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戦火のロートス~転生、そして異世界へ~  作者: べりや
第六章 アルト攻防戦 【後編】
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激戦迫る

 星降る世界の川面に幻想的な松明の明かりが反射している。

 それを肴に酒をあおれたらなんと悦な事だろう。だが蝋燭の揺れる北軍本営にはそれを打ち消す様な殺伐とした空気が流れていた。

 本営の最上座で直立不動の姿勢を取る壮年の騎士から流れるピリピリとした雰囲気が胃を掴む。その痛みに耐えるように彼に頭を垂れると相対する騎士は両手を掲げるように一通の書状を握る。



「ハルベルン殿、第一鎮定軍本営より帝国第一帝子ジギスムント・フォン・サヴィオン殿下の親書をお預かり奉りました。どうかご確認を」

「……謹んで拝見いたします」



 純白の紙に帝族を現す十字の刻印にまず一礼し、騎士の手から恭しく親書を受け取る。さらに親書に一礼して封を切ればそこには胃を傷つけるかのような言葉が何行にも渡って書き綴ってあった。



「親書の拝読、行いました」

「確認致しました。なお、第一帝子殿下は早急の返答と戦果をお待ちしております。少なくとも明日までに明確な回答無き場合、北軍中将を勤められるハルベルン殿の責任を問い、北軍司令官の解任もありえる、と」

「なるほど。すぐに返書をしたためる故、使者殿は別室にてしばしおくつろぎくだされ」



 おい、と声をかえると幕僚の一人がこちらを心配そうに一瞥してから使者を接待用の部屋に連れていった。

 途端、血の混じった咳がこみ上げて来た。今度は別の幕僚が慌てて「ハルベルン殿!」と声を荒げる。



「ゴポッ。案ずるな」

「しかし――!」

「くどい! 今は己が身よりもトロヌス攻略だ!」

「……して、親書にはなんと?」



 口の中に広がる苦味が増す。いや、それだけではなく沸々とした怒りが生まれ、噛みしめた唇から血の筋が流れた。



「攻城の状況について、だ」

「なるほど……」



 幕僚の顔に影が差すと同時に忌々しい王の居城を睨みつける。

 本来の作戦なら弓兵による攻撃で待ち伏せを企てる敵兵に打撃を与え、そこに歩兵を突入させて血路を開き、橋頭保を固めるはずだった。それが今日一日の作戦工程であり、明日からは本格的な制圧戦になっていたはずなのに――!

 それなのに攻撃発起点に押し戻されたあげく、二千の弓兵の四割を喪失するという大損害を被ってしまった。

 つまり作戦は失敗した。それも大失敗だ。ジギスムント殿下でなくてもこの体たらくを見たら激怒を覚えるだろう。



「何故だ? 何故、敵はここまでの抵抗することが出来る?」



 敵の苛烈な抵抗についてはこれまでの戦闘で十分身に染みているが、ここまで戦闘を継続できる戦力がアルツアルのどこにあると言うのだ?

 そもそも武門のなんたるかを理解していない民を兵に転じてここまで戦える理由が分からない。いや、あるとすればあの武器――じゅうか。

 ジギスムント殿下はあの武器を弓兵のような投射武器であり、じゅうの眼前に騎士を並べた突撃をしてはならないと言われていた。それもあってサヴィオン軍伝統の騎馬突撃(ランスチャージ)を捨てたと言うのもあったが、そうも言っていられない。



「……とにかくトロヌスへの突破口を開かね――。コホ、コホッ。じ、時間が、無い……!」



 なんとしても与えられた任務を遂行せねば。ジギスムント殿下から直々に与えられた任務をなんとしても――!

 本営に広げられた地図に視線を向けるが、そこに乗った駒の位置はなんとも芳しくない。

 そもそも氷上渡河にこだわり過ぎているのだろうか? 南軍の進撃を待ってトロヌスを重包囲し、兵糧を尽きさせると言うのは?

