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戦火のロートス~転生、そして異世界へ~  作者: べりや
第六章 アルト攻防戦 【後編】
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王姫の憂鬱

 一昔前のトロヌス島は華美な装飾の施された選民の街と言えたが、今やその面影は欠片も無い。

 街は降り注ぐ氷塊によって崩壊し、道路も各所寸断されていたりとどうしても終末を連想させるありさまだ。

 もっともそこで生まれた瓦礫を川岸に積み重ねる事で野戦陣地の強化に繋げられたと言うのもまた皮肉な話ではあるが。

 そのおかげでいよいよ水際作戦の様相が濃くなったと言える。

 そもそも王侯貴族が暮らす贅の凝らされたトロヌスと言えどその大きさはさほどでもない。それらを占領するのに普通なら二日とかからないだろう。

 故に敵を島内奥地に誘引して撃破する内陸持久など出来る物理的距離もない。必然、水際で敵を撃砕する作戦が練られ、それを元に防衛計画が策定された。

 その結果、島を覆うように塹壕が掘られ、瓦礫を使ったバリケードが建設され、トロヌスは今や要塞島と化している。


 その要塞島の北部には王都アルト北区上流平民街とトロヌスを繋ぐ唯一の橋であるウード王橋があり、重要な渡河点となっていた。

 俺が所属するエフタル義勇旅団第二連隊エンフィールド大隊はそのウード王橋守備をアルツアル王国第三王姫イザベラ・エタ・アルツアル殿下から命令され、展開する事に成る。



「さて、もうすぐ捕虜交換の時間か」



 橋から西に五十メートルほどの距離に築城された塹壕の中でそうひとりごちると「もうすぐだね」と溌剌とした声が返って来た。



「ミューロンは楽しそうだな」

「だってこの一週間、目の前にサヴィオン人が居るのに殺せなかったんだよ」



 隣を見ると同じく塹壕の壁に寄りかかっていた彼女が頬をぷくぅと膨らませて抗議の声をあげていた。

 残念なのはその膨らんだ頬は白磁のようなものから赤く日焼けしてしまっている点だろう。言葉を良くすれば健康的な肌なのだろうが、エルフ族として見るとどうも焼けすぎているように思えてしまう。

 きっとミューロンの肌に触れればヒリヒリとした痛みを彼女に与えてしまう事だろう。そして口を尖らせて「もう! ロートスったら!」と囁いてくれるはずだ。

 だが、それを行える勇気がない。彼女が感じる痛みはまさに些細なものだろうが、その些細な痛みが今までの関係を崩壊させるのではと言う恐怖心が心の中に蠢いていた。

 今までだって彼女に悪戯をしてきたが、ここまで明確な恐怖心を持つのははっきり言って初めてだ。

 ミューロンに対して臆病になっている? なんで? 『薫』作戦で彼女を置いて出撃し、その事に激怒したミューロンにぶたれたから?

 いや、そうに違いない。彼女の悲痛な『一人に、しないでよ』とい言葉が生々しく再生されかけた時、同じ鈴の音のような声が囁きかけた。


 とは言え、あの日から今日まであの泣きじゃくる少女の姿は無く、いつも通りの彼女が傍に居るだけだったがために要らぬ心配をしているのではとも思っている。

 だがそれを確かめるために藪を突っついてドラゴンを出す訳にはいかない。つまり手詰まり状態なのだ。



「ロートス? どうしちゃったの?」



 声だけではない。心配そうな碧の瞳が表情を探る様に覗きこんできた。

 うわ、天使が現れたぞ。



「いや、なんでもない。それよりこれが正念場だ。いつも以上に楽しもう」

「うん! いっぱい殺そう(たのしもう)



 あぁ、くそ。ミューロンは殺戮かわいいな。

 だがあの日のミューロンも、今、ヒマワリのように咲く笑顔の彼女も同じ存在だとは思えなかった。やはり俺が気を使いすぎているのだけかもしれない?



