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我が輩は傍観者である  作者: 二色
鮮明に浮かび上がるもの
16/19

決定的差

遅れて申し訳ございません!!

 なんか本当に、申し訳なかった。


 現在生徒会室でのお手伝いをしている。遅くまではやらないが、結構時間を長く使ってしまう。その日の分をどこまでやるかという目安を毎回作っているが、時間はかかる。初めて手伝ったときそれを思い知らされた。腕が死ぬかと思った…。それは置いといて、問題があるのだ。生徒会の手伝いは梓とともにやっているが、彼が終わるまで昇降口に待っているのだ。何もしずに、黙って立っているのだ。見たときは本当に怖かった。動いていなかったから、お化けかと思って悲鳴を上げてしまった。情けない…梓に笑われていたし。


 生徒会には三人しか仕事をしていない。会長である鞍馬 明宏、三年副会長の桜庭 美冬さん、三年書記の旭日あさひ 凛さん、三年会計の今江いまえ 忍さん。桜庭先輩と旭日先輩は女性である。しかも美人である。女の私が惚れ惚れするくらいに。三年生しかやっていないとは…同輩よ、何をやっているんだ。先輩にやらせるなんてもってのほかだ。呆れたよ、顔知らないけど。

 持った責任は自分で片付けなければならない。彼らはそれを考えてもいないのだろう。自身が恋情を注いでいる人に熱を上げて、仕事を疎かにしているなどあり得ない話だ。学校生活ではまだいいかもしれないけれど、社会に出た場合はどうなるのだろうか? ああ、これもまだ先のことだ。


「八馬さん」

「あ、はい。なんですか?」

「これ、整理してくれる?」

「わかりました」


 目の下に黒い隈のある今江先輩だ。彼は無口で仕事を黙々とやっている。しかしながら隈を濃くしているのはいただけない。ちなみにこれは会長談である。彼なりの思いやりなんだろう。興味ないけど。

 渡された書類を分別する。これを七人でやっていたんだなあと思う。一般生徒としてはありがたくも思うし、苦労しているなとも思う。どちらが正しいのかなんて知りはしないけど、こっち側にとっては助かっているのだ。学校行事は生徒会のおかげで動いているわけだし。


 梓は楽しんでやっている。もともと細かい作業や、頭を使う作業を好んでいたからかもしれない。私には到底理解できない領域だ。休憩時間はネタを考えているのだろうけど。ああ、先輩方ごめんなさい。私が代りに謝ります。

 …今はそういうことを考えながらやっているわけだが。正直なにも考えたくはない。現実逃避をしてしまっているけど、そうしないとやっていけない。ダメだとわかっているが、やめられないのだ。

 あ、早く終わらせないといけない。冬哉君が待っているから。先に帰っていてもいいのになぁ、これだから期待しちゃうのだ。ああもう、私は馬鹿な奴だなぁ。

 ため息を吐けば梓がこちらを見た。


「夏奈、大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ」


 心配された。笑って返せばムッとされた。ごめん。謝れば頭をはたかれた。地味に痛い。梓は大げさに息を吐いて、私を見る。どうしたんだろう?


「あんまり考えすぎちゃだめだよ」

「え? なにが?」

「いろいろと。深く考え込む癖があるからさ、夏奈には。ここのこととか、九条君のこととかさ」


 …彼女は良く見ているなあ、感心してしまう。そんな癖あるなんて思いもしなかった。ただ、考えたことをそのまま言おうとしているだけであって、物事を深く考えたりしていないと思っていた。…今の時点では冬弥君は関係ないが。

 彼のことに関しては何も言えない。自覚しているし、それ以上考えなければ精神的に無理そうだから。

 苦笑して彼女に言葉を返す。


「わかりやすかったりする? 私自身、そう感じたことは一切なかったんだけど」

「結構ね。顔に出やすいよ。百面相してて少し笑いの種になりました、すいません」

「許さん」


 ケラケラと笑う彼女の頭をたたく。ええい、さっきの仕返しだ。

 そんな私たちの様子を見て、旭日先輩が温かい目でこちらを見ていた。なんてこったい。目があったらにこやかに微笑して、


「今日は終わりにしましょうか」

「賛成! さあさあ片付けようか男ども」

「それって俺たち二人だけじゃないですか、先輩」

「働け男ども。私に逆らえると思っているのか?」

「誠に申し訳ございませんでした」


 上下関係が確立しているらしい。桜庭先輩に反論した会長が、失敗して謝っている。今江先輩は言われるまでもなく黙々と片付けをはじめていた。私と梓も手伝う。手伝うと言っても指示通りに動くだけなので苦労は何もしない。不意に、会長が私に向かって言葉を吐いた。


「そういや、今日冬弥ここ来るって言ってたぞ」

「…はい?」

「だから、昇降口で待っているんじゃなくて、ここに迎えに来るらしい」


 どういうこっちゃ。

 訳が分からないよ。頭を抱えれば、梓に肩をたたかれた。なんだその頑張れよ的な目は! 腹立つ! じゃあ、いつ終わるか知ってるのかな?

