回復魔法
【ディメンション】で移動した先でモミジが見た光景は、戦場というにふさわしいものだった。
国を守るための外壁の外側で、救護用のテントが多数設置されているが溢れ出た人々が地べたに体を預けている。
「うっわ……」
モミジが思わず声を上げるが、驚愕というよりは嫌な予感が当たってしまった事に対する落胆の声というべきだろう。
ロリクスからコールを受けた段階である程度は予想できていたことだ。
魔法使いの力が必要、という事は広範囲に作用するスキルが必要という事になる。
さらに、攻撃という意味では魔法使いにも劣らぬ攻撃範囲を持つ職業はいくつか存在する。
その中でも魔法使いが必要、というのはただ一つ。
広範囲回復魔法が必要という意味だろうとモミジは予想していた。
回復が必要ということは人命がかかわっているのではないかと考えての迅速な行動だったが、それは正しかった。
『今どこ』
モミジはメニューからメッセージを選択してロリクスを呼び出す。
しかしそれに答えは返ってこない。
「呼び出しておいてレディを待たせるとはいい度胸ね」
死屍累々と言った様を見て懐に手を入れて、そしてため息をついて外壁に寄り掛かる。
手持無沙汰になったときにタバコを吸おうとしてしまう癖がいつになっても抜けない事を嘆きつつも、今の姿でタバコは犯罪すぎるなと考える。
「まった? 」
そうしている間にモミジの肩が叩かれた。
「レディを待たせるなんて紳士失格よ」
「……あれ、幼女ってレディだっけ」
「見た目は養女、中身はレディよ」
肩をたたいた男、ロリクスはモミジと軽口をたたきあう。
しかし、それはすぐに途絶えた。
「それで、回復魔法? 」
「あぁ、手加減はしたんだけれどね」
そういいながら装備している木刀をモミジに見せる。
それは【不殺の木刀】という装備で相手のHPを必ず1残すという装備だ。
逆を返せばロリクスと戦った相手のHPは1しか残っていないという事になる。
下手をすれば転んだだけでも死ぬような重症だ。
「やっぱりこの惨状はあんたの仕業だったのね……」
「やべっ」
語るに落ちたロリクスは、しかし楽しそうにケラケラと笑って見せる。
半面モミジはうんざりといった様子でため息をついた。
「ご飯おごりなさい、私と新人三人に。
最高においしいやつをね」
「任せておけ、王様脅してでも用意してやるよ」
「……なんとなくこの惨状の原因がわかったわ」
モミジは相も変わらずへらへらと笑っているロリクスを伏目に腰からぶら下げていた杖を掴み、詠唱を始めた。
それはゲーム時代詠唱が長い割に範囲しか取り柄のない魔法スキルだったが低レベルのプレイヤーを回復する際には役に立っていた。
ただし、詠唱省略などを使用すると効果が低減、つまりただでさえ少ない回復量が更に減ってしまうため詠唱の時間を考えると割に合わないことが多々あった。
「【エクストラホーリー】」
モミジが詠唱を終えてスキルを発動させる。
白い翼を携えた天使がモミジの背後から現れ、両の手を天に向けて広げる。
それに続いて光の粒子が雨のように降り注いだ。
このスキルの唯一の利点だった効果範囲は、現在いるフィールド全体という恐ろしい効果範囲だった。
「うっへ、ゲーム時代もすごい派手だとは思っていたけどこれはやばいな……」
ロリクスが【エクストラホーリー】の演出を見て感嘆の声を上げる。
またモミジのスキルで回復した人々が次々に起き上がり、モミジのスキルから生まれた天使を凝視している。
中には手を合わせて拝みだすものまで現れる始末だ。
「……【カースレイン】」
その最中、モミジが小さな声でスキルを発動させる。
【カースレイン】、天候が雨の時のみ使用可能なスキルだが、光の粒子がその役割を果たしているのかそのスキルは発動してしまった。
効果は至って簡単、雨が降っている範囲内の自分以外の相手全員に呪いをかけるという物だ。
ゲーム時代、呪いという状態異常は毒に次いで厄介なものとされていた。
例えば今回のようにモミジが誰かに呪いをかけた場合、呪いをかけられた人はモミジに危害を加えようとすると苦痛を受けるという物だ。
ゲーム的な言い方をするとモミジを攻撃しようとしたらダメージを受けると言えばいいだろうか。
幸いこのスキルを発動したことは、ロリクスを含めてだれも気付いていない様子だった。