アルト攻防戦
「降下龍兵集結! 集結――。って軍曹、それはなんだ?」
いくらサヴィオン軍の主力が王都に投入されていると言ってもさすが本陣である。各所から騎士達が集結をはじめ、俺達を包囲しようと――てか包囲してきていた。
そんな中、印刷機の積み込みを終えたザルシュさん達もテントの物色をしていたらしく、集結を呼びかけたらオークの軍曹が肩に病人と思しき女性を担いでやってきた。
「俺は捕虜はいらないと言ったはずだが?」
「はぁ。だどもこの女、どうも本陣の場所を知っているようですだ」
「吐かせたのか?」
「いんや。中隊長殿がその前におら達を呼んでいたんで、とにかく持って来ただ」
なるほど。
よく見るとその女の着る寝間着もどこか品のよさそうな品だし、テントの中に居たと言うことは雑兵ではあるまい。
「おい、貴様。名前は?」
「誰が貴様のような者に名を告げるか! この無礼者!」
顔立ちは整っているが、どうもやつれた印象のある女はあらん限りの罵声を浴びせてくる。
うるさいし、もう逃げないといけないからさっさと殺してやろう。そう思って軍曹に下ろすよう命令しようとした時――。
「居たぞ! 賊だ!! お前等神妙に――。ふ、フリドリヒ殿! なぜそこに!?」
俺達を追撃しようとやってきていた騎士の一人が青ざめたように叫ぶ。
なんだろうと思っていると包囲を狭めてきた他の騎士達も顔を強ばらせながらその場に止まっていた。これはもしかして――。
「おい貴様等! 動くな! 怪しい動きをすればこいつの命はないぞ!」
「な!? 亜人め! 汚いぞ!!」
「く、フハハ! なんとでも言うがいい! さぁ道をあけてもらおうか」
どうやらこの人は思ったよりも身分が高いらしい。これは形勢逆転だな。だが軍曹の肩口で「わたくしに構わずこの者達を討て」と叫ぶ女性――フリドリヒと言ったか――がうるさくてかなわない。
「軍曹。その女を黙らせろ」
「どうすれば良いだ?」
「……デコピンとか? あ、強くやりすぎるなよ。頭が吹っ飛んだら大事な人質が死んでしまう」
「難しいだ。おら達オークは力加減が難しいだて」
するとそんな脅しが聞いたのかフリドリヒはオークの太指を見て小さな悲鳴をあげた。
それにしても軍曹も冗談が上手い。オーク小隊の長をしているナジーブはそうしたジョークを苦手とする純真な奴だからオークから冗談が飛び出すのは意外だった。
……デコピンで頭を吹き飛ばすとか冗談だよね。
「静かにする! 静かにするから!」
「じゃ、黙っていてくれ」
軍曹の言葉を信じ切ったフリドリヒが懇願するように叫ぶ。ま、まぁこれで静かになるか。
そして周囲の騎士達の様子をうかがうと剣こそ抜いているが、誰一人切り込んでくるそぶりがない。と、言うことはこの女は相当な重要人物らしい。
「よし、親愛なるサヴィオン軍騎士に告ぐ。こいつを解放して欲しくばまず剣を捨てろ」
「亜人め! そのお方は怪我をされているのだぞ。それを人質に取るなど卑怯では――」
「早くしろ。エルフは短気なんだ」
山刀の峰でフリドリヒの足に巻かれた包帯を軽く叩いてやるとビクンと非常に激しい反応が返ってきた。
その口から漏れる鉄のひしゃげるような悲鳴に周囲の騎士がたじろぎ、そして剣を捨てていく。
「さて次に俺達が無事に脱出できるまで動くなよ。それと俺の仲間に手を出したら承知しない。良いな? さて、曹長! 曹長はどこだ!?」
「ここだ!」
とあるテントの入り口が開くとそこから見慣れた小男が現れた。どうやらザルシュさんは騎士の攻撃をかいくぐるためにテントに隠れていたようだ。
「早く来い。さて欠員は居ないか? 曹長、点呼をしてくれ」
「やれやれ。人使いの荒い奴だな。おい、番号!」
ザルシュさんが点呼を取っている間にリュウニョ殿下の居る馬車までジリジリと後退していく。そこにはドンと鎮座する馬車があり、その上にはドラゴンの姿に化けた(いや、これが素なのか)殿下が面白そうにこちらを見ていた。
「リュウニョ殿下。ご無事でしたか」
『もちろん。だが、なんと言うか主殿の姿は悪役にしか見えないな。それと殿下は――』
「禁止でしたね! すいません!」
やれやれと言う空気の震動を感じているとザルシュさんから「降下龍兵総員六名欠員無し」の報告があがった。
こちらとしては一方的な奇襲攻撃であり、敵も体制を立て直せなかったのだろう。
「よし馬車に乗り込め」
「おい、貴様! フリドリヒ殿を解放しろ! 約束だろう!」
「そう慌てるな。おい、早く乗り込め」
軍曹と俺を残して降下龍兵が馬車に乗り込むとリュウニョ殿下が羽ばたき出す。すると周囲に風のマナが集まりだしたせいか徐々に周囲の風が荒れていく。
そしてふと思った。これ、もう少し取引できるんじゃ?