「あ……」

「どうしたの?」

「ちょっと用事が出来たから行ってくる。その間、中隊の揮権を副官に移譲する」

「え? どこ行くの?」

「まず復唱しような」



 すると先ほどまでの笑顔が萎み、逆に新たな不満を飲み込むようにジトっとした碧がこちらを見返して来た。

 だが決まりは決まりだ。いくら天使のような存在でも軍規を捻じ曲げるような事はできない。



「中隊の指揮権いただきます。それで理由は?」

「ちょっと陣地を離れる。すぐに戻るから」

「ならわたしも――」

「なんのために指揮権を移譲したのかな? ミューロンさん」



 むぅと唸り声があがると、彼女はすぐに人が一人すれ違うのがやっとの塹壕内を見渡し――。



「リンクスに指揮権を移譲するのはダメだからな」

「うッ! そ、それじゃせめてどこに行くのかくらい聞かせてよ」



 せっかく人が黙っていたのに。ミューロンは結構、下の話が苦手と言うか嫌いだから誤魔化していたが、まぁ仕方ない。



「トイレだよ、トイレ。戦闘が始まったらいつ行けるか――。おい、聞いたのはお前だろ! 顔をそらすな!」



 まったく。だがこれで心置きなく用をすませられる。

 そもそも塹壕内にも簡易のトイレは設置してあるが、簡易すぎてあんまり使用はしたくない。それに陣地内の衛生環境を整えるのも攻城戦の一環だ。だから余裕のあるうちは接収した近くの貴族館とか商館のトイレを使いたい。

 それに塹壕内の奴は布の仕切りがついた空間の中に壺が置いてあるだけだからこの時期、臭いがやばくて近づきたくないという本音もある。


 どんなにブラックでもトイレだけは我慢できない。てか、前世の会社のトイレはまぁ、普通だったし、今までのブラック待遇と言う名の遅滞作戦や特殊作戦に従事してもそれくらいの我がままは言いたい。うん? 本当はもっと我がままを言うべきじゃないんだろうか? いや、それが言えてれば社畜にはならなかったか。



「さて、捕虜交換は正午だから早く用をたさないとな」



 トイレ、トイレ。と、サヴィオン軍がもたらした破壊の爪が深々と突き刺さったとある館に入るとそこには鎧を着こんだ騎士達――装備からして近衛騎士――らがうろついたが、こちらの階級と耳を見るやすかさず敬礼をしてくれた。

 どうも『薫』作戦のおかげで有名人の地位を確たるものにしてしまったらしい。



「大尉殿に敬礼!」



 そうミスリルの鎧を着こんだあからさまに貴族のお坊ちゃまやお嬢様然とした者達が敬礼をしてくると言うのは中々心地いい。もしかしてここって近衛騎士の陣地なんだろうか?

 防諜のためかどこにどの部隊が配置されてるとか詳しく聞けていないからよく分からないが、とにかくトイレだ。

 だが指揮官が慌てて走るというのはそれほどの急事が迫っていると兵達を不安がらせてしまう可能性があるから絶対にゆったりとした歩みでなければ――。なければ!

 くそ、なんでこんなに広いんだ? ここは貴族の館だったのか? 調度も良いし。くそ、くそ。トイレはどこだ。くそ。

 半壊し、青空の見える廊下を進むが目当ての部屋に中々たどり着けない。もっとも屋内の瓦礫はすでに撤去されているので歩きやすいのがせめてもの幸いなんだけど……。

 そして自制心が生きているうちになんとかトイレを見つける事ができた。床は割れてはいるが、濃紺の床に金粉がまぶされた豪奢なタイル張りだし、腰かけ式のそれにはタイルの上に上質なオーク材のようなものがしかれているという無駄に豪奢仕様のそれだったが……。

 てか、このタイルって夜空を模倣してんの? 確かにアルツアルの国境は星神教だけど、トイレの床を夜空にするってそれはアンチテーゼとかそういうのなの? 田舎エルフにはさっぱりそうした趣味が分からない。

 どうも用を足しにくいが、まぁ小さいほうだからすぐにすませて陣地に戻ろう。

 そう思って軍袴のボタンを外そうとしたときだった。



「殿下、やはり私には無理です」

「そう言うでない。それに貴方様はアルツアル王その人なのですからそのような事は口に出さないでいただきたい」



 前者の声はしわがれた男性のそれだが、聞き覚えがある。てか後者の凍てつくような声は相手が想像ついたが……。



「やはり無理です。殿下が代わりに捕虜交換を指揮してください。私にはそのような重圧はもうこりごりです」

「王国危急の時にそのような! そもそも影武者でも王の如くなければ無意味。どうか我が父としての振る舞いを――」



 影武者と言う言葉に思わず出掛かっていたものが止まってしまった。

 え? この冷たい声ってどう聞いてもイザベラ・エタ・アルツアル殿下のお声だよな? で、その父上? アルツアル王?

