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戦火のロートス~転生、そして異世界へ~  作者: べりや
第五章 アルト攻防戦 【前編】
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エルフの本能と新たな作戦

『夏の目覚め』作戦の失敗により王都アルト北区の防衛線は崩壊し、俺達はトロヌス島までの後退を余儀なくされた。



「忌々しい連中だ」



 土嚢と瓦礫を積み重ねて作った即席の野戦築城の向こう――対岸に居座るサヴィオン軍はざっと二千ほど。アルト全域の制圧を目指すサヴィオン軍がいくら各地に兵を割いていたとしても眼前の倍以上の予備戦力が居るだろう事は想像に難くない。ぶっちゃけ北区の戦線を整理すれば一万近くの兵をかき集められるんじゃないか?


 対してトロヌス島に集結した部隊はおよそ六千人ほどという噂だ。

 少なくとも内実は『夏の目覚め』作戦の敗残兵と先の攻勢作戦において予備兵力指定を受けていた国民義勇銃兵隊第一銃兵連隊という士気の低い部隊ばかり集まっている。

 その上、半数以上が訓練未完了の国民義勇銃兵隊だし、身を守る陣地とて急造のそれでしかない。トロヌス島の城壁? とっくの昔に魔法攻撃で瓦礫になったわ!



「もうすぐ薄暮か。各員、敵の攻撃に備えて警戒を厳にせよ」



 視界が悪くなりだす薄暮は絶好の攻撃チャンスだ。それに先ほどからトロヌスへの魔法攻撃が止んでいるし、いよいよ決戦が近いのかもしれない。

 それに臓器が縮みあがるような緊張が押し寄せてくる。

 だが、その時は来なかった。何故か敵は攻撃してくる事無く無意味なにらみ合いが続き、そして漆黒の帳が落ちた。

 もしかして敵は増援を待っているのかもしれない。確かに二千ほどの兵力で強行渡河してくる事もないか。万全を喫し、本格的な攻勢は明日――そんな作戦でも練られているのだろう。


 そう思っているとどこからともなく風切り音が聞こえてきた。また敵の魔法攻撃か。

 だがその攻撃はこちらを牽制する事が目的なのか散発的だし、あの強大な魔法攻撃ではなくこれは通常のそれのようだった。

 そこで張りつめていた緊張の糸がぷっつんと切れた。おそらく今夜だけは生きていられると思ったせいだろう。力なく土嚢に背を預けつつ天を見上げれば様々な事が去来してくる。

 思えば今日一日、様々な事があったな。『夏の目覚め』作戦によって路地を駆けて敵を殺し、敵の新たな魔法攻撃に驚き、そこで撤退を支援するために敵を殺して、友軍と合流して敵を殺して、最後は逃げて逃げてトロヌスに……。

 もっともエフタルから逃れ、アルヌデンから逃れ、レオルアンから逃れてってこの半年間、逃げてばかりじゃないか。いや、あと敵もたくさん殺してきたか。

 そしてふと思ってしまった。


 サヴィオン人を殺すのは『楽しい』と。


 確かに前世、狩猟をする事を命の洗濯と思っていたし、弾丸が獲物に命中すればガッツポーズをしてしまった事もあった。俺は確かに狩猟を楽しんでいた。

 だが今日のこれは快楽殺人をしているようじゃないか。

 いや、今日だけじゃない。いつも俺は怯懦の中に喜び勇んで戦場に出ている節があった。それを今日、自覚しただけにすぎない。

 俺は先天的に人を殺すのが好きだったのだろうか。いや、そんな事はないと否定を叫びたくても己の行動を鑑みるとそうもいかない。

 俺は異常者だったのか。

 いや、やめやめ。いくら戦線が崩壊して明日をも知れぬ身だからって変な妄想を膨らませるのはやめよう。



「おんやぁ? これはこれは大尉さんじゃありませんかい」



 ふと、声の方向に視線を下げればそこには金の髪に濁った緑の瞳をしたエルフが佇んでいた。

 ボロボロの衣服に赤、青、黄色の真新しい腕章をつけた第九九九執行猶予大隊――オステン大隊の殺人鬼アンリ曹長だ。くそ、昼間の戦闘で戦死していなかったのかよ。



「……何用だ」

「いえ、なに。ただお見かけして。なんとも精気の無いことで」

「そう言うお前は生き生きとしてるな」

「そりゃ今日は四人殺しました。ほら」



 すると彼はポケットの中から暗闇でも分かるシルエットをつまみ出した。人の耳だ。



「この仕事はオレァの天職でさぁ。好きなだけぶっ殺せる。その上ぶっ殺せば殺すだけ誉められるなんて。素晴らしいの一言に尽きまさぁ!

