寝起き
「おおぉぉぉぉぉおおお! 」
国の城壁に設けられた検問所、そこの仮眠室でモミジは雄たけびをあげながら飛び起きた。
それは、もとをただせば雄叫びではなく『この野郎』と叫んだ際に最後の母音だけが発せられたものだったが、モミジ以外はそのことに気付いていない。
「くっそやられた!
まんまと一杯食わされた!
あの野郎覚えてろ!
ちくしょうが! 」
モミジは自分の意識が戻っている事に気付いているのかいないのか、仮眠室のベッドの上でナイトメアに対する罵詈雑言を並べ続けているが周囲の人間はそれどころではない。
例えば先ほどからボロボロと涙をこぼしてモミジに聖水をかけていたシティはきょとんとしたまましりもちをついている。
モミジの雄たけびに驚いた結果だ。
またソシエは、モミジが目を覚ますと同時に近くに置かれていた果物に手を伸ばしシャリシャリと皮をむいてさらに盛り付け始めた。
そして、ロリクスはその果物を運ぶふりをして自分の口に放り込んでいた。
「……あれ? 」
そうしているうちに、ようやくモミジは今自分がどこで何をしているのか理解したらしく怒鳴るのをやめて周囲を見渡した。
その仕草は、見た目相応に可愛らしいものだったが、さっきほどまでの激昂した姿を見せられた後ではそれもたいした意味を持たなかった。
むしろ普段は大人しいがいざおこると手を付けられない猛獣のようなイメージを抱かせてしまっている。
「……何時間くらい寝てた? 」
「えっと……5時間くらい」
モミジは窓の外が薄ぼんやりとした朝日を感じて近くで呆然としているシティに問いかけた。
それに対して呆気にとられていたシティも半ば強制的に意識を引きずり戻されたのかしっかりと回答した。
「出てきなさい、ナイトメア」
その答えを聞いて一つ二つとうなづいてから、自分の中に響かせるようにそうつぶやく。
それは、周囲の物からしたら異様な光景ではあったがモミジは半ば確信を持っての行動だった。
「呼ばれて飛び出て何とやら、というやつでしょうか」
モミジの呼びかけに呼応して、モミジの胸のあたりからナイトメアが出てきた。
その姿はモミジにそっくりだったものの髪の色、目の色、肌の色などすべてがモノクロになっている。
「正確な時間を答えなさい。
私はあの精神世界に何時間いたの」
「5時間4分37秒です、私が精神的に支配した場合精神世界の時間は静止、つまりは浦島太郎のようになるはずですがマスターは支配できませんでした故に」
「ふんっ! 」
モミジはナイトメアが説明を挟んでいるのを無視して殴りつけようとこぶしを振り下ろした。
しかし、それを読んでいたかのごとくするりとかわして完全にモミジの体から抜け出したナイトメアは優雅に一礼した。
それは見るものが見れば、そして見た目が見た目であれば作法にのっとった立派なものだったのだろう。
けれど、モミジを含む全員が時間を忘れたかのように動きを止めてしまったのもあってか礼儀作法をほめる者はいなかった。
ナイトメア、見た目はモミジのアバターをモノクロにしたものだが見様によっては色白黒髪の美少女といえる。
そんな容姿で、そんな姿かたちで、ナイトメアは服を着ていなかった。