そういう話ではない
本当にお久しぶりです
これからも不定期更新となっていくと思いますのでよろしくお願いします。
許さない。彼は低く、そう呟いた。
血が出そうなほど拳を握り締めて歩みを進める。暗い藍錆色の目は見開かれていて、激情を抑え込んでいるかのようだった。実際に、あふれそうになるのを抑え込んでいる。彼にとっての唯一の人が、今この場にいないからだ。彼女がいない彼はとても不安定だ。何が正しいのか、何が間違っているのかの判断も難しいくらいに。しかしそんなことは、彼にとってどうでもよかった。
――あいつら、殺してやろうか、
感情のこもっていない声で、呟いた。
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生徒会の中では女子が一番優位に立っているのだろうか。女尊男卑…しみじみとそう思う。サボっていた役員が正座をさせられている時点でおかしいと思うから。まあ、自業自得だとも思うけれど。
実質、説教をされている彼らを見て、梓はケラケラと笑っている。
「ああ、おもしろい。役員の人来ちゃったから、もうお役御免になるねえ」
「…そうだな」
梓の言葉に同意した会長の声は、なぜか沈んでいた。ああ、多分梓に会えなくなるからか。青春だねえと思ってにやにやしたら睨まれた。あまり怖くないんだけどね。ざまあ。
長い溜息を吐きだした会長に私たちは首をかしげる。その様子に気づいて首を横に振った。詮索するなと、わかりました。興味もなかったのですけどもね。
「なんというか、ここにいる意味ないと言いますか」
「まあね、面白そうだからいるだけだし」
「帰ろうぜ梓さん…私にとってはどうでもいいことなんだから…」
しれっとした顔で言う梓に肩を下す。自分勝手というかなんというか、面白そうなこと優先なのかもしれない。私にはわからないのだけれど、なんとなくそう感じる。やめてくれ。
私たちにはもう関係のないことなので、別にいなくてもいいんじゃないかと思うんですけど。彼女は別の意味でここにいるのか。私一人でも帰ろうかな。
そんなことを思っていれば、双子の方が私の方を見てすがるような目を向けてきた。無理だよ無理、助けれるわけないじゃん、私をなんだと思っているんだキミは! 正義のヒーローじゃないんだ、男は自分で何とかしな!
あれ、と梓が声を出す。
「夏奈、あいつらと会ったの?」
「…まあ、さきほど予想外の呼び出しがありまして」
「お、女子からの告白か王子?」
「なんで女子からなの?!」
梓はほかの人と常識がずれていると思います。役員たちを完全に無視しているが、しょうがない。だって私関係ないですから! 無関係の人を巻き込んではいけません! これ絶対!
説教をされている人はしょんぼりしている。ちょっとかわいそうになってくる。同情はしないように努めているが、笑えてくる場面でもあるので、笑いをこらえるのも必死である。
あー、帰りてー。何もすることがないのにいる意味ないよー。梓の相手をするのも結構しんどいんだよ。待ってるこっちの身にもなってください。もう、帰らせてください。
周りの会話を聞き流して天井を見る。何もすることもないし、関係ないからな。
ため息を吐いて事の成り行きを見守る。興味ないんだけどなあ、こんな茶番。
「…そんなあからさまに不満そうな顔はやめてよね」
「ごめんて、一応これでも我慢してる方なんだからね」
むすっとした顔で彼女に言われて苦笑をする。隠す気もないので正直に言う。彼女も飽きてきたのかもう上の空だ。あくびもしている。これは言うチャンスじゃないか?
「…梓、帰ろう」
「……そうだね、もう暇になっちゃったし」
服の袖をくいっと引っ張っていう。ため息を吐いて彼女は頷いた。生徒会室から出ようとすると、あ、という声が聞こえた。なんだと思って二人して振り向くと、変な顔をした会長が首元をかいてあー、唸っていた。どうしたんだろうと首をかしげる。梓の方はなんとなくわかったようで、顔をしかめている。
意を決したように、会長は言った。
「気をつけろよな」
「…了解、死なない程度にフォローします」
その言葉に梓が返して生徒会室から出る。なんなんだ、本当に。梓に背中を押されているから背後があまり見えない。ガラリ、と扉のしまる音が聞こえた。
死なない程度って、何が起こるんだよ。私不安しかないんだけどどうすればいい?
