フルオート
「化け物みたいな森だな……」
コックピットのスクリーンに映る巨大な木々を目にして、俺は呆然とした。
月明かりを受けながら直立する木の群れは、一様に樹高百メートルを越えていた。
寂れた土地だというのによく育ったものだ。流石は異世界といった所か。
俺たちはケフェウスの工場を後にし、近場の森に身を潜める事にした。
隠れてやり過ごすにしても、戦うにしても、遮蔽物のない荒野よりはマシだろう、と。
そして実際に町から機体を走らせる事数十分。森の入り口に到着した。
俺は機体を進ませ森の奥深くへと入っていく。
森は木々の巨大さと、一本一本がそれなりに距離をおいて生えていたおかげで、あまり狭苦しさを感じずに進んでいく事が出来た。
そういう季節なのか巨木はその身に葉をまとっていない。枝の隙間から月明かりが差し込み、森の内部に優しい光をそそいでいる。
その光景は少し幻想的だった。
きれいだな、と思う。
そんな場合ではない気もするが、綺麗ななものは綺麗なのだから仕方がない。
とはいえそろそろ敵がやって来てもおかしくない頃だ。あまり油断もしていられない。
のろしが発した情報が、いくつ中継を経て片山とかいうパイロットに届くかは知らない。
しかしあまり時間がかかっては警報としての意味が薄れる。既にこちらに向かって飛んで来ていてもおかしくはない。
戦いになる前にこの機体にも名前付けなきゃなあ……。
そんな事をぼんやりと考えた。
なんだかんだで名前を付ける事を先送りにしていたが、いつまでも名無しのままというのも可哀想だ。
しかし何と名付けよう。
この機体、特徴といえるような特徴がない……。
しいて言うなら弱すぎる事くらいか、特徴。
うーん、機体色の黒から取って【ブラック】辺りにするか。
ブラック……うん、ブラックにしよう。
そんな事を考えていると、後部座席から泣きそうな声が響いた。
「二条さん……」
「ん?」
「私のせいでこんな事になってしまって……すみません……」
……その事か。
確かに、ロボットで町に乗り込むのは危険だという事をトリンが知っていれば今回の事態は防げた。
でもまあ知らなかったのなら仕方がない。
人間誰だって知らない事があるし、今さら責めた所で何がどうなる訳でもない。
しかしトリンはその事で強く自分を責めてしまっているのだろう。
薄暗いコックピットの中、振り返った先には辛そうな表情があった。
「あんまり気にするな。町の人に通報されなくても、遅かれ早かれ似たような事態になってたよ」
「そっ、そうなん……ですか?」
「ああ」
そう答える。
その時だった。異音に気付いたのは。
ゴオオというその異音は次第にボリュームを上げていく。近づいて来ているのだろう。
「……来た」
そう呟き、空を見上げる。木々の隙間から見える夜空には移動し続ける光があった。
その動きは流れ星よりは遅かっだか、その代わりずいぶん近い。
飛行中の敵の機体だ。
光は恐らくスラスターが出どころだろう。
スクリーン越しにその機体を視界に収めると、レベル6まで上げた分析技能のおかげか、機体の情報が頭の中に直接飛び込んできた。
対象の秘匿性能も関係してくるため、全てを読み取る事は出来なかったが。
機体名【フルオート】
ノーマルな人型タイプで、サイズはこの機体……ブラックよりわずかに小さい16メートルクラス。
装甲や飛行能力といった基礎スペックは満遍なく中の上から上の下あたりで安定しており、バランスが良い。
武装は頭部に30mm機関砲。
肩には12連装ミサイルランチャーが左右に一つずつ。
腰には二本のビィムブレイド。
コックピットのある胸の辺りには光壁カラドリウスなるよく分からない物が登録されていた。しかし登録されているだけでそれらしき武装は見当たらない。
そして右手には人間用の武器でいう所の対戦車ライフルのような物が握られていた。これにいたっては武器の名称すら読み取れなかった。それだけ重要な装備なのかもしれない。
そして、フルオートは唐突に接近を辞めた。空中でピタリと静止した。
フルオートは巨大なライフルを握る右手をゆらりと動かす。銃口をこちらに向ける。
「そこに隠れてんのは分かってんだ。出てこい」
初陣の相手は、偉そうにそう言った。