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我が輩は傍観者である  作者: 二色
おぼろげに浮かび上がるもの
8/19

知り合いは

 夏は日差しが強い。

 私の名前には夏が入っているが、私は夏があまり好きではない。海は好きだが、肌が焼けるのが嫌いだ。けれど毎年彼女と剛くんと海へ行っている。今年も行くのかな。


 彼は相変わらずキャラを作っている。梓直伝の“堅物風紀委員長”だ。銀縁眼鏡で誠実っぽい容姿。それを利用しているらしい。彼女は面白いという理由以外でもほかの理由があるかもしれない。例としては、ネタとしてだ。ああかわいそうに剛くん。同情はしないけど。


「あ、剛くん」

「えっ? 夏奈ちゃん?!」


 誰もいない廊下で彼を見た。キャラを繕わなくてもいいと思ったのだろう。いつも通りの反応をしてくれた。にこにこと無邪気な笑顔をして駆け寄ってきた。


「どうかした?」

「ううん、なにも。ただ呼んだだけ」

「そ、そうか…」


 がっくりとうなだれた。何をそんなに落ち込むのだろうか。なんで顔に出やすいのに演技できるのか不思議に思う。彼女は何をしたのだろう?


「学校内で会うのは久しぶりだね」

「そうだな。なんか知らないけど風紀の仕事が多くて…なんで先輩がやってくれないんだろ?」

「剛くんにはできると思ったんじゃない?」

「それはない! あの人たち絶対面倒だからやりたく無かったろうに!!」


 驚愕で目を見張る彼に苦笑する。そこまでいうか、普通。それほど多いのだろうか?

 彼を見上げる。ああ、身長がもう少しほしいなあ。なんて、叶わない願望が出てしまう。仕方がない。…冬弥君に、ふさわしくないから。この平凡顔が憎い!


「夏奈ちゃんはどうしてここに?」

「先生に頼まれたものを置きに行っただけ。結構教室から遠くてさ、両腕が痛い」

「誰も手伝ってくれなかったの?!」

「? うん。別にいいし。言ってはくれたんだけど、私から断っちゃって」

「バカ野郎!」

「野郎じゃないよ。殴っていい?」


 ごめんなさい。そういってきた。私にも梓がうつってきたらしい。サディストにはならないからね? 私の名誉のために言っておくけど。

 彼はふうんと、気の抜けた返事をして眼鏡をとった。彼女曰く、堅物っぽく見せる伊達眼鏡だ。そこまで計算しつくしていたとは驚きである。どこまで完璧主義なのか気になってしまうではないか。


「耳痛い。もういい加減このキャラやめたい! 梓ちゃんに言っといてくれない? 俺からいうと絶対断られるからさあ」

「ええっ。絶対無理だよ。だってあのサディストだよ? 無理に決まってんじゃん」

「それもそうか。ああもう!! 俺はいつまでこれなんだよ!」


 卒業までじゃないかな。なんて思っても口には出さない。彼の運命がわかれてしまうからだ。私が言ってしまうと彼女からの制裁かもしれない。言わずにいれば比較的平和だ。比較的だけど。休日の保証は取れませんよ!

 彼曰く「つらい」らしい。だいぶ慣れてきたらしいが、学校内の不良共との接し方はうまくいかないらしい。舎弟はできたって言ってたけど。一方通行だと思うけど。これ梓に言ったら大変喜ぶと思われる。ネタにされるよ! やったね!

 うわあああああ!! と奇声を上げて絶望する彼の頭をたたく。うるさい。


「ばれたらどうするの? バカなの? あほなの? 死ぬの?」

「辛辣! でも大丈夫! キャラ作りっていうから!」

「元のを?」

「…あ…そうか…」


 絶望した表情をした。指さして笑いたい気分だが、それは彼女の仕事だった。危ない危ない。


「じゃあどうすればいいってんだよ…」

「転校すればいいんじゃない? 知ってる人いないし、梓もいないし一石二鳥だよ」

「金かかる! 母さんに怒られるパターンだよね?!」

「私が知るわけないよ、剛くんの家の事情なんて」

「理不尽! 夏奈ちゃんが提案してくれたじゃん!」

「それはそれ、これはこれ。話は別だ」


 嘘泣きし始めた。私悪くないじゃん。君が梓に従ったからこうなったんだよ。うん。私悪くない。

 彼は息を軽く吐いて、しゃがみこんだ。哀愁漂うその背中に戸惑う。私のせいじゃ、ないよね…?


「えっと、剛くん?」

「うう…夏奈ちゃんは何とも思ってないんだね…いいよもうこれで、我慢するよ…逆らったらえびぞりの刑だしどうせ…」


 梓ぁ…かわいそうに思えてきたよ…剛君が。何でそれなの。まずそのチョイスがおかしいと思われますが、私は意見しませんすみません。剛くん、生きて!