廊下がやけに静かで少し怖くなる。いつものおしゃべりマシーン梓も、独り言で「大丈夫大丈夫」と繰り返している。まずお前が怖いんだけど、どうしたの。情緒不安定か何かなのかな。目も座ってるし。
足音が、した。梓の方を向いていたので、前方からくるのがわからず驚きで肩が跳ねる。首を動かすと、いつもと違った雰囲気をしている彼が、ゆらりと立っていた。…え、怖くね? 前髪が長くて表情が見えないのが余計に怖さを引き立てている。待て待て待て、ホラーとかじゃないよね?
思わず梓の制服の袖をつかむ。こう見えても私は怖いのは苦手な方なんだが。梓がロボットのように首を回して私の方を見る。どうした、本気でどうした、こわいぞ。
「な、夏奈」
「何梓、どうしたの」
「私が死んでも、骨は拾っといてね」
本当にどうしたんだお前! なんかいろいろ危ないぞ! いつもとは違う危なさだ!!
夏奈は混乱状態に陥っているのだが。頑張れ私、大丈夫だ。こわくないぞお。
「え、と。冬弥くん…?」
「………ナツ」
低い声で名前を呼ばれた。待って待って、何があったの、私何かしたの、怖いんですけど。いつも通りの彼じゃないのは理解しているのだけれど、何があったのか目論見見当もつかない。
梓から離れて、ゆっくりと彼に近づく。彼の綺麗な目の色が闇色のように真っ黒に塗りつぶされているのを、髪の隙間から見て固まりそうになった。え、本当に何があったの、怖いんだけど、やめてください。
「冬弥くん、なにか、あったの?」
「…なつ、」
「な、なに? 私、もしかして何かした?」
おろろろ。どう対応していいかわからなくなってきたぞお。私のきょどり具合が並大抵じゃないぞ。あえて言うなら、やばい、たった一言だけだ。うん、混乱してるな。仕方がない、許してくれ。
彼に触れられる距離まで行く。いつも以上に感情が削げ落ちているのを見てしまい、びっくりしてしまう。どうしたんだろう、なにかあったのかな。
「とう、っ?!」
彼の名前を呼ぼうとすれば、力強く引き寄せられて、抱きしめられた。最近多くない?! 神様は私に何をしてくれているの?! 嬉しいんだけどこわいわ!
情緒不安定なのかな、つらいことでもあったのかな。彼の背中に恐る恐る触れて一定の速さで軽くたたく。安心できる方法は私にはわからないけれど、なんとなくこれでいいかな。小さな声で私の名前が呼ばれているのが聞こえる。
「…冬弥くん、どうしたの?」
「なつ、もう、僕は、どうしたらいいのかわからなくなってしまったんだ」
震える声で彼は言った。どうしたらいいのかわからない? 何がだろう。私にはそれがわからないのでそこん所を説明してほしいものだ。でも、何か嫌な感じがするのは…気のせいだろうか。もしかして、彼の恋の悩みだろうか。ああ、やめてほしい、だって私は、彼が、冬弥君のことがすきなのだから。
うん、と小さくうなずいて彼の背中から手を離す。もし、もしも私の推測が当たっていたら、こんなことをしてはいけないんだと思うんだよ。私たちはきっと、友達以上恋人未満の関係で、相談相手までにしかならないんだよ。うん、そう、そうだよ。
自分に言い聞かせて彼の胸板を押す。冬弥くんが力を抜いて離れた。うむ、名残惜しい気もするが仕方がない。私が自分でやったことだ。
「ナツ、どうしたんだい本当に」
「それはこっちのセリフだよっ。どうしたのさ、私には何もわからないよ」
肩をすぼめてみせると冬弥君は微笑した。ああ、ごまかしたな。そう感じるような表情だった。私は彼の相談相手にさえなれなかったんだ。
「帰ろう、ナツ」
「…うん、そうだね」
なにも聞けないじゃないか。悲しいなあ。
梓の方を見てみると彼女は首を横に振った。その様子が不思議で目を細めてみてしまう。
「帰っていいよ、私はちょっと用事があるから」
「そう? ごめんよ梓。今度なんかあげるよ」
「ホント? やったっ! お菓子期待してまあす」
先ほどの死んだような顔がなかったかのように笑顔になった。その顔を見てほっとしてしまう。無意識に暗い気分になっていたかもしれない。
冬弥君に腕を掴まれる。梓に手を振って彼についていく。梓にこの悩みを聞いてもらおう。きっと、彼は違う人が好きなのだから、期待してはダメだ。
彼の横顔を見て、彼に好かれている私の知らない子が羨ましく感じた。




