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私と猫かぶりな貴様  作者: 礫
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 陽気な日が講義室内を照らす。太陽が出始めてから大分たった今は午後12時半。ふと横を見ると、キャンパス内に植林された桜の木の枝に2羽の子鳥が窓の外でとまっている。いや子鳥かどうかは分からない。私はそこまで動物に詳しくないし、鳥といえば焼き鳥ぐらいしか思いつかないのだから。そういえば、最近食べてないなぁ、串焼き。

その鳥たちは仲睦まじく寄り添いあっている。夫婦なのだろうか。そうなると子鳥ではない可能性が高い。いや、盛りがついた雄の子鳥がたまたま仲良くなった雌の子鳥と身を寄せ合っているだけなのかもしれない。というか、同性かもしれない。

そんなことを考えながら外の様子を観察していると脇腹を肘でつつかれた。

「痛い・・・」

無理やり現実に戻された私は脇腹をつついてきた人物を探すべく隣に目をやる。そこには背中まで綺麗にかかったセミロングの黒髪がいた。いや、女がいた。

こんな女、この大学にいたか・・・?

まぁ、コイツがきっと犯人だろう。少しの疑問を払って、そう思い私は抗議の視線を執拗に浴びせ始める。すると彼女はノートを取っていた手を止めて、私にノートから一枚の紙を渡してきた。流れるような動作。例えるなら、十数年勤めた役人のような自然さだ。

『Front』

その紙にはそのように書いてあった。なんだこいつ。”Front”だと? 私に英単語でも聞こうっていうのか。

私はその紙に”前”と意味を付け加えてやり、そのまま皮肉のつもりで丁寧に、さも国家元首から勲章を授かる軍人の如き恭しさで返還してやった。

それを受け取った彼女はというと、鋭い目つきで私を睨みつけてきた。ふん、英単語の意味を教えてやったってのに無礼な女だ。私も睨み返してやる。

ほどなく、彼女は深く私だけに聞こえるように溜息をつくと、ノートを取る手を再度動かし始めた。

礼すらできないのか。全く、これだから最近の若者というのは・・・。失笑もできない。モラルの欠片もないな。

私は心底呆れながらも鳥たちを見るために窓の外を見やった。


五分後、鐘がなった。時限を終了を告げる鐘だ。私は少し苛立ちを感じながらも、机に広げていた教科書やノート類を乱雑に鞄に詰め込む。隣の女はというとまだノートを取っていた。

全く・・・気分が害された。この隣の女に時間を取られていたせいで鳥たちは何処かに行ってしまっていた。

私は少々ムスっとした顔でまだノートを取っていた女の椅子の後ろを抜ける。そのまま、講義室を後にしようとすると、後ろから声が聞こえた。

「馬鹿ですね」

本来素行がよろしい私でも突然の罵倒を軽く受け流せるわけがない。それが知り合いでもないこんな女からの罵倒となると、少々頭にきてしまう。私は少し苛立ちを表に出しながら振り向いた。

そこには何もなかったかのようにノートを取り続ける女がいる。

こいつ・・・しらばっくれるつもりか? そんなことを考えながら、勤勉そうに黒板とノートを見比べるように見る女の顔をさも見下すような目で見る。

そして、女が全く反応しないことでいつまでも執着しているのが馬鹿らしくなった私は翻って講義室内を後にしようと前後二つしかない出入り口の前方部分に歩みを進めようとした。

「全く、ふざけた女だ」

女にだけ聞こえるような声で一、二歩踏み出す。後ろでため息が聞こえる。それによりイライラが加速していくのがよくわかる。胸にふつふつとわき出るこの気持ちこそ、怒り。内心そんなことを思いながら、教師が講義する黒板がある前をみると、そこには一人の中年の男が立っている。いい笑顔だ。こちらを見ながらとてもいい笑顔をしている。

頭の中でアラームが鳴り始めた。こいつは危険だ。この笑顔は私に不利益をもらたすに違いない。

すぐさま踵を返した。そして、後方にあるもう一方の扉から出ていこうとする。扉の方へ向かう際、ちらりと女を見たところ、ノートを取り終えたのだろう、ぱたりとノートを閉じて手提げ鞄に勉強道具を閉まっている様子が確認できた。

後方の扉へやってくると、急いで扉に手をかけた。がっ、がっ。開閉を拒む音が聞こえる。悲しいかな。鍵が掛かっている。あの男、これを知っててあそこに立っていたのか。

もう出入り口はひとつしかない。私は講義室の周囲を見渡す。なにかないか、なにかないか・・・!?

