会議
大嘘吐き、モミジは自分を示す言葉としてこれ以上なく正しいものだと考えている。
自分は嘘が大好きだ。
両親が死んだとき、辛くない悲しくないと嘘をついた。
祖父母に引き取られて、友達がいなくても寂しくないと嘘をついた。
祖父母の家の手伝いをしていて、遊びに行きたくとも仕事が楽しいと嘘をついた。
武道を習ったとき、怪我をしても痛くないと嘘をついた。
そして、こちらの世界に来たとき、最高だと本心を口に出しそうになったのをぐっとこらえた。
「それでは嘘吐きさん、あなたさえよろしければ『理想の自分』というものにして差し上げますよ」
「あら魅力的」
ナイトメアはモミジの声で語りかける。
それに対してモミジ人身は平坦に返した。
しかしその内容は受け入れるものでありながら興味なしといわんばかりの者であり、モミジにとって『理想の自分』なんてものに興味はない。
「嘘って楽しいですね」
「楽しくはないでしょう、楽なだけ」
「でも字面は同じですよね。
楽なことは楽しいでしょう? 」
「あら? 苦労というのもまた楽しいものよ?
私なんて好き好んでマゾヒスト御用達の苦行に手を出したけど? 」
「それは苦行もまた娯楽の一環というだけです。
私の意見の否定材料にはなりえません」
そこで、モミジは一息ついて茶碗に手を伸ばす。
そして気づく、自分の腕が動かないことに。
「随分なことしてくれるのね」
「それは私の責任ではありませんよ。
先ほど私が『理想の自分』について語った際あなたは否定をしなかった。
言葉だけを見れば肯定でしたね」
モミジは思い出す。
『理想の自分』になれるといわれた時なんて答えたのか。
魅力的、確かにそう答えた。
それは肯定以外の何物でもない。
「それ以後は基本的に反論されてしまいましたからね。
おかげで片腕が精いっぱいでし」
ナイトメアがそこで言葉を途切れさせた。
モミジが残った左手でちゃぶ台をひっくり返したからだ。
「ちゃぶ台返しとかいまどき昼ドラでもみませんよ」
ナイトメアはそれをかわそうとも受け止めようともせず、ただその身を任せるだけだった。
しかし、ちゃぶ台はナイトメアにあたることなく宛ら幽霊が壁をすり抜けるかのごとく通過してしまった。
「物理攻撃にはめっぽう強いんですよね、わたし」
「『プロミネンス』」
ナイトメアの行動を見てモミジが手をかざしてスキルを発動させる。
しかし、それは発動することなくモミジの声が残響するのみだった。
「ここはあなたの夢の中ですよ。
そんな世界で魔法を使えるわけないでしょう」
「だったらこうしたらえどう? 」
ナイトメアの言葉を無視して、モミジは太陽をイメージする。
イメージの中では自分たちが茶を飲んでいるこの部屋が太陽でじわじわと焼かれていくイメージだ。
事実、風景は徐々に赤く染まり、あちらこちらから火の手が上がっている。
「……無茶をする」
「夢の中だからこそ魔法を使える人種もいるってことでしょ」
「悪夢の中で使えるわけないでしょうに」
「悪夢ねえ……こんなのはどうかしら」
モミジは太陽のイメージを取り止めて、自分たちの足元に巨大な穴をイメージする。
「落ちる夢、ってのは言うまでもなく悪夢の一環でしょ?
……おぇ」
「……うぷっ」
イメージ通り穴は開き、落下の感覚を味わったものの二人そろって浮遊感によってしまった。
モミジもあわててイメージをやめて元の部屋に戻す。
「……うっぷ、ついでだから腕も返してもらうわよ。
うげぇ……」
「おろろろろろろろろろろ……」
モミジが自分の腕が元に戻ることをイメージすると、すぐに右腕が動くようになった。
合わせて地面にぶちまけた二人分の吐瀉物も消す。
「それじゃ、改めてお話を……やっぱちょっと待って」
新たに話し合いを、としようとしたが再び顔を青くして口元を抑えてうずくまってしまった。
ナイトメアに至っては地面に体を投げ出して横たわっている。