「さて、このまま帰るのも芸がない。イザベラ殿下のために土産をもらって行くとしよう。魔法使いが居るだろ。そいつ等の杖を持ってこい」
「く……!」
おや? これはもしかして――。
「交渉決裂か? 軍曹、サヴィオンの騎士様はその女の悲鳴を聞きたいそうだ」
「はいだ。あんた、悪く思わないでくれだ」
軍曹は肩に担いでいたフリドリヒを下ろすと彼女の肩を片手で握る。それこそ万力のように。
有らん限りの絶叫が漏れ出るや、騎士の顔はいよいよ生気が無くなってきた。
わかるよ、その気持ち。本当は警護しなければならない人を敵に渡して痛めつけられてるとか責任問題だからね。
俺も前世の会社であったあよ。家に企画書を忘れてプレゼンに望んだあの日とか。先輩に「責任問題だ」と無駄に怒鳴られていたなぁ。思い出したくないけど。
「さてどうるすかね? 俺達はここでもう少しこの独唱を奏でさせてやってもぜんぜん構わないんだぞ」
だが騎士達もなかなか魔法使いの杖を持ってこない。そりゃそうか。きっと機密中の機密なんだろうし。
ちょっと少し欲張りすぎたかな? 俺も杖が即座に手にはいるとは思っていないし、これは諦めよう。
と、言うことで交渉内容の難度を下げよう。そうすれば心理的にこれからの要求を飲ませられるだろうし。
「それじゃ――」
「道をあけろ」
「――ん?」
凛と響く冷たい声に人垣が割れた。
そこにはもっとも会いたくない人物であり、もっとも出会いたかった姫が居た。
「久しいなロートス」
「アイネ。あんた、こっちに来ていたのか」
「実は今日付けで東方に帰る事になっていたのだがな。今日お前に会えるとは思わなんだ。これも星々の導きか」
赤い髪の姫君が明けゆく空を拝む。すると今日はどうしたことか、いつもの曇天ではなく渾々とした青が湛えられていた。
「交渉の結果を言おう、決裂だ。総員、剣を取れ」
「おい、こいつがどうなっても――」
「余は構わぬ。そやつは魔法学院からの級友だったが、何かと余を邪険にしてきての。余としては友になるよういろいろやったのだが、その親切を無下にするばかりか余の荷物を隠したり、杖を折ったり、あげく魔法陣に皇族批判と取れる文言を書きこんできたりと悪戯が過ぎてな。その上、義兄上に取り入って余を排斥しようと躍起になる奴だ。
故に惨たらしく死のうが余はどうも思わん。むしろ身から出た錆だ。いっそ清々とする。
おい、オーク! やるならもっと力を入れんか! それでも姦淫の一族か! オークの名が泣くぞ!!
