現実を直視したくない気持ち
女々しくて見ていられない。そして被害を被るのはこっちなのに。
そう思わずにはいられない、夏奈と九条君の関係。九条君のヤンデレがヤバい。標的はたけちゃんなのだが必死で私と会長で足止めをしている。やばい。何がヤバいかって、九条君の排除方法がヤバい。会長と止めに言ったんだが、小さくつぶやかれていた言葉に私も会長も言葉を失ったね。「社会的に抹殺」とか「突き落としてけがと見せかけるか」とか「何かを装って退学にさせる」とか…夏奈、やべえのに目を付けれらたね…。でも私は君の幸せを願っているよ!
で、今だ。現在会長と九条君のヤンデレ対策会議を開いている。まだ夏奈に被害が出ていないが、地味にたけちゃんをやっているらしい。地道な精神的な攻撃という。そこから本格的に始動するかもしれない…ご愁傷様としか言えないけど、頑張る。
「止める術って見つかった?」
「全然。あいつヤバい。放課中時間があるときは絶対八馬といるし。どんだけ好きなんだよ…」
「マジか…他者依存型っていうのかな? ヤンデレについては詳しくは知らないけど」
「…何それ。何その専門的知識的な何かは」
こんな感じで毎回始まっている。辛気臭い雰囲気が漂っているが、そこはご愛嬌で。それか察してください。それだけヤバいってことなんで。夏奈を守るのに必死なんだよこっちは…!
「とりあえず、九条君から夏奈はとらないように。これ鉄則」
「合点承知。とったその日、命日となるだろうな…」
「なら私毎日怯えなければならないじゃないか…なんで今まで生きていられたんだろ…不思議」
そう。今の疑問点を上げるとしたらそこだ。なぜ私は生きていけるだろうか。言っておくがこれは比喩ではない。命にかかわる問題だからだ。
関わりすぎている私と会長は今まで被害が少ない。そこ代わりと言ってはなんだけど、たけちゃんが受けている。たけちゃん以上に私は彼女に馴れ馴れしいのに、なんで実際的な被害がないのだろうか。わからない。思考が読めたらいいのに。
会長は頬杖をついて苦笑する。
「俺もだよ。一番あいつに近いし、最近会ったばっかりなのに馴れ馴れしいのに」
「確かに。狙われやすいのは会長だよねえ。幼なじみだから?」
「あいつにそんな慈悲はない。毒舌野郎にそんな感情ないだろ」
「…私的にはありだけどなあ」
腐的な意味でごちそう様です。片思い的な何かに妄想するので大丈夫です。…っと、それは今は置いといてだな。彼女と九条君の問題だ。
「夏奈の鈍感さに呆れを通り越して怖い…!」
「それは言えてる…!」
なぜ気づかないんだあの子は! 他人から見てどう考えても、九条君は夏奈に好きオーラ出しているのに…! 彼女は馬鹿なのか…? いや、頭脳からして言えばいいほうだけどなあ。
しかし考えてみればあの子はいっぱいいっぱいなのかもしれない。来栖桜という女の子に好かれている時点で危うい。それ以前に女子生徒に好かれている時点で危うい。彼女のフェミニスト精神――いわば女性に対する接し方がいけないのだと思われるが。結構男気があって、男よりかっこいい性格しているから、私からしてみれば違和感はない。たけちゃんが見たらどう思うのかは知らないけど。
息を吐いて立ち上がる。もう帰ろう。夏奈が先に九条君と帰って行ったから暇だったんだ。
「帰るね。会長はどうする?」
「俺も帰る。途中まで送ってく」
「別にいいのに」
断ろうとすれば、意地張ってもいいだろ? と苦笑された。「お言葉に甘えて」そう返せば会長は笑った。
「それは良かった」
…傲慢な人かと思ったけど、やっぱり普通の男子高生なんだと思った。口調からして俺様何様生徒会長様って感じだったけど。私が見てるのって上辺だけだからなあ。表面上のことしか目に入らない。たけちゃんや夏奈――響生は違う。昔からの付き合いで内面をよく知っているから、言葉の裏を考えなくてもいい。…別に、疑い深いわけじゃないけど。
昇降口で靴を履き替える。橙色の夕日が爛々と照りだしている。まぶしくて目を細めれば、会長に如何わしげな声を掛けられた。首を振って何でもないと返すと、彼は首をかしげた。しぐさが可愛らしいというのはこういうことですか?
