知り合いは
夏は日差しが強い。
私の名前には夏が入っているが、私は夏があまり好きではない。海は好きだが、肌が焼けるのが嫌いだ。けれど毎年彼女と剛くんと海へ行っている。今年も行くのかな。
彼は相変わらずキャラを作っている。梓直伝の“堅物風紀委員長”だ。銀縁眼鏡で誠実っぽい容姿。それを利用しているらしい。彼女は面白いという理由以外でもほかの理由があるかもしれない。例としては、ネタとしてだ。ああかわいそうに剛くん。同情はしないけど。
「あ、剛くん」
「えっ? 夏奈ちゃん?!」
誰もいない廊下で彼を見た。キャラを繕わなくてもいいと思ったのだろう。いつも通りの反応をしてくれた。にこにこと無邪気な笑顔をして駆け寄ってきた。
「どうかした?」
「ううん、なにも。ただ呼んだだけ」
「そ、そうか…」
がっくりとうなだれた。何をそんなに落ち込むのだろうか。なんで顔に出やすいのに演技できるのか不思議に思う。彼女は何をしたのだろう?
「学校内で会うのは久しぶりだね」
「そうだな。なんか知らないけど風紀の仕事が多くて…なんで先輩がやってくれないんだろ?」
「剛くんにはできると思ったんじゃない?」
「それはない! あの人たち絶対面倒だからやりたく無かったろうに!!」
驚愕で目を見張る彼に苦笑する。そこまでいうか、普通。それほど多いのだろうか?
彼を見上げる。ああ、身長がもう少しほしいなあ。なんて、叶わない願望が出てしまう。仕方がない。…冬弥君に、ふさわしくないから。この平凡顔が憎い!
「夏奈ちゃんはどうしてここに?」
「先生に頼まれたものを置きに行っただけ。結構教室から遠くてさ、両腕が痛い」
「誰も手伝ってくれなかったの?!」
「? うん。別にいいし。言ってはくれたんだけど、私から断っちゃって」
「バカ野郎!」
「野郎じゃないよ。殴っていい?」
ごめんなさい。そういってきた。私にも梓がうつってきたらしい。サディストにはならないからね? 私の名誉のために言っておくけど。
彼はふうんと、気の抜けた返事をして眼鏡をとった。彼女曰く、堅物っぽく見せる伊達眼鏡だ。そこまで計算しつくしていたとは驚きである。どこまで完璧主義なのか気になってしまうではないか。
「耳痛い。もういい加減このキャラやめたい! 梓ちゃんに言っといてくれない? 俺からいうと絶対断られるからさあ」
「ええっ。絶対無理だよ。だってあのサディストだよ? 無理に決まってんじゃん」
「それもそうか。ああもう!! 俺はいつまでこれなんだよ!」
卒業までじゃないかな。なんて思っても口には出さない。彼の運命がわかれてしまうからだ。私が言ってしまうと彼女からの制裁かもしれない。言わずにいれば比較的平和だ。比較的だけど。休日の保証は取れませんよ!
彼曰く「つらい」らしい。だいぶ慣れてきたらしいが、学校内の不良共との接し方はうまくいかないらしい。舎弟はできたって言ってたけど。一方通行だと思うけど。これ梓に言ったら大変喜ぶと思われる。ネタにされるよ! やったね!
うわあああああ!! と奇声を上げて絶望する彼の頭をたたく。うるさい。
「ばれたらどうするの? バカなの? あほなの? 死ぬの?」
「辛辣! でも大丈夫! キャラ作りっていうから!」
「元のを?」
「…あ…そうか…」
絶望した表情をした。指さして笑いたい気分だが、それは彼女の仕事だった。危ない危ない。
「じゃあどうすればいいってんだよ…」
「転校すればいいんじゃない? 知ってる人いないし、梓もいないし一石二鳥だよ」
「金かかる! 母さんに怒られるパターンだよね?!」
「私が知るわけないよ、剛くんの家の事情なんて」
「理不尽! 夏奈ちゃんが提案してくれたじゃん!」
「それはそれ、これはこれ。話は別だ」
嘘泣きし始めた。私悪くないじゃん。君が梓に従ったからこうなったんだよ。うん。私悪くない。
彼は息を軽く吐いて、しゃがみこんだ。哀愁漂うその背中に戸惑う。私のせいじゃ、ないよね…?
「えっと、剛くん?」
「うう…夏奈ちゃんは何とも思ってないんだね…いいよもうこれで、我慢するよ…逆らったらえびぞりの刑だしどうせ…」
梓ぁ…かわいそうに思えてきたよ…剛君が。何でそれなの。まずそのチョイスがおかしいと思われますが、私は意見しませんすみません。剛くん、生きて!