それと人体と言うのは外に引っ張る力にはもろいものだ。だからこう――」
おぅ。なんてこった。てか異世界でも女のドロドロとした戦いが起こるのか。ドン引きだよ。
それにしてもこの姫様は味方と敵のために真っ先に殺さねばならない気がする。
あーもう。そんなにグログロと拷問の仕方を強制的に教えないでくれ。軍曹なんか顔を青くしてるぞ。
だが周囲の騎士はこれと言ってアイネの話に耳を傾ける者は居ないようだ。グロい話に対してではなく、彼女の発した「剣を取れ」と言う命令に反応する者はいない。誰もが気まずそうに顔を見合わせるばかりで戦意が無いようだ。
もしかしてアイネって人望が無いのか? まぁ虐めまがいの事もされていたようだし。
仇敵の事を少し不憫に思っていると昇りだした朝日に周囲がはっきりと照らされていく。そんな中、三十メートルほど離れたテントの隅で何かが輝いた。
「伏せろ!」
反射的に身を屈めると頭上を風切り音が通過し、軍曹の悲鳴があがった。
首をまわして見れば軍曹の右肩に深々と矢が突き刺さっている。
「狙撃だ! 馬車に乗り込め!」
「チッ。感の良い奴め」
くそ、剣を取らせるような派手なアクションも拷問のイロハもすべて囮か。その間に狙撃手を配していたとは。さすが仇敵なだけはある。
「援護射撃! ザルシュさんは人質を受け取って。おい、しっかりしろ」
「おらは大丈夫だ。心配しないでけろ」
エルフの軍曹が燧発銃を敵狙撃手に向けて発砲するが、命中したかは定かではない。その間に暴れるフリドリヒをザルシュさんが担ぎ上げ、そして軍曹が馬車によじ登る。
一発だけアイネに撃ち込んでやろうかと思ったが、リュウニョ殿下が「敵の増援! 王都の方から五、六百は来る!」と叫んだ。
「アイネ、今回は見逃してやる。だが俺は絶対にお前を殺すぞ。お前がどこに居ようと俺はお前を殺しに行く!」
「望むところだ。だが手数はとらせぬ。東方に帰るがいずれ余はまたアルツアルに戻ろう。その時こそ貴様の終わりだ! せいぜいそれまで生を謳歌するがいい!」
捨て台詞と言うのは分かっている。だが胸の内に高鳴るこの殺意だけは彼女に伝えておきたかった。
それを成して馬車に乗り込み、リュウニョ殿下に離陸を要請すると馬車はすぐ大地から離れ、風と共に空に舞い上がった。
「さて――」
空に舞い上がったのは良かったが――。
馬車の隅でザルシュさんに服を切り裂かれるフリドリヒと呼ばれる女性、思わず拉致ってしまった。
「曹長、お楽しみ中申し訳ないが――」
「ちげーよ。バカ。拘束する紐がねーから作ってんだ」
「いや、どう見ても絵面が」
「うっせー! こちとら女は母ちゃん一筋なんだ。うぅ、三年前の疫病がなければ」
そう言えばハミッシュの母――ザルシュさんの妻はエフタルで流行った病で……。
思わぬ地雷を踏んでしまったか。
「さて、で。これが鉄板か」
馬車の床には数々の鉄板が敷かれている。その一枚をとって観察するが、日常で使う程度の魔法知識しか無い身からすると何が描かれているのかまったく分からなかった。
「ウェリントン大尉に見せれば何かわかるかな? あ、イザベラ殿下に丸投げしよう。うん」
そう思いを様々にしているといつの間にか城壁を越え、トロヌス島に到着していた。
軽い衝撃と共に馬車が王城に降り立つとそこには馬車を見つめる様々な人々が固唾を飲んでこちらを見ていた。
「こりゃ、大尉。なんか言った方が良いんじゃねーか」
背後から響くザルシュさんの声が嫌に響く。
周囲を見渡せば騎士や国民義勇銃兵隊に傭兵までもが何も言わずに空から降りてきた俺達を見ている。
そんな中、黒の軍袴に白い軍衣姿のワーウルフ族が前に出てきた。
「ロートス大尉、これは?」
「ん? あぁ。なんと言うかな。それよりこちらの状況は? 敵はどうした?」
「それが慌てて包囲を解いて城壁の外に――」
なるほど。敵の本陣へ兵を呼び戻したか。
だから王城にこれだけの人々が集まっていると言うわけね。
「我らは――エフタル義勇旅団第二連隊エンフィールド大隊第一中隊降下龍兵隊は薄暮に混じって敵陣を奇襲。敵の魔法使いの秘密である印刷機と重要人物の奪取に成功した!」
そしてその声に返ってくるのは「本当なのか」という疑問のささやき。だがそれは次第に小さくなり、歓声に変わっていく。
背後を見れば部下達が印刷機とフリドリヒを馬車から出して皆に掲げていた。
「――皆! 我らはサヴィオン軍を奇襲攻撃し、勝利を納めた! エフタル万歳! アルツアル万歳! 我らが王国万歳!」
歓声が爆発するように王城に木霊していく。
そしてそんな俺達を夏を思わせる太陽が照らした。
歓呼が鳴り止まない中、リンクス臨時少尉の背後から誰かが近づいてきた。
埃にまみれた金の髪。泥に汚された陶器のように白く滑らかな肌。ただ濁りのない澄んだ碧の瞳。
「ミューロン! 見てくれ。俺は勝った――」
だが彼女はぷっくりとした唇を噛みしめたまま、俺の頬をぶった。
「バカ! バカバカ! どれだけ心配したと思ったの?」
「……ミューロン」
「一人に、しないでよ」
ぼろぼろと頬を伝う透明な液体。勝利の余韻の中、俺の頬が熱く疼いた。
◇
「痛ぇ……」
興奮の冷めた王城の中庭。そこには陽光を受けてキラキラと輝く池があり、白い華が花弁を広げていた。
その一角に腰掛け、未だにジリジリと痛みを訴えかける頬に手をふれる。
先ほどエフタル義勇旅団司令部に戦闘結果の報告を終え、やっと解放されたと言うのにミューロンの一撃は己の存在を忘れさせないようまだ痛みを持っていた。
「一人にしないでよ、か」
そんな事を思っていたのか。
ミューロンは確かに寂しがりやな一面を持っている。特に三年前の疫病で彼女の両親が空に消えてからそれが強くなったように思う。
だからか、近所に居を構えていた父上がミューロンを引き取って一緒に暮らしてきた。
そして彼女は俺が一人で食事をしたりするのを嫌悪している向きがある。
「おや。お若いの。隣を良いか?」
「はい? どうぞ」
いつの間にか池を覗く人が増えていた。人間族の、だいたい五十代中頃の人だ。
着ている服は絹で出来た単衣の寝間着に似た服だが、そこはかとない気品さが――ってクサッ! なんか香水と言うか、お香の強烈な臭い!
