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戦火のロートス~転生、そして異世界へ~  作者: べりや
第五章 アルト攻防戦 【前編】
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龍の姫と蓮の男

 王城の一角にもうけられた中庭。城中からもれる明かりによって白い華がほのかに顔をのぞかせているのが見えた。その白の下に沈殿するように溜まる池のどろりとした黒さをのぞき込むと、何故か見返されているような錯覚に陥てしまう。

 そのせいか、己が口ずさむ言葉さえ誰かが俺に命じているように聞こえる。



「……ロートス大尉は即座に部隊を編成し、敵中を突破。敵司令部に甚大な被害を与えるまで帰還を禁じる、か」



 無茶だ。無理だ。どう考えても出来っこない。

 敵はトロヌスに迫る勢いなのに誰にも気づかれる事なく街を抜けて敵司令部を攻撃する事なんてできっこない。

 何か方法はあるか? 街を通らずに敵戦線を突破するには――。

 いっその事、考えを改めてみよう。敵に見つかっても交戦しながら敵本陣をめざせるほどの戦力を投入すると言うのは?

 いや、そんな戦力があるなら明日からの防衛戦に使うし、こんな作戦を命じられることもない。

 やはり秘密裏に敵戦線を突破せねばならないか。ならアルトの地下を走る上下水道を利用する?

 いや、長雨のせいで増水していて使えないだろう。てか、あるのか? 上下水道。



「ダメだ……」



 良き案が全くない。

 だが参謀の言う事も分からなくはない。敵に攻勢を躊躇させるほどの損害を与えれば幾日かの延命ができる。だが俺に出血を強いるそのやり方が――俺が貧乏くじを引くようなやり方がまったくもって気に喰わない。

 あぁ、くそ。『夏の目覚め』作戦を行わなければ防衛線を維持できるだけの戦力があったはずなのに。それなのに作戦は失敗し、いたずらに損害して、そのツケを俺が払えと?

 俺が、俺が何をしたと言うのだ……!



「クソが――」

「……主殿も毒を吐くのだな」



 ガバリと振り返ればそこには流れるような黒髪の美女が居た。

 悪態が聞かれていたのかと思うと急に羞恥の熱が頬を焦がそうとやってくる。



「隣、良いか」

「ど、どうぞ」



 それから言葉が続かない。気まずい沈黙を守っていると、作戦に関して妙案が浮かんだ。

 だが――。



「あの、リュウニョ殿下――」

「殿下はいらない」

「失礼しました。リュウニョ様。リュウニョ様はその、どこまでアルツアルの戦争に加わるつもりなのですか?」

「そうだな……。今しばらくは」

「何故?」



 そう、何故? 確かに今日まではリュウニョ殿下は俺に恩を感じていたからこそ輸送作戦だったり、今日までの戦闘に参加してくれたのだろう。

 だが、リュウニョ殿下は今日、俺の命を助けてくれた。もう協力する義理も無いだろうに。

 いや、義理がないと先ほど考えた作戦が崩壊してしまう。だが彼女は第三国の人であり、一国の姫君もである。

 そんな人をいつまでも俺達の戦争につきあわせるわけにも行かない。



「そもそもリュウニョ様はどうしてアルツアルに来られたのです?」

「……戦争を見てみたかった」



 絶句。

 なんて理由だ。そう言えばイザベラ殿下も絶句するような理由でアルヌデンへの浸透作戦に同行した事があったな。

 王族とは皆、そうなのか?



「そう怪訝に思わないでくれ。ソレガシは見てみたかったのだ。多種族共和がもたらす国の内情を」



 するとリュウニョ殿下はバクトリア王国の内情を知っているかと問うて来た。だがあいにく情報に疎い田舎エルフである俺は横に首を振るだけだ。



「龍と言っても様々な氏族が居る。ソレガシの暮らすドラグランドには龍の身と人の身を行き来する龍の中の龍たるドラゴンが暮らしている。隣の島であるリヴァイランドには龍の身から変化できぬ亜龍が居るし、リザルランドにはリザードマンという龍人が住んでいる。そんな氏族の連合王国がバクトリアなのだ」