 いや、待て。『薫』作戦のあと、王城にてアルツアル王とはからずに謁見したが、あの人、影武者だったの?



「おい、そこに居るのは誰だ!?」



 背後から響いた硬質な声に振り向けば顔を険しくした近衛騎士――それも少佐の腕章をしている――がずかずかと近づいてきた。



「貴様、銃兵隊の者か。何用だ?」

「用を足しに――」

「今し方、何を聞いた?」

「いえ、ナニも」



 いや、それよりナニから用を足したいのですが……。

 だが少佐はうさんくさげにこちらをジロジロと観察するばかり。嫌な予感を覚えた瞬間、「来い」と一言告げられる。あ、あの、ちょっと待っていただけません?

 だが願いむなしく俺は少佐殿に腕を捕まれて気づくとトイレの裏側――先ほど殿下の声がした場所につれてこさせられた。

 そこには豊かな白髪をしたアルツアル王と、その娘のはずである青い髪に鋼色の瞳をした姫がものすごい形相で俺を睨んできていた。



「何も耳にしておりませぬ!」



 本当は不敬だろうが、反射的に敬礼しながらそう申告をする。だがそれを信じてくれるほど世界は優しくはない。



「少佐、席を外せ。ロートス大尉と話し合いたい」

「御意に」



 そして騎士が去るやイザベラ殿下は重いため息をついた。それと同時にこの人に嘘を言っても仕方ないという諦観のようなものが芽生えだす。

 くそ、運が悪すぎるだろ。



「正直に申せ。罰しはしない」

「……陛下が影武者だと、聞きました」

「その通りだ」



 すると今度は影武者のほうが焦りを見出す。そりゃ、一介の大尉にそれを告げると言うのも正気の沙汰ではない。



「心配するな。この者は信用がおける」

「しかし! これは国の一大事です」

「ロートス大尉ならこの意味を理解してくれるものだと思っているのだが」



 どうか? と言うように冷たい鋼色の視線がつきささる。

 言わんとする事も分かるが、それと同時に「本当の陛下は?」と尋ねてしまった。



「父上は、今だお心が優れない」



 短い言葉だが、その危機だけは伝わった。

 そもそも亡国の瀬戸際にいるのに王が乱心していてはいよいよ敗戦の機運が高まってしまう。そして敗戦とは先住種――人間共が亜人と侮蔑する者達の苦難の時の幕開けを意味する。おそらく俺達は二度とまともな生活は出来ないだろう。

 それを阻止するためにイザベラ殿下は王都を戦場にしてでも勝利をつかもうとしている。その一策として王が復調し、戦争指導に当たられると言うシナリオでも進んでいるのだろう。



「それで影武者を……」

「そうだ。予が即位するまでの繋ぎとして協力してもらっている」



 繋ぎね。確かアルツアルの王位継承権第一位の王子がアルヌデン平野会戦において戦死し、繰り上げが行われたんだっけ?

 でもイザベラ殿下は王位継承権第三位――つまりもう一人兄だか姉だかが居るはず。



「予がすぐ即位して戦争指導に当たりたいものだが、そうもいかん。ガリアンルートに留学している義兄上がな……」



 狂える指導者に、その後釜は政争の真っただ中。最悪すぎるな。

 こうなってはアルツアルも御先は短そうだ。



「ロートス大尉。この機会に打ち明けておきたいのだが、予を支持する貴族にはすでに大命を果たすよう命じてある」

「大命、ですか?」

「うむ。そのための国民義勇銃兵でもある」



 なんか、雲行きが悪くなってきたような……。



「義兄上派の貴族を討ち、迅速に王権の譲り渡しを行う」

「つ、つまり謀反を起こすとッ!?」

「その通りだ。もっとも、その間も無くサヴィオンがトロヌスの地を踏みそうだが」



 いや、そりゃね。てか今日、休戦が終わるんだからクーデータを起こす暇もないだろうに。

 だがトロヌスに詰める兵力は六千。そのうち二千とちょっとほどがエフタル義勇旅団であり、残りの大半がアルツアルの民を徴兵して作られた国民義勇銃兵隊だ。南部の防衛のためにも国民義勇銃兵隊は引き抜かれているが、トロヌスに居るだけで二個連隊分の戦力がある。それらを用いたクーデータなら成功の見込みも十分あるだろう。



