自称傍観者
なんということだ…神は二度も私に試練を与えたというのか…?
神に見捨てられたと嘆く前、私は梓とともにいた。同士は用事があるということで今日はいない。彼と一緒にお昼とりたかったんだけどなあ。その思いは絶対に口には出さない。誰がなんて言おうとも、絶対に出しはしないんだからね。
彼女とは教室でお弁当を広げていた。彼とは校舎裏だけど、彼女とは見られてもいいものなのでここだ。いつも通りの他愛のない話をしていた時だ。
「あ、王子様!!」
「…はあ?」
可愛い高い声。観察対象の子の声に似ているなあ、と他人事のように思う。絶対に振り向かないからな。声だけは反応しちゃったけどもうしないからな。
梓は肩をすくめて苦笑をしている。困らせてごめんね、梓。
「反応してあげなよ」
「…しょうがない」
ここはいっちょ男気を見せてやろうじゃないか。私女なんだけどね!
席を立ち観察対象の子の方へと歩く。なんで変わらない背丈で、同性なのに顔赤くしてんの? え? 私そんな男に見える?
ちょっと絶望した。そりゃそうだ。胸は絶壁のようだ。Bはあるからね!? 絶壁じゃないから! 自分で言っちゃったけど!
「何か用?」
「あ、の。まえ、助けてくれてありがとうございました」
そういって彼女は頭を下げた。ええっ、それを言うためだけに? 別にいいのに、めんどくさい。
「別にいいって言ったのに」
「わたしがちょっと嫌で…これ、お礼に。口に会うかわからないんですけど…」
小さな袋。かわいくラッピングされた袋を受け取って見てみる。きれいに焼けたクッキーだ。いろいろな型で抜き取って焼いたらしい。かわいい、おいしそう。
「ありがとう。私お菓子作り下手だから、うれしいな」
「ほ、本当ですか?! よかったぁ…」
彼女は口元を両手で隠して微笑んだ。私よりか小柄で、華奢な女の子。大きな目が可愛らしく、少し赤らんだ頬が可憐だ。それに比べて私はがさつだし平凡だし。…彼が振り向かないのもわかる気がする。彼女のような女の子はモテるんだろうな。
私は羨んだ気持ちを表に出さずに、彼女に笑った顔を作った。
「焼き菓子は特に好きなんだ。ありがとう。名前なに?」
「あ、来栖 桜っていいます!」
「桜ちゃんね。私は八馬夏奈だけど…」
「王子の名前は知ってます!」
元気な返事ですね! わかってた、わかってたよ? 私の非公認ファンクラブがあるほどだから。もしかして、彼女も入ってたり? …それはないだろう。希望だけど。
にこにこと嬉しそうに笑う彼女に愛護欲というか加護欲というか…そんなものがわいてきた。妹が出来たらこんな感じなんだろうな。そう思って、彼女の頭を撫でてみた。いつも私が彼に頭を撫でられるからね! やってみたかったんだよ本当は!
照れ笑いをする彼女の名前を誰かが呼んだ。わたしが手を放すと、彼女は少し残念そうな顔をした。ああ、似合ってる!
「じゃあね」
「あ、はい!」
ばれる前に退散しておこう。彼女の周りにかかわるとろくなことがない。イケメンを侍ら背てる系美少女にはかかわらない方が正解だったらしいが、私にはそれが不可避だったようだ。現実は虚しく、残酷である。彼にも脈なしだしね!