 リュウニョ殿下は己の故郷を思い出すようにしみじみと言葉を紡いでいく。

 その視線こそ白の花を見ているが、きっと思い出の中の故郷を見ているのだろう。



「各種族が寄れば習慣の違いに軋轢が生まれる。特にドラゴンとリザードマンはバクトリア島が神の御手によって原初の海から引き上げられし頃よりその領土を巡って紛争を続けて来た。その寸土を巡る争いで国土は荒廃し、民は疲弊し、大陸情勢に食い込めぬほど力が衰えてしまった。だが、それもなんとか休戦とあいなったのだ」

「それはなんと言うか、良きことですね」



 すると苦笑を浮かべたリュウニョ殿下が小さく首を振った。



「だが、子供の喧嘩のように仲直りをしてお終いと言う訳にはいかない。そう出来ないほど互いの憎しみは深く、恨んでいた時は長い。

 だがそれでも共生の道を歩まねばならぬのだ。そうでなければバクトリアはエフタルの轍を踏む事に成る」

「エフタルの轍?」

「そうだ。エフタルは三百年前まで、国は無かったろう」



 三百年前。それはエフタル公国の――人間の支配を受ける前の時代。

 エフタル先住種は己が一族の掟のみに従って暮らしていた時代。

 俺の、祖父の世代の人々の時代。



「その頃、エフタルの地には国と言う物が無かった。各氏族に別れ、小さく暮らしていたと聞く。それが出来るほどエフタルの先住種は人間に比べ力があった。

 だが非力な人間達は互いに団結する事こそ力であると知り、エフタルは瞬く間に切り取られてしまった。

 それは龍とて同じ。一人の龍が粋がってもいずれ人間に討たれる日がやってくるだろう。

 そうなる前にバクトリアを変えねばならない。我ら龍族が、国の中の国たるバクトリアが服従の味を覚えてはならないのだ。

 そのためにも他種族共生の国であるアルツアルの内情をバクトリアに持ち帰ろうと思って海を越えたのだが――」



 蓋を開けてみたら人間至上主義を掲げるサヴィオンにアルツアルは押されに押され、今日に至ったと言うことか。



「あんまり参考にはならなかったようですね」

「そうでもない。主殿のその武器――銃」



 リュウニョ殿下の細長い光彩が俺を睨むように光る。何か、してはならぬ事をしてしまったかのような居心地の悪さを覚えてしまう。



「その武器は危険だ。危険すぎる」

「確かに殺傷力もそこそこありますし、暴発の危険もあります。ですが管理さえ徹底できれば――」

「違う。その殺傷力を誰しもが使えるのが問題なのだ」



 ――!

 この人は銃の最大の利点に気づいている……!



「……リュウニョ殿下の慧眼には感服しました」

「なに、ただの偶然だ。今日、主殿を助けるために銃を撃ったその時、初めて気が付いた。いや、本当は主殿の戦働きを見て気づくべきだったのだ」



 リュウニョ殿下はどこか言いにくいように口をもごもごとさせた後、それを言った。



「この武器――銃さえあれば使い手が誰であっても万人を殺せるのだと。

 主殿がいい例ではないか。エフタルの普通のエルフであった主殿が職業軍人として生きて来た傭兵を、高貴なる者の責として武技を極めて来た騎士をいとも簡単に殺していたのだからな。

 それが今日、初めて銃を手にしたソレガシでも他者を殺せた。それも相手の生を奪う実感無く殺しを行えるのだ。これほど恐ろしい武器があるか」



 そう、銃の利点とは射程でも威力でも無い。誰でも簡単に扱える事だ。

 ぶっちゃけ一月も訓練していない国民義勇銃兵隊がサヴィオン人に対して抵抗できたのは銃の取り扱いの簡易さにある。

 それをこのお方は見抜いた。



「これは、おそらく世界を変える武器だ。エフタルがアルツアルに併合されたのと同じ世界の転換点たる事象だ。その事にイザベラも気づいているだろう」

「殿下が?」

「イザベラは世界を変えてでも国を守りたいらしいな。だが、もしソレガシなら――」



 なんの予備動作もなくシュッと手刀が俺の首に延び、その寸前で停止する。

 その瞬間肌が粟立ち、冷や汗が溢れ出した。その手に刃は無いはずなのに首が飛ぶイメージがありありと浮かんだのだ。こ、この人――!



「で、殿下……!?」

「殿下は禁止」

「り、リュウニョ様、こ、これは?」

「ソレガシなら、秩序を守るために主殿を殺し、その技術を封印していたことだろう」



 ちつじょ?

