現実的に、無理
最近、私、すごく少女漫画の主人公的なことになっている気がする。
まず一つ目。彼を見ると顔に熱が集まったり、心臓の鼓動が速くなったりするのだ。それなんて少女漫画なの。誰得ですか?!
次に二つ目。彼の顔を直視できない。これは少女漫画と言えるのかわからないが、声を聴くだけでも無理なのだ。…つまりだな、私は完全に乙女と化してしまったのだよ。王子と言われるこの私が! 叶うことのない恋だと知っているのにだ! 泣きたい。
生徒会の活動の手助けをしてるが、毎回冬弥君が迎えに来るようになった。少しばかり遅れてやってくるので、女の子といるのではないかと思う。彼はイケメンだし、優しいし。自分で言って泣きたくなるからやめよう、うん。初恋は実らないらしい。果物かと最初は思ったが、まあ、妥当な表現なのかもしれない。もぎ取ることは可能だと思うけど、初恋の相手じゃないんだろうなあ。なんて思ったり。
現在地は校内の図書室。長い放課時間を読書によって埋める。少ない人だが、たった一人でいることに苦はない。誰にも見つからないだろうと、心躍らせていた――が、
「王子様っ、こんにちわっ」
「こんにちわ、桜ちゃん」
私の姿を見て駆け寄ってきたのは、桜ちゃんだった。長い髪をふわふわとさせて、天使のような笑顔を浮かべている。加護欲がわくなあ。白い肌に上気した頬が愛らしさを増している。…私は変態かっ。
桜ちゃんは一冊の本を手に持っていて、視線を漂わせていた。何が言いたいのか察して隣の椅子を引く。
「隣に座る?」
「えっ、いいんですか?!」
「いいよ。でも、図書室では静かにね?」
私の指摘に、彼女は口を押えて小さく謝ってきた。それが小動物に見えて笑ってしまう。恥ずかしいのか、彼女は顔を覆いながら隣の椅子に座った。ごめんね、と謝って本の方に視線を戻した。
――文字を追っていけば予鈴が鳴った。あ、と小さく声を上げると、彼女がハッとしたように顔を上げた。
「予鈴、なりましたよね?」
「そうだね。戻ろうか。大丈夫?」
「は、はいっ」
人形みたいに首を縦に振る彼女のもう一度笑って、本を戻しに向かった。
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こんなことになるなんて思わなかったんだよお。私はそう思ってうなだれた。どうしてこうなったと、何度も復唱する。どうしてこうなった!
何が起こっているのか私にはわからないが、おおよそ、桜ちゃんと一緒にいたからだろう。今私の目の前にはサボり野郎の生徒会役員がいる。このサボり共、沈めてやろうかと思ったがやめた。はしたないわ的な! 見られたらそこの終わりだ! いろいろな意味で。なんというか、校舎裏とかいじめみたいなものだよね、なんて思ってみる。
きれいに整っている顔が並んでいて気持ち悪くなってきた。謎の気持ち悪さだ。ため息を吐けば、彼らのうちの一人が私の方を睨む。
「…なにか、ご用で?」
そのケンカ、かってやろうじゃないか。そう思って彼らに向かって言葉を放つ。話したくもないんだけどね、仕方がないのだ。
「最近、桜があなたのところに行っているようで」
生徒会副会長の、つくられた美麗な笑顔にひきつった笑みを返す。外人のような顔にきれいだなあと思いつつも、観賞用にしか興味がわかない。と言っても、私には冬弥君がいるから。
彼らが桜ちゃんに熱を上げているのは本当のことだ。私という同性のイレギュラーに取られそうになっている現状に、怖くなったのだろうか。ハッ、小心者どもが。
以前会った双子も私の方を完全に警戒している。桜ちゃん…なんて罪深い人間なんだ。
「そう、そうだね。でもそれは君たちには関係のないことでしょ? 彼女の行動を制限するのは良くないと思うんだ」
「あなたに、何がわかるんですか…」
「わからないよ、わかりたくもない。そんな醜い嫉妬なんて、醜い独占欲なんて。君たちは彼女のことを考えているのかな? 好きなんでしょ、彼女のことが。なら彼女の好きなことをやらせてあげればいいんだよ。…君たちのものじゃないでしょ?」