「会長って、なんていうか、ばかわいいよね」
「…は? ばかわいい? 何それ」
「バカっぽくてかわいいってこと。夏奈も当てはまりそうかな?」
あの子は天然すぎる。むしろ自然体すぎてバカに見えない。だから気付かない。ツッコミとボケを普段の生活でやっているからわかるけど、的外れのツッコミをしてくる時があるから要注意だ。その日は夏奈のことをよく見ていないといけない。呆けているから。
…私って、夏奈のことしか考えてないなあ。優先順位の一番は夏奈だしね。
ふてくされたように唇を尖らして顔をそらす彼に、思わず噴き出した。
「けなしてないよ、ほめ言葉として受け取ってよ」
「受け取れるか。男に可愛いって言って何がいいんだ」
「女の人でもかっこいいって形容詞を使うじゃない。それと同じことだよ」
夏奈がいい例だ。そう付け加えれば、少し考えたそぶりを見せ「それもそうだ」と納得した。女子生徒によく使われているからな、夏奈は。
「でも、かっこいいって言われた方が男は喜ぶんだがな…」
「かっこかわいい」
「どっちだ」
すかさず彼が言ってきて笑う。彼女もそういう感じだなあ。あって短い期間なのに、こんなのになじむのが速いなんて思わなかった。彼女も、響生も驚くだろうな。私みたいな他人に興味をあまり持たない人間が、すぐに馴染む人に出会うなんて。
「どっちか、って言われると悩むけど。四対六の割合かな?」
「可愛いの割合多くないか? ばかわいいって言っときながら、微妙な数字だな」
「悪かったな、即興で考えたんだよ」
「即興?! そ、そんな数値が、即興だと…」
「驚きすぎでしょ! 微妙なんだから喜べ! 一対九にしなかっただけ喜べ!」
「極端!?」
いじりがいがある。たけちゃんには遠く及ばないけど、このドS心をくすぶる感じはとてもいい。
自身の名誉のために言っておくが、SMプレイに興味があるわけじゃないからな? どっちかっていうと興味あるけど、それはネタ的な意味であってやるという行為では興味は一切ない。ここ重要。
下ネタはあまり興味ない。どちらかというと放送禁止的な何かがいいです。あ、これも下ネタだ。アレ? 総合的に下ネタは興味あるっていうことか?
訳がわかんなくなったので聞いてみた。
「話変わるけど、会長って下ネタ好き?」
「どういう経緯でも話題転換?!」
「なんとなく? なんかいろいろ考えてたら訳が分からなくなって…で、聞いてみた」
「なんとなくって…うーん、苦手だからな」
「えっ、童貞?」
めちゃくちゃイケメンなのに? 彼女いない歴イコール年齢? まさかと思って直球で聞く。デリカシーがないとかいうな。これが私だ。
「悪かったな童貞で」
「悪かないけど。なんとなく。ヤったようなイメージあるから…」
「やめろそんなイメージ! そんなの嫌だ!!」
「もしかして彼女とか作ったことない?」
気になってきいてみた。顔を少しそらして、かすかにうなずいた。恥ずかしいんだな、かわええのう。…変なおっさんになってきた。深呼吸深呼吸。
「告白はあるでしょ?」
「…されたことは、一応」
「モテるんじゃねえか」
イケメンは違うねえ。羨ましい。私女ですけどね! 思うだけはいいだろう。
私と夏奈は性格的に、口調が男の子っぽくなる。なるというか癖みたいなものだ。あまり周りも気にならないし、注意はされる。こっち的には大丈夫なんだけどね。
「でも、あのころはそういうのに興味はなかったから…」
「…そういうもの?」
問えば彼は頷いた。思春期といえど、興味に差はあるらしい。私はどちらかと言えば響生以外興味なかったし、妄想派だったしなあ。妄想は楽しい。現実逃避にもなるし、人間観察もできる。ネタ的な意味でいい。
ふーん、と興味なさそうに言えば苦笑された。聞き逃げだと思われるかもしれないが、現時点では興味はわかない。好きな人が出来ればいいけど、私は結構理想が高い。だから無理なのだ。
「あ、もうここでいいよ」
「え? でも…」
「大丈夫だって。近いし、そう遠くはないよ」
「そうか。じゃあ気を付けて」
「うん、じゃあね」
手を振って別れる。会長が背を向けて帰っていくのを見て、方向違うんだなあ、と思った。いやあ、優しい。まさか送ってくれるとは思わなかった。
息を吐く。こんな想いはずっと奥にしまっておこう。誰にも気づかれないように、ずっとずっと奥に。
自宅に向かって足を進めた。
他者依存型とは、意中の相手がいないと病んでしまうことである。
――あってはいるが、彼はそれ以上に黒い感情を抱いている。
誰にも、気づかれないくらいに。