 それがなんの事を言っているのか分からず、茫然としているとリュウニョ殿下はおかしそうに喉をならした。



「銃は誰でも人を殺せる。傭兵にしろ、貴族にしろ、そして王族にしろ。民はいずれそれに気づく。己の手に王さえ倒せる力があると。そうだろう騎士殺し殿」



 そうか、ただの田舎エルフがいとも簡単に騎士を屠る姿に貴族連中が俺の事を忌み嫌うのはそう言う事なのか。

 貴族が偉い理由は奴らが平民を統べる力を持っているからだ。その力を維持するには日々の鍛錬が必要であり、それに費やせる金と時間を持っているからこそ強いのであり、偉いのだ。まぁ当たり前だ。訓練している兵士とその日暮らしの農民が戦えば結果は火を見るよりも明らか。そんな当たり前――秩序を銃は破壊しようとしている。

 イザベラ殿下はその光景――封建社会の崩壊を幻視し、いずれ起こるであろう市民革命のその日が来る事を予感して『王国を潰すのかもしれん』と言われたのかもしれない。



「イザベラ殿下は、己の身分よりも国を守るためにその道を選んだと?」

「おそらく。何があってそうしているのかは知らぬが」



 その言葉に俺がしてしまった事に今更ながら震えてしまう。

 俺はただ、狩猟の助けとなればと銃を作った。だが、それはサヴィオンの侵攻と共に兵器として運用され、そのように広まろうとしている。



「最初の問いに戻ろう。何故、ソレガシが未だにアルツアルに居るのか、だな。

 ソレガシは今、世界の転換する瞬間に立ち会っているのだ。それはいずれアルツアルだけではなくサヴィオンもバクトリアもガリアンルートをも巻き込んだ大渦となって世界を席巻するだろう。

 それを見定め、バクトリアの益になるのかを見定めるためにここに居るし、それを見届けるまでこの国に留まろうと思っている。

 ふふ、国策に関しての悩みを打ち消すためにアルツアルに来たと言うのに、アルツアルで新たな悩みを作ってしまうとは。難儀なものだ」



 からからと笑うその姿に前世の彼女が被さる。

 共に残業に無き、共に休日出勤に憤りを覚えた彼女。



「なぁ主殿。主殿は何故、銃を持つ?」



 ――貴方はなんで銃を持つの?

 耳に二つの声が響く。

 俺は前世、言葉の限りを尽くして彼女を説得しようとした。

 だが、今は――。



「俺が、戦う一族だからです」

「殺戮のための道具として銃が必要と言うこと?」

「いえ、俺は穏やかな暮らしを欲しています。何の変哲のない、普通の暮らしです。

 今している事と真逆だとリュウニョ殿下は笑うでしょう。ですが、俺は確かに穏やかに暮らしたいのです。そんな未来を切り開くために戦う道具として俺は銃を取ります」

「綺麗な言葉だ」

「……もちろん、復讐もしたいです。俺の故郷はサヴィオン人に焼かれました。村のみんなも殺されて――。

 だから奴らを一人でも殺してしまいたい。そのために俺は戦ってきました」



 なんて汚い理由だ。

 言っていて反吐が出る。だがそれは紛れもない本心だ。

 サヴィオン人を殺す事に酔う自分も。故郷のために戦う自分も。



「名前通りだな」

「名前?」

(いにしえ)の言葉に白い蓮の華(ロートス)とある。それが主殿の名であったな。その名の通り――。って、どうしたのだ?」

「昔、ミューロンに同じ事を言われました。その時、彼女は二人の俺が居るようだと言ってくれて」



 エフタルから敗走するあの日、彼女は俺にそう言ってくれた。そう言って俺の胸の内に勇気の火を灯してくれた。

 彼女が居なかったら、俺はあそこで折れてアイネに殺されていただろう。



「そうか、先を越されていたか」

「えぇ。それで殿下」

「殿下は禁止と言ったはずだ」

「いえ、俺は一国の姫たるリュウニョ殿下にお頼みしたい事があるのです」



 すると先ほどまでとガラリと変わった空気があたりに漂う。肌を刺すような鋭い緊張が高まっていくようだ。



「とある軍事作戦に殿下のお力を借りたいのです」



 それはバクトリアによる軍事介入とも言える言葉だ。



「穏やかじゃないな」

「えぇ。失礼を承知で申し上げます」

「ふむ……」



 少し考える仕草をするリュウニョ殿下だったが、すぐに結論を出された。



「確かに今日、ソレガシは主殿の命を助けた。だが、ドラゴンはエルフより生命力がある。故に、主殿一人分の命ではまだ恩を返せたとは思っていない。手助けするのはやぶさかではない」

