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戦火のロートス~転生、そして異世界へ~  作者: べりや
第六章 アルト攻防戦 【後編】
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攻城加速

 そしてその北軍中将に任ぜられたのがこの私――オットー・ハルベルンだ。



「既存の計画では南軍の予備兵力を北軍に回し、総勢一万三千の軍で事にあたる、であったな?」

「その通りにございます。また、臨編魔術大隊を結成し、諸侯の魔法使いを一度に集めた二百人の部隊をもって敵に一大打撃をあたえる予定でもあります」



 元来、魔法使いはその戦闘力の高さから各諸侯お抱えの者や頭首その人が魔法使いと言う事が多い。その教育課程こそ帝国主導の一元化が図られているが、帝立魔法院を卒業すればどこかの騎士団に身を寄せるのが常識であり、今までも魔法戦力を使うとあれば各諸侯に魔法使いを出陣させるよう要請を送っていた。

 だが臨編魔術大隊は個々にしか運用されなかった魔法使いを統合的に運用し、一大打撃部隊として編制れた部隊だ。一か所に魔法使いを集める事で指揮もしやすくなるだろうし、戦力の集中投入が出来る。

 これで確実にトロヌスの息の根を止める事が出来るだろう。



「吾には懸念がある」

「……懸念、でございますか?」

「敵が再びドラゴンを用いた奇襲をなさないか、だ」



 孤高の一族である龍族を御すなど前代未聞の出来事だ。そもそもバクトリアのドラゴンは図々しく、傲慢である。その上、奴らの国是として『何者にも束縛されない』と言うことを謳っている。

 故に敵にドラゴンの協力者がいると言う報を誰も信じなかった。それにその報を届けたのが帝室の汚点でもあるアイネ殿下よりもたらされたとあってはなおさらだ。



「しかし、殿下は休戦の条件にアルツアル王にバクトリアは第三国であり、本戦争に干渉すべきではない、と言われたのでは?」

「言ったとも! これは我が国へと絶大な摩擦になるであろうとな。だがあのおいぼれた王はなんと言った? 『預かり知らぬ』とだぞ!?

 奴らはバクトリアと組んでいたのだ。有事になれば援軍を送ると確約していたに違いない!」



 それは懸念のしすぎのような気もするが……。

 だがサヴィオンの国是である人間至上主義からすればいかに強大な力を誇るバクトリアも蛮国の一つにしかすぎない。

 それにバクトリアも長く続く内乱のせいで大陸利権へ手を伸ばせずにいたが、それをアルツアルの窮地を救う事で何かしらの恩恵が得られるとも考えらえる。



「悪夢のようですね。バクトリアの参戦は」

「そうだ。だがそれにさえ我らはあらがわねばならん。それこそ今まで虐げられていた人間種のためだ。我らは救国――いや、救種のためにこの地に軍を進めたのだ。

 故に先の轍を踏んではならん。そのため攻城のために編成された北軍から部隊を引き抜き、本陣警護にあてる」



 確かに頭である本陣を直接攻撃されてはいかなサヴィオン軍でも危険すぎる。それに殿下の御身に万が一の事があればアルツアル――ひいてはエフタルに駐屯するサヴィオン軍が総崩れになる事もありえる。



「して、どれほど北軍から軍を引き抜くのです?」



 殿下の身を守る事も大事ではあるが、そもそも殿下の身辺警護のために親衛騎士団三百が詰めているし、北軍は明日より攻城開始とあってすでに編成を終えて攻撃準備に取りかかっている所だ。あまり数を動かしては混乱が生まれかねない。



「四千の兵を本陣警護にあてる」

「よ!? 四千!? ――コホッ。コホッ……。そ、そんな無茶な!?」



 陣幕に立ちこめるお香の臭いのせいか、それともアルツアルの夏のせいか頭がクラクラする。

 殿下はなんと言われた? 四千の兵を本陣警護にあてるだと?