お昼どきに終了したこの講義では、皆昼食を食べるべく大方の学生は既に退室している。残っているのは、ノートを取っていたあの女とそいつに時間を取られていた私、あとは少人数が後方の席でたむろいながら、『飯どうする?』『ファ○マ行こうぜ、ファ○マ!』『コンビニ弁当とか大学生的にどうなんだよ・・・』などとたわいのない話をしている。

私はあの無礼な女を利用することにした。あの後ろの者たちを利用しても良いのだろうが、いかんせん女がいない。敵は中年の男。女を利用したほうが何かと有利だ。

私は今にも立ち上がり、退室するために歩き出そうとする女の後ろへ駆け寄った。音を出さないように気をつける。バレたら計画が潰れかねない。

女の後ろをさも背後霊の如き動きで動く。一歩歩いたら私も一歩。歩幅を合わせることも忘れない。

順調に進み、こちらのことを笑顔で凝視し続ける男の前に女を視線を遮る壁のように使いながらやってきた。

ここからが鬼門だ。女にバレずにこの男、女、私の並び順のままこの部屋を抜けなくてはならない。このまま男が動かないとすると、私はこの三人が一直線上になるように動かなくてはならない。つまり、女の前に姿を現さなくてはならない。

バレずにいられるか。もしバレたら、女に場所をどかれて男に捕まるかも知れない。それは嫌だ。入学して2ヶ月で大学を辞めるなど、あってなるものか。

私は腹をくくり、女の前に出た。そして、我々の位置が一直線になるように位置を動きながら出入り口の扉を潜った。

潜った瞬間に首根っこをその男に掴まれた。そして、なすすべもないまま引きずられ連行された。



 大学から歩いて1,2分の場所にある公園のベンチに私は座っていた。

私は心ここにあらずというような面持ちで、あの中年の男――我が大学の教授から貰った一枚の紙を眺めた。

そこには『What's your choise?(どれにする?)』とフランクな英語で題された文章が書かれている。

『貴方は注意力散漫のようです。留年しますか? 進級しますか?』

その紙はいわば警告文書だった。大学に入ってから2ヶ月間ずっと教授の話を聞かずに外を見ていたから、とうとう彼の堪忍袋の尾が切れてしまったらしい。

「そういえば・・・」

確か封筒をもらったのだった。やたら中身が入っている封筒。鞄に詰め込んだはずだからあるはず。

鞄をがさごそ漁り、10秒ほどで目的の品物を見つける。

はち切れんばかりに中身を入れられた大型の封筒だ。封筒に直接書かれた6/30の文字が気になる。

取り出そうと手を突っ込んでみるものの、ぎちぎちすぎて全く引き抜けない。

「ふん・・・!」

思い切り力を込めると、爆発したかの如く、中の紙が勢い余って取り出され宙に舞った。


風が吹いていなかったのが幸いだった。舞った紙は遠くまで飛ばずに周辺に散らばるだけで済んだ。私はその紙らを拾いながら、そこに書かれている内容を読んでみようと目を落とす。

『進級したい場合はこの課題を期日以内に全て終わらせて提出してください。期日は封筒に記載されています』

え。本気で言ってるのか。これが初めの感想だった。そして、再び封筒の期日を見た際、私は愕然とした。

封筒の期日は6/30。対する今日は6/13。見ると、紙は枚数にして150枚程度あるようだ。ざっと計算すると、1日8枚強。

これが中学、高校の漢字練習やら英文練習ならまだいい。普通に間に合うだろう。しかし、この課題は・・・

「大学数学ですね・・・」

そう、大学数学。両面刷り、片面平均して30問弱――ってさっきの声はなんだ。

私が声がしてきた方向、つまり後ろに振り向くとそこには見知った顔がいた。あの女――あの無礼な女だ。

「・・・何の用だ?」

苛立ちを含めた声を発する。きっと相手に届いていることだろう。女は憎らしげに睨みつける私に向かってあるものを差し出してきた。

財布だった。見知った財布だった。というか私が持っているものと同じデザイン、大きさだった。

「君、落としていきました」

「!」

何時も財布を入れているポケットに手を入れる。ない。じゃあこの女が持っているものが私のものか?

差し出された財布を半ばひったくるような強引さで奪うと中身を改める。定期券にレシート、ポイントカードに至るまで私のものだ。この財布は紛れもなく私のものだ。きっと、首根っこを掴まれて連行される時に落としたのだろう。

私は財布を無造作にポケットに入れた。はぁ、気付かなかったとは言え見つかってよかった。

私は心なかで安堵すると、再び紙を拾い始めた。すると、あの女の声が頭上から聞こえた。

「全く、ふざけた男ですね」

あ? 条件反射的に立ち上がった。そして、そんなことを言った女の顔を正視した。

端正な顔立ち、お世辞にもブスと言えない容姿。少々あどけなさを残すそれはとても可愛らしい。こんな出会い方をしなかったらどストライクな女だ。背中――肩甲骨まで伸びるセミロングの黒髪が何とも美しい。触ってなでてみたいほどである。妹とかだったのなら、ものすごく溺愛していただろう。

女は私と比べて一回り背が小さいが、私をしっかり正視してくる。ふん、顔を使っての色仕掛けか。浅ましい。

「何がふざけた男だ。貴様は鏡を見て来い」

「私のどこがふざけてるっていうんですか。君こそ鏡見てくるといいですよ」

あ? なんだこいつ。女が男に何を言ってもいいと思っているのか?

