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我が輩は傍観者である  作者: 二色
鮮明に浮かび上がるもの
13/19

危機的思考回路

 ああ、なんで思い通りにいかないんだろう。九条はそう思い舌打ちをこぼす。


 彼女とともにいるために最善の行動をとったつもりだった。『つもり』なのがいけなかったのだろうか。まるであざ笑うかのように全てかわされているような感じがする。感じではないのか、人為的な何かかと思った瞬間、やったやつに報いを受けてもらわなければならない。


 生徒会室にいる、という幼なじみからの報告で全速力で向かった、昨日。教室に彼女がいないことに驚き、嫌われたから先に帰ったのだと思った。なんで、嫌われたのか。廊下で立っていて考え込んでいたが、幼なじみからの連絡で救われた。もしかしたら、自殺していたかもしれないからだ。『もしも』ではなく、本当のことだったら彼はやりかねない。九条冬弥はそういう人間だ。

 彼女は学校祭の前日まで生徒会の手伝いをすると言っていた。つまり、自分とは帰れなくなったということだ。


 ふざけるな、ふざけるなよ。どういう思いで僕が彼女といるのか、わからないだろうけど、彼女と二人だけの時間は誰にも奪われてはいけないんだ。

 九条には彼女が必要だ。生きるための存在であり、自分が生きるための理由にもなる。彼女がいれば生きていける。彼女中心の世界で生きている。九条はそう思っている。疑わない。現にそうなっている

から。


「…ああ、早く、早く、あいつをナツから遠ざけないと」


 必要のない存在は、速攻排除しなければならないのに、神崎梓や鞍馬明宏が邪魔をしてくる。邪魔をする奴らはすべて消してやりたいが、彼女が悲しんだら嫌だと思いやめる。彼女には悲しんでほしくはない。彼女には笑っていてほしい。

 今の九条にはまだ、そう考える余裕があった。今は、だ。やがて自分だけのものにしたいという欲求が現れるかもしれない。そう危惧はしていても誰も止める人もいなければ、止める術もない。彼の姉なら気づけるかもしれないが、所詮八馬は姉にとっては他人だ。手は出せない。身内から犯罪者は出したくはないが、止められない。彼らの父がそうであったように。


「今なら、父さんの気持ちも解るかもしれない」


 昔はわかりたくもなかったが。そう思って、彼は小さく笑った。

 想いを伝えられない割に、独占欲だけは人一倍強い。何度も幼なじみである鞍馬に言われたが、どういうことなのか未だにわかっていない。無意識での行動がこれなのだ。彼の父も、ほとんど無意識で、無自覚で九条と同じことを平然と行っていたのだ。常識がないレベルの問題ではない。性格的問題、なのかもしれない。無論、彼や彼の父にとってはこれが異常だということには気づいていない。気づけないことなのだから。

 父は母と心中して死んでしまったが。はたしてそれは無理心中だったのだろうか? それは彼らのみが知ることとして、今は彼の問題なのだ。何をするにも彼次第なのかもしれない。否、もしかして八馬なのかもしれない。彼女の行動次第で変わるかもしれない。


 九条は自室の天井を眺めて、目を閉じた。古橋剛を彼女から遠ざけるにはどうすればいいのか。ああ、面倒だ。まずあいつに関わりたくないのに。九条はそう思って重い息を吐いた。


「僕が、全力で邪魔をすればいいのか? いやでも、いつも一緒にいれるわけでもないし…」


 そう。いつも一緒にいない。この現実だけがどれだけ、彼にとってつらいのか誰も解りはしないだろう。できることなら一緒にいたい。違うクラスという壁はとても厚い。同じクラスならばどんなに良かったことか、彼女と一緒にいれる時間が増えるのに。今の段階は減る一方だ。

 現実に失望した。もともと、現実にある希望なんて彼女ぐらいしかないのに。それが奪われてしまったら、九条はどうなるのだろうか、九条冬弥という人間はどうなるのだろうか。そう考えたが、結論はすぐに出た。

 まず消滅する。生きる意味を失って自殺する可能性、感情をすべてなくして生きている可能性、彼女を奪い返す可能性。彼女さえいれば自分の世界は成り立つ。可能性はいくらでもあるが、今時点の最有力候補は自殺だろうか、九条は冷静に分析した。冷静に分析したものの、意味はまったくない。現実と推測は案外違うものということを知っているからである。実験はしない。