梓のところへ戻る。お疲れさん、と声を掛けられて片手を少し上げて応える。
「いつの間にかあんなに好かれてるね。九条君怒っちゃうかな?」
「怒らないでしょ? 何言ってんの梓」
「…無自覚…!」
驚愕の表情を浮かべた梓の頭を軽くはたく。いつもいつも、何自分の世界に入っちゃってるんだ。なんか虚しいじゃないか、私が。
てかなんで冬弥君がかかわってくるんだろう。…まさか、傍観者同盟を抜けさせられるかもしれない…!? 私接触しちゃったから。しかも名前も顔も覚えられたし。ヤバし。
「私、なんかしくじったかな…」
「そうだね」
「うえっ?!」
聞きなれた声に奇声を上げてしまう。心臓がバクバクと早く脈打ちしているとわかってしまうほどの驚きだ。息を吐いて、彼を見る。
見下ろしている彼を見て、石のように固まった。
「どうして、ああなってしまうのかな。僕は何もしていない。君も何もしていない。現実は夢のようにはいかないね、ナツ」
「そ、そうですね…」
怒ってる? 感情の起伏がない声。目も声も何も感情を語らなくなった。どうしよう。自業自得かもしれないけど、そう思ってしまう。だって、彼と話すことが出来ない方が私にとってつらいから。嫌われててもいいから、話だけはしたいのだ。いつもそれが裏目に出てしまいそうになるのだが。
目線をそらすと肩に感触があった。軽く重みのあるもの、少し温かみのあるもの。彼の手だ。
「観察対象は邪魔者だ。君には必要のない人物だ。たとえ同級生で観察対象だとしても、だ。君と話す必要はないし、面と向かって会う必要性も感じない。少なくとも僕にはだけど」
するりと降りて、私の手を握った。そうだ。彼はずっと一人なんだっけ。誰とも接触しようともしなかったんだっけ、会長を除いて。でもどうしてそんなに怒るのか、私には理解できない。理解する気もないのだろうけど、彼については知りたくなってしまうのだ。
長い前髪からかすかに見える目が伏せられた。少しだけ、握った手が強くなった気がした。
「君にとってもあまり必要性のない人間だと思う。僕は彼女を観察してきたけど、君にふさわしくない。ただ邪魔なだけの、わずらわしいだけの存在だ。だから、」
彼は小さく息を吐いた。まるで自分を落ち着かせるように、小さく静かに深呼吸をした。そして首を横に振る。言いかけていたが、何かをこらえるように口をつぐんだ。
「この話は終わりにしよう。…君が、僕のそばを離れるわけじゃないんだし」
「…うん、そうだね」
深く意味は考えない。ただ、気の合う友人という意味だろうと思った。私にとっての梓も、そういう存在になっているから。彼の言いたいことはわかっているよ。
伏せていた目を開けて、私の手を優しく握った。手つきが、手つきが…!
「あの子を撫でたことが、心底羨ましく思ってしまった」
「…冬弥君は、届かないんだよ」
「ああ、それもそうだね。僕と君は差が激しすぎる」
ケンカ売ってますか? とでも言ってやりたかった。彼は少しだけはにかんだ。彼に表情に変化を見て、凝視して目に焼き付けておく。変人だと思われてもいい。梓の変人に感化されただけだ!
なぜか知らないけれど二人の世界に入っていたのだろう、梓が私の名前を呼んだ。
「話し合いは済んだ?」
「話し合い? してないけど…」
「話し合いではない。少し言ってあげただけだ。君は少し黙ってくれないかな」
「了解です、魔王様!」
軍人のようにきれいに敬礼をした彼女に笑う。なんか言葉に意味が含まれていそうだったけど気にしないでおいた。彼女は意味不明な言葉を言う時がたまたまある。すべてスルーしているんだけど。
でも、一回会っただけでこんなにも仲良くなれるんだ。彼女のコミュ力に驚くのと同時に、羨ましくさえも思った。私は時間をかけていたのに。嗚呼これが失恋というものですか、神よ。会長、あんたも失恋しろ。私と同じ思いを味わえ。…完全なる八つ当たりだ。
「ナツ?」
「えっ、何?」
「何を考えてた?」
「……なにもです」
「嘘だよ、目をそらさないで」
彼にはわかってしまうのか。つらいなあ。
彼の目を見る。済んだ彼に目に私が映った。左手は私の手を握り、右手は私の方へと置いた。どうしたのだろう。最近の彼はおかしい。私が彼と同盟みたいなのを組んだ時からだ。それ以前は普通に接していたからおかしく感じてしまう。
首を横に振れば彼は目を細めた。表情に出るようになったね。
「言えない? 僕には言えないこと?」
「…なんというか、うん。言いにくいのかな?」
「…できるだけ、僕には言ってくれないか? ナツのことは知っておきたいんだ」
ああ、口説き文句だ。思わず口がゆるみ、笑みがこぼれた。
「ありがとう」
それだけで、今の私は幸せです。