「それじゃ――」

「だが、まずは作戦を聞いてからだ」



 それから俺は作戦を伝えると、彼女は少々の条件を出して快諾してくれた。

 さて、さっそく作戦を進めなくては。


 ◇


 まだ濃い闇が当たりを埋め尽くしているが、東の空を見れば薄らと白くなりだしている。

 時間が無いな。

 体に巻き付けた個人用のテントに泥や煤を塗るのに手間取り過ぎたかと思いながら己の野戦陣地に戻るとそこにはあらかじめ手配していた馬車が一台止まっていた。と、言ってもそれを牽引する馬は居らず、代わりに五人ほどの人影が見えた。



「気をー付け! 支隊長殿に礼! (かしら)ぁ中!」



 そう号令をかけたのは鈴のような声ではなく、野太いものだった。まぁ号令をかけたのがドワーフのザルシュさんであり、中隊副官のミューロンの姿は無い。まぁ彼女には中隊の指揮権を預けてあるからこの任務に参加させる事ができないというのもあるが、こんな危険な所に彼女を連れていきたくないと言う俺のわがままがあった。



「報告! 特別攻撃支隊ザルシュ曹長以下六名、異常無し!」

「よし」



 軽く敬礼を交え、それから各々を見渡していく。すでにロートス支隊は壊滅状態であり、その再編と言っても支隊の主武装としていた螺旋式燧発銃(ライフル・ゲベール)への転換訓練も間に合わないので腕に覚えのある者をザルシュさんに見繕わせた結果、エルフ二人、ドワーフ一人、ワーウルフ族二人、オーク一人が集まっていた。と、言っても螺旋式燧発銃(ライフル・ゲベール)を持っているのは俺だけで、他は基本的に燧発銃(ゲベール)を、オークだけは火縄銃(アルケビュース)という有様だ。

 なんとまぁ歪な人員が集まったものだと感心する。だが誰も顔に見覚えのある古参兵ばかりだし、袖の階級章を見ても基本的に軍曹と曹長しかいない。



「諸君。戦友諸君。最近は新顔ばかりで名前を覚えるのに苦労していたが、今宵はそのような心配は要らないようだな」



 忍び笑いが漏れ出て緊張がほぐれると言う事は無い。そもそもここに居る面々はさほど気負うことなく「また上からの無茶ぶりか」と腹をくくっているようだ。



「ザルシュ曹長から詳細は聞いていないだろうが、この作戦もいつもと同じ、クソッタレな作戦であるが、諸君等はこの作戦から外れる事は出来ない。それは――」

「失礼ながら大尉殿!」



 口を半開きにしたままザルシュさんの顔を見ると、彼は不敵な実にドワーフらしい轟々とした笑みを浮かべていた。



「今更御託はいらねぇ。ここに居る連中は皆、エフタルから逃げ出す時にあんたの話を聞いて残った者ばかりだ。戦いたくて仕方の無いバカ共ばっかだ。だからあんたはただ一言命じてくれればいい」



 改めて一同を見渡す。なるほど、ミューロンほどではないが、誰しもがその時を待っているのだ。故郷を取り戻すその日のために誰もがその行為に躊躇を持っていないのだ。



「よろしい。戦友諸君。狩りを愉しもう」

「部隊長殿に礼! (かしら)ぁ中!」



 短い訓示と共に敬礼を交え、馬車に乗り込みだす。すると闇の中から突然一つの影が現れた。リュウニョ殿下だ。



「なんとも、な連中が集まったな」

「えぇ。そうですね。いつの間にかこんな連中が集まってしまって。どうしてこうなったのか」

「……遥か東方の国にこんなことわざがあるらしい。『類は友を呼ぶ』」



 その言葉に妙な納得を覚えてしまった。


次回、ロートスの企業戦士精神がアルツアルを救うと信じて!



それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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