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戦火のロートス~転生、そして異世界へ~  作者: べりや
第一章 エフタル戦争
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炎上

 城が燃えていた。

 森の切れ目からスターリングの城を見る前から胸騒ぎはしていた。風に混じる生き物の焼ける臭いが不快感をさらに募らせる。

 轟々と城が燃えていた。

 城門は打ち破られ、帝国の軍旗が支城に翻っている。明らかにスターリングの城は帝国の手に落ちていると見て良い。



「何が、どうなって……」



 スターリングの城を後にしたのはつい四日前の事だ。

 その時、スターリング男爵は堅城だと己の城を誇っていた。

 その城が、燃えている。



「ロートス、どうするの?」



 振り返れば不安を隠せないミューロンやラス達ーー部下が俺を見ていた。

 口の中が乾く。緊張と不安、重圧。

 まったく嫌になる。

 プロジェクトの代理リーダーになった俺に向けるその視線に眩暈を覚えていたあの日を思い出してまったく嫌になる。



「情報を集めよう。街道に向かう」



 まずは現状を知らねばならない。

 とりあえず俺達の居なかった四日間に帝国はスターリング城塞を攻略したと考えて良い。

 では、そこに居た騎士は? 同じ義勇軍の連中は?

 そちらの方はまったくどうなっているのか分からない。

 まずはその確認をしなければ。



「でも街道に行ったら帝国の連中と会っちゃうんじゃ……」

「その可能性はあるけど、スターリングに詰めていた戦力が逃げるなら整備された街道じゃないと移動できないはずさ。もし、帝国の連中と出会ったら森に隠れよう」



 森の際にそって俺たちは街道を目指し、スターリングの騎士団を探す。

 その間にも斥候と思われる少数の帝国兵が街道を行き来しているのを見た。



「ねぇ、倒さないの?」



 そのたびにミューロンが俺の腕を痛いほど掴むのだが、毎回それをなだめる。



「森に逃げれば問題ないだろうけど、増援を呼ばれたらスターリング騎士団との合流が難しくなるだろ」



 それに無駄にドンパチ出きるほどの弾薬があるかと問われれば疑問だし、敵に追われながら見方を探すと言うのも考え物だ。

 そのため魅力的な提案を断り続ける。



「でも、どうしてこんなに早くスターリングは落ちたんだろう」



 確かに。

 一日やそこらで城が落ちるものなのだろうか?

 それほど帝国は戦力を集めたのだろうか? だが、確かスターリングでの軍議だと帝国は攻城兵器を持ってきていなかったと言っていた。ではどうやって攻城を?


 疑問は尽きないが、それでも俺たちは味方を求めて森を駆けていく。とにかく合流が先決だ。公都から預かった撤退の書状の内容がこの状況でどれほど役立つか知らないが、それを報せなければならない。

 それに目的を掲げて行動した方がまだ意欲が湧く。ただ森を彷徨うだけでは早々にギブアップを口にする者も出るだろう。それを防ぐために俺達は自分達に課せられた任務に邁進する。と、言っても食糧が心もとない。往路で余った食糧と復路のために補充した食糧があるとは言え、今後の補給の見通しがまったくたっていないのだ。そればかりが心配の種である。


 心配と言えば飯もそうだが、飲み水も、だ。まぁいざとなれば魔力を水に変える事も出来なくはないが……。

 そんな行為、雌牛が輪になって互いの乳を飲みあっているような物のような気がする。ミルクを飲んでいるはずなのに痩せていく雌牛のような……。


 まぁいらん事を考えても仕方ない。

 その日は合流は出来ず、夜は森の中に分け入って野営をした。

 翌日。遠くから響く喧噪によって目が覚めた。



「なんだ?」



 見渡せば他のエルフ達も身を起こして周囲を警戒している。まだ距離はありそうだ。

 聞くまでも無く、俺達は行動を開始した。

 音源に向かうにつれて人馬の悲鳴や鉄と鉄のぶつかり合う音がクリアに聞こえてくる。


 戦闘だ。


 ふと、自分の手を見ると震えていた。それを自覚すると共に冷や汗が脇から流れ落ちる。

 肩に担いでいた銃を構え、震えている事を他のみんなに悟られないようにしながら一歩一歩ごと進む。

 そして見た。やはり戦闘だ。

 だが規模は小さい。五騎ほどの帝国騎兵と十数人の獣人ががっぷりかち合っている。

 だが形成は獣人側が悪いようだ。騎兵は立ち止まる事無く獣人に突撃をしかけると一打だけ交えてすぐに距離を離し、再度隊列を組んで突撃してきていた。まるで肉食獣が獲物を追いこんでいる光景のそれだ。