「まあまあ、梓も本気じゃないし。むしろじゃれ合いだよ?」

「本気だったら怖いわ!」


 ツッコミもキレがヤバい。どれだけヤバいかっていうと、自殺寸前までの人間の思考回路ぐらいだ。推測だから実際のところわかんないんだけど。

 彼の前に私もしゃがむ。彼の肩をポン、と軽くたたく。


「夏奈ちゃん…」

「梓は梓さ。彼女は変わりはしない。けど私はどっちでもいいよ? どっちもどうせ剛くんなわけだし。中学からの付き合いだしね」

「ううっ、マジ王子様じゃん…」


 それ禁句。忘れてたのに! この野郎!!

 笑顔を作っていたが、ピシッと音を立てて固まった。今私の中で、一番聞きたくない単語ナンバーワンだぜ。ああ、もうヤダ。私女!

 この嫌がり具合を分かってもらうために、彼の肩を最大限の力で握る。


「痛い痛い!! やめて! どこにそんな力あんのってか折れる肩!!」

「私そんな力強くないけどなあ、あははは。なめやがってこの野郎」

「痛い痛い痛い!! ごめんなさいって!! 俺が悪かった!」

「それでいいんだよ。…次王子って言ったら、殴り殺しちゃうかも」


 できる限り真顔で言えば、彼は真っ青になった。はっ! 私の勝利ということでいいな!

 彼にはこういう類の言葉が効く。梓の躾(?)のおかげだろうか? 彼女には逆らわないでおこう。いや、いつも思っているけどね?

 立ち上がると彼も習って立ち上がった。長く深い溜息を吐いて、彼は眼鏡をかけた。かけてもかけてなくてもイケメンはイケメンだが、彼の場合雰囲気が全然違って見える。誠実そうに見えて実はチャラい奴だとか。これがギャップ萌えというやつですか…?


「…なんで、ナツ?」

「ほげあっ!!」


 何ぞこの奇声。どこから出したのか自分でもわからないほどの、奇怪で奇妙な声を出してしまった。私何者…? 人間?

 聞きなれた声に振り向けば、案の定九条冬弥君が立っていた。どうも私がここにいることに驚いたようで、隙間から見える目が見開かれている。私の観察眼、侮るなよ?


「…冬弥君こそ、どうしたの?」

「…僕は別に、君を探していただけだから。どうして君は、ほかの男といるんだい?」


 冷気が漂った。冬弥君の背後に吹雪いている大雪が幻視してしまう。私とうとうおかしくなったのかな。変人にあてられちゃったのかな。

 こんな失礼なことを考えて現実逃避してしまう。これを止める救世主は剛くんしかいないと思うよ! そんな意味を込めてちら見したら、小さくため息を吐いて眼鏡をくいっとあげた。


「何か勘違いしていると思うが、偶然会っただけだ。まあ厳密に言えば、知人に近い関係だ。君には関係のないことだろう?」

「関係のないこと? 君にとってはそうだろうね。でも僕にとっては違うんだよ風紀委員長。僕は大事なものはだれにも渡したくない主義なんだ」

「大事なもの? そんな独占欲を発揮しなくてもいいだろう? 相手の意思を汲み取ってあげなければ意味がないと俺は思うが」


 なんだこいつら、頭いい言論対決か。火花散らさないでよ。というか剛くん。この場面梓に見られたらネタにされるぜ。私の本能がそう告げている。

 何のことを言い争っているのか私には見当もつかないが、この言い争うを止める術はないのだろうか。考えても何も出て来やしない。


「…あの、お二人さん。もうすぐ予鈴鳴りますよ?」


 私の言葉が届いたのか彼らは言い争いをやめてくれた。剛くんはまた長い溜息を吐いて、私に背を向けた。冬弥君にはなぜか見えないように、手を軽く振ってくれた。

 恐る恐る冬弥君の方を見る。彼よりもこっちなんだよこんちきしょう。


「冬弥君。どうしたの、本当に」

「どうしたもこうしたも…君は本当に学習してくれないな」

「えっ?! 私のどこが学習していないというの?!」

「…なんでもない。君はそのままでいい。さあ、教室へ戻ろうか。予鈴まで時間がない」


 そういって腕を握られた。引っ張られているが、優しい握り方だ。優しい人だなあ、なんて思ってみる。絶対に口に出さにけど。出しそうだけど、言わないでおく。

 彼の手から伝わる体温に、少しニヤついてきて必死に戻す。多分今の私の表情気持ち悪いことになっていると思われる。だって、片思いの相手といることさえもうれしいのに、触れているのだから。


 思わず笑ってしまった私に気付いたのか、彼は無言ながらに少しだけ強く腕を握ってくれた。

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