 ダメだ。そもそも我が軍の物資はすでに枯渇気味だ。いつ落ちるか分からない包囲戦をしていてはこちらの方が飢えてしまう可能性すらある。

 つまり取るべき手としては強襲しかない。



「ハルベルン殿、よろしいでしょうか?」

「なんだ?」



 幕僚の声にまた休めと言われるのかと辟易しながら振り向けばバルコニーに出ていた見張り飛び込んで来るや「報告します!」と叫んだ。幕僚は見張りの事を言いたかったのか。周囲の事に目が行っていないとは。そんな事も分からぬほど私は疲弊しているようだ。



「申せ」

「ハッ。ウエスト島に異変が――」

「――ッ!」



 軍靴で床を踏み鳴らし、見張りの体を乱暴にどかす様にバルコニーに出ると確かに右手――ウエスト島にある波止場に松明が灯り、数人の人影が動いているのが見えた。

 まさか奴ら、夜陰に紛れて船をつけるつもりか?

 ウエスト島は事前の調査でトロヌスの最終防衛線として要塞が築かれていると言う情報を得ていたが、そこに増援を外から迎え入れようとしているのか。

 確かにあの要塞は厄介だが、今までは主な戦力がトロヌスに引き抜かれているようであったので無視していが、これはそうもいかなくなるかもしれない。



「魔術大隊に緊急の召集をかけよ。準備が整い次第ウエスト島の波止場を攻撃し、敵増援の接岸を阻止しろ! なんとしても、だ! コホ、コホッ」



 事態がマズイ方向に転がり出している。なんとしても歯止めをかけなければならない。

 と、その時に警報を告げるラッパが響いた。敵襲――!?

 見張り員が声を張り上げる前に河上を見ると凍てついたセヌ大河の上で動く影が見えた。夜襲か。



「く……!」

「警告! 警告! 敵の夜襲あり!」

「分かっている。魔法使いを下がらせ、歩兵に緊急の召集をかけよ! 歩哨に当たっている兵達には現在地を死守し、敵の浸透を防げ!」

「ウエスト島への上陸部隊はどうしましょうか?」

「この際、捨て置け。まずは防衛線の確保が優先だ。敵を岸に上げさせるな」



 遠くから冷たい風に乗って歌声が響いてい来る。その歌は夜襲であるはずなのに堂々と、浪々と響いてい来る。『我らここにあり!』とでも言いたげに響く狂気じみた声に兵達の悲鳴が混じり出す。

 いよいよ不味い。

 兵達はただでさえ長引く戦と細り行く補給に士気を下げているというのにこの夜襲だ。これでは兵の士気は下がるばかり。



「……決定的な勝利が必要、か」



 ならば大決戦を挑むしかあるまい。

 見張り員に逐一現状を報告するよう命じ、本営の机に座って息を整える。まずは親書の返事からだ。それと――。

 その時、闇夜を焼くような火炎が河上に複数灯り、耳を貫くような轟音が響いた。



「ハルベルン殿! 敵の攻撃です! 敵はあの『じゅう』を使う部隊のようです!」

「迎撃の命令はすでに下してある。それよりお前は召集した兵の編制を行い、逆襲に掛かれ」

「ハッ! ハルベルン殿は?」

「私は殿下への親書をしたためる。早く行け」

「失礼します」



 慌ただしく部屋を出ていく幕僚の背を見送り、殿下が筆を取られた親書に視線を投げる。

 やはりやるしかない。殿下のご期待にお応えし、ハルベルンの名を手にするためにはこの手しかない。



「アルト北区に在留して治安維持に勤める騎士団全てを招集すれば総じて一万と二千は戦力を確保できるはず。ならば初期の攻城案通り正面からの戦が出来る」



 アルツアルは術策に頼らねば命脈を保てない。ならばその奇策や新兵器をねじ伏せるほどの戦力を正面から叩きつけてやるだけだ。

 正々堂々。威風堂々。騎士の戦をしてみせよう。


 ◇

 セヌ大河から、ロートスより。



「ロートス大隊、二列横隊を成しました!」



 闇夜の中、川岸に勢ぞろいした部下達を一瞥し、その胸を張った姿に沸々とアドレナリンが溢れて来るのを感じた。

 昼の戦闘で疲労を感じた者も多いようだが、それでも爛々と輝く獰猛な瞳達を一身に受け止めてから口を開く。



「諸君! 大隊戦友諸君! 昼はご苦労であった。昼間はサヴィオンに先手を取られたが、今宵は我らの番だ。

 だが逸るなよ? サヴィオンとの戦はまだ続く。だから逸るなよ。今宵の任務はサヴィオン人に挨拶を行う事にある。親しみを込めろよ? 親しみを込めて弾丸を装填し、友愛を持って引鉄に指をかけろ。総員、担えぇ銃!」



