プロローグは戦闘中
「これで……! 」
愛らしい少女が右手に握った杖を振るう。
両の手に別々の杖を持ち、フードで顔を隠しながら今にも少女を食い殺さんとする赤い竜の周りを走りながら魔法を乱射している。
「もえあがれー」
少女の声は、死闘を繰り広げているとは思えないほど間延びしたものだ。
そこからは気迫は愚か、やる気はあるのかと疑ってしまうほどだ。
「やっぱ赤に火は聞きにくいか……でもだからスキル上げにちょうどいいんだけれど」
少女はそう言いながら火の魔法を乱射する。
その威力は、相手が溶岩の中に住むというレッドドラゴンでなければ一瞬のうちに消し炭になってしまうであろうものだ。
それを一秒に十発のペースで打ち込んでいる少女、目の前にいるドラゴンと比べてどちらが化物かと言われてしまうと答えにくいものがある。
「そろそろ、最上級でもいこうかな」
少女がそう言うやいなや、右手に持った透明な宝石のついた杖が光り輝く。
それから少女は足を止め、杖を突き出して左手の指で空をなぞる。
それを隙と見たのかレッドドラゴンは少女の頭を食いちぎろうと、彼女めがけて口を開き突進した。
それは、蛮行だった。
「【プロミネンス】」
少女が魔法の名前を口にしたことで、その魔法が顕現する。
詠唱省略、魔法使いがこぞって取得しようとするスキルの一つだ。
その名のとおり、魔法に必要な詠唱を省略するというものだ。
いままではこの詠唱省略の上位互換に当たる詠唱破棄を使用していたが、デメリットとして威力低減があるため少女は詠唱省略を選んだ。
その威力は筆舌にし難い。
溶岩の中を泳ぐレッドドラゴンはほかのドラゴンと比べて対処がしやすいと言われている。
泳ぐということに重きを置いたため羽は退化して飛ぶことはできず、溶岩をどうにかしてしまえば逃げ場はない。
さらに、レッドドラゴンの特性上体が冷えるとそのウロコはもろくなってしまう。
これらのことから上位にいる人間からはおいしい獲物だ、とされていた。
されていた、というのはレッドドラゴンのレベルに関わってくる。
当初、初心者救済か、と言われたほどに狩りやすかったこのレッドドラゴンは高レベルになると手のつけようがなくなる。
溶岩を凍らせて逃げ道をなくした、その結果自分の足元から溶岩が吹き出し、捕食されながら溶岩の海を泳ぐことになった。
体が冷えてもろくなったから斬りかかったら自分の体ごと炎のブレスで燃やされた、しかもそれでウロコが元通り硬くなった。
水の魔法をぶつけたら水蒸気爆発起こしてこっちの体力がごっそり減った、レッドドラゴンは無傷だった。
などの報告が上がっているほどだ。
いま少女が相手取っているのは上位のレッドドラゴン。
下級のレッドドラゴンでさえ火の最上級魔法さえ耐えることが出来る。
しかし、少女が詠唱省略ではなった火の魔法、プロミネンス。
広範囲を太陽に匹敵する温度で焼く魔法だが、当然のことながらレッドドラゴンに対して効果は薄いはずだ。
しかし、少女と敵対していた竜はプロミネンスで焼かれていた。
高温になればなるほど硬くなるウロコは融解し、生半可な火力では火が通らないとされる肉は炭化していた。
それから3分ほど、プロミネンスが収まるまでレッドドラゴンは焼かれ続けた。
「ありゃ、まだ生きてる」
少女の言葉のとおり、レッドドラゴンはまだ生きていた。
全身が炭化し、光を見ることもなければ音を聞くこともかなわないその惨状を生きているというのであれば。
「かっこよく決めたかったんだけれど……しょうがない。
【ファイア】」
少女は一人つぶやきながら火の玉を手のひらにのせる。
ファイア、火の魔法を覚えるものが最初に覚えるとされる魔法だ。
一般的には野営の際火種に使う程度のものだが、少女の手にあるそれは小さな太陽を思わせる熱量だった。
「スキル上げにご協力感謝します、ってね」
そういって、少女はレッドドラゴンの顔面にファイアを押し付けた。
そして、完全に事切れたレッドドラゴンは光の粒子となって消えてしまった。
後には融解していたはずのウロコと炭化していたはずの肉、そして未だに脈打っている心臓だけが残された。
「お! ラッキー、火竜の心臓じゃん」
少女は怖気づいた様子もなくそれらのアイテムを広い、次々にポケットへしまいこんでいく。
それから左手の指で空をなぞって、何かに触れる動作をした。
「っぷひゃー」
少女、とはにつかない姿で彼女はため息をつく。
VRMMO、いわゆる疑似体験型オンラインゲームからログアウトした彼女は専用の機体から起き上がり台所に足を進める。
先程までのレッドドラゴンとの戦いを振り返るながら、牛乳をコップに注いで一気に飲み干す。
(リアルなのはいいけれど、暑さまで実体験できるのはちょっとねぇ)
VRMMOではリアルを追求して寒暖や空腹を感じ取れるようにしてある。
それは、人体に影響の出ない範囲でというのが規則で決められているが、それでも不快な暑さやしばれる寒さというのはあるものだ。
「これで、魔法コンプリート」
彼女は言う、魔法を極めたと。
これはどんなゲームにも言えることだが魔法使いという職業は一定以上の人気がある。
それは現実には存在しない魔法への憧れか、それとも効率を重視した故の選択か。
けれど彼女のプレイする【ドミナスオンライン】というゲームにおいて魔法使いの需要は著しく低かった。
火力が欲しければ剣を、遠距離から攻撃したいなら弓を、素早く動きたいならナイフを、壁になりたいなら盾を、回復薬が欲しいなら薬をと魔法使いの必要性が極端に低かった。
それだけなら需要がここまで下がることはなかっただろう。
現にドミナスオンライン、通称ドミナスのサービス開始当初は魔法使いで溢れかえっていた。
その理由は、サービス開始当初は魔法使いが最強の職業だったことにある。
広範囲を攻撃できる、高火力で圧倒できる、などなどバランス調整がうまくいっていなかったのが原因だ。
しかし運営側はそれを見逃すほど甘くはなく、サービス開始ひと月で職業のバランス調整が行われた。
それは今まで魔法使いを目指していた者の大半を怒らせる内容だった。
初期の段階で覚えられる魔法の減少と威力の低下、それに加えてほかの職業の火力の底上げと体力の増加だった。
魔法使いというのは得てして体力、つまりHPが低い。
そのため前線に出して戦わせるとあっという間に死んでしまうというのはどこでもある話だ。
だからといって魔法使い以外が火力を取れるようになった今、わざわざ火力の落ちた魔法使いを庇う必要は無くむしろ直接叩いたほうが早いという結論が出てしまった。
そのため魔法使いとして名を轟かせているプレイヤーの大半は初期の一ヶ月で最低ライン以上まで育て上げた者か、途中から魔法使いを初め苦行を乗り越えた猛者のどちらかだ。
とうぜん、数は限られてくる。
少女のアバター(うつしみ)を持つ女性、楓渚は後者だった。