道化師
「うむ、満足。
それじゃ……」
噴水の周りに置かれたベンチに腰かけていたモミジだったが、腰から下げた二本の杖を手に取り声を低くする。
「何の用」
「おや、気付かれていましたか」
モミジの呟くような声に返ってきたのは陽気そうな声だった。
めんどくさげにそちらに目を向けたモミジだったが、一度顔をそらしてから体ごと向き直る。
「はいどーもー」
「ピエロ? 」
そこにいたのはまさしくピエロそのものだった。
白い顔、赤い鼻、パンダのような化粧に帽子と道化服。
「はじめまして、ルーランと呼んでくれるとうれしいな」
「あ、はい初めましてモミジです」
あまりに現実離れした光景に毒気を抜かれてしまったのか、モミジも素で返答してしまう。
「はいよろしくモミジさん。
あー僕はおしゃべりが大好きなんですが、上司から今回は急ぎと聞いていますのでいきなり本題を……これ以上進むな」
先ほどまでおどけた調子だったルーランから急に殺気が放たれる。
それはモミジ個人への物ではなく全方位へ向けられたものだ。
過敏な者、気の弱い者はそれだけで気を失い、見張り中だったのか兵士たちは槍を構える。
「……ニール」
「大正解、だけど大外れ。
ニール様は君たちが来ることを心から歓迎しているよ。
けれどね、僕や僕の上司は君たちが来ることを嫌がっている」
「要するに、貴方たちは私たちが邪魔。
私たちはあなたたちが邪魔という事ね」
「その通りだよフロイライン」
「なら、邪魔なものはつぶすのが定石よね」
「激しく同意しよう、その考えは正しいよ。
特にこの世界では」
そう言ったルーランは懐から20本のナイフを取り出してジャグリングを始める。
「君たち魔法使いはさ、殲滅と防衛は得意なんだよね。
だけど市街地での戦闘や、救出戦、あと1対1は苦手だよね」
「……そうね」
苦々しげにそう返したモミジだったが内心焦っていた。
まさかこんなところで戦闘を始めるとは思っていなかった。
そのため装備が不十分すぎる。
普段であればこういった状況に対応すべく、相応のアイテムを持っているのだが今は観光を目的としていたためにそれらのアイテムはすべてロリクスに預けてしまっている。
「……じゃあ最初の勝負は鬼ごっこかな。
君は人気のないところまで逃げ切れたら第二の勝負の始まりだ。
よーいすたぶげっ」
口の回転が良くなったのか、ぺらぺらと語りだすルーランの隙をついてモミジはその顔面を殴り飛ばした。
いくら貧弱な魔法使いといえどそのレベルは最大値だ。
ルーランはひょうきんな格好ではあるものの、使っている武器がナイフである事や身軽な動き、気配遮断などから盗賊系の、つまりは素早さに特化した職業であろうと見立てての行動だった。
その予想は正解だったのだろう、ルーランは今しがた殴られた個所を抑えてのた打ち回っている。
「ゲームスタート」
そんなルーランを見て、にやりと口の端を上げてモミジは町の外へ向けて走り出した。
そんなモミジを見て、ルーランはぴたりと動きを止めて口の端を釣り上げる。
「そしてゲームオーバーだよ」