彼という人間
私には同士がいる。といっても私とは到底離れた人物なのだが…。
同士こと九条冬弥は自称傍観者だ。自身のことを傍観者と名乗る、隠れイケメンだ。そして変人だ。
彼は変人として奇妙な言動をとることが多い。
彼は暇さえあれば辛い物を口にしている。以前彼とともに昼食をとった際、彼の弁当が赤く、キムチまみれだったことに絶句した。辛党なんだね、と引き気味で聞いてみたが、「これ位辛いのに入らない」と言われた。味覚どうなっているの。その時カバンの中身を見せてもらったら、自身の七味唐辛子の瓶が三本入っていた。何に使うのか聞いたら、弁当にかけるって。これ以上赤くしてどうすんの。それ以上辛くしてどうするの!
本当に焦りました。はい。
「やあ、八馬王子。ご機嫌いかがかな?」
「…は?」
突然現れた彼が無表情を崩すことなく、そういった。八馬王子って、誰のことだ。
「君、女子生徒に人気らしいね。王子、って呼ばれていてファンクラブもあったよ」
「はあ?!」
私のことかい! というかファンクラブ?!
口をあんぐりとあけている私の頭に手を載せる。彼は声だけ楽しそうに弾ませ、表情を無にしている。やめて怖い。
「無意識的に女子生徒の手助けでもしていたんじゃないか? 君、なんか知らないけど僕より男らしいからね」
「いや、冬弥君はマイペースを貫いているだけだと思うよ」
「そうかい?」
無意識って怖いね。そう聞こえないようにつぶやくが、彼に聞こえてしまったようだ。
顎に手を当てて頭を振った。
「無意識ではないと思う。僕は結構他人に無関心だからね。君はほかの人物とは違うし、彼女たちは観察対象だ。他人は全員観察対象としてしか見ていないけどね」
「ふーん。じゃあ私はなんなのさ」
「同士、友人、かな。それ以外なんかあるのかい?」
「…イエ、ナンデモアリマセン」
棒読みだね、そう言われた。
彼に友人って言われた。同士止まりだと思っていたのに、友人だって。ちょっとうれしい。口角が少し上がってしまい、両手で隠す。恥ずかしい。
彼にとって他人は観察対象。でも私は違う、と。その区切りだけでもうれしいのに、彼はすさまじい威力の爆弾を投下してくれた。時限爆弾じゃない。私にとっての核爆弾だ!
ふと、気になったことを聞いてみた。
「私のファンクラブがあるって、どうやって調べたの?」
「企業秘密。…と言いたいところだが、特別に教えてあげよう」
わーい! 棒読みで言ってみれば彼は「面白いね」と言って、今度から僕もやってみようと言い出した。無表情でやるつもりですか…?
「この学校に知り合いがいるのさ。昔馴染みということで俺様に教えてくれるのだ」
無表情。しかし声音にしてやったり、というのが含まれている気がした。声で感情を読み取るのは難しい。彼の方は特に、だ。
しかも一人称が「俺様」になった。多分彼は、自慢げに話したいときに俺様という一人称を使うのだろう。いまだに「吾輩」の使い方は分からないけど。
「それが誰かは教えてあげない」
「うん。それはどうでもいいよ」
「…そうかい?」
答えれば首をかしげてきた。二十センチ上にある顔が、私を見下ろす。きれいな目だな、と他人事。というよりも現実逃避かな。
彼はどうして前髪を伸ばしているんだろうか。邪魔じゃないのかな。目、悪くなりそうだけど。
ふいに延ばされた彼の手が、私の頭に乗っかった。
「な、なに?」
「…うん。やっぱりナツはほかの人とは全然違う」
言い聞かせるように言った。乱暴に撫でてくる手を払いのけたいが、これは私の片思いの人の手なのだ。払えるわけないだろう。乱暴だけど、堪能させていただきたいと存じます。髪の毛ぼさぼさになりますけど。
「…痛いから、もう少し優しくお願いします…」
頭皮がヤバい。髪の毛絶対抜けてる。私おハゲさんにはなりたくない!