「まあまあ、梓も本気じゃないし。むしろじゃれ合いだよ?」
「本気だったら怖いわ!」
ツッコミもキレがヤバい。どれだけヤバいかっていうと、自殺寸前までの人間の思考回路ぐらいだ。推測だから実際のところわかんないんだけど。
彼の前に私もしゃがむ。彼の肩をポン、と軽くたたく。
「夏奈ちゃん…」
「梓は梓さ。彼女は変わりはしない。けど私はどっちでもいいよ? どっちもどうせ剛くんなわけだし。中学からの付き合いだしね」
「ううっ、マジ王子様じゃん…」
それ禁句。忘れてたのに! この野郎!!
笑顔を作っていたが、ピシッと音を立てて固まった。今私の中で、一番聞きたくない単語ナンバーワンだぜ。ああ、もうヤダ。私女!
この嫌がり具合を分かってもらうために、彼の肩を最大限の力で握る。
「痛い痛い!! やめて! どこにそんな力あんのってか折れる肩!!」
「私そんな力強くないけどなあ、あははは。なめやがってこの野郎」
「痛い痛い痛い!! ごめんなさいって!! 俺が悪かった!」
「それでいいんだよ。…次王子って言ったら、殴り殺しちゃうかも」
できる限り真顔で言えば、彼は真っ青になった。はっ! 私の勝利ということでいいな!
彼にはこういう類の言葉が効く。梓の躾(?)のおかげだろうか? 彼女には逆らわないでおこう。いや、いつも思っているけどね?
立ち上がると彼も習って立ち上がった。長く深い溜息を吐いて、彼は眼鏡をかけた。かけてもかけてなくてもイケメンはイケメンだが、彼の場合雰囲気が全然違って見える。誠実そうに見えて実はチャラい奴だとか。これがギャップ萌えというやつですか…?
「…なんで、ナツ?」
「ほげあっ!!」
何ぞこの奇声。どこから出したのか自分でもわからないほどの、奇怪で奇妙な声を出してしまった。私何者…? 人間?
聞きなれた声に振り向けば、案の定九条冬弥君が立っていた。どうも私がここにいることに驚いたようで、隙間から見える目が見開かれている。私の観察眼、侮るなよ?
「…冬弥君こそ、どうしたの?」
「…僕は別に、君を探していただけだから。どうして君は、ほかの男といるんだい?」
冷気が漂った。冬弥君の背後に吹雪いている大雪が幻視してしまう。私とうとうおかしくなったのかな。変人にあてられちゃったのかな。
こんな失礼なことを考えて現実逃避してしまう。これを止める救世主は剛くんしかいないと思うよ! そんな意味を込めてちら見したら、小さくため息を吐いて眼鏡をくいっとあげた。
「何か勘違いしていると思うが、偶然会っただけだ。まあ厳密に言えば、知人に近い関係だ。君には関係のないことだろう?」
「関係のないこと? 君にとってはそうだろうね。でも僕にとっては違うんだよ風紀委員長。僕は大事なものはだれにも渡したくない主義なんだ」
「大事なもの? そんな独占欲を発揮しなくてもいいだろう? 相手の意思を汲み取ってあげなければ意味がないと俺は思うが」
なんだこいつら、頭いい言論対決か。火花散らさないでよ。というか剛くん。この場面梓に見られたらネタにされるぜ。私の本能がそう告げている。
何のことを言い争っているのか私には見当もつかないが、この言い争うを止める術はないのだろうか。考えても何も出て来やしない。
「…あの、お二人さん。もうすぐ予鈴鳴りますよ?」
私の言葉が届いたのか彼らは言い争いをやめてくれた。剛くんはまた長い溜息を吐いて、私に背を向けた。冬弥君にはなぜか見えないように、手を軽く振ってくれた。
恐る恐る冬弥君の方を見る。彼よりもこっちなんだよこんちきしょう。
「冬弥君。どうしたの、本当に」
「どうしたもこうしたも…君は本当に学習してくれないな」
「えっ?! 私のどこが学習していないというの?!」
「…なんでもない。君はそのままでいい。さあ、教室へ戻ろうか。予鈴まで時間がない」
そういって腕を握られた。引っ張られているが、優しい握り方だ。優しい人だなあ、なんて思ってみる。絶対に口に出さにけど。出しそうだけど、言わないでおく。
彼の手から伝わる体温に、少しニヤついてきて必死に戻す。多分今の私の表情気持ち悪いことになっていると思われる。だって、片思いの相手といることさえもうれしいのに、触れているのだから。
思わず笑ってしまった私に気付いたのか、彼は無言ながらに少しだけ強く腕を握ってくれた。