 首を傾げればノックの音が聞こえた。応答もなしに扉が開く。


「まだ終わってないぞ冬弥」

「うるさい。待つぐらいならいいだろう」


 冬弥君でした。予想はしていたんだけどね? 覚りの能力とか持っているのかもしれないと、とても非現実的な妄想をしてしまう。本当にもっていたら怖いけどね。

 首をこちらに向けて、かすかに笑った。


「ナツ、待ってるね」

「……あ、はい」


 断れる雰囲気ではとてもありません…。私そんな強い子になれなかったようだ…悲しいよ。待っていなくてもいいのに。よし、帰りに言ってみよう。どう思うか知りませんけどね!

 なぜか空気が妙に重くなって、シン…とした空気が漂っている。やべえ、これはヤべえ。誰も口を開かなくなってしまったようだ。心なしか会長は俯きがちだし、梓は口を堅く結んでいる。先輩たちはいつも通りだけど。

 黙々と片づけをしていたら前よりも早く終わった。前回は結構話しながらやっていたからだろう。


「えっと、冬弥君お待たせです」

「うん。お疲れ様」


 鞄を持って彼のそばへ駆け寄れば、微笑した。そしてなぜか、自然な手つきで私の手を取った。ど、どういうことなんだ?! これは夢なのか?!

 後ろの方で、梓と会長たちの声がした。さよなら! また明日ですね! 声には出していないが、片手で手を振っておいた。振り返してくれたからいいとします。ごめんなさい!


「ナツ」

「はいっ、なんでしょう?!」

「なんで敬語になるんだい?」


 なんとなくだけど。そう漏らせば彼はクスリと笑って、そっかと言った。と言いますか、条件反射だと思う。さっきまで先輩がいたしね。

 …まだ、手は離さないんですかね。いやいや、いいんだけど、こう、私の心情的に言いますとね? 恥ずかしいんですよ、非常に。なんか今日はよく笑うし。いいことでもあったのかな。なんて思ってしまうほど、機嫌がよく思われる。思うだけであって、実際は違うだろうけど。


「冬弥君、今日なんかいいことでもあったの?」

「ん? なんでだい?」

「よく笑うなあって思って。で、どう?」


 思い切って聞いてみた。彼は顎に手を当てて考えるそぶりを見せた。視界に昇降口が見えてきた。手を離してもらえませんか。ちらりと彼を見る。立ち止まって、私と視線を合わせた。どきりとして、瞬きを繰り返す。そして彼は静かに口を開いた。


「いいこと、なのかはわからないけど、こうやって、昇降口まで廊下を一緒に歩けるのが久しぶりだから、嬉しいよ」


 な、なんてことを言っているんだこの人は!? 私死んじゃうよ? 幸せすぎて死んじゃうよ? 多くはなぞまなかった私に与えた、神様からのご褒美なのかな…ありがとうございます。


 思わず下を向く。顔に熱が集まっているのがわかる。熱い、やばい。つないでいた手を離して、彼は私の肩に手を置いた。


「ナツは? 久しぶりだけど、嬉しい?」

「……う、れしい、です」


 恥ずかしい恥ずかしい! ああもう、どうしてくれるんだ。深呼吸を繰り返す。冷静になれ、冷静になれと心の中で何度も唱える。バクバクと脈打つ心臓がうるさい。ありがと。彼の声で紡がれた言葉がすんなりと耳に入っていく。こちらこそありがとう。声には出さないけど。

 恥ずかしさのあまり、早足で下駄箱へと良く。どれだけ彼は私を翻弄するんだろう。友情だけど、私から彼へ向けるのは恋情だ。アプローチしていない私が悪いんだけど、ああ、罪をなすりつけてごめんね。

 八つ当たり気味に思考を巡回させ、ため息を吐きだす。大丈夫。まだこの関係でいけるよ。


 私は振り返って彼を見た。


「帰ろう、冬弥君」

「…うん」


 笑む彼を見て、また胸がどくりと脈打った。

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