決定的差
遅れて申し訳ございません!!
なんか本当に、申し訳なかった。
現在生徒会室でのお手伝いをしている。遅くまではやらないが、結構時間を長く使ってしまう。その日の分をどこまでやるかという目安を毎回作っているが、時間はかかる。初めて手伝ったときそれを思い知らされた。腕が死ぬかと思った…。それは置いといて、問題があるのだ。生徒会の手伝いは梓とともにやっているが、彼が終わるまで昇降口に待っているのだ。何もしずに、黙って立っているのだ。見たときは本当に怖かった。動いていなかったから、お化けかと思って悲鳴を上げてしまった。情けない…梓に笑われていたし。
生徒会には三人しか仕事をしていない。会長である鞍馬 明宏、三年副会長の桜庭 美冬さん、三年書記の旭日 凛さん、三年会計の今江 忍さん。桜庭先輩と旭日先輩は女性である。しかも美人である。女の私が惚れ惚れするくらいに。三年生しかやっていないとは…同輩よ、何をやっているんだ。先輩にやらせるなんてもってのほかだ。呆れたよ、顔知らないけど。
持った責任は自分で片付けなければならない。彼らはそれを考えてもいないのだろう。自身が恋情を注いでいる人に熱を上げて、仕事を疎かにしているなどあり得ない話だ。学校生活ではまだいいかもしれないけれど、社会に出た場合はどうなるのだろうか? ああ、これもまだ先のことだ。
「八馬さん」
「あ、はい。なんですか?」
「これ、整理してくれる?」
「わかりました」
目の下に黒い隈のある今江先輩だ。彼は無口で仕事を黙々とやっている。しかしながら隈を濃くしているのはいただけない。ちなみにこれは会長談である。彼なりの思いやりなんだろう。興味ないけど。
渡された書類を分別する。これを七人でやっていたんだなあと思う。一般生徒としてはありがたくも思うし、苦労しているなとも思う。どちらが正しいのかなんて知りはしないけど、こっち側にとっては助かっているのだ。学校行事は生徒会のおかげで動いているわけだし。
梓は楽しんでやっている。もともと細かい作業や、頭を使う作業を好んでいたからかもしれない。私には到底理解できない領域だ。休憩時間はネタを考えているのだろうけど。ああ、先輩方ごめんなさい。私が代りに謝ります。
…今はそういうことを考えながらやっているわけだが。正直なにも考えたくはない。現実逃避をしてしまっているけど、そうしないとやっていけない。ダメだとわかっているが、やめられないのだ。
あ、早く終わらせないといけない。冬哉君が待っているから。先に帰っていてもいいのになぁ、これだから期待しちゃうのだ。ああもう、私は馬鹿な奴だなぁ。
ため息を吐けば梓がこちらを見た。
「夏奈、大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ」
心配された。笑って返せばムッとされた。ごめん。謝れば頭をはたかれた。地味に痛い。梓は大げさに息を吐いて、私を見る。どうしたんだろう?
「あんまり考えすぎちゃだめだよ」
「え? なにが?」
「いろいろと。深く考え込む癖があるからさ、夏奈には。ここのこととか、九条君のこととかさ」
…彼女は良く見ているなあ、感心してしまう。そんな癖あるなんて思いもしなかった。ただ、考えたことをそのまま言おうとしているだけであって、物事を深く考えたりしていないと思っていた。…今の時点では冬弥君は関係ないが。
彼のことに関しては何も言えない。自覚しているし、それ以上考えなければ精神的に無理そうだから。
苦笑して彼女に言葉を返す。
「わかりやすかったりする? 私自身、そう感じたことは一切なかったんだけど」
「結構ね。顔に出やすいよ。百面相してて少し笑いの種になりました、すいません」
「許さん」
ケラケラと笑う彼女の頭をたたく。ええい、さっきの仕返しだ。
そんな私たちの様子を見て、旭日先輩が温かい目でこちらを見ていた。なんてこったい。目があったらにこやかに微笑して、
「今日は終わりにしましょうか」
「賛成! さあさあ片付けようか男ども」
「それって俺たち二人だけじゃないですか、先輩」
「働け男ども。私に逆らえると思っているのか?」
「誠に申し訳ございませんでした」
上下関係が確立しているらしい。桜庭先輩に反論した会長が、失敗して謝っている。今江先輩は言われるまでもなく黙々と片付けをはじめていた。私と梓も手伝う。手伝うと言っても指示通りに動くだけなので苦労は何もしない。不意に、会長が私に向かって言葉を吐いた。
「そういや、今日冬弥ここ来るって言ってたぞ」
「…はい?」
「だから、昇降口で待っているんじゃなくて、ここに迎えに来るらしい」
どういうこっちゃ。
訳が分からないよ。頭を抱えれば、梓に肩をたたかれた。なんだその頑張れよ的な目は! 腹立つ! じゃあ、いつ終わるか知ってるのかな?