 昨日、それを思い知らされたから。

 嫌われたのかと思った。もう一度その言葉が浮かび、顔を腕で覆う。泣きたくなる、ショックだったと言えばいいのだろうか。彼女のいない教室が、どれだけ色あせたものに見えたのか、世界がモノクロになった気がして――とても、死にたくなった。何かしたのだろか、何かしてしまったのだろうか。いつも通りだったはずなのに、その時だけが非常に冷や汗をかいてしまった。小さく、言葉を紡ぐ。


「…そう、これが現実だ」


 彼女が、僕を求めているとは決まっていない。自分勝手な想いだ。だから、言わない、伝えないのだ。伝えても意味がないものに見えてしまうから。

 携帯の着信音が鳴る。単調なリズムで流れる音に面倒だと息をこぼした。ディスプレイを見た瞬間、急いで手に取った。八馬夏奈と映っていた。息をのみ、通話ボタンを押して耳にあてた。


「…もしもし?」

『もしもし、冬弥君?』


 彼女の、声だ。思わず笑みをこぼす。メールは何度もするが、電話だけは一度もなかった。これが初めてだ。嬉しいと思ってしまう。


「どうかした? 何かあったのかい?」

『ううん。何もないよ。ただ、その、昨日のこと、ごめんね? 一応昨日謝ったけど、なんか上の空だったから…』

「えっ。そう、見えた?」


 うん。肯定の言葉。何をやっていたんだ、自分は。頭を抱えて息を吐く。けれどそれで今電話しているのだと思えば、よくやったとしか言いようがない。彼女からかけてくれたことでさえも嬉しいのに、心配もしてくれたとは。


「…ありがとう。僕は大丈夫だよ。嫌われてないなら」

『私が冬弥君を嫌うわけないよっ』


 彼の言葉に即答した彼女に、九条は笑った。嬉しい言葉だ。嬉しいことが多すぎる。今日は休日で、彼女に会ってもいないのに。


「…本当?」

『本当だよ! 私九条君のこと好きだから!』


 友達として、なんだろうか。それでも、好きという言葉を言ってもらえただけで胸が温かくなる。彼女に言ってもらえたから、彼女以外の人だと気分が悪くなるかもしれない。


「ありがとう。僕も、ナツのこと好きだよ」

『…なんか恥ずかしいね。親友みたい』


 僕は恋愛感情なのに。そう思いつつも彼女の言葉に肯定する。異性間の友情は存在するのか。彼はそれに存在するというだろう。彼女以外の異性なんて、人にも見えないかもしれないのに。…さすがに言い過ぎかもしれないが。現に彼女の親友はどうでもよく思える。まず異性だと感じないのだ。

 九条は俯いて深呼吸を繰り返す。聞こえてしまったのか彼女が心配の声を上げた。


「うん、大丈夫。何もないから」

『そっか。じゃあ、ごめんね。また』

「またね」


 ツーツー…。切れた。空虚感を感じる。何もない。彼女の声が聞こえていたのに、今は機械音しか鳴っていない。でもそれが、逆に現実味を帯びていて安心する。これは夢なんかじゃない。今さっき起こったことだ。彼女は自分を心配して電話をかけてくれた。それだけのこと。


 俯いていた顔を上げて、もう一度天井を見る。いつもと変わらない、白の天井。けれど彼女の声だけで、とてもいいものに見えてしまう。もう末期だろうか。乾いた笑い声を出した。

 現実はひどいものだと勝手に決めつけてはいけない、そう感じた。思いもよらないことが起きる。今日のように。しかしその反対の出来事も起こるだろう。嬉しくない出来事。たとえば、いらないあいつとかが彼女に近付いたり、話しかけてきたり。考えただけでも吐き気がしてきた。彼女以外必要ない。それを再認識した。


「ナツ、ああ、早く会いたい」


 休日なんてものいらない。早く学校が始まればいいのに。

 彼女に会える日を待ち望んで、彼は静かに眠りに落ちた。

黒く、黒く黒く。真っ黒に塗りつぶされた感情は、彼の中にユラユラと漂っている。

歪んだ愛は、歪んだまま。異常な程の愛情は、異常なまま。

彼はそれを知っているのだろうか。


いや、彼は何一つ気づいていないだろう。

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