「畏れながら殿下。俺の部隊もその……。『決起』に合流せよと?」

「言葉を弄さずとも好い。最後に言葉と言う歴史を作るのは後世の者達だからな」



 微動だにしていなかった冷徹な仮面に苦笑のようなものが滲んでいる。

 まぁ勝てば官軍負ければ賊軍と言う理屈は分かるが……。てか、今はそれどころじゃないだろうに。

 呆れ半分。これから来るであろう無理難題を覚悟する心半分。

 複雑な思いが胸中を渦巻いているとイザベラ殿下は脱力するように両手を上げた。



「なんにせよロートス大尉の部隊は非常に強力な戦力を持っているが故に協力をして欲しいと思っていたが、トロヌスに目ぼしい貴族が居なくなってしまった現状、ロートス大尉の部隊を使うまでも無いと思っている」



 貴族が居ない?

 それってアルヌデン平野会戦や昨今の戦闘で戦死したと言う事か? いや、他国に亡命してしまったと言う事かもしれない。

 てか、そう考えると碌なことが無いな。



「貴族も王様も居ない、と?」

「その通りだ。今頃ガリアンルートで爵位でも買っているのであろう」



 チラリと影武者の方に顔を向けると、彼は疲れ切った口調で「貴族院も元老院も形骸化しておる」と呟いた。

 まじかよ。後者の予想が当たってるじゃねーか。

 御上は半身不随。もういよいよ最低(さいこう)な戦争になってきたな。



「ちなみに政敵の方は?」

「先にも言った通りだ。王都の有力貴族はもう居らぬ。そもそも派閥も崩壊するほど貴族が少ない。

 国民義勇銃兵隊の士官さえ足りないのだ。部隊の半数は先任曹長――平民が指揮を執るほどの人員不足に喘いでいるのに政敵も何もない。もっともそのおかげで予の思い通りに国の進路を取れているが。

 もっともさすがに義兄上を出し抜いて即位とあっては納得しない貴族も居よう。しかし、少数だろうな。絶対数も少ない」



 そこまで深刻なのか。



「そう呆れるな。先の『夏の目覚め』作戦を止められておれば状況はここまで悪くは無かったのだ。それが出来ぬのが、王姫の地位だ。故に王に成らねばならん」



 サヴィオン軍が行う王都の攻囲を撃ち破るための『夏の目覚め』作戦は多大な兵力を投入したにもかかわらず、我が方の戦力を悪戯に消耗してしまったという最悪の結末をもたらした。

 で、その穴は単純な兵力でだけでは無かったと言う事か……。



「それで殿下は謀反を? そうまでして殿下は徹底抗戦をなさるのですか?」

「むろんだ」



 力強い瞳がこちらを見返してくるだけで言葉は無い。それこそ殿下とお会いした当初のような堅い唇があるだけだ。

 きっと、あの敗走の中で漏らされた言葉は二度と音とはならないのだろう。殿下は言葉ではなく、それを現実にするためにこうして徹底抗戦をしようとしているのだから。



「不満か?」

「いえ、願っても無い事であります! 我らが殿下に求めるのは凶刃を振り下ろす場と人を用意して下さる事だけにございます! 戦の先に未来があると言うのなら我らは一兵になろうとも戦いましょう」



 そう、場所と人材さえ揃えてくれればいい。後は俺達が美味しく料理してやる。

 あぁ畜生。怖いな。後がないから余計に怖い。『終わり』と言う真っ暗な未来が目前にあると思うだけで冷や汗が噴き出し、息も浅くなる。

 だがそれがどうしようもなく快感だと思う。くそ、楽しくなって来やがったぞ。くそが!


あ……ありのまま 今 起こった事を話すぜ!

『俺は稲刈りをしていると思ったらいつの間にかデスマーチをしていた』

何を言っているのかry

そんな訳でストックも無いので気長にお待ちください。


それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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