「それほど大きい数字ではあるまい。トロヌスに引きこもる敵軍はおよそ五、六千程度。戦力敵優位は依然と帝国にある」

「しかし四千もの兵を動かすとなれば再編が――」

「すでに引き抜く部隊については検討してある。おい」



 するとどこからともなく現れた騎士が一枚の羊皮紙を差し出してきた。それを受け取り、一瞥するが――。



「殿下、これでは攻城が難しく――」

「何が難しいだ? アイネを見ろ。より寡兵で敵の城塞をいくつも落としているのだぞ」



 そう言われてもアイネ殿下が落とした城と王都は規模が違いすぎる。それに――。



「殿下、畏れながら申し上げます。この本陣警護計画では龍の子の魔術大隊の主力が引き抜かれる事になっております。この大隊を編成するにあたって行われてきた諸侯との微調整も台無しになりますし、大きな混乱を呼びましょう。どうか計画を撤回してくだされ」

「……吾の計画に文句を付けるのか?」



 鬱屈した色を滲ませる瞳が鋭く睨んでくる。

 殿下の命に逆らうのはよそうか? いや、だめだ。魔術大隊無くトロヌスの攻城はありえない。

 そもそも各諸侯と魔法使い運用についての調整をしてまで臨編部隊を編制したのは魔法陣の補給の見通しがつかないためだ。


 そもそも魔法学上、マナを魔法に変換する媒体として魔法式(ことば)を使わざるを得ない。それは口に発するだけでは不十分であり、どうしても魔具や魔法陣の補助が無くてはならない。

 だが紙や布で出来た魔法陣はどうしても汚れに弱い。雨が降れば敗れるし、汚れによっては陣が崩れて意味を成さなくなってしまう。かと言って鉄板や石に直接陣を彫りこむ方法もあるが、それでは野戦において陣地転換に不備をきたしてしまうし、数を揃えるのに向いていない。


 そのため長期の攻城戦とあって潤沢な補給が受けられるように本陣近くに野戦印刷局を置いたのだが、先の奇襲により印刷の要である鉄印が盗まれてしまった。

 それこそ全てでは無いが、長距離魔法攻撃用の陣の一部と炎魔法等が奪われ、それらの魔法陣は今あるだけの分しかない。


 だからこそ魔法戦力を一か所にまとめ、最大打撃力をトロヌスに叩き込み、雌雄を決する作戦を練っていた。

 しかし殿下の言葉ではそれが叶わない。なんとか説得しなければ。


「殿下、このオットー、死力でトロヌスを開城させましょう。それこそ敵がドラゴンにのって奇襲をする暇もないほどの早さで。

 ですので本陣への戦力増強はせめて五百までに、そして魔法戦力は私が奏上した作戦計画通り全てを攻城に――」

「ならん。敵が本陣を襲うとなればドラゴンに乗って以外にない。故にそのドラゴンを退治するためにもこれほどの兵が必要なのだ。なぜそれが分からぬ?」



 あぁ殿下は戦力抽出をおやめになるつもりは一考にも無いのか。

 こうなっては殿下は梃子でも動かない。



「……わかりました。四千の兵力の引き抜きは了解しました。しかし魔術大隊だけはどうか」

「ならん! 本陣を手薄にしてはならぬと我らは教訓を受けたではないか! それを忘れたと言うか!」

「い、いえ、そのような――」

「ならばなぜ先のような質問をした!? それはお前が役立たずの能無しだからだ! 考える事を放棄しているからだ! お前はだめだ! お前の父と違ってお前はダメだ! お前の父カールは我が父現帝陛下の信厚い忠臣だと言うのにお前と来たらなんと情けない事か! これは責任問題だぞ!