 するとミューロンが間髪入れずに「担えぇ銃ッ!」と命令を復唱する。実に楽しそうに。今にも舞い上がらんばかりに。待ちきれんばかりに彼女は命令を口にする。



「ロートス大隊、前へぇ進め!」



 一斉に軍靴が氷を打ち付ける。王都に来るまでに訓練された勇士達の乱れぬ行進が夜の王都を闊歩していく。

 それは閲兵式の様子を思わせた。と、言っても正式な閲兵式の経験はアルヌデンでしかなかったが。



「『今こそ別れを言おう、我らは戦野に行くと。

 雄々しく武器を取らん、我らは敵を討つために。

 栄光よ(グローリア)! 栄光よ(グローリア)! 栄光よ(グローリア)! 神々よ、我らに勝利の栄光(グローリア)を授け給え!』」



 そして闇夜を裂くように大声で戦歌を口ずさめば兵員達も銃を肩に担いだまま口々にそれを歌っていく。

 それは夜戦と言う奇襲性の高い作戦を放棄したに等しい暴挙だ。そもそも夜戦とは闇夜に紛れて存在を押し隠す事で最大の効果を発揮する奇襲作戦の一つだ。だがそのアドバンテージを捨てるように歌うのだから敵は一層混乱しているだろう。

 そんなサヴィオン人の間抜けな顔が見えないとはなんとも口惜しい。



「全隊ぃ止まれ!」



 号令と共に歌声も止むといよいよ慌ただしい対岸の音だけが耳に入って来た。いや、よく耳を澄ますと周囲の兵達の荒い息遣いが響いていた。

 いつ敵が反撃に出て来るか分からない恐怖。闇夜故の視界不良による恐怖。

 様々な恐怖が腸を締め付けるように迫って来るのを感じる。くそ、今回もか。そろそろいい加減慣れても良いだろうに。それなのに未だ己の身を恐怖が苛んでいく。


 怖い。怖い怖い! あぁかみさま! こんな所から逃げ出してしまいたい!!


 だがそうも行かない。ここで派手に暴れなければ作戦が失敗してしまう。

 この世界に「責任問題だ!」と叫ぶ会社の先輩は居ないが、それでも作戦失敗の責を気持ちよく受けようとは思えない。

 つまり俺に残された手立てはこれまたいつも通りに笑うだけだ。前世と同じく営業スマイルを浮かべて難題を処理しなければならない。



「く、フハハ」



 頬に馴染んだ笑みがこぼれると同時に「構え!」の命令を下す。

 すると二列横隊を組んでいた部下のうち、前列が膝を着きながら銃を構え、後列は立射姿勢を取る。

 こうする事で前列の者が後列の者の射線を防ぐことなく火力を発揮できるのだ。

 もっとも戦力は一個銃兵中隊程度――百人ほどの集団の火力はなんとも貧弱だろうが。



「狙え!」



 さてさて。

 対岸には俺達の奇襲を警戒してか松明が焚かれている。そのおかげでネズミのように動き回る長槍(パイク)兵――クソ共の姿が良く見えた。対してこちらに灯火と呼べるものなど無く、敵にしてみればなんとも狙いにくい事だろう。

