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我が輩は傍観者である  作者: 二色
おぼろげに浮かび上がるもの
9/19

絶望的観点

 どうして神は私に理不尽なお願いをしているのだろうか。


 どう考えても無理ですありがとうございました、な私にとんでもないことが起こってしまったようだ。現実逃避したいと言っているが現実はあまりにも非情で私にひどく冷たい。まるで氷水のようだ。

 心が凍ってしまいそうにもなる現状に、私は無意識に顔を覆った。どうも現実を見たくないようだ。


 現在私の目の前に観察対象である来栖桜、両隣に生徒会役員である双子共がいる。帰りたい、非常に帰りたい気分である。どうして私はひとりで図書室へ来てしまったんだろう。あ、いや、ぼっちなわけじゃないからね? ただ本を返したかっただけだよ?

 自問自答しても、どうして彼らがここにいるのか解らない。理解したくないというのが本音かもしれない。教室に戻らせてくださいお願いします…。


 桜ちゃんは私を視界に入れた瞬間、花が咲いたような笑みを浮かべて駆け寄ってきたのだ。そして可憐な声であいさつと、かわいい笑顔で私のことを王子様とよんだ。彼女にとって本物の王子は私じゃないと断言できるのに、彼女は現実を見てくれない。そんな身長も高くないのに、男勝りな性格じゃないのに。まあ、大雑把でめんどくさがり屋で冷めているせいもあるのかもしれない。そして自覚しているが、フェミニストだ。女だけどフェミニストでもあるからか。

 どちらかというと美少年に分類される双子が、にっこりと笑顔を張り付けて言った。


「はじめましてー! 君が王子だったんだねー!」

「女の子とは思わなかったよ!」


 そりゃそうだな、うん。だって王子っていうのは大抵が男だ。男装趣味のある女性は知らないけど。

 苦笑して気のない返事をする。興味ありません、という態度をとって帰ってもらうのだ。どうだこの作戦。いいだろういいだろう。成功するかは置いといてだな。


「はあ。そうですか」

「…何その返事」

「態度わるーい。せっかく話しかけてあげたのに」

「興味ありませんから」


 どうでもいいから早く帰れ。お前らの自意識過剰態度はいらねえんだよ。…おっと、口調口調。

 というか一人の時にいろんな人と関わるなあ。誰かといた方が大丈夫なのかな? 安心できるのかな? 知らないけど、私が運がないだけかもしれないけど。

 双子に帰れという念を送っていたら、彼女に手を掴まれた。


「あのっ、わたし、その…」

「ん? なに? あ。そう言えば前くれたクッキー、おいしかったよ。ありがとう」

「ほ、本当ですか?! よかったあ」


 私の言葉一つ一つに一喜一憂している彼女が可愛くて面白い。私、男だったら彼女のこと好きになってただろうなあ。こいつらの気持ちもわからなくもない。

 彼女の視線が私に向かっているのが不服なのだろう、双子が唇を尖らせた。


「桜ちゃんさ、こんな愛想のない人にかまわなくてもいいじゃん」

「そうだよ。僕たちと遊ぼうよ」

「えっ。わたし、王子様と一緒にいた方がいい」


 本心なんだろうか。キョトンとした顔で彼女が言えば、双子は絶句したまま固まった。顔が似ているだけあって、そんな顔まで一緒なんだ。ドッペルゲンガーみたい。

 桜ちゃんはそんな双子などどうでもいいように、また私の方を見てニコニコと話しかけた。彼女って、怖いね…だって無意識だよ…初知りだよホント…。


「あの、わたし、一緒にご飯食べたいなあと思って…あ! 別に今日じゃなくてもいいんです! いつでもいいんだけど、その…」

「いいよ。私でよければ」

「えっ!? ほ、本当? 嘘じゃないですよね?!」

「嘘はつかないよ。私、女の子には優しくできているから」


 母と父の教えである。『女の子には優しくしなさい』だ。律儀に守っていたらこんなフェミニストになってしまったんだけど…怨めないよなあ。

 思わず微笑する。かわいいなあ。かわいいものはホントかわいい。


「ちょ、ちょっと――」

「ねえ、何やっているんだい?」


 聞きなれた声。声をした方を見れば案の定彼がいた。双子のどちらかの言葉をさえぎって、声を出した彼はなんというか、怒っている。どす黒いオーラを醸し出している。そんな彼の雰囲気を感じ取ったのか、双子も桜ちゃんも怯えてしまった。