「ああ、すまない。ナツは撫で心地がいいね。癖になりそうだ」
「…え?」
今なんと言った? え、まさか私、口に出してた?
う、うわあああああ!! 恥ずかしい! ごめんなさい冬弥君!
先ほどよりもゆっくりとした優しい手つきになり、恥ずかしさで死にそうになる。また両手で顔を覆えば、彼は軽く笑った。
……笑った?
ばっと顔を上げればいつも通り無表情な、彼の顔。驚いたのだろう、何度も瞬きを繰り返す目だけは変化した。
「い、いま、わらっ」
「……君は僕に感情がないとでも言いたいのかい?」
「ち、ちがっ!」
機嫌を損ねさせてしまったのか、右手は私の頭に、左手は私の頬をつついている。子供みたいな人だね、なんて思ってみる。言わないよ? 怒られるから。
「だって、いつも無表情だもん…」
「ああ、それでか。いつも無表情なわけない。君の前だと良く表情筋が動くよ」
「え?!」
嘘だ! そんな意味を込めて彼を見ると、頬をつねられた。痛い。
「君はあまり僕の方を見ないからね」
あなたがまぶしくて直視できないだけです。とは言えない。いうわけがない。
両手でつねられている私は言葉をうまく発することが出来ない。解放してあげて、私の頬を。地味に痛いから!
恨めし気に見ていたら彼が、一瞬だけ微笑んでいるように見えた。ただそれは一瞬で、すぐに元の無表情へと戻っていた。彼の手が離れたほっぺたがじんじんと痛む。くそう。呪ってやる! 嘘だけど!
「痛い」
「ごめんよ。許しておくれ」
君の微笑をおがむことが出来たから、それで勘弁してあげよう。頬を抑えて頷けば、感謝の言葉が返ってきた。なぜだ。
不思議そうに見れば彼にまた頭をなでられた。
「君の目は雄弁だね」
「…冬弥君は、声に出るよ」
「そうか。でも、君しか知らないだろうね」
だから、なんでそんな嬉しそうに言うの。恥ずかしい。ゆっくりとした動作が心地よい。
「僕はここに来てから人と話すことはなかった。それこそ必要最低限だ。君に会ってから僕は笑うこともできたし、こうしてよく話すようになった。うん、ナツのおかげだよ。…それに次の日、顔が筋肉痛になっていたかったのを覚えているよ」
遠い目をして彼は語る。筋肉痛になったのね…表情顔に出てたのね…見逃してたんだね私…一生の不覚…!
しかしどうして彼はこういう口説き文句を言えるのだろう。聞いているこっちが恥ずかしくて困る。彼は恥ずかしくないんだろうな、羨ましい。私のこと友達としか思ってないんだから。…まあ、それでも別にいいや。
彼に目を向けて、見る。あ、
「君は、優しい」
微笑。
優しげな声に微笑とか。そのスマイル何円ですかと聞きたくなる。何そのイケメンフェイス。前髪が長すぎもったいないよ。
言葉は相変わらずたらしっぽくて、恥ずかしい。俯いて、私も彼に向けて言う。
「冬弥君も優しいよ。私なんかと、話してくれて」
いつも一人だった彼とはし始めた当初は、迷惑じゃないかと思ったぐらいだから。
そう言えば、彼の手が私の腕に触れる。ちょ、え、どういうことですか。
「ありがとう。嬉しいよ」
もおおおおお!! この人はホントにたらしなんですか?! そうなんですか?! 恥ずかしい!
人がいなくてよかったと思う。いたら恥ずかしくて、奇声発して逃げると思うから。あ、でも原因作ったのどうせ私だ。とりあえず謝っておくね、心の中で。ごめんなさい。
私は彼に向けて、思ったことを言ってみた。
「この天然たらし」
「え」
訂正はしてあげないからね。
ちょっと勘違い系ラブコメディ(ヤンデレ含む)になってきた