 もっともこちらも同じ歩兵だが、こちらは飛び道具を扱える歩兵集団だ。あいつ等の使う長槍(パイク)よりもロングリーチの武器をもってワンサイドゲームを行ってやろう。



「撃て!」



 銃火が煌き、夜に慣れた瞳を焼く。

 それと同時に闇よりも濃い白煙が世界を包み込み、高らかな悲鳴が戦果を教えてくれた。



「装填急げ!」



 本当ならここで突撃と叫びたい所だが、今日の目的は敵に打撃を与える事では無く、派手に暴れる事だから我慢せねばならない。

 そう、我慢しなくては――。



「ねぇロートス。突撃は? わたし、突撃したい!」

「だーめ」

「えー! ちょっとだけだから」

「だーめ」

「そんなー! 本当にちょっとだけだよ。一人やったらすぐに帰って来るから――」

「だーめ」



 ちょっと楽しい。

 むぅと唸る幼馴染の姿を脳内に描きながら普段、俺を諫めようとする彼女にダメ出しすると言うのはなんとも楽しい。

 そう、言うなれば意中の子の困っている顔を見たい心理に近いと思う。いや、ミューロンは意中の子だけど。

 すさんだ心に清涼な風が吹きこむのを感じてほっこりとしていると「装填完了」の声が次々に上がって来た。

 やれやれ。もう少しほっこりしていたかったな。でもサヴィオン人をさっぱり消してやるのも好きだからな。



「構え! 狙え! 撃て!!」



 そして硝煙が夜空にたなびいていく。あぁこの臭い! この悲鳴! この高揚感!!素晴らしいじゃないか!!



「ねぇロートス! 突撃しよ! やっぱり突撃しようよ!」



 あぁなんと蠱惑的な声か! あぁ木と風の神様! それとついでに星々の神様もこんな幼馴染をお与え下さり、ありがとうございます。



「……いや、ダメだ。撤退だな」



 とは言え作戦は作戦だ。

 作戦遂行のために今日だけは我慢するとしよう。



「ラッパ手! 後退の合図を出せ!」

「了解しました!!」



 そして乱暴な銃声とは違い、空に昇る様に響く音階がセヌ大河を吹き流れる。

 宴もたけなわではありますが、ここでお開きとさせて頂きましょう。



「後退せよ! 大隊は陣地まで後退!!」



 先ほどまでの緊張感が抜けていくようにバタバタと兵達が駆け足気味に氷河を駆けて行く。

 まぁ昼間の白兵戦や正面切っての戦と違い、一方的に銃弾を叩き込んだだけの戦いのせいか、皆の気が抜けているような感じがする。気持ちは分かるけど。



「おい、陣地に帰るまでが戦争だぞ! 気を引き締めろ!」



 とは言え敵の追撃も無く、反撃さえほとんどない状態なのだから思わずミューロンに軽口をたたきたくなるが、せっかく爵位をもらった事だし、威厳のある大隊長をやりたいから押し黙っていよう。

 そして三々五々と塹壕陣地に戻ると早速、大隊の先任曹長であるザルシュさんが点呼の声を上げた。その報告を待っていると俺達を送り出した連隊長殿が薄い笑みを浮かべて塹壕に入って来た。



「やぁロートス大尉。調子はどうかな?」

「はい、エンフィールド様。作戦通り敵に痛撃を喰らわせてただいま帰還しました」

陽動攻撃(・・・・)ご苦労である」



 今回の夜戦は主に二つの作戦目標があった。


 一つ、敵に奇襲攻撃を行って士気を砕くため、敵兵が休んでいるであろう夜間に攻撃をしかける。

 一つ、レオルアンからの増援を受ける為、敵の目をセヌ大河に釘付けにしなければならない。


 特に後者の方が主目標であり、これは今後の防衛策において必要不可欠な作戦だった。

 もっとも河川を用いた上陸作戦が行われた理由はずばりアルトが敵の重囲下にあるせいだ。



「レオルアン卿も中々、剛毅な事をしてくれた。敵の鼻先を川船で通過し、ウエスト島に兵力を集めるとはな」

「上手く行ったようで何よりですが、どれほどの戦力なんです?」

「こちらにたどり着いたレオルアン卿子飼いの鳥人族傭兵によれば三百程と聞いている」

「少なッ!?」



 思わずため口が漏れたが、さすがに三百って……。いや、贅沢言えない状況なのは理解しているが……。



「だが全員が砲兵だそうだ」

「砲兵? いつの間にそんな戦力が」

「君がレオルアンで銃と大砲の制作を依頼していたのを忘れたのかい? 我々が後退した後も水都レオルアンの職人達はそれらを作っていたのだ。もっとも錬度は察するべきだろうが」



 なるほど。だが三百人――およそ大隊規模の砲兵が援軍として来てくれたのは頼もしい。それにこちらには新兵器としての魔法もある。

 明日もどうなるか分からないが、少なくとも今日よりも地獄を明日のサヴィオン人に味合わせられるのならば、文句はない。


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