 まぁ他の連中はどう思っているのか。オレァただ誰かを壊せるのならなんだって良いんでえり好みはしませんがね、中には殺す対象を厳密に決めてる奴や殺し方に凝る奴も居て――」

「そんな話がしたいなら自分の部隊に戻ってしろ」



 こいつと話していると頭がおかしくなりそうだ。ただでさえ頭痛が起こりそうな悩みを抱えている今はなおさら――。



「おやおや。我らが騎士殺し殿はどうもご機嫌がよろしくないようですな」

「――。おい、原隊に戻れ」

「そう邪険にしないでくだせぇ」

「誰か。ここに第九九九執行猶予大隊の者がいる。看守! 看守は――」

「あんたもやっぱり殺しを楽しく思うのかぃ?」



 声が止まる。

 ジロリと睨むと濁った瞳がニヤリと快楽に吊り上がるのが分かった。



「やはりエルフってのはそうじゃなくてはなりませんなぁ」

「……どういう――?」

「我らは戦う種族でさぁ。相手を狩るのが楽しくて楽しくて仕方のない種族でさぁ。オレァをそれを街でやったからこそ、あの牢獄に入れられたんです」



 戦う種族――。リュウニョ殿下もそう言っていた。

 こいつは一体何を言っている。狩猟? あぁ楽しいよ。狩猟民族としてそれは当たり前――。当たり前?



「……お前は、何代まで純血のエルフなんだ?」

「母ちゃんまででさぁ。母ちゃんはエルフ街で娼婦をしていた。だが、親父の血が入らなきゃオレァは四代続けてエルフの血が流れていました」



 ――ハイエルフ。戦う種族。

 そしてふと、実に楽しげに敵兵を殺すミューロンの横顔が脳裏を過ぎた。

 確かにエルフは狩猟民族として狩りを生業にする。それがエスカレートする事でついに人までも狩ろうとするのだろうか? そう、それに満足感を覚えながら。



「なに、大尉さん。自然の摂理さ。星神様(とーちゃん)が斯くあるよう言っているんでさぁ! もっと人を殺せ、それが我が一族の本能だって!

 天にまします我らが父ちゃんがそう言うのなら、それに黙って従うのが子ってもんじゃありませんかい? クスクス」



 本能なのか? そう求めるのが自然なのか? 俺は――。我が一族は――。

 混乱する頭が思考を紡ぐ前に停止するような思いの中、耳だけはその役割を果たすように「伝令!」と言う叫び声を伝えてくれた。



「エンフィールド大隊ロートス大尉に伝令!」

「……こっちだ!」



 闇の中、松明を掲げた騎士が騎乗しながらやってきた。相手は――騎士中尉か。



「伝令! エフタル義勇旅団司令部より伝令。ロートス大尉は速やかに旅団司令部に出頭されたし。以上」

「――旅団司令部?」

「そうです。また大公閣下より我が馬にて早急に大尉を司令部に送るよう任務を授かっております。ご同行を」



 重い頭が軋みながら動き出し、やっと旅団司令部への出頭と言う言葉を理解した。

 てか、なんで俺は旅団司令部から呼び出しがかかったんだ? 何かまずいことでもやったか? いや、無いな。無い、よな?



「分かった。ミューロン!」



 ロートス支隊の連中と共に待機していたミューロンがやってくると、まず彼女は俺の近くに佇む殺人鬼に眉を寄せる。

 それを無視し、アンリを無視しながら彼女に指揮を引き継ぐよう命令を伝える。すると彼女は露骨に顔をしかめた。



「ねぇわたしも行っちゃだめ?」

「いや、ダメだろ。ミューロンが居なかったら誰が中隊の指揮を執るんだ」

「リンクスに任せれば――」

「なんのための副官なのかな?」



 「うッ」とばつが悪そうに呻くとミューロンは不承不承と言うように「中隊の指揮権、いただきます」と敬礼をした。そんなにイヤなのかな?



「それじゃ行ってくる」

「……早く帰ってきてね」



 おう、とそれに返しつつ慣れぬ馬によじ登るとアンリが「お気をつけて」とわざとらしく丁寧な敬礼をしてきた。

 それを無視して中尉に馬を出すよう頼むと彼は無言のまま鞭をふるい、闇の中を進み出した。

 その流れる景色を見ていると丁寧に整備されていたはずのトロヌスの破壊の有様がよく見て取れた。

 石畳はめくれあがり、貴族館の植木が千切れ、豪奢な建物を構成していた石材が瓦礫と化してそこら辺に散らばっている。

 そんな光景を見つつ中尉に連れてこられたのは王城だった。まぁ大公閣下ともなるお方がいらっしゃるのならやっぱり王城くらいしかないのかな?

 そう思いながら馬を降り、中尉に案内されるままに王城を進むと、ちょうど中庭に出た。そこには破壊の影もない清浄な場所であり、中央には小さな池があった。城の各所に設置された燭台が放つ柔らかな光の中、その池に浮かぶ花達が視界に入る。



「ロートス大尉。いかがしまさいた?」

「いや――」



 その池には白い蕾をつけた蓮が泳いでいた。清濁を合わせた花。俺の名の元となった花。

 ミューロンから聞かされるまでまったく意識したこと無かったその白い花にふと、赤い幻覚が混じる。血と肉がぶちまけられる戦場が脳裏を過ぎり、そこを楽しげに闊歩する自分が見えた。


