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戦火のロートス~転生、そして異世界へ~  作者: べりや
第五章 アルト攻防戦 【前編】
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離れる者と留まる者

 第三鎮定軍本営にてアイネ・デル・サヴィオンより。



「伝令! 伝令! ラーガルランド公爵閣下より伝令!」



 本営に飛び込んできた騎士は微かに雨と硫黄の臭いが染み着いたまま堰を切ったように言葉を紡ぎ出した。



「わ、我が歩兵隊、敵防衛線を突破! 第二城壁への浸透に成功せり!!

 なれど攻勢限界を迎え、進軍を停止す。なお、ラーガルランド騎士団はトロヌス島への突破口を確保しつつあり。現帝陛下万歳! 以上であります!!」



 その報告に一人拍手がこぼれる。ん?



「皆、顔色が優れぬな。これは大戦果ではないか」



 周囲を見渡せば皆、一様に青い顔をしたまま隣の諸侯と目配せをしている。そして隣に座る義兄上が「あやつの騎士団か……!」と怒りをにじませた。



「あのうつけに先を越されるとはどういう事だ!」



 その時、外と内に雷が落ちた。

 え? どうして義兄上は怒りを表しているのだ?



「あ、義兄上。どうかお心をお鎮めくだされ。今は吉報に喜び――」

「何を言う! 我が第三鎮定軍の面汚しが戦果をあげるだと? ふざけるな! 貴様等は今日までなにをしていた! 貴様等の誇る騎士団は? 魔法使いは!? どうやら吾は貴様等の怠慢を問わねばならないようだな!! これは責任問題だ!」



 ――乱心した、のか?

 そう思って素早く周囲を見渡すが、諸侯はただ羞恥で震えるのみであり、誰もが義兄上の怒りの原因を知っているようだ。余だけ事情を知らぬというのもまた居心地が悪いのだが……。



「義兄上。その、状況がよく掴めないのですが」

「阿呆か! ラーガルランドは解放軍たる第三鎮定軍を辱めた愚将なのだ!

 奴の騎士団は民から食料を奪い、女性に乱暴を働く狼藉者ばかりだ。そんな集団が戦果をあげているのに正義の軍たる他の将が手をこまねている事など許されんのだ!」



 ……どうしよう。義兄上が何を言っているのかまったくわからない。

 食料を奪う? いや、それ以外にどうやって敵地で糧を得ろと言うのだ。

 女性に乱暴? 同性として同情こそ覚えるが、所詮敵は敵。

 それに精力というのは天から授かるものだから無理に押さえつけるのはどうかと思う。義兄上とてエルヴィッヒの奴と盛んであろうに。自分が盛っておいて兵に我慢を押しつけるというのは道理に反するはずだ。

 あぁなるほど。そういう事か。



「義兄上。ラーガルランド以外の諸侯が手をこまねくのは明白です」

「……申してみよ」

「略奪と強姦を禁じては兵の士気が下がるばかりだからです。兵に出す給金などどうせ二束三文程度なのでしょう。そんな安い手取りで命を賭して戦えというのも酷な話。息抜き程度にやらせておく方が兵はよく働き――」



 すると義兄上の青い髪が逆立つように震えた。ヤバイ! 反射的に歯を食いしばりつつ体重を背後にずらすと右頬に激しい痛みが襲ってきた。――と、言っても受け身をとれたおかげでさほどでもないが。

 だがその一撃が余の怒りに火を付けた。冗談交じりに諭してしまおうと思ったが、もうダメだ。許せん。



「……義兄上。気が済みましたか? 穏便に済まそうと思っておりましたが我慢できません。義兄上、現実を見てくだされ!」



 頬が軽く熱を帯び始めるのを感じつつ怒りのままにテントを捲り上げる。そこには各諸侯の天幕が並んで目当ての物は見えなかったが、外に漂う悪臭が流れ込んできた。



「この臭いがわかりますか! これは道ばたに打ち捨てられた勇猛果敢な帝国の兵子の臭いなのですぞ。なぜ弔いもされずに躯が放置されているのです!? これが天の星々より祝福された優良種たる人間の末路なのですか!?