首を傾げればノックの音が聞こえた。応答もなしに扉が開く。
「まだ終わってないぞ冬弥」
「うるさい。待つぐらいならいいだろう」
冬弥君でした。予想はしていたんだけどね? 覚りの能力とか持っているのかもしれないと、とても非現実的な妄想をしてしまう。本当にもっていたら怖いけどね。
首をこちらに向けて、かすかに笑った。
「ナツ、待ってるね」
「……あ、はい」
断れる雰囲気ではとてもありません…。私そんな強い子になれなかったようだ…悲しいよ。待っていなくてもいいのに。よし、帰りに言ってみよう。どう思うか知りませんけどね!
なぜか空気が妙に重くなって、シン…とした空気が漂っている。やべえ、これはヤべえ。誰も口を開かなくなってしまったようだ。心なしか会長は俯きがちだし、梓は口を堅く結んでいる。先輩たちはいつも通りだけど。
黙々と片づけをしていたら前よりも早く終わった。前回は結構話しながらやっていたからだろう。
「えっと、冬弥君お待たせです」
「うん。お疲れ様」
鞄を持って彼のそばへ駆け寄れば、微笑した。そしてなぜか、自然な手つきで私の手を取った。ど、どういうことなんだ?! これは夢なのか?!
後ろの方で、梓と会長たちの声がした。さよなら! また明日ですね! 声には出していないが、片手で手を振っておいた。振り返してくれたからいいとします。ごめんなさい!
「ナツ」
「はいっ、なんでしょう?!」
「なんで敬語になるんだい?」
なんとなくだけど。そう漏らせば彼はクスリと笑って、そっかと言った。と言いますか、条件反射だと思う。さっきまで先輩がいたしね。
…まだ、手は離さないんですかね。いやいや、いいんだけど、こう、私の心情的に言いますとね? 恥ずかしいんですよ、非常に。なんか今日はよく笑うし。いいことでもあったのかな。なんて思ってしまうほど、機嫌がよく思われる。思うだけであって、実際は違うだろうけど。
「冬弥君、今日なんかいいことでもあったの?」
「ん? なんでだい?」
「よく笑うなあって思って。で、どう?」
思い切って聞いてみた。彼は顎に手を当てて考えるそぶりを見せた。視界に昇降口が見えてきた。手を離してもらえませんか。ちらりと彼を見る。立ち止まって、私と視線を合わせた。どきりとして、瞬きを繰り返す。そして彼は静かに口を開いた。
「いいこと、なのかはわからないけど、こうやって、昇降口まで廊下を一緒に歩けるのが久しぶりだから、嬉しいよ」
な、なんてことを言っているんだこの人は!? 私死んじゃうよ? 幸せすぎて死んじゃうよ? 多くはなぞまなかった私に与えた、神様からのご褒美なのかな…ありがとうございます。
思わず下を向く。顔に熱が集まっているのがわかる。熱い、やばい。つないでいた手を離して、彼は私の肩に手を置いた。
「ナツは? 久しぶりだけど、嬉しい?」
「……う、れしい、です」
恥ずかしい恥ずかしい! ああもう、どうしてくれるんだ。深呼吸を繰り返す。冷静になれ、冷静になれと心の中で何度も唱える。バクバクと脈打つ心臓がうるさい。ありがと。彼の声で紡がれた言葉がすんなりと耳に入っていく。こちらこそありがとう。声には出さないけど。
恥ずかしさのあまり、早足で下駄箱へと良く。どれだけ彼は私を翻弄するんだろう。友情だけど、私から彼へ向けるのは恋情だ。アプローチしていない私が悪いんだけど、ああ、罪をなすりつけてごめんね。
八つ当たり気味に思考を巡回させ、ため息を吐きだす。大丈夫。まだこの関係でいけるよ。
私は振り返って彼を見た。
「帰ろう、冬弥君」
「…うん」
笑む彼を見て、また胸がどくりと脈打った。