醜い嫉妬、ね。この言葉は自分自身に向けているのだ。彼が幸せになってくれさえすれば、私はいい。報われなくても大丈夫だから。それほど、私は強くない。でも、彼らは彼女が好きだ。嫉妬して、独占欲を出して、彼女と同性の私に牽制もしてくるんだから。
かわいそうだと、素直に思った。
「考えてごらんよ。彼女が必ず君たちを好きになるわけがないだろ? 恋愛感情ならなおさら、君たち四人を一人に絞らなければならないのに。蹴落とし合っていくの? かわいそうに。自分のことしか考えていないから、周りが見えなくなっていくんだね」
私の持論だ。浮気って、最低だと思うんだよね。桜ちゃんの場合は天然たらしだから仕方がないけど、意図的にやるのなら最低だと思っている。…他人の気持ちを考えてみろと、そう叫びたくなるのだ。
彼らは目を見開いて私を見ている。こうやって、言われたことがないのだろうか。それはまたかわいそうに。教えてくれる人がいないなんて。
「君たちにはやらなければならないことがある。それは桜ちゃんを追うことではない。君らは生徒を代表しての生徒会役員だろう? なぜやらないの? それが、許されるとでも思っていたの?」
「っ、そ、それは」
「言い訳はいいよ。でも、これを聞いて少しだけでも反省したなら、謝って。生徒会の先輩方や、会長にちゃんと謝って。そして全部終わらせてから彼女に会いに行けばいいじゃないか。そっちの方が、私はいいと思うな」
そう言いきって彼らを見た。呆然と見ている。ばかばかしい、真に受けてほしくないけど、先輩や会長に謝ってほしいのは本当のことだ。
「…まあ、これは私の意見だけど。ごめんね、一方的にしゃべって。私用事があるから、じゃ」
逃げるように、走り去る。小さな声が上がったが無視した。うるせえ、こちとら演説して恥ずかしいんじゃボケ! この気持ちを味わうか?! もう二度とするもんか!
教室に向かって走る。こんな全力疾走したのは久しぶりだ。…廊下も走ったら怒られるのだろうか。
「廊下は走るなよ」
ほら怒られた。急停止して、声の聞こえた方を向いた。苦笑気味にこちらを見ているのは、剛くんだった。長い溜息を吐いて歩いてきた。
「急いでいるのか?」
「いいや、別に。なんか逃げてた」
「は? 意味が解らない」
ごめんなさい。首をかしげている彼に謝る。明らかにおかしなことを言っているのは理解しているから。振り返ればだれもいない。よかった、追われてはいなかったようだ。安堵の息を吐けば、怪訝そうにこっちを見てくる。
「なんでもないよ」
「…そうか? 必死だったけど」
「もう大丈夫。…多分だけどね」
後が怖いだけだから。そう付け足せば、彼は首をかしげた。それもそうだ、意味が解らないだろう。なぜ走っていたのか理由を言っていないのだから。
一応謝っておく。「もう走るなよ」と注意を受けていると、奥の方に梓の姿が見えた。彼女は私の方を見ると足早に駆け寄ってきた。
「夏奈っ、行くよっ」
「は? どこ…ああ、生徒会室」
「すごいことが起こってるから! 私的にもいいことなんだけどね!!」
それすごく行きたくない。もう帰りたいです。
梓は剛くんに目を向けて、ごめんね、と謝った。首を振って、彼は片手をあげて去って行った。何ともかっこいい去り方だ。
嫌な予感しかしないけど、梓に引っ張られて生徒会室へ向かう。
「もうお役御免な気がするよ。戻ってきたらしいよ」
「ええー…なら行かなくていいんじゃないの?」
「ただ見に行きたいだけだよこの野郎」
私情じゃねえか。呆れた目を向ければ彼女は舌を出した。ごまかすな。
生徒会に今は行きたくない。戻ってきたらしいあいつらに喝を入れてしまったからである。ほんとないわ私、自分で言っときながら引くわー。
梓に力強く連れてこられ、生徒会室の扉を開けた。そして私はそっと扉を閉めた。
「なんで閉めるの夏奈!」
「閉めなければならないと、本能がそう告げたのだ」
「意味わからないよ。早くいくよ!」
ああ、やめてくれ! 私の叫びもむなしく、彼女は勢いよく扉を開けた。そして、集中する視線に私は目をそらした。これは私のせいじゃないけど。どちらかというと梓のせいだから!
そこにあったのは、桜ちゃんに惚れていたサボりの生徒会メンバーが、美冬先輩の前で正座をしている。もう本当にこっちを見ないでほしかった。




