物を握る腕にかじりつけば、阿吽の呼吸で愛しの幼馴染が敵の顔面に銃床を叩きつけた。

 その敵が上げる鈍い悲鳴は彼女に届く事無く、ミューロンはなんの躊躇いも無しに敵の顔面にさらなる追撃を与える。

 そしてよろめいた騎士の足に自分の足を組み入れてバランスを崩させればいっちょ出来上がり。

 後は二人の運命的な共同作業だ。

 ミューロンが騎士に馬乗りになり銃床を顔面に再び叩きつけ、彼女が銃を持ち上げれば即座に俺が山刀の柄頭を打ち下ろす――。

 温かな鮮血が頬を汚す。獣のような悲鳴が耳を犯す。硬質な白い歯が指先を傷つける。

ふと気づけば凄惨なその光景に何故か俺の心は安らぎを見出し、先ほどの同様が嘘のように消えていくのを感じていた。

こ、この感情は――!



「く、フハハッ。くくッ!!」



 あぁ楽しい! くそ。まったくもって楽しいぞ。どうして絶望を覚えていたのだろうか? どうして己は故郷のためにだとか言っていたのだろうか。

 いや、もちろん奪われた故郷のために戦うという決意は未だに熱く流れている。奪われた仲間の仇を討ちたいと復讐心もたぎっている。

 だがしかし――!

 だがしかしそうしたどす黒い感情の中に確たる悦びが哄笑(こうしょう)していた。



「くッ、フハハハハハハッ!!」



 周囲から聞こえる悲鳴も怒号も。銃声も砲声も剣戟の音階も!

 その全てが愉しくて愉しくて仕方ない。

 晴天の下に広がる凄惨な戦場のなんと美しき事か!

 先ほどまで感じていた鬱々とした思いがまるで夢のようだ。と、言うよりここまでくると新しい世界の扉を明けてしまったかのようなすがすがしささえある。

 あぁかみさま――!



「あぁ! かみさま! 俺も、アンリ曹長(あいつ)も本質は何一つ違わないのですね! く、フハハ!! 」



 なんだ。なんだ。俺もすでに奴と同じだったのか。

前世であれば死との触れ合いなど狩猟の時くらいしか感じなかったが、今は違う。

あの悦びを鳥ではなく人間に感じるなど狂気の沙汰だ。それを俺は許容し、甘受してしまった。

 それこそ罪悪感よりも先に快感が脊髄を犯し、後悔よりも狂喜が先に生まれるどうしようもない有様!

 なんと罪深い事か! なんと気狂いしてしまった事か! なんと、なんと――。



「ねぇどうしたの? いつもより楽しそうだ、ね!」



 ミューロンの渾身の一撃と共に倒れ伏していた騎士が物言わぬ屍と化した。

 泥と硝煙と血肉に汚れた彼女の頬を優しく袖で拭ってあげると彼女も負けじとこちらに手を伸ばして来た。もちろん血まみれの手を――。

 これが戦う種族なのか。ドワーフがドン引きするはずだ。

 だがその不気味さこそ愛おしい。彼女の赤い手を無言で掴み、有無を言わさずに舐め上げれば「ひゃぁあ!」と可愛らしい悲鳴があがった。



「ま、待って! 待ってって――。ひゃうッ! 舐めないでよ! だ、ダメだよぉ――。も、もう!」



 少し塩気のある彼女の掌を優しくすすり上げればビクリという過敏な反応が返って来た。チラリと潤んだ碧の瞳を見やれば、それに応えるように消え入りそうな声で「汗っぽいからやめてぇ……」と懇願をもらす。

 汗は気になるけど返り血は気にならないお年頃なのね……。



「ど、どうしちゃったのロートス?」

「うーん。なんと言うんだろうな」



 名残惜し気に彼女の手を解放してあげる。なんと言えばいいか少し言葉に悩むな。と、思っているとミューロンは唾液に濡れた手を凝視してそれをぷっくりとした唇に運ぼうか、それともやめようかと悩みだした。殺伐可愛い。