そんな体たらくだからお前にエルマヌル家の家名を名乗れないのだ!」



 矢継ぎ早に繰り出されるだめ出しに私は本当にダメな奴だと言う想いがこみ上げてくる。

 確かに父上は現帝陛下に覚えめでたい忠臣であるが、それに比べ私は――。父上から学んだ歩兵運用こそ行えるがそれは父上の真似でしかない。私個人と言うものが存在しないのだ。

 いや、そんな事、考えすぎだ。それにアルヌデン会戦やアルヌデン平野会戦において私の指揮する歩兵隊は敵の歩兵に対し決定的な勝利を納めている。もう家名に恥じぬ働きはしているはずだ。


 だが――。


 そうした不安と醜い自己弁護が頭に渦巻いていく。そして鼻を犯す強烈な香りもあいまって思考は一段と乱れ、ついに謝罪の言葉が口から飛び出した。



「も、申し訳、ありま――」



 震える声で謝罪を口にするが、それが終わる前に殿下が「謝ればすむと思うておるのか!?」と怒鳴った。

 思わず身を縮こまらせ、殴られるように浴びせられた罵倒に胸がズギンと痛んだ。



「なんだその目は!? 吾はお前のためを思って忠言しているのだぞ。お前がいずれ大きな父の背を越えるために叱っているのだぞ。それを忘れるな!? 良いな!」

「はッ。ありがたき幸せ」

「よし。ならば貴様はお前の父でさえ成し得ていない敵の首都攻略を行うのだ。良いな!」

「ハッ!」

「よし。吾はお前ならできると信じているぞ」



 で、殿下……!

 殿下は私の事をよく見られている。ならば殿下の期待に応え、そして父の背を越える。

 そうしなければ殿下に申し訳ない。



「このオットー・ハルベルン、身命を賭して殿下に勝利を献上いたします」

「よく言った! この事がなせれば吾から父上に掛け合ってお前にエルマの名が授けられるよう取りはからう」



 エルマの名はハルベルン侯爵家の正室である義母の家名だ。そして私は妾の子でしかない。だが母は病で死に、義母も病で子の生めぬ体になってしまった。

 そのため私の身には侯爵家の血は半分しか流れていないからエルマの名を名乗る事が出来ないでいた。だが正式な世継ぎとなるためにエルマの名に相応しい勲をあげねば父上も義母上も私を認めてくれないだろう。

 それを殿下が後押ししてくださると言うならますますこの作戦は失敗出来ない。

 だがその失敗の遠因になりそうな戦力の間引きだけは心に残る。



「殿下、せめて三千の兵の引き抜きにすませていただけませんか? 一万の兵があればトロヌス陥落を確たる物にできます」

「……仕方ない。三千にしよう」

「――! 殿下!」

「だが確実に落とせ。落とせねば貴様の責任を追及せねばならん」

「御意に!」



 その後、二、三の会話をして本陣を離れると真夏の日差しが皮膚を焼いた。

 なんとも暑い。それに湿気もひどい。



「それにしてもこの臭いばかりはどうにかならぬのか」



 陣幕の外には肌に染み着くような死臭が漂っている。以前、アイネ殿下が本陣で野に倒れる兵について諫言を申していたのを思い出す。

 あれ以来、日に日に濃くなる死臭から身を守るためかどの天幕でも香を絶やさず炊いている。

 だがエフタル経由で受ける増援のおかげで兵力はなんとか定数を見たそうとしているし、それに戦もあと一息だ。

 その引導を私が渡す。そう考えるだけで悪臭すら芳しく思えるのだから不思議と言うもの。それに早々に戦を集結させねばならぬ理由もある。



「物資もそろそろ限界だからな」



 増援とともに物資が送られてくる手はずだが、その輸送は遅々として進まない。

 初夏の長雨でアルツアルの街道は悪路に変わっているし、野盗の類も増えてきた。それにこの暑さで食物はすぐに痛んでしまう。故に補給路が延びた現状、物資の手配は非常に難しく成りつつあった。