「援護するぞ!」



 と、言っても遠距離職は今までと変わらず三人のみ。公都でも武器の調達は不可能だったのだ。

 だが今回は距離が近い。おそらく五十メートルも離れていない。これなら短弓でもいけるかもしれないが……。



「ラス。お前、この距離から相手を正確に射抜けるか?」

「任せろ」



 すぐさに彼は矢を番えると躊躇いなくそれを放った。その一矢は見事な弧を描いて馬に突き刺さり、悲鳴が漏れた。



「ミューロン、やるぞ」

「うん!」



 暴発を恐れて戦闘直前まで装填していない俺達はそそくさと装填を行うのだが、その間にラスは二射も三射も立て続けに矢を放って行く。

 短弓はその射程を犠牲にしつつも速射性に優れる。彼は二秒に一本ものペースで矢を放っている。だが、一本目が奇跡だったのか、その後は鉄の鎧に矢が跳ね返されて中々致命傷を与えられないでいた。



「くそ、固い!」

「任せて!」



 装填を終えたミューロンが撃鉄を押し上げ、銃先を騎士に向ける。腹に響く銃声。その一撃は騎士のプレイトメイルの側面に侵入し、そのまま柔らかな腹部を抉り取った。



「ぐあああッ!!」

「気を付けろ! 森に居るのは弓兵だけじゃないぞ! まほ――」



 言葉を紡ぎきる前にその騎士は殴られたように落馬した。だが地に落ちる前に俺の一撃が彼の命を奪っただろう。

 最後に残った騎士は何が起こっているのか分からないという表情を浮かべながら獣人が彼を馬から引きずり落とされた。

 肉を打つ音と悲鳴の二重奏が奇妙な効果音を提供する中、森から出ると獣人の一人が礼を言ってくれた。



「何をやったのか、わからないが、とにかく礼を言わせてくれ。おかげで命拾いした」

「いえ、俺達は伝令隊です。臨時少尉のロートスと言います」

「第十八義勇歩兵隊に所属してるワーウルフ族のリンクスと言う」



 彼は疲れたように大きな息を吐くと手にしていた長槍(パイク)を杖に肩を落とした。再び数えてみると先ほどより三人ほど人数が欠けていた。その代わり、街道に倒れる者の数が増えている。

 それにしてもこの部隊は狼の耳を生やした者やウサギのような耳の者など雑多な印象を受ける。普段なら少しでも連携を生むために同族や同村で部隊が組まれるはずだ。

 それなのにこの部隊は同じ獣人で組まれているものの、他種族を混ぜているのだろう?



「俺達、五日前にスターリング男爵から公都に伝令として送られて帰ってきた所なんですが、スターリング城は一体どうなってしまったんです? 帝国の軍旗が翻っていましたし」

「そうか、なんも知らないのか」



 リンクスは他の仲間を一瞥し、それから街道に向けて視線を飛ばす。彼の鼻がヒクヒクと動く。

 もしかして周囲の敵を探っているのだろうか?



「とにかく前に進もう。みんなも行こう。運が良ければ本隊に合流できるかもしれない」

「待ってください。ちょっと戦利品を漁ってから」



 すでに事切れた騎士達には不要な物が転がっている。

 それをありがたく使わせてもらおう。このまま朽ちさせるには惜しい装備だ。



「これ、クロスボウか。ラッキー」



 探した所、革製のホルスターに収まったクロスボウが馬具に吊られていた。飾りなのか、それとも斥候として様々な状況に備えてのものなのか分からないが、ありがたい。

 クロスボウにしろ銃にしろその取扱いは長弓(ロングボウ)のそれより遥かに簡単だ。故に経験の浅いエルフでも十分扱いこなせるだろう。



「二丁しか無いか。とりあえず誰かこれを」



 矢筒にはたんまりと中身が入っていたのも行幸だろう。

 矢の方は短弓でも使用しているのとサイズが似ていたのでラスにもそれを分配する。

 彼は先の速射のせいで矢筒は空になりつつあった。



「用がすんだらさっさと行こう」

「分かりました」



 帝国から逃げる様に、まるで敗走するように彼らはビクビクと震えながら歩き出した。

 しばらくしてリンクスさんは「負けたんだ」と言った。

 一瞬、何を言ってるのか分からなかったが、どうやら状況について聞いた問いに答えてくれるようだ。



「サヴィオンの奴らが現れたのは三日前だ。橋も落としてたし、故郷も焼いて来たってのに奴ら風のように進軍してきたんだ。

 でも敵の手勢は多くて三、四千くらいだった。籠城してれば二倍程度の戦力なら問題ないはずだったし、サヴィオンは攻城兵器らしいものを一切持ってこなかった。主力は騎兵の軽快そうな部隊ってのが第一印象だった」



