ソシエの見張り
時間が来てソシエと見張りを交代したロリクスはモミジの横で毛布にくるまり、そして悶々としていた。
先ほどまでソシエが使っていた毛布にはぬくもりとにおいが残っていたためだ。
多少の汗と、女性特有の甘い香りが毛布から漂ってくるため寝付く事が出来ず、仕方なしに毛布をかぶらずに寝る事にした。
すこしでも毛布から離れようと抵抗したためか、今度はモミジの寝顔が思いのほか近くにあって更にドギマギすることになっていたのは本人のみが知るところ。
「……見張りって退屈ね」
同刻、ソシエはテントの近くにある岩に腰かけていた。
焚火はしばらく消える様子がないので放置しても問題はなさそうだ。
だが、見張りという事で全方位に気を張らなければいけないというのは、それでいて暇つぶしになるようなことがないというのは意外ときつい。
ソシエの場合、ロリクスと違って遠距離攻撃が主体であり、媒体である杖も大した手入れは必要ないためやる事が全くない。
「そういえばモミジが変なこと言ってたっけ。
MPとは別に魔力があってなんたらかんたら……なんだっけ」
そう言いながらソシエはステータス画面を開いた。
注目したのはMP欄、現在は十分な休息をとったため満タンだ。
「【ブレス】」
風属性魔法である【ブレス】をスキルとして使用する。
これはそよ風を起こして相手の射撃など、遠距離攻撃の威力を下げる魔法だ。
最初から覚えている魔法だが、攻撃力は皆無な癖にMPの消費が時間計算のため、使い勝手の非常に悪い魔法だった。
「むむむむむ……」
うなりながらMPを確認する。
1秒当たり3~5のMPが消費されているのがわかる。
そして十秒も過ぎたころだろうか。
「わかった! 」
徐に手をたたき、立ち上がったソシエは大きく深呼吸をしながら【ブレス】の行使をやめた。
「ブレス! 」
そして、右手を突き出して今度は魔法としてブレスを使用した。
それは思惑通りだったのだろう、見事に成功して、失敗した。
スキルとして発動した魔法は適性の威力にとどめられる。
例えば今しがた使用していた【ブレス】であれば、敵の遠距離攻撃を軽減できる最低限にとどめられる。
だが、魔法として使用した場合はその限りではない。
本人の意思と、使用した魔力量に応じて威力が上限する。
ソシエはその事を、モミジから聞いていたがすっかり忘れていた。
「あー」
そよ風というには凶悪すぎる、暴風と呼ぶべき風が草原の土を掘り返した。
草の根によって補強されているはずの地面がえぐれるほどの威力、一瞬の行使だったがソシエの体内魔力の半分を消費するに至った。
その感覚を覚えて、ソシエは再び魔法を行使した。
「ブレス! 」
今度は先程と打って変わって、扇風機程度の風力で草を揺らす。
消費もスキル使用時と同程度だろう。
「うん、戦略の幅が広がった! 」
嬉しそうに言ってのけたソシエは、見張りに戻るべく焚火に近づいて、そして恨みがましそうに睨んでいるロリクスに気が付いた。
ようやく睡魔が現れ始めた頃に、地面をえぐる暴風に驚いて飛び起きたからだ。
その原因がソシエであるというのはすぐに理解できたらしいが、怒りは収まらなかったのだろう。
「ごめんなさい! 」
あわてて頭を下げたソシエの肩をたたき、顔を上げた瞬間に強烈なデコピンをくらわせて無言のままテントに戻っていった。
残ったのは激痛に悶えるソシエと、無残にえぐれた草原、パチパチと音を立てる焚火だけだった。
なお、モミジは一度も目を覚ますことなく眠っていた。