 故に早々に決着をつける事こそ第三鎮定軍を救う唯一の道筋なのだ。



「がんばらなくては。コホッ。コホッ……」



 一人喝を入れ、そして自陣へ足を向けた。


 ◇

 北方街道某所からヤン・ジュシカ公爵より。



 暑いアルツアルの夏がやって来た。それこそいつもの通りに。

 そこに何かしらの変わりなく、永久にそうであるように肌に纏わりつくような暑さだ。もっとも違う点があるとすれば故国が敵に犯されようとしている事くらいか。



「ヤン! 全て終わったぞ」



 耳に突き刺さる様な甲高い声に頭痛を覚える。暑さを避けるために小川の畔で風に身を任せていたが、そろそろ行かねばならないな。

 だがその前に汗ばんだこの顔をなんとかしたい。



「分かった。何かないか探っとけ」

「はいよー」

「それと、ヤーナ。おい、女がそんな血にまみれたまま出歩くな。顔を洗ってけ」



 たくッ。ジェリフスキーめ。何が娘を預けるだ。

 親友――戦友の横顔を思い出しつつ眼帯を外して清流で顔を洗うと少しだけ鉄の臭いを覚えた。ジロリと川上を見ると赤、橙、紫の派手な意匠の服を着た女がバシャバシャと水浴びをしている所だった。



「ヤーナ。てめぇ、なんで川上に居る?」

「え? だってヤンが顔を洗えと」

「なんでおれの川上で血を洗っているのか聞いてんだバカ!」

「ヤンの川下に居たらあんたの汗で顔を洗う事に成るだろ。いくら公爵様とは言え五十を過ぎたおっさんの汗はちょっと花も恥じらう二十代にはキツイかなって」



 コイツ……!

 このヤン・ジュシカを公爵中将と知ってのこの言動――! 

 これも愛娘のように育てて来たせいと言うのもあるが、腑に落ちない事も確かだ。



「おい、その言葉を親父にも言えるのか?」

「まぁその親父は『言いたい事は何でも言え。ただし辺境伯様だけにな』って言っていたから」

「あいつとは三十年来の戦友だが、もう許せないな」



 するとヤーナは「あはは」と屈託なく笑いながらバシャリと背中に生えた翼が水面を打った。

 頬に張り付く茶色ががった黒髪に青い瞳。その小麦色の肌に水滴が弾け、笑顔の花が咲く。なんともあどけなく見えるが、確か今年で二十も半ばのはず。だが全体的に子供っぽくて仕方ない。その上、自存自衛を国是にする鳥人族軍事大国ヘルベティアの純血鳥人のこいつを嫁に欲しいと思う奴がアルツアルに居るだろうか?



「鳥人族傭兵としちゃ満点なんだがな」

「はへ?」

「なんでもねぇ。それより身を清めたらもうひと働きだ」



 さて、と眼帯を縛り直して背後を見れば見事に擱座した馬車が一台と燃え盛る馬車が二台。その周辺には倒れ伏したサヴィオン軍兵士の亡骸が三十ほど。どうも輜重小隊のようだ。

 その輜重兵達を見分する十人たらずの部下達に「そろそろ行くぞ」とはっぱをかける。



「さて、そろそろ兵站破壊も終いだ。王都に行く」

「お! やっと王都入り?」

「王都集結は勅だからな。いつまでも油は売ってられん」



 先のアルヌデン平野会戦においてジュシカ騎士団の所属する第一軍集団は壊滅した。

 ジュシカ騎士団も少なくない損害を被り、正面切っての戦闘を行える兵力を消耗してしまった。だが逆に言えば正面以外からの作戦には耐えうる兵力は残っている。だからこその兵站破壊だ。

 幸い、サヴィオンの莫迦共は何故か略奪を避けて自前の食糧で王都攻略を目指していたおかげで十二分な効果が見込めた。

 それに兵站破壊をしながら傭兵産業が国家事業になっているヘルベティアから傭兵をしこたま買う事が出来たおかげで軍備も整いつつある。



「それに風の噂じゃ王都は激戦地帯になっているらしい。楽しい楽しい戦争だ。舞台に出遅れるのは嫌だからな」

「アハ! ヤーナも戦争は好きだよ。ハルバートに血を吸わせてあげなきゃ」



 獲物を狙う猛禽のような瞳がクツクツと笑う。さぁ兵站破壊も切り上げだ。

 待っていろサヴィオン。待っていろ戦争。おれは人間族ではあるが、戦争が好きで好きでたまらないんだ。


執筆をサボっていた訳ではありません。時の流れが速すぎるだけなんです。



それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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