「冬弥君」

「ナツ、捜したんだよ。一向に見つからないから、どこに行ったんだと思って焦ったよ」

「ごめんね。捜さなくてもいいのに」


 なぜか知らないけど、私を視界に入れた途端雰囲気が優しくなった。和らいだ、という表現の方が正しいのだろうけど。小さく、口角が上がった。


「いつも通り、一人になると厄介事に巻き込まれるんだね。僕の行動が遅かったからかもしれない、もう少し早ければよかったのかもしれない。なんて、考えたら罪悪感が出た。ごめんね」

「と、冬弥君のせいじゃないよ! 私が一人でいる時だけだし、大丈夫だよ」


 厄介事ってほど厄介じゃないし。そう言えば彼は顔をしかめた。表情に出てしまっている。感情がにじみ出ているのだろうか、ああ、ごめんなさい。理由は一向にわからないけど。

 ふう、息を吐けば彼女が私の服の裾を握ってきた。怯える小動物のようでかわいい。


「桜ちゃん。あまり怯えなくても大丈夫だよ」

「で、でも…」

「ナツ。帰ろう、教室に」


 有無を言わせない声色で彼は言った。苦笑して頷く。彼女たちに一応謝って彼にそばに寄った。


「…怒ってる?」

「怒ってない、と言えば嘘になる。僕だって独占欲ぐらいあるし。…君は僕にとっての唯一の存在だからね」

「ふーん。ありがと」


 そっけなく返す。少し顔が赤くなっている気がするが気にしないでおく。気にしたら負けだ、終わりだ私よ。天然たらしなのかわからないけど、よくこういう恥ずかしいこと真顔で言えるなあと思う。それがかれなんですけどね? 知ってましたけどね?

 隣を歩く彼をちらりと一瞥する。やはり無表情だ。彼の表情筋が仕事してくれません。

 私の教室へ戻ると、梓が黄昏ていた。不思議そうに冬弥君が首をかしげていた。ああ、そうか。


「梓、今日行くの?」

「……うん。今日、あの人の命日だしね」


 私が声を掛ければ振り向いて、悲しそうに、辛そうに笑った。言った後に、俯いて無言になる。


 彼女にはかつて・・・片思いしていた相手がいた。それは中学生のころのことで、その相手は彼女の幼なじみで、私とも仲が良くノリのいい相手だった。私と梓と剛くんとその相手でよくつるんでいて、どこかへ出かけたり、遊んだりした。

 喜怒哀楽のある、感情豊かな人だった。そう私は記憶している。

 その人――紅真くれま 響生ひびきは、学校の帰り道、交通事故で亡くなった。彼の不注意ではなく、子どもを守ろうとしていた、と言っていた。彼らしい事をしたな、そう私は思ったのだけれど、彼女の方はそうは思わなくて、知った後、一晩中泣いていた。学校も休んで、一晩中泣き続けた。それもそうだろう。彼女の初恋の相手で、片思いの相手で、幼なじみだったんだから。


 そんな彼の命日が、今日この日だ。


「私も行くから、安心してね」

「ありがとう、夏奈」


 無理をして笑っている。それを感じてなんだかとてもつらくなった。私じゃ、彼女を支えきれない。

 私が目を細めれば、冬弥君が私の肩をたたいてきた。


「どこへ行くんだい?」

「御墓参り。今日がその人の命日だからって」

「…僕もいいかい?」

「いいよ。大人数の方が、彼も喜ぶだろうし。ね、梓」


 彼女にかければうなずいてくれた。よかった、元気はある。

 あ、そう言えば会長も来るのだろうか。あの人梓のこと好きそうだし、ことあるごとにこっちにくるし。梓の一大事って言えば来てくれるかな?


 ――私は、梓を泣かせるなら会長は嫌だけど、彼女を支えてくれるなら、彼女の恋人になってくれればいいと思う。なんといっても大切な親友だから、幸せになってほしい。

 早くその思いを断ち切って、立ち直ってくれることを私はいつでも願っている。

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