 俺は一体、何をしているんだろう。


 俺はただ、父上やミューロンや、村のみんなと穏やかな暮らしをしたかっただけなのに。

 その日の糧に一喜一憂し、暮らしの不便を嘆き、小さな驚嘆に笑いあう。

 そんな慎ましやかな生活に焦がれていたのに、今は敵を殺す事に何よりも満足感を覚えている。

 俺は穏やかな暮らしをするためではなく、誰かを狩るために生まれ変わったのだろうか……。



「大尉?」

「すまない。今、行く」



 どうもアンリとの会話がよくなかった。あいつの戯言に耳を貸さなければこんなこと、思いもしなかったろうに。

 苦みを噛みしめつつ中尉に案内された会議室に入ると、まず鼻についたのは肉の香ばしい匂いだった。



「むぐむぐ」



 会議室の最奥――そこには肉団子のような、いや、肉団子そのものを連想させるエフタルの最高指導者たるエフタル大公閣下が居られた。

 てか、前線の兵は満足に肉も食えない状態なのにこいつと来たら――。



「エンフィールド大隊所属、ロートス大尉。ただいま出頭いたしました!」



 悪態を腹の中に隠し、早々に用事をすまそうと決意を新たにする。

 だが肉塊からの返事が無い。「おう」とか「ごくろう」とかもなくそれは手元の皿からフォークで口に食物を運ぶことしかしていない。

 周囲を見渡すと幕僚らしき者は居らず、俺を案内した中尉もいつの間にか退室していた。


 ――人払い?


 そう思っているとバンッと小気味のよい音と共に扉が開く。そこには細身の神経質そうな男が居た。

 この男、前にも会った事がある。確か、大公閣下の側近の一人だ。そう思っていると細身の男が「閣下」とエフタル大公に話しかける。



「そろそろ……」

「うむ、うむ」



 それでも肉の塊は食べる事をやめず、黙々とフォークとナイフが動かされる。

 そして皿の上がからになるとやっと彼は大公としての顔を取り戻した。



「よろしい。参謀。作戦を説明せよ」

「御意に」



 作戦?



「大尉。君は今のアルツアルに訪れている危機について深く知っているだろう」

「ハッ。理解しております」

「よろしい。この状況の打開なく、我らが故郷の奪還も無い。そのためには敵の攻勢を頓挫させる何かが必要なのだ」



 話が見えずただ黙っていると細身の男――参謀はそれを理解していると受け取ったらしく、現状を打開するために特別作戦の実施が不可欠であると行った。



「特別作戦?」



 そう疑問を露わにすると参謀が頷ついた。



「そうだ。敵の攻勢を頓挫させる必要がある。正面作戦であれば敵に類する大軍を編成し、攻勢作戦を発令する――。だが現状、そのような余裕がアルツアルにもエフタルにもない」

「……あの、質問をしてもよろしいでしょうか?」

「何かな大尉」

「アルツアルは全軍の王都集結を命じたのですよね? 友軍の増援は?」

「周辺の河が増水して遅れている。その友軍を迎え入れるためにも王城防衛は必須。

 だがサヴィオンは明日にでも王城を占領してこようとするだろう。我らはそれに先んじて敵の攻勢を止めなくてはならない。これが大公閣下のお考えである」



 チラリと上座を見ると、分厚い肉を張り付けた豚が「然り」と言うように頷いた。



「そのため旅団司令部幕僚が種々の作戦を検討した結果、少数の兵力をもって敵本陣の強襲作戦を行い、指揮系統に致命的な損害を出す事が一番と結論付けました」



 少数兵力による……本陣強襲……?



「君は以前、冬のアルヌデンへ少数兵力を浸透させ、後方破壊を行っていたな」

「確かに……」

「それをしてもらう」



 それをしてもらう――って。なんて無茶ぶりだ。

 市街地の中を敵に気づかれずに侵攻する? 何かの冗談かと思って笑いを浮かべる直前、参謀は言った。



「君の双肩にアルツアルの――。公国の未来が掛かっている」



 ――まじで?



「我らはもう後には引けない。それにこれは命令だ。君は今夜中に部隊を再編し、攻撃に移ってもらう」

「し、しかしそのような事できま――」

「できる、できないではない。やるのだ。大尉」



 できる、できないではない――。

 その台詞に胸が痛む。前世の、そして現在の古傷が疼く。

 そもそもエフタルからの撤退戦において無謀な遅滞作戦に加わるよう命じたのはこの人だ。あの悪夢のような戦場に再び赴けと言うのか?



「大尉。やるのだ」

「――了解しました」



 理性的に考えたらこんな作戦が不可能だと誰もが認めてくれるだろう。

 だが俺のブラック社員レベルを甘く見ないでほしい。てか『ノー』と言えたらあんな部隊に居ないし、そもそも居られない。

 くそ、くそ! 労基は何をしているんだ! くそったれ!


ラノベの主人公って基本的に鈍感じゃないですか。ほら、これもラノベですし、ロートス君が(殺意に関して)鈍感であってもなんの問題も無いと言うか(違)。

あ、ちなみに言及するとエルフがサイコパスっぽくなってますが、こう、自分の種族を守るために他種族に対して攻撃的になる、的な? (設定と語彙がまるでなっていない)



それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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