「ふん、馬鹿に何を言ったところで理解されないか」

「誰が馬鹿ですか。進級のかかった紙を貰う馬鹿は見る目もないみたいですね」

煽りやがる。確かに進級がかかった紙は貰ったが、頭の出来をとやかく言われる覚えはない。

「貴様・・・命知らずだな」

嫌いじゃないが、好きでもない。

「何。脅しているんですか?」

脅していない。誰がそのような卑劣な真似をするものか。

「人を馬鹿にするとはいい度胸だと思っただけだ」

「君こそ」

「・・・・・・」

こいつ・・・ふざけたことをぬかしやがる。あくまで煽りはやめないというのか。イライラが溜まっていく。手が出そうになる。だが、我慢しよう。寛大なのは余裕があるということだ。器量が大きいということは精神面でこいつに勝つということだ。

「ふん、そういうことにしておいてやろう」

「何が『そういうことにしておいてやろう』ですか。貴方が先に始めたのではないですか」

「おかしなことをいうものだなぁ。つまらんぞ、女」

「うわ、うざい・・・」と声が聞こえたような気がするが気のせいだろう。きっとそうだ。そうでなくとも、器量の大きさを示したのだから負け犬の遠吠えだろう。


「・・・君、友達いないでしょ」

女を無視して紙を拾っていると唐突に心がえぐられた。ホールケーキにナイフを入れられるようにするっと滑らかにえぐった。おかげで紙を全て落とした。落ち着け、落ち着け平常心。紙を拾いながら素数を数えろ。1枚。・・・だめだ。心の傷は大きい。

「君、友達いないでしょ」

4枚、5枚拾った手から再び紙が落ちた。なんだこいつは!! 私になにか恨みでもあるのか!

「いいい、いないわけないわけない!」

「それ、いないって言ってますからね」

「あ・・・!!」

あたふたして取り繕うとしたが遅かった。

「やっぱり」

女はそう言って悪戯な笑みを浮かべると手を差し伸べた。

「お友達になりませんか?」

はぁ!? どうしてそうなる!? 展開おかしい!!

とは当然思ったが、『お友達』という甘美な響きに釣られて手を取ってしまった。これが私の人生最大の成功であり、失敗だった。



 その女の名前は『三枝静瑠みえしずる』というようだ。

「君の名前は?」

女は私に名前をそう言って何度も問うたが、私は教える気はさらさらない。その前に確認すべきことがあったからだ。課題を封筒に入れながら、目を合わせずに声を発する。

「なぜ、私を友だちにしたのだ」

本当になぜだ。先程まで私たちは随分と険悪だったはずだ。どうしてこうなった!

「そんなことどうでもいいじゃないですか」

「どうでもよくないだろう! もしや、貴様が美人局つつもたせというやつか!!」

思いのほか大きくなった声だったが、女は全くひるむこともなくこちらの顔を見ている。それを直視できず、バツが悪いかのように私は視線を外す。

「美人局、ですか・・・。そう見えるかもしれませんね」

「そうにしか見えないだろう! 何故だ、険悪な雰囲気からどうしてこのような和やかな風になる!?」

ろくな人間関係がない私はこのような状況にとても混乱している。だがしかし、心の中ではほぼ初めてできた友達というものに内心喜んでいた。

「そんなに身構えないでください。私は怪しいものじゃありませんよ」

「いいや、怪しいものだ! 私は貴様のような者を避け、安全に生きたいのだ!」

「安全に生きたいって・・・年寄りじゃないのに」

女は困ったかのように頬をかく。困っているのは私の方なのに、自分がわがままをいい、困らせているのかと錯覚される。

「なぜ私を選んだのだ? その理由を聞かせろ!」

「理由? 理由、ねぇ・・・」

小首をかしげ、口元に人差しを当てる。先程から動揺してばかりの私はそんな彼女の行動にも疑惑の念を払えない。

「君に一目惚れしたから?」

彼女はさも軽く言ったが、『一目惚れ』という言葉で私の頭は沸騰した。赤面し、運命的なものを感じてしまった。乙女的に言うならば、ときめいてしまった。だが、約18年培ってきた他人との壁は厚く、打ち砕くには及ばない。

「こっ・・・」

「こ?」


「・・・こ、この淫乱婦めがぁ~!」

私は赤面した顔を両腕で隠しながら、女に背を向けて走り去った。肩にかけていた鞄はともかく、封筒の中に入った課題を忘れたことに気づくのは家に帰って風呂に入った後だった。


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