「ま、なんつーか。やっとエルフ(みんな)が感じているものを感じれたから、嬉しくて」

「――? なにそれ?」

「なんでもないよ。いつもの意味分からない独り言」



 さて、と周囲を見渡せば『統制』という言葉からかけ離れた光景が見てとれる。

 ピンク色に染まりだしたセヌの氷河には雲霞のようなサヴィオン人が群がり、こちら岸では戦闘という上品なものではなく、ただただ殺戮のみが尽くされ――。

 その時、さらに対岸からラッパが鳴り響いた。この符丁はさっき聞いたな。確か攻勢に出てくる直前に響いたリズムだ。



「敵の第二波か」



 第一波の攻撃に王国の防衛線はすでに崩壊しつつある。その上、さらに敵の突撃を許せば戦線は完全に瓦解してしまう。もっとも止める手だてなどありはしないのだが。



「大隊集結! ロートス大隊集結!!」



 焦りを含んだその声に察するものがあったのか、ミューロンも俺に続いて大隊の集結を叫ぶ。だが辺りは剣戟と砲声によって音が制圧されているため集結も遅々として進まない。

 その時間を使ってこれからの方策を考えるが――。



「攻撃、しかないだろ……!」



 取れる方策は二つだけ。

 一つは後退。一つは攻撃。

 俺達に後退の命令など出ていない。ならばここで一人でも多くのサヴィオン人を殺すしかないだろう。



「大隊横列を組め! 各自、銃の装填を済まし、銃列を敷け!」



 とは言え、だ。

 すでに王城のあるトロヌスへの上陸を許している段階でアルツアルの未来も察するものがある。

 いくら叫ぼうがこの戦局を回天させる手立てなど存在しない。

 そう言えばイザベラ殿下がクーデターを起こすとか言っていたが、どうなっただろうか。ま、どうでもいいか。

 そう思いつつ集結しだす部下達を見ているとふと忍びないな、という感慨が浮かぶ。



「ザルシュ曹長!」

「なんだ!?」



 すると横隊を組み始めた大隊の中からずんぐりとしたドワーフが鬱陶しそうに怒鳴り声をあげた。

 中隊――大隊先任曹長である彼に「大隊を指揮権をミューロンに移譲する」と短く告げる。



「……。まさかテメェ死ぬ気か?」

「察しが良いな。まぁ、なんと言うか……。こう言うと恥ずかしいのですが、『俺と心中しろ』とはさずがに命令出来ないので」



 いくらブラック企業勤めでも『会社のために死ね』と言われた事はさすがにない。

 それにいくら自分が狂ってしまったと言っても正気の欠片くらいは残っているものだ。その正気が仲間に対する罪悪感を呼び覚ましてくれる。もっとも殺人への罪悪感は未だに感じないが。



「なので、ザルシュさんはみんなを率いて撤退を図ってください」

「バカ野郎。こちとら逃げるたって逃げ場は無いんだ。それにテメェがエフタルを出る時に『我らが故郷は奪えても、エフタル先住種の心は奪えぬ』って言ったじゃねーか。今更反故にされてたまるか! それに今、ここで逃げたら先祖に顔向けできねぇ。そうだろう!」



 その声に大隊から「応」と威勢のいい返事が響く。誰一人撤退する意志など、無い。

 莫迦ばかりだ。なんて莫迦な連中だ。

 そんなに戦が好きか? そんなに戦いたいか?

 バカバカしい。するとまた一人、エルフの青年が前に進み出て来た。

 金髪碧眼とエルフらしいエルフ。違う点と言えばその濁った緑の瞳くらいだろう。



「どうしたアンリ曹長?」

「我等オステン大隊もお供しますぜ、大尉さん。なぁに。オレぁにとっちゃ誰かを殺せればなんでもいいんでね。御付き合いしますぜ」

「遠慮願う――。と、言いたいが、良いだろう。誰かを壊すのは、嫌いじゃない! く、フハハ」

「クスクスッ!! 分かってるじゃないですか! 大尉さん!! エルフってのはそうこなくっちゃねぇ! クスクスックスッ!!」



 大嫌いだったアンリ。だが、今は旧知の仲のようにさえ思える。

 そして不安そうな色を浮かべる碧の瞳の彼女に向き直れば、「戦争が終わったら結婚しよう」と宣言したあの秋の日の事が思い起こされた。

 どうも無理っぽいな……。どうしよう。



「ごめん。ミューロン」

「ヤダ! 絶対に撤退しないからね!! ロートスが残るのならわたしも残る」



 ぽかんと口を開けると、やっと彼女の言葉の意味を理解できた。

 そうか、結婚の事とかじゃなくて、彼女が今、一番気にしているのは戦闘の事か。さすが殺伐系ヒロインさんだ。



「あぁ。共にいこう」

「――! うん!」



 あぁかみさま。

 彼女には生きていてほしいと心の底から望むと言うのに、彼女と共に死ぬ事に安堵を覚える自分が居ます!