 これを招いたのは義兄上! 貴方なのです。貴方の現実を見ない補給に飢えが蔓延し、いつ死ぬかもしれない恐怖が兵を苛んだのですぞ!

 そんな中、諸侯の兵はそれでも義兄上のために身命を賭して戦ってきたのではありませんか! それを諸侯の怠慢となじるのは忠義を尽くす家臣に申し訳ないと思わぬのですか!!」



 一息に怒鳴ったせいもあり、非常にスッキリとした。怒りの熱が下がると今度は理性的な自分が「クラウスがこの場に居たらなんと言う?」と問うてきた。

 余の元筆頭従者であるクラウス・ディートリッヒなら間違いなくこういうだろう。『殿下、ここは堪えください』と。

 そう、義兄上は難しい性格をしている。特に自分の間違いを真っ向から指摘されたら――。



「黙れッ!! 誰に向かって口を聞いている!」



 握り拳がテーブルを叩き、乾いた音とともにその足が折れた。

 肩で息を付く義兄上の目に浮かぶはただの怒りしかない。



「じきにこの戦は終わる。だが終わった後に『帝国は圧政をもってアルツアルを占領した』などと言わせてはならんのだ。帝国の未来のためにも第三鎮定軍は清いままでいなくてはならんのだ。未来の者にこの戦が正義のための戦であったと伝わらねばならんのだ!

 そのためにオレ(・・)がどこまで苦労したと思っている!? どれほど綿密な補給計画をたてたと思っている!? お前と違ってオレ(・・)は現帝に即位するのだ! そんなオレ(・・)に汚点があってはいけないんだ!!」



 ……所詮、この人はこの程度なのか。

 昔から義兄上の御心は計り知れなかったが、今、はっきりと失望が広がっている。きっと余の言葉は義兄上には届かないのだろう。そんな無気力な感慨と共にテントをつかんでいた手からするりと油布が落ちた。



「アイネ。貴様に蟄居を命じる。これは父上にも報告させてもらうぞ」

「……出過ぎたまねをしました。所領に戻り、反省を深くしようと思います。ですが、レイフルト村に残してきた第二鎮定軍が気がかりです。どうかご温情を」



 反論を十は並べたい所だが、必死に堪える。そうか。何を言っても義兄上は折れない。ならばこちらが譲歩の姿勢を見せ、より良い落としどころを探るまで。

 それに元々第三鎮定軍を訪れたのは余の東方への帰還のためなのだから義兄上が東方に帰れと言うなら喜んで帰ろう。



「ならぬ。あの地の守備は絶対だ。貴様を第二鎮定軍軍団長から解任し、現有の第二鎮定軍は今より第三鎮定軍の指揮下に入れる」

「しかし第二鎮定軍には余の東方辺境騎士団が――」

「その者達も含め指揮はこの(・・)が執る。下がれ」

「――御意に」



 しまった。東方への帰還は果たせそうだが、東方辺境騎士団の主力を置きせねばならないか。

 まぁあの地は北アルツアル守備の要の地だし、そうそう軍を引き抜く事は出来ない地だ。それに戦局も落ち着いてきているし、奴らを残しても大丈夫だろう。東方に迫る巨人族とて東方辺境騎士団の予備兵力でどうとでもなる。

 それに王国攻めは王都アルトの攻略ですぐ幕を下ろすだろう。おそらく全面的な占領はいかないまでもエフタルの割譲くらいで和平となるはずだ。それも近いうちに和平は結ばれるだろう。心配する事は無い。



「では義兄上。準備が整い次第、余は東方へ帰還いたします」

「早く下がれ」



 一礼して本営を出ると頬に小雨が張り付いてきた。その遙か彼方――王都アルトから腹に響く雷音が曇天に木霊しながら響いてくる。

 背後からは「ラーガルランドを解任し、ハルベルンをあてる。攻城を急げ」と命じる声が響いてきた。

 先ほどまでアルト陥落は目前と思えていたが、それもどうかと今は思う。敵にはあのロートスがいる。奴の率いる歩兵戦力とサヴィオンの歩兵戦力がぶつかり合って勝てるだろうか? 奴ならもしかして――。