「おぉ、すまんの。サヴィオンが攻めてきてから風呂に入っておらんのだ」
なんだこの人、この気品さからアルツアルの上流貴族なのだろうか?
てかサヴィオンが攻めてきてからって事は二、三週間は風呂に入っていないって事なの?
「もし、サヴィオンがトロヌスに攻めてきた時、風呂に入っていて裸で首を討ち取られるとあってはならぬからな」
「は、はぁ」
「さて、お主、噂の騎士殺しであろう?」
「よくそう言われます」
なんの戦闘訓練も受けてない田舎エルフが喜々とサヴィオン騎士を殺す様からついた渾名。
そう、やはり騎士を――サヴィオン人を殺すのは楽しい。楽しくて楽しくて仕方ない。もし、一番の仇敵であるアイネの首をこの手ではねられたら、どれほど楽しいのもか。
「その騎士殺しの頬を打つとは、その相手はなんと気概のある者じゃろうかのう」
「はは。それは、俺の幼なじみです」
「なんと。サヴィオン軍に恐れられる騎士殺しも女には弱いか」
くつくつと笑う初老のその人の顔には深い皺が刻まれていた。それに毛髪も白が半数を占めていてよく見ると五十より上なのかもしれないと思わせた。
「俺はそんな大した者じゃないです。俺はただ己の快楽のために戦場に出て、返ってみれば一番大切な女の子を泣かすろくでなしです」
確かに仇であるサヴィオン人を殺すのはこの上ない楽しみであった。だが俺はそれを優先したがためにミューロンを泣かしてしまった。
「俺は最低なエルフです。身勝手で、臆病で、それでも快楽を求めて殺人を楽しむ凶人です。誉められる事なんてありません」
「ふむ。エルフの悩みは人間には理解できない。じゃが、お主のおかげでトロヌスに希望がもたらされた。それだけは誇って欲しい」
希望、ね。
そう思っていると「父上!」と慌てた声が近づいてきた。すると老人は慌てたように「娘に見つかった」と苦笑を浮かべた。
って、娘って――。
「い、イザベラ殿下ではありませんか!」
「ん? ロートス大尉か。あ、父上! 探しましたぞ」
「侍従にはここに来るとすでに告げてあったはずだぞ」
「ですが突然、護衛も無く出歩かれるのは――」
「敵はトロヌスの包囲を解いだ。今すぐに敵が攻めて来る事は無いのだろう。それよりお前こそ何をしている。さっさと兵を編成して攻勢に出んか。今の内に物理的な防衛距離を稼がないでどうする」
「は、はい!」
ん? イザベラ殿下の父上? イザベラ殿下はアルツアルの姫であり、その父って――。
「あ、あの、殿下。もしかしてこのお方は――」
「我が父、アルツアル王その人だ」
俺、もしかして不敬罪で処刑されないかな……?
ちょっと立て込んでいるのでメッセージの返信等が遅れております。申し訳ありません。
突然ですが、今章が長くなってきたでここで切らせてもらいます。
そのため幕間を挟んで新章突入です。
これからより熱い王都攻防戦を書いていく所存ですのでよろしくお願いいたします!
それではご意見、ご感想をお待ちしております。