 このロートスはなんと、なんと救いようのない男なのでありましょうか。

 そして胸中を渦巻く感情もすでに二分にできぬほどの矛盾を抱えている。

 もう喜びも悲しみも怒りも愛おしさも全てが混ざり合い、感情が爆発しそうになっている。これも脳内麻薬のなせる技なのであろうか?



「どうやら俺の周りには言葉にできぬほどのバカが集まってくれたようだ。

 良いだろう。実に良いだろう!!

 ではサヴィオンの連中に教えてやろう。エフタルが滅び、アルツアルが亡国と化そうとしていても奴らの血を欲する兵が居る事を教えてやろう!!

 我らは色濃い敗勢の中でもサヴィオンの血を欲する! 何故か!?

 それは我らは奪われたからだ! 故郷を、愛しい人を奪われたからだ。

 それは我らが血を好いているからだ! 忌々しいサヴィオンの肉袋を引きちぎり、その臓腑を晒す事に快楽を覚えているからだ!

 く、フハハ!! 『栄光よ(グロリア)! 栄光よ(グロリア)!』」



 演説の最中、集まった兵はおよそ五、六十。それを先任下士官であるザルシュさんが手際よく二列に並べていく。

 兵の顔に宿るは殺意か絶望か。泥と硝煙と返り血に染まった彼ら彼女ら。

 エフタルから付き従ってくれた者から王都で編入されたばかりの新兵まで様々な顔ぶれを見ているとこれまでの戦いが次々と蘇ってくる。

 村に戻ってきた首の無い父上。レンフルーシャーからの逃亡。ミューロンに告白した川原。

 アルヌデンにて野戦猟兵中隊(フェルトイェーガー)としての初実戦と王国第三王姫イザベラ・エタ・アルツアル殿下との出会い、そしてハカガ中尉の謀殺……。

 雪の中、故郷を奪った戦姫アイネ・デル・サヴィオンとの共闘。そして度重なる敗走。

 その敗走も今やアルツアルの喉元たる王都アルトにまで来てしまった。

 あぁこれが走馬燈とか言う奴か。前世の死の節では見る事無かったな。


「ロートス大隊各位へ! これより敵の第二波が迫ってくる。それに対し、一斉射を行う。その後は敵陣に向け突貫! なお、爾後は各自の判断で後退し、後方の友軍と合流すること。その後は各自の判断に委ねる!  以上ッ!!」



 さぁいよいよ死に場所はここだ! ここしかない!

 このまま敵を――サヴィオン人を一人でも多く殺し、殺し、殺し、殺し殺す。

 そして――。

 その時、ぎゅっと山刀を持っていない左手が捕まれた。見れば細く、繊細な指ががっしりと絡まっていた。



「最期まで、一緒だよ」

「お、おう」



 そんな言い方をされると、照れてしまう。

 早くサヴィオンは来ないか? 今更彼女に言う言葉もない。だから会話に余計な沈黙が含まれてしまう。その静けさが妙に居心地の悪さを作ってくれる。なんて余計な事を……!

 と、とりあえず号令を出してこれを誤魔化そう。



「構え――ッ」

ロートス(あにじゃ)ッ!!」



 そう、幼さを残す声が響いた。砲声と絶叫が交錯する中、確かにその声が響いたのだ。

 その方向には埃と硝煙、そして煤に汚れた小柄な人影が――。



「兄じゃ!! 兄じゃぁああああ!!」

「ハミッシュ……!」



 ハミッシュは泣いていた。小さな体を震わせて。瞳からはぼろぼろと大粒の涙を流して。

 そしてトロヌスの中心地にほど近い教会の鐘楼から清らかな音が響いた。

 俺はまた、彼女を泣かしてしまった……。


明けましておめでとうございます。

お久しぶりです。ちょっと長い休暇を満喫しておりました。詳しくはかっぽうに書きますね。

感想返信等は後日に行いますのであしからず。



それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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