「フン。所詮は戯言か。だが、奴と再び戦場でまみえたかったな」



 とりあえず事の次第を各方面に伝える手紙をまず書かねばならん。それだけでも骨だが、仕方あるまい。



「『あぁその真白き手で、この手を握っておくれ。さようなら安穏。さようなら平和。さようなら。ごきげんよう。我ら、進軍する。我ら、進軍する。我ら、敵を求めて、進軍する。』」



 いつになくゆっくりとした調子で歌えば、ふと燃える廃砦で悪相(えがお)を浮かべる一匹のエルフの横顔が思い浮かんだ。


 奴は今、どうしておるのだろうか……。


 濡れ仕切る草地を歩みつつ己に与えられた天幕に向かっていると何かが頭上に飛び出す瞬間が目に入った。

 そこは確か、天幕群の外れにおかれた法兵陣地だったか。興味本位で足を運んでみるとそこにはガレー船の帆を思わせる巨大な魔法陣が敷かれており、その上には十人もの魔法使いが杖を構えていた。

 その魔法使い達は頭上を飛ゆく氷の塊に視線を動かしつつぞろぞろと魔法陣から離れ、草地にどっかりと座り出す。それと入れ替えに並々と水が入れられた樽を持った従兵がこれまたぞろぞろと十本ほどのそれをもってやってきた。

 なるほど、先ほど魔法を打ち出したところか。あれだけの魔法陣を使っているのだから魔力の消費も激しいだろう。おそらく一時間に二、三発放つのが限界か。


 もしかすると先ほどの一撃がロートスを踏みつぶすかもしれない。

 そう思ったが、氷により潰れるエルフの姿をどうしても想像できなかった。



「余もバカな事を考えるな」



 呆れと共に足早に己の天幕に向かう自分に苦笑が浮かぶ。く、フハハ。



 ◇

 トロヌス島の防御陣地にてロートスより。



 『夏の目覚め』作戦は失敗した。

 敵を挟撃するために出陣していた歩兵は新型の魔法攻撃に合って敗走した。その敗走を知らずに挟撃の鋏を閉じようとしていた騎兵は敵中に孤立し、包囲殲滅されたと言う。

 そして残されたのはおびただしい出血のみ。防衛線は崩壊し、今、最終防衛ラインと言えるセヌ大河に浮かぶ三つの中州が最前線となってしまった。

 その一つ。王城のあるトロヌス島の外周を覆う石造りの砦に俺達は居た。と、言っても俺の担当する城壁はすでに崩れており、土嚢と瓦礫を積み重ねた急造の野戦陣地の守備が俺の任務だ。



「敵歩兵隊、氷上渡河を再会! 距離二百!」



 兵の報告に顔を出せば二百メートルほどの対岸から氷の道が再び作られつつあった。その道幅およそ二、三十メートルほど。アイネがフラテス大河でしたように奴らはその道をこちらまで延ばそうと躍起になり、こちらはそれを渡ろうとする敵兵を撃ち続けてもう四時間になる。



「第一銃兵中隊、撃ち方用意!」



 その時、風を切るような音と共に氷が迫り、五十メートルほど離れた城壁に食い込んだ。あー。これで周囲の高いものが一掃されちまった。



「ろ、ロートス! だめぇ! き、キツくてはいらないよぉ!」



 城壁が瓦礫へと転ずる悲鳴を聞きながらそんな淫らな台詞に股の下が熱くなるのを感じ、脳髄がとろけそうになる。ちらりと彼女の顔を見ると薄く汗をかきながら陶器のように白い肌を桃色に染め、口から浅い息をはいていた。そしてその瞳。深い湖のような碧のそれには俺を求めるように強い光が浮かんでおり、なんとも扇状的だ。


 もう絶望的な戦況だとかどうでもいい。ただ欲望のままに彼女の甘い声を聞いていたいと強く望む。

 が、現実は非常だ。だってただ銃に弾丸を装填しているだけなのだから。彼女の手の中には銃身の途中で止まった込め矢(カルカ)が握られており、無言で「装填出来ない」と訴えていた。

