事件発生
「あなたの事は気に入りましたよ、お嬢さん」
「私もあなたの事気に入ったわよ、アンドレイ」
「……お二人が楽しそうで何よりです」
モミジとアンドレイはどちらからともなく握手を交わし、にこやかに悪態をついていたがラインはそのことに口出しをしようとは考えず。
それどころかもう勝手にしてくれと言わんばかりにお茶を啜っていた。
「さて、迷惑料は土地と家と使用人と、あと情報で充分ね。
何か頼み事でもあったならラインを通して連絡くれたら手伝うわよ」
「それはありがたい。
貴方の馬鹿げた戦力を必要とすることが来ないことを祈りたいですが、万が一という事も有りますからね」
アンドレイがそう言って、お茶を飲もうとカップに手を伸ばした瞬間だった。
三人はズドンッという音と共に振動を感じた。
「近衛兵! 何事だ! 」
「失礼します!
現在報告待ちですが伝達魔法によりますと大量のモンスター、それもアンデットがこちらを目指して行進しているとのことです! 」
兵士の言葉に、モミジとラインは目つきを変える。
アンデットの行進、大進撃系イベントの一つである【百鬼夜行】だろうと二人は予想をつける。
このイベントは通常の大進撃のように定期的に起こる物ではない。
その発生条件は、【大進撃イベントを少人数で短時間のうちに終わらせた翌月に発生する】という物が有力とされている。
そのことからモミジは仮説を立てる。
原因はおそらく、というより確実にロリクスだろう。
もちろん意図してやったことではなく、というより当然国の兵士も参戦していたためロリクスもこんな事になるとは思っていなかったはずだ。
しかし、神の意思かシステムなのかは不明だがロリクスの活躍が大きかったことから参戦はロリクス一人という扱いになったのだろう。
もしくはゲーム時代はNPCであった兵士たちは頭数に含まれないという事なのだろうか。
「新たな報告が入りました!
数は2万を超えるであろう軍勢!
押し寄せる波のようだとのことです!
その戦闘にはナイトメアと思しきモンスターを5体確認!
先程の音と振動は彼奴等の魔法の余波と思われます! 」
その近衛兵は、報告をしようと声を張っていたが顔は青ざめ、声も震えていた。
それはアンドレイとラインも同様で、ラインに至っては小刻みに震えている。
ナイトメア、悪夢の名を冠するモンスター。
そのレベルは450前後とされており、魔法と物理攻撃に対して高い耐性を備えている。
またその魔法の威力は下位のドラゴンであれば容易く貫くほどの物で、レベル400前後の戦士職でも一撃で危険域に陥る。
「2万……それにアンデットね……」
今回問題なのは率いているのがナイトメアという事だけではなく、アンデット集団という事にある。
アンデットは昼間の日が出ている間はステータス6割減という能力があるが、雨天曇天であればステータス減少は無く、夜間であればステータス3割増という恐るべき能力を持っている。
さらに今は夕方、それも夕日の隠れるほど厚い雲に覆われた空。
伝達魔法の範囲をモミジは知らないが、ここに到達するまで2時間はかからないだろうと予想している。
「さっそく、私に頼ると解釈してもいい? 」
「……ナイトメアなど大したことないと? 」
「普段ならね、問題はないと思うけれど万が一が有るから避難誘導はしておいて。
ラインもこっちに専念」
そう言ってからモミジはメニュー画面を開き、メッセージをフレンドたちへ飛ばした。
『発モミジ、宛フレンドたちへ
ロリクスがしくじった。
百鬼夜行発生、大至急集合。
敵は2万、先頭にナイトメア5体。
一国の主に恩を売れるチャンスが全員に与えられる。
場所はメッセをたどれ』
そのメッセージはすぐさまフレンドたちへと飛ばされた。
そして、それを見た者たちは口の端を釣り上げて各々武器を掲げる。
この世界に来てから初めての大きな戦闘が始まろうとしていた。