 だが、奴ら自身が攻城兵器だった――。



「あいつら、見た事も無い術式を使っていやがった。それに全員が精密な魔法陣を携帯していて誰も彼も魔法が強かった。

 本職の魔法使いでも歯が立たないほどにな。そのせいで城門は一撃で大破。スターリングの城は二日と持たなかった」



 予感はしていたが、やはり敗走中だったか。

 さっきの帝国騎士はきっと敗走中のスターリング騎士団を追撃するために放たれた斥候だろう。



「こっちは捨て駒さ。本隊が離脱するのを援護するためにわざと遅れて撤退してる」

「本隊はどこに?」

「さぁな。この部隊より一日早く進んでるとだけしか分からん。とにかく公都に向けて撤退の途上にあるとしか答えられない」

「それじゃ、スターリング男爵はいずこに? 公爵様より男爵様に書状を預かっているんです」

「男爵様なら落城と共に討ち死にしたって聞いたぜ」



 討ち、死に……?

 あのスターリング様が?

 あの正直な男爵様が、死んだ?



「そんな、バカな……!」

「真偽はわからないが、騎士団にしろ義勇軍にしろどこもこの様だ。男爵様が生きておられるならもっとマシな退却が出来るはずだろ?

 それに本隊たって共に逃げた連中の中からもっとも官位の高い騎士様に臨時に指揮を取ってもらってるだけだし、その中身も騎士団や義勇軍に町民なんかの区別無い集団でしかない。

 他にもそういう集団がいるようだが、サヴィオンの連中が残党狩りにあってるようで逃げるので手いっぱいでどうなったかまったく分からん」



 まさに敗残の体。

 薄々感じてはいたが、言葉にされた事で途方に暮れた様な思いが強まった。

 だがそれを顔に出してはいけない。俺が落胆していては他のみんなが――ミューロン達が落胆できなくなるか、もしくは俺以上に落胆してしまうだろう。



「……おい、何笑ってるんだよ」



 リンクスに言われて初めて気づいた。俺は無意識に営業スマイルを浮かべているようだ。だが、それでも心の奥底から湧き出す不安に頬が引きつる感覚を覚える。



「ひでぇ笑みだ。なんで笑えるんだ?」

「別に面白い事があった訳じゃありません。ただ、困った時は笑顔で対応するよう心掛けているだけです。

 それで、今は非常に困っています。戦争の渦中に居る事に困ってるんですよ」



 獣人の中から「戦闘狂か、あのエルフ」「エルフがあれなら獣人の意地を見せてやろう」と勝手に士気を回復する声が微かに聞こえて来た。

 エルフの方をみればまずミューロンが一歩引いた。引くほどの微笑みをしてるって事か。

 それでも士気の崩壊は起こしていないようだ。ならばまだ戦えるだろう。うん。



「それじゃ先を急ぎましょう。追われるのは嫌ですが」

「そ、そうだな。急ごう」



 ただ黙々と早足で進む。だが誰もが背後からの追跡者におびえている。

 幸い、風は押し風。ウサギ耳の獣人が立ち止まるや、彼女は耳をピンと高く掲げた。



「どうした?」

「足音がする……。蹄の音……!!」



 これがスターリング騎士団の物であると楽観的に考えたくなる。だが、十中八九それは無いだろう。

 まずスターリング騎士団は俺が伝令に出る時にはドワーフに付き添って公都に向かっていた。それに増援に来るメリットなんて存在しない。

 つまりこれは敵の蹄の音に間違い無いだろう。



「数はわかります?」

「ごめんなさい……。二、三騎では無いわ。もっと多く。十か、二十か……」



 人数的には拮抗出きるが……。

 だが相手は騎士だ。正面から挑んで勝ち目は無いだろう。

 もちろん選択肢にはやり過ごすと言う手も存在している。



「もう逃げよう!」

「バカぬかせ。足止めしなきゃ本隊の連中、皆殺しになるぞ」

「でも死ぬこと無いじゃない! もう無理よ」



 俺達が逃げれば本隊が襲われる。それを避けるため獣人の部隊が捨て駒同然の遅滞部隊に選ばれたが、その部隊も士気が崩壊して戦闘になったとしても任務を果たせないだろう。

 このままじゃエルフの方にも恐怖が伝染して戦闘なんて不可能に陥ってしまう。



「ねぇ、やろう」



 腕を強く掴まれた。振り返るまでも無い。その細く柔らかな指の感触を十分に堪能してから「わかった」と言った。



「おい、本気か?」

「いつまでも追跡を受けてたんじゃ本隊への合流も出来なくなります。一度、ここで敵を叩くべきです。

 少なくとも二度も斥候が返らなければ敵も警戒してそう易々と追ってこれなくなると思います」



 そう、やるしかない。

 やらなければ敵はいつまでも追撃してくる。それを防ぐためにも、やるしかない。

 だが、戦局は控えめに見ても絶望的。

 慣れない近接武器で武装するエルフに壊走中の獣人。さて、これでどうやって敵を皆殺しにしてやろうか。


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