ご対面
「ほう、さすがだな」
ロリクスと兵士がモミジを国王に会わせまいと誓った直後に、それは破られることとなる。
モミジの背後から先ほどの兵士よりも立派な鎧を身にまとった兵士数名と、煌びやかな服装の男が現れモミジを抱え上げた。
「だが人質がいては手も足もげぶぇ」
モミジをロリクスの身内と考えて抱え上げたのだろうその煌びやかな男性は、モミジのけりをみぞおちに受けて言葉を途切れさせる。
その様子をロリクスは腹を抱えて笑い、モミジたちと談笑していた兵士は顔を青くして跪く。
また、煌びやかな男性の周囲にいた兵士たちは慌てふためきながらモミジに対して無礼者と口々に罵りの言葉を投げかけるが、当の本人はしれっとした様子でポケットから飴玉を取り出し舐めている。
その飴は、実はMP回復アイテムなのだがそれに気付いたのはロリクスだけだ。
「レディーを後ろから抱え上げる方がよっぽど無礼でしょ、この変態」
「貴様! 」
モミジの言葉に、武骨な鎧の兵士が額に青筋を浮かばせて剣を引き抜く。
しかし、その直後に男は地面に突っ伏した。
「遅いわね」
「おっそ」
「遅いな」
それはモミジが無詠唱で放った【パラライア】の呪文であり、兵士が倒れる直前にロリクスが【不殺の木刀】で切りつけたゆえの現象だ。
その攻撃の速度に反応できたものは、今もみぞおちを押さえて呻いている煌びやかな男の背後に立つ女性だけだった。
「だからやめときなさいて言ったのに……」
その女性は頭を押さえて兵士を見下ろす。
「【ホーリー】」
それから魔法スキルを詠唱省略で発動させて兵士を回復させる。
「ごめんなさいね、この馬鹿達がご迷惑をおかけして」
その女性はにこやかに話しかけるも警戒を解かず、手には杖を握ったままだ。
それに合わせて桃井児たちも武器を手に持ったまま、いつでも応戦できる姿勢をとっている。
対して兵士たちは、顔を青くしながらじりじりと後退している。
その中にはモミジにもぞ落ちをけられた煌びやかな男性もいる。
「あら、ごめんなさい。
お話をするような恰好ではなかったわね」
しかし、その空気に反して女性は杖を腰のベルトに差し込み、両掌を見せて敵意がないことを強調する。
それを見て、モミジとロリクスも顔を見合わせてから武器をしまう。
「いや、こちらこそ。
私はモミジ、魔法使いです」
「あらご丁寧にどうも。
私も魔法使いです、名前はラインです。
ちなみさっきあなたを抱きかかえた男はこの国の王様で、昏倒させた兵士は近衛騎士団の最高責任者よ」
ラインと名乗った女性の、言葉にモミジは目を見開く。
しかしそれは国王だ近衛騎士団の最高責任者だという言葉に対してではなく、魔法使いという言葉に対してしてだ。
ゲーム時代も不人気職とはいえ魔法使いは皆無ではなかったが、モミジの知人には魔法使いがいなかった。
「ちなみにレベルは350です」
レベル350、最大レベルが500と考えると少々低く見られがちだが魔法使いという職業では上等と言える。
その理由が、魔法使いは防御力がなく、攻撃はMPがなくなればまともにできず、かといって逃げるには敏捷が低いためレベルを上げるのが難しい。
そのため狩場に単身潜れば大抵の場合脱出する前に死亡してしまい、復活の際に経験値を大きく失うことになるからだ。
「モミジさんはおいくつですか? 」
「レベル500です」
「500!? 」
モミジの言葉にラインが驚きを見せる。
そしてその表情から血の気が消える。
「私この国捨てて逃げ出そうかしら……」
ラインの言葉にモミジは首を傾げる。
しかしロリクスは大きく頷き、近衛騎士団も一般の兵士も涙をこぼしている。
その反面、国王はそれがどうしたと言わんばかりにモミジとラインを睨み付けている。
「国王、聞いての通り私はこの国から逃げ出そうと思うわ。
レベル500なんて勝てるわけがないもん」
「貴様! そんなことが許されるとでも思っているのか! 」
ラインの言葉に国王が声を荒げる。
しかし、兵士も含めてその場にいるすべての人間が冷やかにそれを見つめている。
「あのねぇ、たった350程度の私に騎士団がぼっこぼこにされたの忘れたの?
そんな私が手も足も出ないレベルの人間が二人もいるのよ。
しかも方や近接特化でもう方や遠距離特化、しかも広範囲を攻撃可能となれば勝ち目なんかないに決まってるでしょう。
かけてもいいわよ、私含めてこの国が壊滅するまで5分かからないわ」
ラインの言葉に国王は顔を赤くして、しかし何か反論しようにも言葉が浮かばずに拳を握りしめてラインを睨み付けている。
「5分? 」
ただ一人、モミジだけがその言葉に反応を示す。
「訂正、30秒持てば上等ね」
モミジの言葉にラインが苦笑いを浮かべながら訂正する。
それを聞いて国王はさらに顔を赤くするが、ロリクスは妥当だなとつぶやいている。
「証拠みたい? 」
その国王の顔色を見て、モミジがポツリと漏らす。
それを聞いたロリクスは後ろを向いて走りだし、ラインは【ディメンション】で転移する。
「面白い、見せてみよ」
ただ一人、実力の差をわきまえない国王のみがそう答えた。
対して近衛騎士団や兵士たちは周囲にいる人間に対して避難しろと声を上げている。
「【無の衝撃波】」
モミジは人のいない方向へ向けて魔法を発動させる。
【無の衝撃波】は【無の衝撃】の互換スキルで、威力が低くMP消費が大きい代わりに広範囲を攻撃できるスキルだ。
ただし、威力が低いとはいえ400レベル程度の相手であれば一撃で葬ることができる。
唯一の欠点と言えば、この魔法の攻撃範囲がどれほどのものか、モミジにもわからなかったことだ。
「な……」
国王はその魔法を見て声を失った。
モミジの【無の衝撃波】は目算で30km先にある山を半分消し飛ばしたからだ。
しかし、それだけでは足りず魔法の通った跡には凍っている部分や、融解している部分などところどころで違った効果を発揮している。
「あー詠唱省略でよかったわ。
詠唱までしてたらあの山消えてたかも」
モミジの言葉をまともに理解できるものがいなかったのは、せめてもの救いだったのかもしれない。