 もっとも先ほどの声だけでご飯六杯は食べられる気がする。いや、あと一回言ってくれれば一生飯を食わなくても生きているような気がする。



「今の台詞、もう一回だけ……!」

「だからキツくて込め矢(カルカ)が入らないんだって! 見てないで助けてよ!」

「いや、込め矢(カルカ)はいらな――」

「ロートス!」

「はぃ……」



 ミューロンから渡された銃に突き刺さったままの込め矢(カルカ)に力を入れるが、確かにびくともしない。



「フェルトを巻きすぎだ」

「だって弾丸が小さそうだったから……。ねぇやっぱり椎の実型の弾丸を使わせてよ。これじゃ攻撃してるんだか、装填しているんだか分からないよ」



 現在、螺旋式燧発銃(ライフル・ゲベール)を配備されている兵はいつもの椎の実型の弾丸ではなく、銃兵が使う円形の弾丸を使っていた。なぜかって? もう一々弾丸を鋳造している余裕が無いからだよ。

 そのせいで円形の弾丸を装填しているのだが、螺旋式燧発銃(ライフル・ゲベール)は文字通りライフリングを刻んでいるために溝が出来ている。通常の円形弾ではその溝から火薬が燃焼した際に出るガスが漏れ出てしまい、多大なパワーロスが起こってしまう。

 だから弾丸にフェルトのパッチを巻き付けてその隙間を埋めながら弾丸に回転を与えようとしたのだが、パッチを巻き付けるせいで銃身と弾丸に隙間が失われてしまって装填が困難になってしまったのだ。



「おりゃ!」



 力任せに込め矢(カルカ)を押し、やっとの事で装填。まったく、椎の実型の弾丸を発明したミニエーさんは天才だ。てか発想力に脱帽する。



「ほれ、装填できな」

「ありがとう!」



 そして彼女は装填の苦労などつゆ知らずと言うように撃鉄を押し上げてすぐにセヌ大河を凍らせながら前進してくる敵兵を狙い、撃つ。



「ね、ねぇロートス。もう一回だけ――」

「自分でやれ!」



 装填五分、撃発五秒。

 うーんやるせない。



「ちなみに戦果は?」

「ご、ごめん。は、外しちゃった……」



 小さく縮こまるその姿はまさに森の小動物を思わせるミューロンだが、どうも今日の成績はよろしくない。



「どうしたんだ? らしくないじゃん」

「うーん。なんか右にそれちゃう感じ」



 もしかすると先の銃剣戦闘のせいで銃身が曲がってしまったのではないか? そう思っていると大隊本部の方からけたたましい大砲のうなり声が響いてきた。

 大隊直轄臨編砲兵中隊の砲撃により氷上を駆けてきた人影が氷ごと引き裂かれ、長雨によって増水したセヌ大河に消えていった。



「ま、なんとか膠着状態だな」



 そう、これの繰り返しなのだ。

 敵は氷の橋を架けようとするが、こちらは銃撃で敵を撃退し、砲撃で橋を叩き割ると言う行為の繰り返し。

 それにしてもサヴィオンには河は凍らせて渡る物とでも思っているのだろうか?

 それとも、まさかアイネが入れ知恵をしているのか? あの赤髪の姫。俺の故郷を奪った姫。あの廃砦で戦火の中、凄惨な笑みを浮かべる姫。


 あいつ、今どうしてるんだろう……。


 ふと、首筋についた垢と汚れをかきながら思った。

 俺はこの街で死ぬのだろうか、と。故郷を取り戻す事無く、みんなの仇を取ることも出来ずに……。



「こんな事ならレイフルト村を出る時にしっかり止めをさしておくべきだったな」

「え?」

「なんでもない。ほら、さっさと弾丸を込めろ。サヴィオンのくそったれが残っているぞ」

「うん!」



 さて、アイネの代わりに対岸のサヴィオン人を一人でも多く殺してやろう。

 そうして俺は徐々に迫りつつある終末から視線をそらすのだった。


次に読者の皆様は「ジギスムント殿下はクズ」と感想に書く。


それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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